【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ

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運命がたり

5ー②

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「いったいなんて書かれて……」

 綾子は宗次郎に心に秘めた相手がいることを知っていた。といっても調べたわけでもなく、昔綾子が街中でちらりと見かけた宗次郎は屈託なく笑う好青年で、ひと目見て心奪われたのだ。このときはお互い二次性の発現前でそれ以上の反応はなかったが、綾子は一方的に恋に落ちてしまっていた。宗次郎の元に婚姻話が舞い込んだのもそういった理由からだった。だが蜜月を終え、宗次郎の口にした言葉は「──なん、で……?」だった。綾子はぼんやりとした意識の中でそれを聞き、なんに対しての「なんで?」なのかと考えたがすぐにふたたび眠りに落ち、次に目覚めたころにはその記憶は曖昧で、きっと夢だったのだろうということにした。
 それから数日が経ち、気づくことがあった。宗次郎が笑わないのだ。いつもブスっとしていて、不機嫌そうにしていた。だからといって機嫌が悪いわけでもなく、暴言を吐いたり暴力を振るうなどはしなかったし、愛されていることに確信はあった。だが、綾子は宗次郎のあの屈託なく笑う笑顔を好きだったのだ。気にならないわけがなかった。
 宗次郎本人に理由を訊けば教えてくれるかもしれないが、そうはしたくなくてひとり思い悩む日々を送った。そしてひとつの答えへと辿り着いたのだ。
 宗次郎には好いた相手がいた。そしてそれはいつも傍にいた羽鳥 二葉はとり ふたばではないか、と。思い返してみれば、ふたりの距離は幼馴染であっても近すぎたように思えた。そしてあの大好きな笑顔は二葉に向けられていた──。自分と番になった今もなお宗次郎の心は二葉にあるのだ。
 綾子は宗次郎を問いただすことも責めることもせず、代わりに二葉へ手紙を送った。その手紙は二葉から宗次郎を奪ってしまったことを詫びていた。手紙の半分以上が詫びの言葉だったが、それでも返すことはできないのだという内容だった。
 二葉はその手紙を受け取り、本当に今生ではもう宗次郎を想うことすら許されないのだと知った。宗次郎に告げた『宗次郎への想いを胸の奥にしまいこむことで守った』というのはこういうことだったのだ。

「──そんなことが……。綾子がわる──」

「謝らんとって。宗ちゃんにそれを謝られたらなんや宗ちゃんと綾子さん、そして僕っていう……僕だけ他人みたいや。そんなん──」

 「いやや」と続く二葉の消え入りそうな声に、宗次郎は本当に申し訳なく思った。二葉にも、綾子にも。

「それでな、もうええんやないかって思うんや」

「?」

 宗次郎は二葉の言わんとすることが分からずキョトンとしてしまう。

「僕な、今生はもうええねん。ぜんぶ綾子さんにくれたった。だから宗ちゃんも今生は綾子さんを心から愛していた、でええと思う。でもな、次は僕が欲しい。一から十までぜんぶの宗ちゃんが欲しいねん」

 真剣な二葉の眼差しを受け、宗次郎はこくりと頷いた。綾子がなまじ『運命』だっただけに自分の気持ちが複雑になってしまっていたが、宗次郎は確かに綾子を愛していたのだ。ひとりの人として、番として。二葉の言葉でそれをはっきりと自覚した。そして二葉への愛はあのときタイムカプセルのように心の奥底へと仕舞われたのだ。こんな風に考えることは自分勝手で、自分に都合のいいことだと思うが、それでもそう考えるとしっくりくるのだ。そして今、埋められたタイムカプセルをふたりで掘り起こし、開ける。

 そう思ったら突然目の前が輝き出して、背中をトンっと軽く押された気がした──。


*****

「──宗、ちゃん……?」

「え? なにが起こって──」

「若返っとるよ……? ふっきれたん?」

「──なんか……綾子に背中押された気がした……」

「もう、また綾子さん? 僕以外他見たらあかん」

 ぷっくりと頬を膨らませてむくれる様は、やっぱり愛らしく愛おしい。
 宗次郎は笑い声を上げながら二葉を抱きしめた。

「二葉! 二葉! 二葉……!! 遅くなってごめんな……」

「ほんまや、待ちくたびれたで。でもな、きてくれて嬉しい」

 あのとき交わされるはずだったふたりの会話だ。

「みなさーん、こちらに順番にお並びくださーい! 受付の後、この門をおくぐりになられますと『次』へと進むことができまーす!」

 辺りに響く誰かの声にふたりは微笑んで頷き合った。そして手を繋ぎ列へと並ぶ。

 来世をふたりで。それはふたりの──『運命約束』。









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