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6 恋の賞味期限 ①
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幻聴なんかじゃない。千歳くんだ。
走ってきたのか息を切らせて、小さな包みを大事そうに抱えていた。
実はあの『別れ』から何度か連絡を貰っていた。だけど俺は一度も返事を返す事はなかった。千歳くんの声を聴いたり顔を合わせたらまた気持ちが揺らいで、みっともなく縋ってしまうと思ったからだ。
なかなか捕まらない俺に、とうとう大学まで乗り込んで来たという訳か。
――――でもどうして?
わざわざルイと恋人になったって言いに来た、とか……?
そんな事まできっちりしてなくたっていいのに。
ただの幼馴染に恋人ができたって報告なんていらない――。
俺はじっと千歳くんを見るに留めた。以前の俺だったら尻尾を振って千歳くんに駆け寄っていた。でも、もうそんな事は――。
俯きかけた俺の腕をガッと千歳くんに掴まれ驚く。千歳くんの方から駆け寄ってくれたのだ。
千歳くんは拗ねているような怒っているようなそんな顔をしていた。
これにどんな意味があるのか。俺はできるだけ自分に都合のいい事は考えないようにして、だけどドキドキと煩く騒ぐ胸の音を静める事なんてできなかった。
「――――紫央」
「――と、ちょっと待って」
俺は何かを言おうとする千歳くんを手で制し、傍に立ったままだった子に向き直った。
千歳くんの顔を見て確信した。やっぱり俺には無理みたいだ。
わざわざ大学まで来てくれた用件が何だったとしても、千歳くんが会いに来てくれただけでこんなにもときめくんだから、俺はこの子にとっても自分にとっても間違った選択をしようとしていたのだ。
「――こないだのクッキー美味しかったよ。ありがとう。でもその……ごめん」
ゆっくりと頭を下げる。
まだ告白されたわけではなかった。だけど、俺にはそれしか言えなくて。
ごめん。本当にごめん。――好きになってくれてありがとう。
心の中で何度もそう呟き、帰って行く彼女の後ろ姿を見送った。
*****
こんな場面を千歳くんに見られてどう思われたのか――、今更気にしても仕方ないとそっと息を吐き気持ちを切り替える事にした。
「千歳くんお待たせ。――それでこんな所までどうしたの?」
「――これ」
胸に押し付けるように差し出された包みを受け取り、促されるまま包みを開ける。
中には沢山のクッキーが入っていた。
――――黒い……あのクッキー? 俺はひとつ手にとりまじまじと見つめた。
確かに黒くはあったがあの時のように焦がした物ではなく、意図的に何かを混ぜ黒くした物のようだった。形はパンダを模していて、食べるのが勿体ないくらいとても可愛かった。
「――食べてみて」
サクサクと音を立てて噛み砕かれて、口の中いっぱいに広がる甘く、そして少しだけほろ苦い味。
「おいしい……」
俺がそう言うと千歳くんはあの頃のような優しい笑顔を向けてくれた。
一瞬で時が戻ったようだった。頬にキスをして笑い合っていたあの頃。
ああ……好き。俺の千歳くん。好き……好きだよ……。あの頃からずっと好き。大好き。千歳くんが誰の事を好きでも、好き。好き。好き――。
涙があとからあとからぽろぽろと零れた。
諦めなくちゃいけないのに、気持ちが溢れて止まらないのだ。
「紫央……」
千歳くんにゆっくりと抱きしめられて、身体がぴくりと震える。
昔はよくこうやって抱きしめてくれた。もしもこれが子どもにだけ許されるなら俺は一生子どものままでいいと思える程、久しぶりの千歳くんの温もりを離したくはなかった。
えぐえぐと嗚咽を漏らし、泣き続ける俺。
「なぁ紫央。俺は紫央が好きだよ」
「――――え……?」
俺は千歳くんの言葉に驚きすぎて、涙も止まってしまった。
頬に涙の筋を残したままじっと千歳くんを見つめ、続く言葉を待つ。『好き』の意味が知りたい。
「本当はすごくすごく好き、なんだ。愛して……るんだ」
「――じゃあ……どうして――」
どうして俺に答えてくれなかったの?
千歳くんの告白に、嬉しいのに素直に喜べない俺は、千歳くんを責めるようなそんな言葉を口にしていた。
走ってきたのか息を切らせて、小さな包みを大事そうに抱えていた。
実はあの『別れ』から何度か連絡を貰っていた。だけど俺は一度も返事を返す事はなかった。千歳くんの声を聴いたり顔を合わせたらまた気持ちが揺らいで、みっともなく縋ってしまうと思ったからだ。
なかなか捕まらない俺に、とうとう大学まで乗り込んで来たという訳か。
――――でもどうして?
わざわざルイと恋人になったって言いに来た、とか……?
そんな事まできっちりしてなくたっていいのに。
ただの幼馴染に恋人ができたって報告なんていらない――。
俺はじっと千歳くんを見るに留めた。以前の俺だったら尻尾を振って千歳くんに駆け寄っていた。でも、もうそんな事は――。
俯きかけた俺の腕をガッと千歳くんに掴まれ驚く。千歳くんの方から駆け寄ってくれたのだ。
千歳くんは拗ねているような怒っているようなそんな顔をしていた。
これにどんな意味があるのか。俺はできるだけ自分に都合のいい事は考えないようにして、だけどドキドキと煩く騒ぐ胸の音を静める事なんてできなかった。
「――――紫央」
「――と、ちょっと待って」
俺は何かを言おうとする千歳くんを手で制し、傍に立ったままだった子に向き直った。
千歳くんの顔を見て確信した。やっぱり俺には無理みたいだ。
わざわざ大学まで来てくれた用件が何だったとしても、千歳くんが会いに来てくれただけでこんなにもときめくんだから、俺はこの子にとっても自分にとっても間違った選択をしようとしていたのだ。
「――こないだのクッキー美味しかったよ。ありがとう。でもその……ごめん」
ゆっくりと頭を下げる。
まだ告白されたわけではなかった。だけど、俺にはそれしか言えなくて。
ごめん。本当にごめん。――好きになってくれてありがとう。
心の中で何度もそう呟き、帰って行く彼女の後ろ姿を見送った。
*****
こんな場面を千歳くんに見られてどう思われたのか――、今更気にしても仕方ないとそっと息を吐き気持ちを切り替える事にした。
「千歳くんお待たせ。――それでこんな所までどうしたの?」
「――これ」
胸に押し付けるように差し出された包みを受け取り、促されるまま包みを開ける。
中には沢山のクッキーが入っていた。
――――黒い……あのクッキー? 俺はひとつ手にとりまじまじと見つめた。
確かに黒くはあったがあの時のように焦がした物ではなく、意図的に何かを混ぜ黒くした物のようだった。形はパンダを模していて、食べるのが勿体ないくらいとても可愛かった。
「――食べてみて」
サクサクと音を立てて噛み砕かれて、口の中いっぱいに広がる甘く、そして少しだけほろ苦い味。
「おいしい……」
俺がそう言うと千歳くんはあの頃のような優しい笑顔を向けてくれた。
一瞬で時が戻ったようだった。頬にキスをして笑い合っていたあの頃。
ああ……好き。俺の千歳くん。好き……好きだよ……。あの頃からずっと好き。大好き。千歳くんが誰の事を好きでも、好き。好き。好き――。
涙があとからあとからぽろぽろと零れた。
諦めなくちゃいけないのに、気持ちが溢れて止まらないのだ。
「紫央……」
千歳くんにゆっくりと抱きしめられて、身体がぴくりと震える。
昔はよくこうやって抱きしめてくれた。もしもこれが子どもにだけ許されるなら俺は一生子どものままでいいと思える程、久しぶりの千歳くんの温もりを離したくはなかった。
えぐえぐと嗚咽を漏らし、泣き続ける俺。
「なぁ紫央。俺は紫央が好きだよ」
「――――え……?」
俺は千歳くんの言葉に驚きすぎて、涙も止まってしまった。
頬に涙の筋を残したままじっと千歳くんを見つめ、続く言葉を待つ。『好き』の意味が知りたい。
「本当はすごくすごく好き、なんだ。愛して……るんだ」
「――じゃあ……どうして――」
どうして俺に答えてくれなかったの?
千歳くんの告白に、嬉しいのに素直に喜べない俺は、千歳くんを責めるようなそんな言葉を口にしていた。
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