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運命さんこんにちは、さようなら
2 ここにいる理由 ①
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「──説明を訊きたいか?」
男にそう訊かれ、咲は素直に「うん」と答えた。咲としては空腹をなんとかすることと、家に帰ることができれば無理に訊く必要もないとも思えたが、訊いた方が多分いいのだろうと訊くことにした。
「──長くなるから少し待ってろ」
男は咲に背を向けてそのまま出て行こうとして立ち止まり、振り向いて咲を見た。そして無言で近づいてきたかと思うと、床に座ったままだった咲の両脇に手を入れ持ち上げ、足がぶらりと宙に浮いた。そのままベッドに腰掛けさせ、今度こそ部屋から出て行った。
ひとり部屋に残された咲は、遅れてきた感情に思わずぷふっと吹き出してしまった。男の様子がというよりは、あまり年齢差はないように思うのにまるで自分を小さな子どものように扱われたことがおかしかった──いや、嬉しかったのだ。親を知らない咲にとって願っても叶わないことだったから。
「早く戻ってこないかな……」
ぽつりと呟く。初めて会ったはずの男の言葉になぜ素直に従ってしまうのか、あの男が傍にいないだけでどうしてこんなにも不安になるのか、咲はなにひとつ分からなかった。ただ自分が思った以上に肉体的にも精神的にも疲れているのだと気づいただけだった。
*****
しばらくして男が戻ってきて咲は安堵し、さっきまでの疲れはどこへいったのか身も心も軽くなるのを感じた。ご機嫌で男を見れば、男の手にはおにぎりを載せたお盆があった。おにぎりは不恰好で三角とは言えないでこぼこと米の塊といった感じで、のりもべたべたととにかくくっつけましたと言わんばかりのものだった。もしかしなくてもこれは目の前の男が作ってくれたのかもしれない、と咲は思った。きっと自分では簡単な料理もしないでいい環境にいたのだろう。それでも自分の為に一生懸命用意してくれたのだとしたら、それだけで咲はこの男のことをいい人だと思った。目の前に差し出されたおにぎりを躊躇なく掴みぱくつく。塩が使われていないのかはっきり言って味はただの米とのりでしかなかったが、今まで食べてきた中で一番美味しい気がして、自然と口元が緩んだ。
「──ゆっくり食え。食べながらでいいから話もちゃんと聞くんだぞ?」
咲は口いっぱいにおにぎりを頬張って、こくこくと頷いた。その様子が頬袋いっぱいに餌を詰め込んだリスのようで男は思わずぷっと吹き出してしまい、すぐに咳払いをしてなんとか誤魔化そうとしたが咲はまったく気にしていなかった。パクパクぱくぱく食べるのに夢中だ。
咲が食べている間に話をするつもりが、すごい勢いでぱくつく咲が途中で喉を詰まらせて大騒ぎして、結局は食べ終わるまで待つことになった。呆れ顔の男に見守られながら五つもあったおにぎりを全部ひとりで食べてしまった咲は、食べ終わってからもしかして男の分もあったのでは? と思い慌てて訊いてみたが、違うと言われホッと胸を撫で下ろした。いくらお腹が空いていたからといって、人の分まで取ろうとは思わない。
「ごちそうさまでした。おいしかったぁ」
両手を合わせ、お礼を言う。その頃には男は少しだけ毒気を抜かれた顔をしていたが、咳払いをしてすぐに真剣な顔つきになった。咲もそれに倣って佇まいを正した。
「──今お前がここにいるのは、俺がここに連れてきたからだ」
「うん? うん」
「どうして連れてきたかと言うと──お前が主人の『運命』だったからだ」
主人? 運命?
予想もしていなかった男の言葉に咲は「へ?」と間抜けな声をあげた。
男にそう訊かれ、咲は素直に「うん」と答えた。咲としては空腹をなんとかすることと、家に帰ることができれば無理に訊く必要もないとも思えたが、訊いた方が多分いいのだろうと訊くことにした。
「──長くなるから少し待ってろ」
男は咲に背を向けてそのまま出て行こうとして立ち止まり、振り向いて咲を見た。そして無言で近づいてきたかと思うと、床に座ったままだった咲の両脇に手を入れ持ち上げ、足がぶらりと宙に浮いた。そのままベッドに腰掛けさせ、今度こそ部屋から出て行った。
ひとり部屋に残された咲は、遅れてきた感情に思わずぷふっと吹き出してしまった。男の様子がというよりは、あまり年齢差はないように思うのにまるで自分を小さな子どものように扱われたことがおかしかった──いや、嬉しかったのだ。親を知らない咲にとって願っても叶わないことだったから。
「早く戻ってこないかな……」
ぽつりと呟く。初めて会ったはずの男の言葉になぜ素直に従ってしまうのか、あの男が傍にいないだけでどうしてこんなにも不安になるのか、咲はなにひとつ分からなかった。ただ自分が思った以上に肉体的にも精神的にも疲れているのだと気づいただけだった。
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しばらくして男が戻ってきて咲は安堵し、さっきまでの疲れはどこへいったのか身も心も軽くなるのを感じた。ご機嫌で男を見れば、男の手にはおにぎりを載せたお盆があった。おにぎりは不恰好で三角とは言えないでこぼこと米の塊といった感じで、のりもべたべたととにかくくっつけましたと言わんばかりのものだった。もしかしなくてもこれは目の前の男が作ってくれたのかもしれない、と咲は思った。きっと自分では簡単な料理もしないでいい環境にいたのだろう。それでも自分の為に一生懸命用意してくれたのだとしたら、それだけで咲はこの男のことをいい人だと思った。目の前に差し出されたおにぎりを躊躇なく掴みぱくつく。塩が使われていないのかはっきり言って味はただの米とのりでしかなかったが、今まで食べてきた中で一番美味しい気がして、自然と口元が緩んだ。
「──ゆっくり食え。食べながらでいいから話もちゃんと聞くんだぞ?」
咲は口いっぱいにおにぎりを頬張って、こくこくと頷いた。その様子が頬袋いっぱいに餌を詰め込んだリスのようで男は思わずぷっと吹き出してしまい、すぐに咳払いをしてなんとか誤魔化そうとしたが咲はまったく気にしていなかった。パクパクぱくぱく食べるのに夢中だ。
咲が食べている間に話をするつもりが、すごい勢いでぱくつく咲が途中で喉を詰まらせて大騒ぎして、結局は食べ終わるまで待つことになった。呆れ顔の男に見守られながら五つもあったおにぎりを全部ひとりで食べてしまった咲は、食べ終わってからもしかして男の分もあったのでは? と思い慌てて訊いてみたが、違うと言われホッと胸を撫で下ろした。いくらお腹が空いていたからといって、人の分まで取ろうとは思わない。
「ごちそうさまでした。おいしかったぁ」
両手を合わせ、お礼を言う。その頃には男は少しだけ毒気を抜かれた顔をしていたが、咳払いをしてすぐに真剣な顔つきになった。咲もそれに倣って佇まいを正した。
「──今お前がここにいるのは、俺がここに連れてきたからだ」
「うん? うん」
「どうして連れてきたかと言うと──お前が主人の『運命』だったからだ」
主人? 運命?
予想もしていなかった男の言葉に咲は「へ?」と間抜けな声をあげた。
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