恋の賞味期限はいつですか?

ハリネズミ

文字の大きさ
上 下
10 / 15

3 こんがり妬けました ①

しおりを挟む
 俺は店を飛び出してちょうどひと月後、何食わぬ顔でバイトに戻った。

 冷静になってみると、千歳くんにふたりが付き合っているとはっきりと言われたわけじゃない。
 何度も言うように千歳くんはきっちりとしているから、もしもふたりが付き合っているなら言ってくれるはずだ。だから今は付き合ってない。
 そして今後の事は分からないのだと気づいた。そんな中でふたりっきりにする事は絶対にダメだと思った。傍にいなくちゃ……。
 時間はかかったが俺はそう結論付けたのだ。


 そこで改めて紹介されたルイという人。
 ルイはフランス留学中に一緒になって、日本に帰った千歳くんを追いかける形で有名洋菓子店でも一緒に修行していたと言う。
 どこか照れながら友人、戦友のようなものだと言う千歳くんの言葉に嘘はないんだろうけど、俺は思っていた以上にふたりの間に深い繋がりを感じていた。

 俺が千歳くんの傍にいられた年数よりも少しだけ長い年数を共に過ごした人。
 かなり近いふたりの距離。きっと修行中大変な時も支え合ってきた人。俺にできなかった事を自然とやれる人。

 千歳くんの心の綱引きは完全にルイの方に引かれてしまっているのではないだろうか……。


*****

 とりあえず俺はなるべくルイと接触しないようにしていたが、ルイはやたらと俺に構いたがった。
 バイト中に限らずプライベートの時間にたまたま会っても声を掛けられ強引に喫茶店に連れて行かれたりした。
 今も捕まり喫茶店のオープンテラスに差し向いで座らされているところだ。

 毎回俺はぶすっとしていてロクに返事もしないのに、よくやると思う。

「チトは可愛いねぇ。スゴゥク可愛い。わたしはチトが世界で一番可愛いオモウ」

 それには同意だけど、俺は素直に頷く事はできなかった。
 ルイの口から出るのは千歳くんの事ばかり。千歳くんの事を『愛してる』とはっきりとは言わないけど、ルイの言葉は千歳くんへの愛で溢れていた。いつもルイは千歳くんの味方だ。本当にルイは千歳くんの事が大事なんだ。
 それは千歳くんに対する俺の気持ちと同じ。そんなルイを千歳くんも――。

 俺の口から短く溜め息が漏れた。
 誤魔化し続けていた事実にもう目を背けられなくなっていた。
 いい加減はっきりさせないと。

 はっきり言ってルイと一緒にいる千歳くんはリラックスして見える。俺と一緒の時はどんなに隠していても緊張しているのは分かっていた。それでもまだもしかしたらと傍にい続けた。千歳くんにはっきりとフラれない事を良い事に千歳くんの優しさに甘えたのだ。
 俺が傍をうろつくせいでルイと付き合えないのかもしれないと思っても止める事ができなかった。

 ルイは悔しいけどすごくいいヤツだ。お菓子も作れるし何と言っても千歳くんと同い年で、俺にはできない事も何でもやってあげられる。
 俺は千歳くんが好きだから、だから諦める。ここ数日千歳くんとルイの様子を見てやっと決心がついた。
 バイトももう辞めるつもりだ。
 俺はふたりの傍にいてはいけない。いられない。
 それが愛する千歳くんの為に俺ができる唯一の事なんだ。


*****

 一方的なルイのおしゃべりを聞きながらそんな事を考えていると、俺たちのテーブルにトンっとテイクアウト用のカップに入ったコーヒーが置かれた。
 顔を上げると千歳くんが立っていて、眉間に皺を寄せて俺の事を睨みつけていた。

 何でそんな目で見るの……?
 俺がルイを盗ると思った……?

 自分が出した結論が間違いではなかったと確信する。
 だけど……好きな人に睨まれて平気なはずもなく、胸がぎゅっとなる。たとえ特別じゃなくてもいつか気持ちが落ち着いたら、会えば普通に挨拶したり笑い合ったり――昔に戻れると思っていた。

 俺は無理矢理口角を上げて不器用に笑って見せた。

「千歳くん、俺バイト辞めるね。ルイがいるから大丈夫だよね? やっぱり千歳くんが心配してくれてたように勉強頑張らないといけないんだ。講義中うとうとして怒られちゃった。だから学生は学生の本分、勉強頑張ろうと思うんだ。本当、勝手ばかりでごめんね」

 そんな言い訳を早口で捲し立てた。

「――え……?」

「俺もう帰るから、ここいいよ。――ルイと……仲良くね」

 笑顔のまま席を立つ。
 瞳に張った薄い膜に気づかれないように顔を伏せて500円玉をひとつテーブルに置く。俺が飲んでいたコーヒーの支払いはルイがすでに済ませてあるが、奢られるつもりはない。貸し借りなんて事はしたくなかった。

「じゃあ、千歳くん、ルイ、さようなら――」

 俺はもう振り返らない。今度は逃げるのではない。
 そのまま急ぐ事もなく顔を上げ、ただ一歩いっぽを踏みしめながら歩いて行く。最後ぐらいは恰好つけたい。真似でもいいから大人でいさせて――。


 ――さようなら……俺の初恋。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

俺のかわいい婚約者さま リメイク版

ハリネズミ
BL
『俺のかわいい婚約者さま』 及川薫28歳は、見た目がごつくお見合い相手さえみつからない熊のような容姿の男性Ωである。 「薫!お前に婚約者ができたぞ!」 いくらお見合い話を打診してみても見合いの席にすら着く事もできなかったこの10年。なのに婚約者ができた? 混乱状態のままの薫の元に現れたのは――14歳の天使だった。 🌸かわいい〇〇さまシリーズ🌸纏めていきます。 『俺のかわいい婚約者さま』『俺のかわいい幼馴染さま』 『僕のかわいいこぐまさま』『もう少しだけ待っていて』 『俺のかわいい婚約者さま・続』

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~

芽吹鹿
BL
夢を追い求める三男坊×無気力なひとりっ子 孤独な幼少期を過ごしていたルイ。虫や花だけが友だちで、同年代とは縁がない。王国の一人っ子として立派になろうと努力を続けた、そんな彼が隣国への「嫁入り」を言いつけられる。理不尽な運命を受けたせいで胸にぽっかりと穴を空けたまま、失意のうちに18歳で故郷を離れることになる。 行き着いた隣国で待っていたのは、まさかの10歳の夫となる王子だった、、、、 8歳差。※性描写は成長してから(およそ35、36話目から)となります

稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ
BL
聡明な魔女だった祖母を亡くした後も、孤独な少年ハバトはひとり森の中で慎ましく暮らしていた。ある日、魔女を探し訪ねてきた美貌の青年セブの治療を、祖母に代わってハバトが引き受ける。優しさにあふれたセブにハバトは次第に心惹かれていくが、ハバトは“自分が男”だということをいつまでもセブに言えないままでいた。このままでも、セブのそばにいられるならばそれでいいと思っていたからだ。しかし、功を立て英雄と呼ばれるようになったセブに求婚され、ハバトは喜びからついその求婚を受け入れてしまう。冷静になったハバトは絶望した。 “きっと、求婚した相手が醜い男だとわかれば、自分はセブに酷く嫌われてしまうだろう” そう考えた臆病で世間知らずなハバトは、愛おしくて堪らない英雄から逃げることを決めた。 【堅物な美貌の英雄セブ×不憫で世間知らずな少年ハバト】 ※セブは普段堅物で実直攻めですが、本質は執着ヤンデレ攻めです。 ※受け攻め共に、徹頭徹尾一途です。 ※主要人物が死ぬことはありませんが、流血表現があります。 ※本番行為までは至りませんが、受けがモブに襲われる表現があります。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...