僕と先輩と恋の花

ハリネズミ

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泣きうさぎに花束を

3 うさぎの涙 ①

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 呉君の前でみっともなく泣いてしまってからも俺は素知らぬ顔で小野田の店に通い続けていた。相変わらず呉君はにこりともしないけど、毎日何かしら話すようになっていた。と言っても深い話ではなく暑いだの寒いだのそんな程度の事だ。
 小野田はそんな俺たちを見て困ったようにへにょりと眉を下げたけど、俺はそれに気づかないフリをした。

 好き、じゃないんだから。俺はいつものように小野田の店に来てコーヒーを飲んでいるだけ。そこにたまたま呉君がバイトしていて、少しだけしゃべったりするだけ。別に特別な事なんてひとつもない。
 そんな言い訳をして俺は呉君に会い・・に店に通い続けた。

 あいつへの気持ちに気づいて以来、初めての穏やかな日々だったと思う。何も求めず何を差し出す事もなく、何も恐れたりせずただ心地いいぬるま湯に浸かったまま。
 本当か嘘か、そう言えば砂漠にも花は咲くのだと小野田は言っていたなってふいに思い出したりして。

 だから気が緩んでしまっていたのだろう。気をつけていたのにあいつからの電話を取ってしまった。あいつが結婚して以来文字でのやり取りしかしなくなっていたのに。
 声を聴いてしまえば頷くしかない相手、会いたいと言われれば断れない。あいつだけじゃなく奥さんが一緒だとしても。
 俺は「分かった。今まで都合がつかなくてごめん」って謝って、次の休みの日に小野田の店で会う事にした。


*****

 約束の日まで緊張と後悔で胃がキリキリと痛んで、逃げ出したくてたまらなかった。神様に祈ってみたり、水風呂に何時間入ってたら風邪ひくかな? と試してみたり。あいつにこれ以上嘘はつきたくなかったから、ちゃんとした理由が欲しかったのだ。
 だけど風邪をひく事も大きく体調を崩す事もなく、断る理由になるような事がないまま約束の日を迎えた。

 今日はいつもの席ではなく、三人で座れるようにテーブル席だ。
 本当は小野田にも席について欲しかったのに運がいいのか悪いのか、俺にとっては確実に『悪い』なんだけどその日は客入りがよく、最初に挨拶に来ただけで仕事に戻ってしまった。と言っても同じ店内にはいるから、まだマシだと思いたい。

 久しぶりに会うあいつは少しだけふっくらとしていて、幸せなんだとわざわざ言われなくてもよく分かった。
 俺はというと長年鍛え上げた仮面を被り続け、聞きたくもないふたりの『幸せ』をにこにこと笑顔で聞き続けた。

 そしてそろそろお開きという頃にあいつがトイレに立って、テーブルに俺とあいつの奥さんだけになった時、彼女が言ったんだ。

「よかった。本当・・に忙しかっただけだったんですね。私宇崎さんが虎くんの事好きなんじゃないかって心配しちゃってたんですよ。男同士でそんなわけないのにね」

 くすりと笑う彼女の勝ち誇ったような笑顔と、勝者なのにそんな事を言って牽制してくる彼女に腹が立つというよりも、色んな想いが渦巻いて涙が――――。

 ぱしゃりと音がして、一瞬時が止まったかのように感じた。
 ぽたりぽたりと自分の身から滴る雫に気づき我に返る。

「――へ?」

「すみません。手が滑りました」

 見ると呉君は空になったコップを持っていて、滴る雫は俺が頭から水を被ったからなのだと分かった。

「ちょっとあなたねぇ!」

 と彼女が呉君に文句を言おうとするのを俺は止めた。

皐月さつきさん、大丈夫だから。そんなに怒っちゃ胎教・・に悪いですよ」

「でも……」

 今日会った時に教えられた妊娠。好き合って結婚してやる事やってればできても不思議ではない。本当ならそんな事聞かされたら泣き叫んでいたかもしれない。だけど、俺は笑顔を貼り付けたままでいられた。
 彼女があんな事言わなければ笑顔のままふたりを見送れたはずだったんだ。

「マスターすみません俺がうさぎさんに水かけちゃって、奥使っていいですか?」

 小野田が心配そうに頷くのを見て呉君は俺の腕を掴んで奥へと連れて行った。
 「ちょっと――」と彼女の声だけが追って来るけど全無視だ。

 話は全然違うと思うけど、選ばれなかった俺が今度は選んで貰えた気がして

 ――――少しだけ嬉しかった。



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