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運命さんこんにちは、さようなら
3ー②
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燐はこんなに一日中誰かの傍にいて、温もりを感じるという経験がなかった。ご飯を食べるのも日中を過ごすのも一緒、寝るのも同じベッドだ。今のところ番った日以外は文字通り寝るだけになっているが。
燐はα性の発現後は家族とも引き離され、鷹取家で生活をしていた。主人である晶馬も寝るときは別々の部屋だったし、誰かが傍にいるときはなんらかの仕事をしているときだった。だから今、この仕事とも言えるがそうとも言い切れない、変に取り繕う必要のない自分にとって一番近い存在である番との生活に燐は戸惑い、なんだか落ち着つかなかった。
本来ならなんの覚悟もなく燐と番になってしまった咲の方が戸惑い、悲観に暮れていたかもしれなかった。だが咲の方はあっけらかんとしていて、外出禁止など窮屈に思うことはあるものの番との生活を楽しみ、マイペースに過ごしていた。咲にとって燐はすでに大事な番であり、唯一の家族だった。
*****
燐と咲の番生活が始まって数日、燐は咲との約束を果たすべく時間をかけて念入りに準備をしていた。鷹取家の承認を得るのに時間がかかったり、面倒くさい手続きも沢山あったがそれについて文句を言うつもりはなかった。咲の我儘というよりも、鷹取家、燐側の勝手に付き合わせてしまっているのだ。フォローするのは当然のことと言えた。だからどんなに大変でも代理人を立てることはせず、燐自ら赴くことにしたわけだが──。
「おい」
咲は返事をしない。なぜならおいという名前ではないからだ。
「おいって。聞こえないのか?」
「燐、僕の名前は咲だよ。咲って呼んでくれなきゃ返事しないよ」
「ぐ……。分かった。──『咲』」
「なぁに?」
「これからおま……咲の職場に行ってくる。なるべく早く帰ってくるつもりだから大人しく待ってろよ?」
「うん。大丈夫……だよ」
そう言いながらも咲はしょんぼりと肩を落としてしまう。施設を出た後は、仕事以外はほとんどの時間をひとりで過ごしてきて、ひとりでいることにも慣れているはずだったが、ここ数日は燐とずっとふたりでいた為ひとりの時間が寂しいと思ってしまう。それでも自分の我儘をきいて職場に行ってくれるのだから笑顔で送り出さないと、と無理矢理笑顔を作った。
「──一時間だ。一時間で必ず帰ってくるから、それまでこれでも食ってろ」
燐は咲の頭を不器用に撫で、ポケットから出した板チョコを半分パキッと割って渡した。燐にはこうすることに意味があるのかは分からなかったが、一個のプリンを一緒に食べたいと言う咲なら喜んでくれる、そう思った。
「俺も道中食うから──」
「──うん。ありがとう。待ってるね」
半分こ。同じ場所にいなくてもふたりはひとつを分け合った物を食べるのだ。咲はそれが嬉しくて、今度は本当の笑顔で燐を送り出すことができた。
燐はやれやれと息を吐くも自分の口角が少しだけ上がっていることに気づいていなかった。
燐はα性の発現後は家族とも引き離され、鷹取家で生活をしていた。主人である晶馬も寝るときは別々の部屋だったし、誰かが傍にいるときはなんらかの仕事をしているときだった。だから今、この仕事とも言えるがそうとも言い切れない、変に取り繕う必要のない自分にとって一番近い存在である番との生活に燐は戸惑い、なんだか落ち着つかなかった。
本来ならなんの覚悟もなく燐と番になってしまった咲の方が戸惑い、悲観に暮れていたかもしれなかった。だが咲の方はあっけらかんとしていて、外出禁止など窮屈に思うことはあるものの番との生活を楽しみ、マイペースに過ごしていた。咲にとって燐はすでに大事な番であり、唯一の家族だった。
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燐と咲の番生活が始まって数日、燐は咲との約束を果たすべく時間をかけて念入りに準備をしていた。鷹取家の承認を得るのに時間がかかったり、面倒くさい手続きも沢山あったがそれについて文句を言うつもりはなかった。咲の我儘というよりも、鷹取家、燐側の勝手に付き合わせてしまっているのだ。フォローするのは当然のことと言えた。だからどんなに大変でも代理人を立てることはせず、燐自ら赴くことにしたわけだが──。
「おい」
咲は返事をしない。なぜならおいという名前ではないからだ。
「おいって。聞こえないのか?」
「燐、僕の名前は咲だよ。咲って呼んでくれなきゃ返事しないよ」
「ぐ……。分かった。──『咲』」
「なぁに?」
「これからおま……咲の職場に行ってくる。なるべく早く帰ってくるつもりだから大人しく待ってろよ?」
「うん。大丈夫……だよ」
そう言いながらも咲はしょんぼりと肩を落としてしまう。施設を出た後は、仕事以外はほとんどの時間をひとりで過ごしてきて、ひとりでいることにも慣れているはずだったが、ここ数日は燐とずっとふたりでいた為ひとりの時間が寂しいと思ってしまう。それでも自分の我儘をきいて職場に行ってくれるのだから笑顔で送り出さないと、と無理矢理笑顔を作った。
「──一時間だ。一時間で必ず帰ってくるから、それまでこれでも食ってろ」
燐は咲の頭を不器用に撫で、ポケットから出した板チョコを半分パキッと割って渡した。燐にはこうすることに意味があるのかは分からなかったが、一個のプリンを一緒に食べたいと言う咲なら喜んでくれる、そう思った。
「俺も道中食うから──」
「──うん。ありがとう。待ってるね」
半分こ。同じ場所にいなくてもふたりはひとつを分け合った物を食べるのだ。咲はそれが嬉しくて、今度は本当の笑顔で燐を送り出すことができた。
燐はやれやれと息を吐くも自分の口角が少しだけ上がっていることに気づいていなかった。
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