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3 こんがり妬けました ①
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俺は店を飛び出してちょうどひと月後、何食わぬ顔でバイトに戻った。
冷静になってみると、千歳くんにふたりが付き合っているとはっきりと言われたわけじゃない。
何度も言うように千歳くんはきっちりとしているから、もしもふたりが付き合っているなら言ってくれるはずだ。だから今はまだ付き合ってない。
そして今後の事は分からないのだと気づいた。そんな中でふたりっきりにする事は絶対にダメだと思った。傍にいなくちゃ……。
時間はかかったが俺はそう結論付けたのだ。
そこで改めて紹介されたルイという人。
ルイはフランス留学中に一緒になって、日本に帰った千歳くんを追いかける形で有名洋菓子店でも一緒に修行していたと言う。
どこか照れながら友人、戦友のようなものだと言う千歳くんの言葉に嘘はないんだろうけど、俺は思っていた以上にふたりの間に深い繋がりを感じていた。
俺が千歳くんの傍にいられた年数よりも少しだけ長い年数を共に過ごした人。
かなり近いふたりの距離。きっと修行中大変な時も支え合ってきた人。俺にできなかった事を自然とやれる人。
千歳くんの心の綱引きは完全にルイの方に引かれてしまっているのではないだろうか……。
*****
とりあえず俺はなるべくルイと接触しないようにしていたが、ルイはやたらと俺に構いたがった。
バイト中に限らずプライベートの時間にたまたま会っても声を掛けられ強引に喫茶店に連れて行かれたりした。
今も捕まり喫茶店のオープンテラスに差し向いで座らされているところだ。
毎回俺はぶすっとしていてロクに返事もしないのに、よくやると思う。
「チトは可愛いねぇ。スゴゥク可愛い。わたしはチトが世界で一番可愛いオモウ」
それには同意だけど、俺は素直に頷く事はできなかった。
ルイの口から出るのは千歳くんの事ばかり。千歳くんの事を『愛してる』とはっきりとは言わないけど、ルイの言葉は千歳くんへの愛で溢れていた。いつもルイは千歳くんの味方だ。本当にルイは千歳くんの事が大事なんだ。
それは千歳くんに対する俺の気持ちと同じ。そんなルイを千歳くんも――。
俺の口から短く溜め息が漏れた。
誤魔化し続けていた事実にもう目を背けられなくなっていた。
いい加減はっきりさせないと。
はっきり言ってルイと一緒にいる千歳くんはリラックスして見える。俺と一緒の時はどんなに隠していても緊張しているのは分かっていた。それでもまだもしかしたらと傍にい続けた。千歳くんにはっきりとフラれない事を良い事に千歳くんの優しさに甘えたのだ。
俺が傍をうろつくせいでルイと付き合えないのかもしれないと思っても止める事ができなかった。
ルイは悔しいけどすごくいいヤツだ。お菓子も作れるし何と言っても千歳くんと同い年で、俺にはできない事も何でもやってあげられる。
俺は千歳くんが好きだから、だから諦める。ここ数日千歳くんとルイの様子を見てやっと決心がついた。
バイトももう辞めるつもりだ。
俺はふたりの傍にいてはいけない。いられない。
それが愛する千歳くんの為に俺ができる唯一の事なんだ。
*****
一方的なルイのおしゃべりを聞きながらそんな事を考えていると、俺たちのテーブルにトンっとテイクアウト用のカップに入ったコーヒーが置かれた。
顔を上げると千歳くんが立っていて、眉間に皺を寄せて俺の事を睨みつけていた。
何でそんな目で見るの……?
俺がルイを盗ると思った……?
自分が出した結論が間違いではなかったと確信する。
だけど……好きな人に睨まれて平気なはずもなく、胸がぎゅっとなる。たとえ特別じゃなくてもいつか気持ちが落ち着いたら、会えば普通に挨拶したり笑い合ったり――昔に戻れると思っていた。
俺は無理矢理口角を上げて不器用に笑って見せた。
「千歳くん、俺バイト辞めるね。ルイがいるから大丈夫だよね? やっぱり千歳くんが心配してくれてたように勉強頑張らないといけないんだ。講義中うとうとして怒られちゃった。だから学生は学生の本分、勉強頑張ろうと思うんだ。本当、勝手ばかりでごめんね」
そんな言い訳を早口で捲し立てた。
「――え……?」
「俺もう帰るから、ここいいよ。――ルイと……仲良くね」
笑顔のまま席を立つ。
瞳に張った薄い膜に気づかれないように顔を伏せて500円玉をひとつテーブルに置く。俺が飲んでいたコーヒーの支払いはルイがすでに済ませてあるが、奢られるつもりはない。貸し借りなんて事はしたくなかった。
「じゃあ、千歳くん、ルイ、さようなら――」
俺はもう振り返らない。今度は逃げるのではない。
そのまま急ぐ事もなく顔を上げ、ただ一歩いっぽを踏みしめながら歩いて行く。最後ぐらいは恰好つけたい。真似でもいいから大人でいさせて――。
――さようなら……俺の初恋。
冷静になってみると、千歳くんにふたりが付き合っているとはっきりと言われたわけじゃない。
何度も言うように千歳くんはきっちりとしているから、もしもふたりが付き合っているなら言ってくれるはずだ。だから今はまだ付き合ってない。
そして今後の事は分からないのだと気づいた。そんな中でふたりっきりにする事は絶対にダメだと思った。傍にいなくちゃ……。
時間はかかったが俺はそう結論付けたのだ。
そこで改めて紹介されたルイという人。
ルイはフランス留学中に一緒になって、日本に帰った千歳くんを追いかける形で有名洋菓子店でも一緒に修行していたと言う。
どこか照れながら友人、戦友のようなものだと言う千歳くんの言葉に嘘はないんだろうけど、俺は思っていた以上にふたりの間に深い繋がりを感じていた。
俺が千歳くんの傍にいられた年数よりも少しだけ長い年数を共に過ごした人。
かなり近いふたりの距離。きっと修行中大変な時も支え合ってきた人。俺にできなかった事を自然とやれる人。
千歳くんの心の綱引きは完全にルイの方に引かれてしまっているのではないだろうか……。
*****
とりあえず俺はなるべくルイと接触しないようにしていたが、ルイはやたらと俺に構いたがった。
バイト中に限らずプライベートの時間にたまたま会っても声を掛けられ強引に喫茶店に連れて行かれたりした。
今も捕まり喫茶店のオープンテラスに差し向いで座らされているところだ。
毎回俺はぶすっとしていてロクに返事もしないのに、よくやると思う。
「チトは可愛いねぇ。スゴゥク可愛い。わたしはチトが世界で一番可愛いオモウ」
それには同意だけど、俺は素直に頷く事はできなかった。
ルイの口から出るのは千歳くんの事ばかり。千歳くんの事を『愛してる』とはっきりとは言わないけど、ルイの言葉は千歳くんへの愛で溢れていた。いつもルイは千歳くんの味方だ。本当にルイは千歳くんの事が大事なんだ。
それは千歳くんに対する俺の気持ちと同じ。そんなルイを千歳くんも――。
俺の口から短く溜め息が漏れた。
誤魔化し続けていた事実にもう目を背けられなくなっていた。
いい加減はっきりさせないと。
はっきり言ってルイと一緒にいる千歳くんはリラックスして見える。俺と一緒の時はどんなに隠していても緊張しているのは分かっていた。それでもまだもしかしたらと傍にい続けた。千歳くんにはっきりとフラれない事を良い事に千歳くんの優しさに甘えたのだ。
俺が傍をうろつくせいでルイと付き合えないのかもしれないと思っても止める事ができなかった。
ルイは悔しいけどすごくいいヤツだ。お菓子も作れるし何と言っても千歳くんと同い年で、俺にはできない事も何でもやってあげられる。
俺は千歳くんが好きだから、だから諦める。ここ数日千歳くんとルイの様子を見てやっと決心がついた。
バイトももう辞めるつもりだ。
俺はふたりの傍にいてはいけない。いられない。
それが愛する千歳くんの為に俺ができる唯一の事なんだ。
*****
一方的なルイのおしゃべりを聞きながらそんな事を考えていると、俺たちのテーブルにトンっとテイクアウト用のカップに入ったコーヒーが置かれた。
顔を上げると千歳くんが立っていて、眉間に皺を寄せて俺の事を睨みつけていた。
何でそんな目で見るの……?
俺がルイを盗ると思った……?
自分が出した結論が間違いではなかったと確信する。
だけど……好きな人に睨まれて平気なはずもなく、胸がぎゅっとなる。たとえ特別じゃなくてもいつか気持ちが落ち着いたら、会えば普通に挨拶したり笑い合ったり――昔に戻れると思っていた。
俺は無理矢理口角を上げて不器用に笑って見せた。
「千歳くん、俺バイト辞めるね。ルイがいるから大丈夫だよね? やっぱり千歳くんが心配してくれてたように勉強頑張らないといけないんだ。講義中うとうとして怒られちゃった。だから学生は学生の本分、勉強頑張ろうと思うんだ。本当、勝手ばかりでごめんね」
そんな言い訳を早口で捲し立てた。
「――え……?」
「俺もう帰るから、ここいいよ。――ルイと……仲良くね」
笑顔のまま席を立つ。
瞳に張った薄い膜に気づかれないように顔を伏せて500円玉をひとつテーブルに置く。俺が飲んでいたコーヒーの支払いはルイがすでに済ませてあるが、奢られるつもりはない。貸し借りなんて事はしたくなかった。
「じゃあ、千歳くん、ルイ、さようなら――」
俺はもう振り返らない。今度は逃げるのではない。
そのまま急ぐ事もなく顔を上げ、ただ一歩いっぽを踏みしめながら歩いて行く。最後ぐらいは恰好つけたい。真似でもいいから大人でいさせて――。
――さようなら……俺の初恋。
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