淫獄の魔城

Ruon

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淫獄の魔城

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────カタン、カタン……。

 何かが音を立てて崩れ落ちていく。
 それは指の隙間から流れ落ちる砂のように、ゆっくりと形を帯びず、決して誰にも悟られないように崩れ落ちる。

 額から流れ落ちる冷や汗を拭い、背もたれに凭れて深夜二時の静かな孤独の時間を過ごす。
 胸の内側に張り詰める不安、そして恐怖を前にただ喉から手が出てしまいそうなほどの空腹に下唇を噛み締めて耐える。

大丈夫、あと少しだけ────。

 目を瞑って片膝を抱えて静かに耐えているとカタン、と遠くから音が聞こえる。そしてペタペタと足音を立てて何かが迫ってきているのに気付く。
 その音はすぐ近くで止まれば、閉ざされた瞼を持ち上げて顔を上げる。

「……メェ?」

 寝間着姿の黒髪の少年が首を傾げて名前を呼びかけてきた。
 その姿を見てホッとしたような、しないような不思議な顔を見せたメェと呼ばれる少年は静かに首を横に振った。

「……大丈夫。魔力が底を尽きそうなだけだから……大した事ないよ、休めばいいだけだから」

 自分に言い聞かせるように必死にそう答えると少年は「…そうか」と視線を落とし、かなり落ち込んだ様子を見せた。

「大丈夫だから……早く寝ないと明日、起きれないよ」
「……分かってる」

 特に明日、なにか大事な予定があるわけでもない。
 だがこれ以上、不安に駆り立てるわけにはいかず嘘偽りの言葉で自分を隠すように塗り潰してしまえば少年を早く寝かしつけようとする。
 それに気付いていながらも少年は何も言えず、ただ縦に頷いて部屋へと帰っていくだけだった。

 まもなく魔力が底を尽きる。
 そうなれば実態を保つ事が出来ず、流砂のように跡形もなく消えてなくなってしまうだろう。
 人に紛れて生きる淫魔にとって人の精こそが極上の食事であり、淫魔の生命を繋ぐ糧である。
 だが人と繋がりを断ち、果物に宿されたほんの僅かな生命だけを喰らって生きている淫魔のメェはこんな自分の身に危機が及んでいる状況でも何もせず、指を咥えているだけだった。

(……これ以上は……)

 足の指先から股関節まで陶器のように冷たくなっていく。
 それを我慢していたが耐えきれなくなったメェは四肢に力が入らないまま、壁や戸棚に手をつけて無理矢理立ち上がると戸棚の中にある籠の中に大事そうに入れられた林檎を取り出して口付ける。
 すると、みるみるとあっという間に瑞々しい真っ赤な林檎は色褪せてくすんでいき、まるで穴を開けて果汁だけ搾り取ったようにシワシワの塊へと姿を変えた。
 それをひとつ、ふたつと口付けて果物に宿るほんの僅かな生命を喰らうとメェは自己嫌悪に陥る。

(……なんて、醜いんだろう) 

 人間の成れの果てと呼ばれる淫魔は人の精を喰らって生きる。しかし、その道を選ばない淫魔は果物や野菜、人間が口で摂取する物から僅かな生命をかすめ取る。
 そうする事でしか、生き長らえる方法はなかった。しかし、同時にそれは自分が淫魔である事を裏付けて仕方がない事で淫魔である事を恥じるメェはただただ、それを繰り返して自己嫌悪に陥るだけだった。



 キッチンのシンクに捨てられたくすんだ赤色の物体。それを拾ってゴミ袋に入れると封を閉めてゴミの日だからとすぐ下のゴミ捨て場に出しに行く。
 何時に眠りについたのかは分からないが寝室ですすり泣きながら眠るメェに毛布をかけて家を出てきた黒髪の少年コアはゴミを捨てるとそのまま近くのコンビニに向かう。
 朝ご飯のために惣菜パンやカットされた果物を選んでカゴに入れるとレジに向かい、会計を済まそうとする。
 するとレジの店員と目が合い、にこやかに微笑まれた。

「あら、コア君。今日も早いわねぇ、最近弟さんはどう? もう何年も見かけないけれど元気?」

 レジで接客してくれたのは中年の女性店員。以前からよく話しかけてくれ、コアをよく気にかけてくれる優しい人だ。

「……最近、体調が優れないみたいで……」
「あら、そうなの? 辛いわねぇ……それにしてもコア君、昔からちっとも成長しないわねぇ。まだまだ育ち盛りなんじゃないの?」
「え、あ……あはは」

 数年前となに一つとして変わらない。確かにそうなのだろう。育ち盛りの学生に見えるコアはいまだ148cmと背は低い。
 弟と呼ばれるコアよりも何十年、何百年とで生きているメェも140cmとかなり小柄なのだから幼く見えて仕方がないだろう。
 淫魔は基本、成熟した人が多い。豊満な胸や逞しい筋肉。それは搾取される側の人間の性的興奮を高めさせ、より質のいい精を搾り取れる。
 そうじゃなかったとしてもスラッと背が高かったりと皆、大人びてみえるらしい。
 しかし、淫魔でも何らかの理由で未熟児のまま、育つ子が一定数いる。それが淫魔であるメェやコアである。
 人より長命でありながら、成長しないという不便な肉体を有するコアはただ苦く笑うしかなく、買い物を済ませると店を出る。
 店を足早に出て離れるとポケットに忍ばせていたスマホを取り出し、画面を凝視する。
 画面『今日は来るのか』と書かれた新着メッセージが届いている。それをタップし、アプリを開くと手早く入力する。今日は行く、と。
 その連絡をするなり、スマホを再びポケットにしまえばコアはば早足で次の目的地に向かう。
 向かった場所はとあるマンションの一室。
 この部屋に住む人とは、ある決まりを交わしている。コンコンコンッと三回ノックしたあとにインターホンを押す。すると程なくして扉が開かれて自ら中に入る。
 中に入れば背の高い男が一人。ガラが悪く、口周りにはいくつものピアスがついている事から決して素行がいいようには伺えない。
 コアの真上を覆うように軽く体を伸ばして扉の鍵を掛けられると男は「フーッ」と息を吐く。

「よく来たな、コア。いつものでいいんだろ?」
「……うん、いつもの……お願い」
「準備出来てるぜ。 ほら、早くしゃぶれ」

 そう言って男は薄いゴムがはめられた肉棒を取り出せばしゃぶるようコアに促してくる。
 荷物を足元に置いて軽く膝をついたコアは目の前に出された肉棒を慣れた動きで口に咥えむとコアは喉奥まで咥え込むなり、頭を動かして咥内全体を使って肉棒を扱く。

「ん、んぐぅ…ぅ…っ」

 息を漏らしながら頭を動かして器用にしゃぶりつくその様は大人顔負けのテクニックで、上目遣いで見上げる顔は飼い慣らされた犬のように感じられ、それがかえって男を優越感に浸らせる。
 満足気に舌鼓を鳴らせば男はコアの頭を乱雑ながらも褒めるように撫でる。

「あぁ~、ゴム付けてても滅茶苦茶いいな…なぁ、今日ぐらい中いいんじゃねぇか?」
「う、う…ん、ぐ……ッ」

 その問いに答えるべく、フルフルッと首かま左右に振る。
 この男とはたまたまコアが買い物している時にぶつかって軽い怪我をさせた事がきっかけで関係を持つようになった。幸い、無理難題な要求は多いが肉体的な関係を持たないよう、こうして口淫で関係を済ませている。
 ゴムをつけるのはこの男が出したのを持ち帰ればメェの食事となるからだ。嫌だとしても実の母親の為ならば、と自らを犠牲にコアは口で満足させるべく、調べて学んだ方法で肉棒を奉仕する。
 男を惑わすために淫魔特有のざらついた舌でゴム越しに雁首や裏筋を撫で、ジュルルッと音を立てて搾り取るように吸い付く。

「う、く…_!!_ 出すぞ…_!!_」

 男は耐えきれなくなってきたのか、コアの頭を押さえつけて背後にある扉に押し付けるように腰を打ち付けてゴムの中に二日ほど溜め込んだ精液を吐き出した。
 ビュルルルッとゴムの中に注ぎ込まれた精液。それを引き抜くと同時にゴムを回収して口を縛れば、まるで汚い物を触るように袋を包み込んで鞄にしまう。

「あー……出した…。なぁ、コア…それ、何に使ってるんだ?」

 満足げに息を漏らす男は恍惚とした表情を見せながらコアに問いかけた。
 それに対して露骨に嫌だという事を態度に表すとコアは顔を背ける。

「何って……別にいいだろ、ちゃんとしてやってんだから」

 コアは例えどんな人が相手だろうと引かずに強気な態度で接する。それは時に生意気だと捉えられてしまい、それが災いとなり相手に怒りを買ってしまう事がある。
 男もまたコアを格下に見ており、生意気な口の利き方に早くも堪忍袋の緒が切れるとコアに迫る。

「あぁ? お前、前々から口の利き方がなってねぇなって思ってたがこのクソガキ……」
「クソガキだぁ? お前なんか俺が本気を出せば───ん、ぐぅッ_?!_」

 ギャンッと吠えるようにコアは反論しようとすると開いた口の隙を突いて肉棒が突き入ってきた。
 いきなり咥内に肉棒が入ってきたのに驚きを隠せない上に精液を出したばかりという事も相まってねっとりと白く粘っこい液体が絡みついた肉棒が喉奥まで挿入されると嫌でもその味を咥内全体で味わう事になる。
 苦く不味い、そう舌で感じたはずが直後に上塗りされるようにとろけるほどの甘美な味だと脳が認識する。

(なん、だコレ…_!?_ これが、淫魔の……ん、んんッ_!!_)

 コアは自分も淫魔である可能性は理解していたがそうではない と否定していた。
 それは普段目深にかぶった帽子によって見えないだけで角とやや縦に長い耳、そしてズボンのうちに隠された細長い尻尾が自分を未熟な悪魔だと認識させているからだろう。
 それらの要素だけでも充分、淫魔だと裏付けるというのに認められないコアはこんな事はおかしいと思い込みながら睨むように男を見上げる。

「フ、ゥ……フー……ッ_!!_」
「おーっ、怖い顔。でも、ちょっと尖った八重歯でカリカリされるのすっげぇ気持ちいいから許してやるよ。ほら、オナホは大人しくしゃぶっとけ!」
「ん、ゔ…ッ_!!_」

 頭を押さえつけられ、パンッパンッと激しく打ち付けられる。鼻頭が肌に触れて痛くなるという事をお構いなしに喉奥を突き上げられ、咥内を犯されると最後は力任せに頭を押さえつけてビュゥッと二度目の射精を受ける。
 喉奥に流し込まれる精液、それを必死に飲み込むべく悪戦苦闘していればゴクンッと大きな音を立ててようやく飲み下した。
 味は先程と同じで頬がとろけるほどに甘美で無意識のうちに表情が緩んでしまう。

「なんだ、あんなに嫌がってたくせに悦んでんじゃねぇーか。ならケツでさせろよ、エロガキ」

 流石に口淫した後にこんな緩んだ顔を見て普通の男の子とは思わないだろう。
 それを見た男が迫ってくれば流石に身の危険を覚えた。割り切ってそういった関係になっていただけで身体を差し出す気はない────それを今一度、再認識すればコアは身体に向けて伸びる手を振り払うとドアノブに手をかけてガチャガチャと揺さぶりながら鍵を開ければ転がるように外に出る。

「も、もうお前とはしないからッ_!!_」

 そう言って家を飛び出せば急いで逃げる。
 あまりにも気を許しすぎてしまっていた。その事を反省しながら急ぎ足で古い戸建てに帰ってくると部屋の鍵を開けて中に入ればようやくホッと一息つく。
 すると家を出た時は綺麗に整えられていたのが、脱ぎっぱなしの服が乱雑に散りばめられた部屋はほんの少し、甘い香りがしている。
 蜂蜜の香りがするシャンプーの匂いだろうか。スンッと鼻を鳴らしながらコアは家に入ると服を拾い、洗濯カゴに入れると寝室に向かう。
 二階にある部屋に敷かれた布団の上ですやすやと眠る一人の少年。クリーム色の髪はうねるように跳ね、渦巻きの角や牛のように垂れた耳、ほんのり赤い鼻など全てが人から随分と離れた姿をしている事を再認識させる。
 それらは少年そのものが人ではない事を紛れもなく表しており、ひいてはコアも人ではない事を証明していた。

(……淫魔、か)

 物心つく頃から人間の住まうこの町で母親である少年メェに育てられてきた為、悪魔や淫魔といった類はよく分からない。
 ただ分かる事はこの何年間は人との接触を絶っているメェは日に日に弱々しくなっている事、それを抑えるのは精──即ち精液が必要だという事だ。
 図書館で借りた人間が戯れで書いたであろう蔵書にはそう書かれていた。それからコアは人の手を借りて精液をかき集めるようになった。

(本当にこれを望んでいるのか…分からないけど、少しでも可能性があれば……)

 なんとか用意した精液が入ったゴムの口を開ければメェの口を開けてゆっくりと流し込む。
 丸ごと飲み込ませるとあとは起きるのを待つのみ。キッチンで洗い物をしていようとキッチンに向かい、口をゆすいでからゆっくりと洗い物をしていれば暫くして、洗い物が終わる頃に聞き慣れた声が聞こえてきた。

「コア~、コアどこ~?」

 そう呼びかけてくる眠たげな声は紛れもなくメェの声で、二階からとてとてと小さな足音を立てて下りてくればコアを捜す。
 その声を聞いたコアは洗う手を止めると振り返った。

「メェ、どうした? なんだ、朝ご飯か?」
「ん~? お腹は大丈夫……寧ろ、今日はなんだか身体が楽なんだぁ」
「そっか、それはよかった。朝ご飯食べたくなったら買ってきてあるからこれ食べておいて」

 そう言って洗い物を済ませるとコアはメェに朝食用に買った惣菜パンを出せば再び買い物に出ようとする。
 次は昼食、夕飯の買い出しだ。本来は朝のうちに一緒くたに済ませればよかったもののスーパーの開店時間や精液の回収を考慮してコアはメェに早く精液を飲ませたからこそ、急いで出てしまった為、買えなかった。
 だからこそ、次はちゃんと昼も夜もしっかり買おうと買い物に出ようとコアは鞄に荷物を詰めるとメェは寂しそうに項垂れる。

「い、行くの…?」
「ああ、買い物に行かないとメェも困るだろ? なんか美味しいケーキとか買ってくるから待ってて」
「ん……」

 メェが外に出なくなって数年。人を見ると自分の愚かな部分が滲み出てしまうから、と言って出なくなったメェの代わりにコアは買い出しに出ているが定期的にメェは孤独に押し潰されそうなのか、コアの裾を掴んで行ってほしくなさそうにする。
 だが、これも仕方がない事で諦めさせればコアは外に出ると買い物に行く。
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