僕と先輩と恋の花

ハリネズミ

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泣きうさぎに花束を

5 ねぇ、笑ってよ

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「――知り合いの話なんですけど」

 という前置きがあり、話された内容は家族に愛されずに育ち愛情が欲しくて堪らなかった少年が、折角得られた愛情を自らの手で捨ててしまった事に対する後悔。だけどそれでかけがえのない友情を手にする事ができた喜び、心の解放。

 呉君は後ろを向いたままだったからどういう表情をしていたのかは分からないけど、きっとこれは知り合いなんかじゃなくて呉君自身の事なんだと思った。

 そう思ったのは呉君が小野田のところでバイトをしている時、営業用スマイルはしていても誰かに媚びるように笑ってみたり誰かのご機嫌を窺うような事はしていなかった。呉君が話す延長線上にある人物なら正にそういう事をしそうだと思ったからだ。
 それに呉君は他人の大事な話をたとえ名前を伏せたとしても誰かに言ったりはしないはずだ。自分の話だからこそ言えたんだと思う。

 ふいに呉君の後ろ姿に幼い日の呉君が重なって、こちらを見ているように見えた。必死に何かに耐えるそんな小さな姿。
 どんなにか寂しい『人生』、と言うにはまだそうは長くはないけれど、だからこそ辛いのだと思った。物心ついた頃には家族から愛されていないと感じていて、それが欲しくて――欲しくて他人の顔色を窺い自分を殺して生きてきただなんて、誰がそれを責められると言うんだ。
 それでちょっと間違えてしまって自ら欲していた愛を捨ててしまったとしても、呉君を責める事なんて呉君自身にだってできやしない。

 今は吹っ切れたって事だったけど思い出すのは辛いはず。それでもこの話をしてくれたのは、不幸話のマウント取りではないはずだ。
 自分も変わる事ができたんだからって道を示してくれた?

 営業用スマイルもしてくれないって思ったけど、営業用だからしてくれなかった?
 無理を止めた呉君が俺にだけ笑わないのには意味がある? 俺が思うよりずっと前から本当を求めてくれていた?

 もしも俺が手を伸ばしたら呉君は――、どうする?

「ねぇ、笑ってよ……」

「何でですか? おかしくもないのに笑えませんよ」

「違う。面白くてじゃなくて、事務的でも義務でもなくて、に微笑みかけてよ」

 もう少しだけ力を貸して? 背中を押して? 俺に手を伸ばす勇気を下さい。

 呉君はゆっくりと振り向いて、「しょうがないな」って微笑んでくれたんだ。
 それは少しだけ苦笑交じりの笑顔だった。だからこそ本物だって分かる。俺に向けた溢れる何か。温かい何か。
 俺も自然と笑みが溢れた。何も隠す事も偽る事もなく、すべてを曝け出すみたいに。

「いい笑顔ですね」

「そっちもね」

 呉君に微笑まれると嬉しくて、楽しくて、愛おしくて――俺の心を満たしていく。

 小野田の言う事は本当だったんだなと思う。

『砂漠にも花は咲く』

 新しい花が、大きな花が綺麗に咲いた瞬間だった。

 俺は呉君に、恋をしている。



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