妖精社会/プロローグ

創作

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10_前兆

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「いやー、ほんと久々だわ。弥彦は逃亡中に狩りを始めたんだっけか」
「まあ、そうだ。正確には班が細分化された時からだ。というか、遊びって狩りのことだったのか」
 矢と弓の調子を確かめながら、言葉を返す。
 常に物が足りない状況の中でおいそれと遊ぶことはできない。こっそりやろうとしても後からお叱りを受けそうだ。陸もその辺は頭を回しているから、遊び≒狩りという感じに結び付けたのだろう。狩りなら、道中に話していても問題はない。一応、大義名分はたつ。
「あのねえ、陸。今回は三人集まったからいいけど。単独で森を動くのは控えて。門兵さん『陸は止めても効かねえから、放ってる』って言ってたよ。私たちと会った時も一人だったよね?」
「き、気のせいだろ。ってか、熊から助けたの俺だぞ。感謝こそされ、説教食らう言われはない」
 半分呆れながら注意をする春菜に対して陸は単独行動をしていたことを全く悪びれる様子もない。何かにつけての傲慢さは相変わらずだ。ただ生意気なだけならいいが話を聞く限り陸は相当腕が立つようで、側から見たらタチが悪い。
「弥彦、なーに後ろ歩いてるんだよ。お前も混ざれ」
 陸は身を翻して手招きをする。足場が不安定な森の中で器用な物だなと感心しながら応答する。
「兄妹水いらず、はもういいのか」
 何せ、一ヶ月半ぶりだ。積もった話もあるだろうと思って敬遠していた。しかし、そんなこともないようで俺の言葉を聞いた二人は一瞬キョトンとした顔をしたと思ったら、笑い出す。陸に限っては腹を抱えてひっくり返りそうになっていた。
「やっくん、そんなこと考えてたの」
「ほんとだぞ、弥彦。兄妹水入らずって、そんなに話すことないぞ」

「…話すことはなくても注意することはいっぱいあるけどね。いっても聞かないけど」

 春菜はボソリと小さな声で不平を漏らす。影ビトとの戦闘で瀕死になっているのだから、少しは自重してほしいと俺も思う。呑気な人の周りは割とストレスフルになりがちだ。ずっと一緒の兄弟なら尚更だろう。


「静かにしろ。獲物を見つけた」
 しばらく雑談をしながら歩いていると陸が突然、手を横に出して静止を促した。先ほどまでの雰囲気と打って変わり、シンとした何かが陸を包み込む。
「中腰で身を隠せ。足元には気をつけろ」
 言われるままに腰を下げ、草木に紛れる。するとおもむろに陸が矢を構えた。木々の間から射線が走る方に目を向けると、遠くに鹿が一匹いるのが見て取れる。しかし、ここからでは距離があまりにも遠い。近づくと逃げられるが、この距離では仕留められる確率は著しく低いはずだ。
 それでも陸は躊躇なく弓を携えたままジリジリと矢を引いていく。弓がもうこれ以上、しならない、というところまで引いて、その態勢のまま静止した。
 俺が「当たらないから、下げろ」と言うために立ち上がろうとすると春菜に肩を掴まれた。春菜は首を横に振って、「静止」を主張する。
 ビュン!
 瞬間、陸の手から勢いよく矢が放たれた。綺麗な流線を描く矢は獲物に吸い込まれるように飛び、さも当たり前のように頭蓋を射抜く。
「…あれが当たるのか」
 俺も逃亡中に他の人の狩りを見ていたが、常軌を逸した弓術を間近で見ると天賦が備わっているのではないかとしか思えない。弓矢を使用は命中率の低さ=狩りの能率の低下、のためにそもそも罠猟が大部分を占める。弓矢のいいところは食糧を時差なく確保できるところだ。狩りに弓矢を常備するのは肉食獣の撃退に有効であるからという理由がある。
「…はあ。なんで毎回当たるのよ…」
「俺だって外す時あるぞ。たまたまだ、たまたま」
 頭を抱える春菜の呆れる呟きに陸は即答する。おそらく自由人で他方に迷惑をかけている陸への不満と、超人的な弓術で集落の抱える食糧事情を支える陸への信用が脳内で鬩《せめ》ぎ合っているのだろう。

「そういえば今、森に三ヶ所罠仕掛けてるらしくてそれを見てきてくれって頼まれてたんだわ」

 仕留めた大型のシカの元へ向かおうとする陸がピタリと足を止める。
「それって何処」
「んーと。東方向に三つ。木の枝に布を巻き付けているからそれ見てこいってさ」
 俺の問いに陸は上を向いて思い出しながらそう口にする。
「なら、鹿の解体が終わったら、それをやることになるな。今日は日も落ちてきているから、罠の確認で帰還…って感じでどうだろう」
「ん、分かった」
「折角、三人だからもう少し狩りたいけどなあ…。夜の森で死にたくねえし…」
「あのねえ!…荷物持ちだったら今度してあげるから」
 本来、迷うはずのないことにうずうずと頭を悩ます陸に春菜が声を張り上げそうになる。しかし、一度深呼吸で自制し、陸に代替案を提示する。
「マジ?」
「…まじ。しかも弥彦付き」
 春菜は俺の方を見やる。俺はそれから「いい?」というニュアンスを感じたので首を縦に振ってそれを了承する。
「なら、それでいいわ」
 陸はスタスタと獲物の方へ歩いて行った。これ、ほんとに妹なんだよな。完全に兄である陸が主導権を握られてしまっている。家族によって違う物なのだろうか。そんなことを考えながら陸の後を追った。

「あっ。あった。印はあれだと思う」
 俺は覗いていた単眼鏡を陸の方へ差し出す。陸も同じようにして見てから「間違いない」と言ってそれを俺に返してくる。
「弥彦、他のを探してくれ。そしたら罠の方角がわかる」
「了解」
 手渡された単眼鏡で周囲を見回し、近くに別の印を発見する。
「南東」
「じゃあ、弥彦は時々、木々を見て印の確認をしてくれ。俺は周囲の警戒をする。春菜は道中、食べられそうなのを拾っておいてくれ。ここらへんはよく取れるからな」
「ん」
「わかった」

 俺は春菜と陸に了承の意を伝えてから、すぐさま次の印を見つけるために上を見る。今、俺たちの返事が淡白で陸がふざけていないのは日没が近いからだ。急いでも二つ確認できるかどうかだと陸が話していた。
 口頭での伝達の弊害で陸が想定していた距離よりも遠くに罠が設置されていることが先ほどわかったのだ。
「こんなことなら安易に請け合うんじゃなかったぜ」
 陸は後頭部をガシガシと掻きながら不平を漏らす。他の人は簡易的な地図を書いてもらうらしいが、面倒くさがりな陸は普段からテキトーにやっていたようでそれが災いして今の事態に至る。
「あーもう!陸のバカ!ほんと弓射るくらいしかできないんだから」
「なら、もう拠点に帰らないか?」
「「それはやだ」」
 俺の提案は即却下された。この兄妹は二人揃ってお節介な所がある。特に人からの頼まれごとに滅方弱いのだ。最低、一つは見てから出ないと却下され続けるだろうなと思い、再度レンズに目を当てる。
 すると、じきに夜の帳が落ちそうな空の中で何かが煌めくのが目に入った。それは時間が経つにつれ、こちらに近づいてくる。

「あれ、なんだ」

「弥彦、どうした」
 前を歩いていた陸が俺の呟きに気づき、声をかける。嫌な予感がする。
「何か、大きな光みたいなのがこっちに近づいてくる」

 瞬間、陸がこちらに走ってきて俺から単眼鏡を奪い取って、空を見上げる。すると陸の顔が引き攣り、拠点の方へ駆け出した。
「陸、どうしたの!」
「やばい。やばい。やばい」
 陸は焦っているのか春菜の声に反応しない。なんとか陸に追いついた春菜が静止させる。
「何が見えたの」
「……。あれは流火だ。おそらく集落の中に落ちる可能性がある」
 陸の言葉を聞いて天を仰ぐと既に肉眼で視認できるほど近づいていた。そして、俺は驚愕し、目を見開く。光の筋は一つではなく、二つ、三つ、…四つある。そのうち一つは多分、この近くに落下する。

「伏せて!」
 そこまで思考が及んだ瞬間、あたり一帯が激しい光に包まれる。反射的に閉じた瞼が開けない。
 そのまま全身を強い衝撃に襲われた。
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