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ピッ
ピピッ
ピピピッ

 室内に響く電子音。私はその電子音の発生源があるであろう場所に、タオルケットの中からゆっくりを手を伸ばす。そして音の発生源をゆっくりと撫で大人しくさせる。

 「…暑い」

 体を冷やしすぎないよう、冷房を夜中に切れるように設定していたせいで、湿った肌にパジャマが張り付く。そのじっとりとした嫌な感覚は二度寝の誘惑を取り払ってくれる。
 ふらつく頭を片手で抑えながら布団から起き上がると枕元にある眼鏡を手に取り、机の上にある写真に向かって手を合わせる。

「おはようお父さん。今日はいい天気だね」

 私は身支度を済ませると誰もいないリビングに向かう。そこには朝の挨拶を交わす家族はおらず、テーブルの上にある朝食と置き手紙だけがこの家に私以外の存在がいる事をし証明していた。

『おはよう。昨日のテスト見たよ。満点だったね!しおりはいつもべんきょうがんばっててすごい!今日はなるべく早く帰ってくるから、夕飯楽しみにしててね。』

 私の頑張りなんてお母さんに比べたら大したことない。お母さんは私よりも早起きして仕事に出かけ、私よりも遅く帰ってくる。
 
 今日はお母さんと一緒にご飯が食べれるといいな…

 朝食を食べ終わるとすぐに食器を洗う。誰もいないリビングで水が流れる音と食器の音だけが響いていた。
 洗面台の前に立って鏡を見ると、後ろ髪が少しだけ外側に跳ねている。私はお母さんが使っているヘアウォーターを静かに振りかけ、お母さんが使っている銀色び輝くブラシで髪の毛を優しく撫でる。

 ヘアウォーターで艶の出た髪を軽く手で触れる。薔薇の香りがする毛先を鼻先に近づけると、私ちょっちおだけお姫様になったような気分になる。

「いってきます」

 リビングに時刻を告げる時計の音色が響き、お姫様は夢から覚め現実に戻る時間。授業の開始までには少し早いけど私は家を出る。

 まだ誰もいない校舎。
 私はこの空間が好きだ。
 誰もいない教室で好きな本を読む。

 ジャンルは何でも好き。SF、歴史、ファンタジー、ミステリーそして恋愛。本の中には私が経験したことがない物語が沢山詰まっている。30分程本に集中していると、校門の方から生徒たちの声が聞こえ始める。
 読み終えた本を鞄にしまい物語の余韻に浸る。私だけの時間もそろそろ終わりだ。

 教室の扉が勢いよく開く。

「おはよーしおりちゃん!いつも早いね!」

「おはよ」

「あの~実は。昨日の宿題わかんないとこあってさ…」

「いいよ。見せてみて」

「うん!ありがと!しおりちゃん大好き!」

 生徒が登校し始めると学校は途端に騒がしくなってくる。友達の宿題が完成し、廊下側の窓をみると先生の影が映った。先生が教室の扉を開けた瞬間、扉と先生の隙間に滑り込んでくる1人の生徒。

「セーフ!」

 私のクラスメイトで幼馴染相沢勇人あいざわゆうと
 クラスの男子はたまに彼のことをふざけて勇者と呼ぶ。
 足が早くて、テストの点数も悪くない。ちょっとお調子者で明るくて、そこそこ人気もある。

 私はあまり得意じゃないタイプ。理由はと聞かれると、よくわからない。ただなんとなく苦手。

 彼は教室にある2つの空席を見比べると、何故か誰も持ち主がいないはずの廊下側の席に座ろうとして先生に怒られている。彼はバツの悪そうな顔をしながら、私の隣にある彼の本来の席に歩いてくる。
 まだ寝ぼけてるのかな?よく見ると頬にご飯粒が付いている。私は少し冷たくそれを指摘すると、なぜか少し嬉しそうな顔でご飯粒を口に放り込んだ。

 彼の態度に少しだけ違和感を感じるも始業のチャイムがその違和感をかき消した。

 相変わらずつまらない授業。
 先生は教科書に載っている情報をそのまま読み上げる。まさに教科書どうりの授業。先生の良いところを一つあげるとするなら、成績の良い生徒の行動はある程度見逃してくれることだ。私は図書館で借りた中学生向けの問題集を解きながら、たまに授業に耳を向ける。
 この時間は私にとって自習時間。先生も黙認していて誰も注意しない。私と同じく中学受験を考えている生徒にとってはありがたい先生だ。自分の勉強に集中していると時間があっという間に過ぎる。

 次は体育の時間。私はため息をつく。正直あまり体育の授業は好きじゃない。
 しかも今日の種目はドッジボール…相手チームにはあきら君がいた…負け確定だ。
 彼はとある事情から相手チームに向かって攻撃することができないという制約がある。しかし彼自身が倒されることが絶対に無い。絶対に倒されない兵士がいる限り、彼の所属するチームが負けることは皆無だ。

 あきら君の見た目は小学生とは思えないほどの威圧感がある。体格は大人顔負け。顔つきも怖い。新入生歓迎遠足の時、一緒に組んだ上級生の男子がふざけて『やくざ』とあだ名を付けて呼んだことがあったが、その場で投げ飛ばされ地面に転がされていた。その時から彼にちょっかいを出す人間はこの学校にはいない。

 勝敗の決定している試合なんてやる意味ないよ。さっさとアウトになってコートの外野に出よう。私はなるべく球の威力が落ちて、当たっても痛くないようにコートの1番後ろに下がる。
 競技が始まると何を考えているのかゆうと君がコートの1番前までゆっくりと歩き、あきら君を挑発しはじめた。
 ああ…彼は馬鹿のなのかな?せっかく先生が怪我人が出ないよう特別ルールを決めてくれたのに。
 あきら君は何が楽しいのか満面の笑顔で力いっぱいボールを投げる。ゆうと君は痛いと文句を言いながら、彼のボールから逃げずに受け止める。
 
 ゆうと君は手のひらを真っ赤にし、苦虫を噛み潰したようなかおをしている…名のに凄く楽しそうなのは何故だろう?
 そしてあきら君のあんな楽しい顔。まるで給食に時間に好物のカレーをおかわりする時みたい。

 2人のラリーが続くと、あきら君の表情に少しずつ焦りの表情が見え始める。次の瞬間あきら君と私の視線がぶつかる。

「あっ…」

(逃げなきゃ!)

 心の中でいくら叫んでも、足がすくんで一歩も動けない。あきら君がボールを持った腕を振り上げこちらに向かって下ろすと、私は恐怖のあまり両目を閉じる。
 
 …おかしい
 飛んでくるはずのボールの衝撃はいつまで経っても感じない。もしかしたら私はもう気を失っていて、目を開けたら保健室のベッドの上なんじゃないだろうか?
 そう思いながらゆっくりと目を開けると、目の前に1人の男子が立っていた。

相沢勇人あいざわゆうとだ。

 彼はあきら君から受け取ったであろうボールを投げ返し、この試合は終了した。

 2人の戦いの熱に当てられ周囲の生徒も声を上げ始める。
 一方で恐怖のあまり黙り込む子、たかが体育の授業に…と呆れる子。反応は様々だ。

 私はどっちだろう?

 チャイムが鳴り止み、2人がいくつか会話のやり取りを終えると彼と視線が合う。

 数秒視線が交わると、私は彼から目をそらし足早に校舎に入る。何故か私は彼の目を見ることが出来なかった。
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