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2巻
2-2
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「お、お待ちください、ジン様!」
すると今度はギルド内の人間がざわざわしはじめた。
「馬人族だって?」とか、「なんでここにいるんだ?」などという声が聞こえてくる。
こいつらまで、いったいなんなんだよ!?
「ジン様、事情は後ほどお話ししますわ。今は目的を果たしましょう」
デメテルはフードを深く被り直し、毅然とした態度でカウンターに向かった。
僕は釈然としないままデメテルの後を追った。
念のため、先ほどのガラの悪い酔っ払い達は【気配察知】で監視しておく。
カウンターに着くと、受付の職員が僕に声をかけてくる。黒髪で眼鏡をかけた普人の女性だ。
「こんにちは。本日はどういったご要件でしょうか?」
「冒険者登録がしたいんだが」
「承知しました」
彼女は冒険者についての簡単な説明をしてくれた。
時々僕も質問しながら内容を理解していった。
依頼の種類やランク制度、冒険者の権利の話が中心だった。
依頼には通常依頼と指名依頼があるらしい。
「通常依頼」は掲示板に貼られており、冒険者ランクに応じた依頼を受けられる。
「指名依頼」はギルドから冒険者に直接依頼するもので、冒険者ランクは関係しない。
ランクはFから始まり、E、D、C、B、A、Sの順に上がっていく。
一方魔物にもランクが設定されており、冒険者ランクと魔物ランクは概ね実力が一致するように設定されている。
つまり、Cランクの冒険者とCランクの魔物は互角……という具合だ。
冒険者ギルドに登録すると、年金・保険といった福利厚生を受けられる。また、冒険者証は身分証明書として使うことができて、ギルドと契約している町であれば通行税はかからない。
ざっとこんな感じだ。
ランク制度や冒険者を守る仕組みも充実してそうだし、冒険者証がやっぱり便利そうだ。
「ありがとう。良く分かったよ」
「いえ。今すぐ冒険者登録しますか? それとも、一度検討してからにしますか?」
「登録するよ」
僕が答えると、女性は一枚の紙を差し出してきた。
「分かりました。それではこちらの登録用紙に記入をお願いします。また、冒険者登録には入会金と年間登録料がかかり、合わせて銀貨二枚が必要になります。こちらは先払いの他に、分割払いや報酬からの天引きが可能ですが、いかがいたしますか?」
冒険者登録って、お金がかかるのか。福利厚生もあるし、当然かも。
「じゃあ、先払いで」
僕は金貨を一枚渡す。
受付職員はなぜか少し驚いた様子だったが、「お預かりします」と言うと、お釣りを準備し始めた。
僕はその間に登録用紙に記入する。名前と特技だけ書けばいいらしい。
名前はジンで、特技は剣と魔法っと。
【言語理解】のおかげか、当たり前のようにこの世界の文字を書けている。
用紙への記入を終えると、職員からお釣りを受け取った。
彼女は別の職員に冒険者証の作成を依頼すると、小さい声で僕に話しかける。
「お名前はジンさん、ですね。念のためお伝えしておきますが、普通、冒険者になる方で登録料を前払いする方はおりません。仕事を始める前にお金を持っている方は、この業界では稀ですので」
「へー、そうなんだ」
「はい。では、そんな稀な冒険者はどうなると思いますか?」
「……さ、さあ?」
「悪い冒険者に狙われます」
えー!? それ先に言って!?
そんな話をしているうちに、冒険者証の作成が終わったようだ。
「お待たせしました。こちらがジンさんの冒険者証です。これからよろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしく」
さっきの話に不安を覚えつつも、僕は冒険者証を受け取る。
前世で言う免許証くらいのサイズだな。
名前、特技、現在のランクである「F」が記載されている。
「そうだ、職員さん。この町で良い武器屋ってあるかな? あと武器に属性付与できる人も探しているんだけど」
僕が問いかけると、眼鏡の女性が改めて自己紹介した。
「ローザと申します。どうぞお見知り置きを。冒険者ギルドでは、大通りに面した大きな店構えの武器屋をお勧めしています。老舗ということもあって、品質の良い商品ばかりです」
ローザは眼鏡をクイッと上げて説明を続ける。
「属性付与についてですが、お持ちの武器に属性付与できる――いわゆる付与術師は、残念ながらおりませんね。ここよりもう少し大きな町に行かないと、会うのは難しいでしょう」
「そうなんだ。色々と教えてくれてありがとう、ローザ」
「どういたしまして。ギルドを出たらお気をつけください」
最初は事務的なタイプかと思ったけど、実際はかなり親切な人みたいだ。
「よし、行こうか」
僕の言葉に、デメテルが頷く。
帰り際に色々なところから視線を感じたが、無視して冒険者ギルドを後にした。
武器屋の方向に少し歩くと、道の真ん中に先ほど冒険者ギルドでぶつかってきた狼人族の男が立っていた。
どうやら先に出て僕達が来るのを待っていたようだ。その男が話しかけてくる。
「おい、馬人族。なんでお前がこの町にいるんだ? 獣人の国を追放された罪人どもには、町に住む権利なんてねぇんだよぉ!」
馬人族が罪人? いったいどういうことだ?
「……あなたには関係ありませんわ。そこをどいてください」
デメテルが毅然と応えると、男の顔が引きつる。
「な、なんだと!? 馬人族のくせにその態度、生意気だぞ!」
「随分と喚く犬ですわね。耳障りです、黙りなさい」
へえ、意外と言うねぇ、デメテル。嫌いじゃないよ、そういうの。
「お、俺は犬じゃねぇ! 狼だ! 貴様は絶対に許さんぞぉ!」
狼人族の男は顔を真っ赤にして激昂する。今にもこめかみの血管が切れそうだ。そして彼は怒りの矛先を僕にも向けてきた。
「俺は隣の『緑眼』かぶれにも用がある。お前、新人のくせに随分金を持っているようだなぁ。どうやって稼いだか知らないが、まともなやり方じゃないんだろ? 先輩達にも少し恵んでくれや!」
男がそう言うと、僕達の背後からさらに四人の狼人族が姿を現した。
まぁ、冒険者ギルドからこいつらの動きは【気配察知】で把握していたから、なんとなく気づいていたけど。やっぱりローザの言う通り、僕も狙われていたらしい。
デメテルを見習って、僕も少し煽ってみる。
「おい、犬ども。今なら特別に見逃してやろう。痛い目に遭いたくなければ、さっさと尻尾を巻いて逃げるんだな!」
「な、なんだとぉ!? Fランクのくせに舐めやがってぇ……! 俺たちはCランク、お前らは終わりだぁ!」
ほう、Cランクか。どのくらい強いのか楽しみだな。
「こいつらに手加減はいらん! 殺っちまえ!」
周囲に耳目があるというのに、狼人族が襲いかかってきた。
デメテルが前方にいるリーダー格の男を相手にするようなので、僕は後方の四人を相手にする。
狼人族は各々が武器を取り出して突っ込んできた……しかし、思ったよりも動きが遅い。
僕は【収納】から出した鉄の剣を振り下ろし、一人目のナイフを叩き落とした。
「へ?」
男は何が起こったのか理解できないらしく、地面に落ちたナイフを見て呆然としている。
他のやつらも似たような攻撃をしてくるので、僕は同様に彼らの武器を叩き落とした。
「……な、なんなんだよ、お前!? 本当にFランクか!?」
「僕の方こそ、お前ら本当にCランクかと問いたい。ちょっと弱すぎないか?」
「こ、この野郎ぉ……!」
狼人族達は顔を真っ赤にして怒っている。ちょっと煽りすぎたかな……?
とはいえ、こういう輩にはもう少しお仕置きが必要だ。
僕は【身体強化】で彼らの背後に回り込むと、剣の柄でそれぞれの後頭部を殴った。
狼人族はいとも簡単に気絶していく。
デメテルの方を見ると、すでに狼人族をのしていた。男は前のめりで地面に倒れてピクピクしている。あれは金的だな、痛そう……
「ジン様、私のせいで面倒事に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした……」
「いやいや、全然そんなことないよ。僕も狙われていたわけだし。それに冒険者の強さも分かって、ある意味有意義だったよ。さあ、行こう」
僕達は倒れている狼人族をそのまま放置して、武器屋に向かうことにした。
しばらく歩いたところで、デメテルが少し緊張した面持ちで僕に話しかける。
「ジン様。先ほど狼人族の一人が、私のことを『獣人の国を追放された罪人』と言っていましたが、あれは事実ですわ。私達馬人族は昔、様々な獣人が住む国で平和に暮らしていました。ですがある時、国家に対する反逆罪に問われて国を追われたのです」
「……そうだったんだ」
「その後は別の国に住もうとしても、先ほどのように他の獣人に蔑まれ、平穏な生活を送ることができませんでした。そのため、住む場所を転々として、現在は人目につかない樹海で、慎ましく暮らしているのです」
「それは苦労したなぁ……これからは幸せに暮らしていけるといいね」
「はい…………え? そ、それだけですか? 馬人族がどんな大罪を犯して国を追われたのか、聞かないのですか……?」
なんかデメテルが目を丸くしている。
「うーん、正直言って、あんまり興味ないかな。それを聞いたところで、僕達の関係が変わるわけじゃないし。ただ、聞いて欲しい時は言ってよ。それくらいなら僕にもできるから」
短い付き合いではあるけど、馬人族はみんな、どう見ても悪人ではない。
きっと罪を擦り付けられたとか、そんなところだろう。
「ジン様に見放されることも覚悟しておりましたが、まさか興味もないとは……」
「そ、そういう意味じゃなくて──」
「分かっておりますわ。ありがとうございます、ジン様!」
不安げだったデメテルの顔が、笑みでパアッと明るくなる。
良かった。この子にはこういう表情がよく似合う。
そんな話をしていたら、いつの間にか目的の武器屋に到着した。
店は確かに広くて、普通のコンビニの倍くらいの面積がありそうだ。
しかも、置いてあるものは全部武器か防具。こりゃ凄い!
初めてだし、一つ一つ見ていきたいけど、そんな時間はないか。
僕はカウンターにいる恰幅のいい普人の男性店員に話しかける。
「聖属性の武器を探しているんだけど、この店に置いているかな?」
「いいえ、大変申し訳ないのですが、取り扱っておりません……」
マジか……もしかして結構レアなのかな。
「ですが、他の属性付与された武器ならございますよ? 店頭には出していない希少品で値が張りますが……ご覧になりますか?」
「へえ、ぜひ見せてくれ」
「おお! 少々お待ちください!」
店員は嬉しそうに返事をすると、物凄い速さで店の裏に入っていった。
めちゃくちゃ売りたそうだな。さっきの狼人族の二倍は動きが速い。
「お待たせしました。こちらです!」
店員は美しく光り輝く剣を一振り持ってきた。ちょっと【鑑定】してみるか。
〔真銀製の細剣。攻撃力+220。属性付与:火属性。追加効果:運+20。ドワーフの鍛冶師が鍛えた逸品。非常に軽いが、切れ味は抜群〕
おお、真銀だ! でも、火属性か。対アンデッド用と考えると聖属性が一番なんだけどなぁ。
「これっていくら?」
「金貨十枚でございます」
一振り約一千万円……真銀高けぇ。まあ、買うけど。
「ください」
僕が即答すると、デメテルが素っ頓狂な声を出す。
「ジ、ジン様!?」
「まぁまぁ、お金はあるから大丈夫だよ」
先ほどの小袋を取り出し、金貨十枚を支払った。
「毎度あり!」
店員は満面の笑みだ。売れたのが相当嬉しいらしい。
購入した商品を受け取ると、頭の中であの声が聞こえた。
〔【鑑定】がLv4になりました〕
お、ラッキー。ちょこちょこ使ってきたもんな。
レベルが上がって鑑定結果の説明が増えているかもしれない。確認してみるか。
〔真銀製の細剣。攻撃力+220。属性付与:火属性。追加効果:運+20。等級:希少。エデッサに住むドワーフの名工ギッスルが鍛えた逸品。非常に軽いが、切れ味は抜群。素材の原産地は樹海中央部〕
やっぱりちょっと増えている。
この町に住んでいるドワーフの名工が製作した武器で、真銀は樹海産らしい。
等級っていうのは、武器のランクみたいなものか。
……鍛冶師がいるってことは、もしかして武器の注文ができるんじゃないか?
全然武器が手に入らなかったから、作れるなら作りたい。
これから樹海に来る鼠人族のサスケ達の分を用意してあげたいんだよなぁ。
僕の【収納】に入っているやつは、あんまり強くないし。
あれこれ考えている僕を見て、店員が首を捻る。
「……お客様、どうされましたか?」
「この店で武器の注文はできるかな? できれば、ドワーフの鍛冶師さんに頼みたいんだけど」
「よ、喜んで! どんな武器にいたしましょう!?」
店員がカウンターから身を乗り出してくる。圧がすげえ……
さて、どんな武器を作ってもらおうかなぁ。
サスケ達って、忍者感があるし、やっぱりそっち系の武器がいいよな。メインは忍者刀で、クナイや手裏剣、撒菱なんかもあると、より忍者の雰囲気が出る。
僕がそういった武器のイメージを説明していくと、店員は「ほう!」「それは面白い!」なんて言いながら、何度も頷いてメモを取る。
「あと、素材は真銀で、聖属性の属性付与もつけてもらいたいんだが」
ギルド職員のローザは、手持ちの武器に属性付与できる人はいないと言っていた。
でも、さっき購入したドワーフ作の細剣にはついている。
つまりそのドワーフは、武器製作時であれば、なんらかの方法で属性をつけられるのではないだろうか、と考えたのだが……
「大変申し訳ありません。実は現在、真銀も属性付与用の魔石も不足しており、残念ながら、そういった武器の製作は難しいのです……」
そうなんだ。とはいえ、魔石とやらがあれば属性付与できるらしい。
でも、素材が不足しているって、なんでだろう?
理由を聞いてみると、樹海には真銀と魔石の鉱床があるが、採掘に行ける冒険者がいないらしい。そもそも樹海に行く冒険者自体が減っており、武器や防具の売れ行きも悪くなっているんだとか。
だから売りたい圧が凄いんだな、このお店。
なら仕方ないか……今ある一番良い素材は鋼らしいので、それでお願いすることにした。
サスケとネズミ達の分で、二十一セット。費用は金貨十枚だそうだ。
三日後には出来上がるから、取りに来てほしいとのこと。
一ヵ月以上かかると思っていたけど、めちゃくちゃ早い。
「本日はたくさんの商品をご購入いただき、ありがとうございました。私、この店の店主をしているエウゲンと申します。またのお越しをお待ちしております、ジン様」
この人、店主だったのか。いつの間にか名前を覚えられている。
「ああ、また来るよ」
店主のエウゲンに挨拶して店を出た。
少し歩いたところで、先ほど買ったばかりの細剣を【収納】から取り出した。
「はい。これはデメテルのために買ったんだ。きっとこれからの戦いで役に立つと思う。世話になったお礼も兼ねて、貰ってくれるかな?」
「え? お、お世話になっているのはこちらの方です! にもかかわらず、このような貴重な武器、受け取れませんわ!」
そう言って、デメテルは細剣を僕に突き返そうとする。
「いやいや、町に来てから何度も助けてくれたでしょ?」
「で、ですが──」
「いいから、気にせず使ってほしい。貴重だって言うけど、僕はそのうちもっと貴重な武器を手に入れるつもりだしね。だから、今後も色々と協力を頼むよ!」
「……分かりました。ではこちらの剣、謹んで頂戴いたしますわ」
「うん、そうしてくれ!」
この後、僕らは目についた店に寄って、食料や回復薬を大量に調達した。
一通り買い物を終えて町を出ると、再び守衛に声をかけられた。
「なぁ、あんた達、さっきは樹海の方から来たみたいだが、まさか入ったりしてないよな?」
え、ダメなの? そういえば武器屋店主のエウゲンも、樹海に行く冒険者が減っているとか言っていたな。ここは入っていないことにしておくか。
「も、もちろんそんな真似はしないさ」
「だよな。入っていたとしたら、もう生きちゃいねぇだろう。そもそも、あそこは強力な魔物の巣窟だ。しかも、今は死霊の賢者とか、それを超える化け物、死霊を統べる大賢者が幅を利かせているって噂だからな」
……それって、もしかして屍術王のことか?
どうにも最近棲みついたかのような言い方だ。たしかやつは五十年前に来たはずだが……
「……その死霊を統べる大賢者とやらが棲みついたのは、最近のことなのか?」
知らないふりをして聞いてみる。
「いや、正確には分からんらしい。樹海を調査できるやつなんて限られているだろ? 最近になってA級冒険者がエデッサに来たんで、調査を依頼したら、とんでもないアンデッドの大群を見たらしい。そこに死霊の賢者と死霊を統べる大賢者がいたんだと」
ふーん、そういうことか。にしても、とんでもない大群って、マジかよ……
「おいおい、顔が真っ青だぞ? そんなに心配しなくても大丈夫さ。何せギルドからアンデッドどもの合同討伐依頼が出ている。もしかしたらお前さんの好きな『緑眼』も参加するかもしれねぇぞ? だから安心しなっ! わははははっ!」
怯えているとでも思ったらしい。守衛はそう言うと、僕の背中をバンバン叩く。
ゲホッ! ゲホッ! なんつー力だ、このおっさん!
っていうか、僕はアンデッドだから顔が青いだけで、別にビビってるわけじゃないんだからねっ!
……おっさんには今度、情報のお礼に差し入れでも持ってくるか。
そんなことを考えながら、僕達は町を出て村へ戻った。
◆
樹海北部と中央部の間を横断する地溝帯。
その中で最も深く巨大な地溝……通称竜のゆりかごの麓に、一つの洞窟があった。
入り口には鋼鉄の門がはめられ、漆黒の重鎧を身につけた、体長二メートルを優に超える巨大な骸骨が、侵入者を寄せ付けまいと目を光らせている。
洞窟の中は岩壁をくり抜いて造られた複数の部屋からなっており、外から見る以上に広い。
その部屋の一つに、天井や壁が美しく磨かれ、床には真っ赤な絨毯が敷かれた、まるでどこかの王城の広間のような場所があった。
部屋の奥には白い大理石製の玉座が据え付けられている。
玉座からは、周りの景色が歪むほど濃度の高い魔素が立ち上っており、そこだけが異空間に存在するかのように見える。
だが、魔素の出所は玉座そのものではない。そこに座る一体のアンデッドから流れ出たものだ。
黒を基調とした生地に金の刺繍があしらわれた豪奢なローブを身に纏い、金色のサークレットを頭に被った骸骨。
骨の一本一本が強力な魔素により色も材質も変容しており、眼窩には血よりも赤い光が宿っている。
その魔物こそアンデッド最上級種族の一角、死霊を統べる大賢者であり、強力な術を操る姿から、畏怖を込めて屍術王と呼ばれる存在であった。
何かを感じ取ったのだろうか。眼窩の光が小さく揺らぐと、彼はおもむろに口を開いた。
「アルバスが死んだ。どうやら馬人族に敗北したようだ」
重低音のような声が部屋に響く。
すると、配下の一人が驚愕して彼の顔を見た。
「ま、まさか!? それは本当ですか、ラザロス様!?」
「うむ。余も驚いたぞ、デスピナよ。やつは避難場所に籠城している馬人族を攻めている最中だったはずだ。だが、今際の言葉を最後に、やつからの連絡が途絶えたのだ」
「な、なんと、信じられません……」
突如飛び込んできた訃報に、デスピナは絶句する。
彼女と同じ死霊の賢者であるアルバスが、弱小種族である馬人族に返り討ちに遭うなどと、誰が予想できようか。
馬人族にそれほど強力な存在がいたというのか。それとも別の存在の仕業なのか……
デスピナにとってアルバスは、扱いに困る同僚だった。
研究熱心な面は認めざるを得ないが、趣味や性格は受け入れ難い。
そのため、たまに会ってもほぼ会話がなく、決して仲が良いとは言えなかった。
とはいえ、ラザロスに数十年もの間共に仕えてきた仲間の一人だ。衝撃を受けないはずがない。
「ア、アルバスの今際の言葉とは、いったいどういうものだったのですか?」
「助けを求めていたよ。だがその直後、相手にとどめを刺されたらしい。残念だ」
ラザロスはそう言うと、小さく首を振った。
…………数十年仕えてきた部下が殺されたというのに、それだけ?
もっと感じるものはないのだろうか。もっと、怒り、悲しみ、嘆き、苦しまないのか。
デスピナの頭にそんな疑問が浮かんでくる。
だが、彼女は決してそれを悟られないように注意を払いつつ、別の質問をぶつけた。
すると今度はギルド内の人間がざわざわしはじめた。
「馬人族だって?」とか、「なんでここにいるんだ?」などという声が聞こえてくる。
こいつらまで、いったいなんなんだよ!?
「ジン様、事情は後ほどお話ししますわ。今は目的を果たしましょう」
デメテルはフードを深く被り直し、毅然とした態度でカウンターに向かった。
僕は釈然としないままデメテルの後を追った。
念のため、先ほどのガラの悪い酔っ払い達は【気配察知】で監視しておく。
カウンターに着くと、受付の職員が僕に声をかけてくる。黒髪で眼鏡をかけた普人の女性だ。
「こんにちは。本日はどういったご要件でしょうか?」
「冒険者登録がしたいんだが」
「承知しました」
彼女は冒険者についての簡単な説明をしてくれた。
時々僕も質問しながら内容を理解していった。
依頼の種類やランク制度、冒険者の権利の話が中心だった。
依頼には通常依頼と指名依頼があるらしい。
「通常依頼」は掲示板に貼られており、冒険者ランクに応じた依頼を受けられる。
「指名依頼」はギルドから冒険者に直接依頼するもので、冒険者ランクは関係しない。
ランクはFから始まり、E、D、C、B、A、Sの順に上がっていく。
一方魔物にもランクが設定されており、冒険者ランクと魔物ランクは概ね実力が一致するように設定されている。
つまり、Cランクの冒険者とCランクの魔物は互角……という具合だ。
冒険者ギルドに登録すると、年金・保険といった福利厚生を受けられる。また、冒険者証は身分証明書として使うことができて、ギルドと契約している町であれば通行税はかからない。
ざっとこんな感じだ。
ランク制度や冒険者を守る仕組みも充実してそうだし、冒険者証がやっぱり便利そうだ。
「ありがとう。良く分かったよ」
「いえ。今すぐ冒険者登録しますか? それとも、一度検討してからにしますか?」
「登録するよ」
僕が答えると、女性は一枚の紙を差し出してきた。
「分かりました。それではこちらの登録用紙に記入をお願いします。また、冒険者登録には入会金と年間登録料がかかり、合わせて銀貨二枚が必要になります。こちらは先払いの他に、分割払いや報酬からの天引きが可能ですが、いかがいたしますか?」
冒険者登録って、お金がかかるのか。福利厚生もあるし、当然かも。
「じゃあ、先払いで」
僕は金貨を一枚渡す。
受付職員はなぜか少し驚いた様子だったが、「お預かりします」と言うと、お釣りを準備し始めた。
僕はその間に登録用紙に記入する。名前と特技だけ書けばいいらしい。
名前はジンで、特技は剣と魔法っと。
【言語理解】のおかげか、当たり前のようにこの世界の文字を書けている。
用紙への記入を終えると、職員からお釣りを受け取った。
彼女は別の職員に冒険者証の作成を依頼すると、小さい声で僕に話しかける。
「お名前はジンさん、ですね。念のためお伝えしておきますが、普通、冒険者になる方で登録料を前払いする方はおりません。仕事を始める前にお金を持っている方は、この業界では稀ですので」
「へー、そうなんだ」
「はい。では、そんな稀な冒険者はどうなると思いますか?」
「……さ、さあ?」
「悪い冒険者に狙われます」
えー!? それ先に言って!?
そんな話をしているうちに、冒険者証の作成が終わったようだ。
「お待たせしました。こちらがジンさんの冒険者証です。これからよろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしく」
さっきの話に不安を覚えつつも、僕は冒険者証を受け取る。
前世で言う免許証くらいのサイズだな。
名前、特技、現在のランクである「F」が記載されている。
「そうだ、職員さん。この町で良い武器屋ってあるかな? あと武器に属性付与できる人も探しているんだけど」
僕が問いかけると、眼鏡の女性が改めて自己紹介した。
「ローザと申します。どうぞお見知り置きを。冒険者ギルドでは、大通りに面した大きな店構えの武器屋をお勧めしています。老舗ということもあって、品質の良い商品ばかりです」
ローザは眼鏡をクイッと上げて説明を続ける。
「属性付与についてですが、お持ちの武器に属性付与できる――いわゆる付与術師は、残念ながらおりませんね。ここよりもう少し大きな町に行かないと、会うのは難しいでしょう」
「そうなんだ。色々と教えてくれてありがとう、ローザ」
「どういたしまして。ギルドを出たらお気をつけください」
最初は事務的なタイプかと思ったけど、実際はかなり親切な人みたいだ。
「よし、行こうか」
僕の言葉に、デメテルが頷く。
帰り際に色々なところから視線を感じたが、無視して冒険者ギルドを後にした。
武器屋の方向に少し歩くと、道の真ん中に先ほど冒険者ギルドでぶつかってきた狼人族の男が立っていた。
どうやら先に出て僕達が来るのを待っていたようだ。その男が話しかけてくる。
「おい、馬人族。なんでお前がこの町にいるんだ? 獣人の国を追放された罪人どもには、町に住む権利なんてねぇんだよぉ!」
馬人族が罪人? いったいどういうことだ?
「……あなたには関係ありませんわ。そこをどいてください」
デメテルが毅然と応えると、男の顔が引きつる。
「な、なんだと!? 馬人族のくせにその態度、生意気だぞ!」
「随分と喚く犬ですわね。耳障りです、黙りなさい」
へえ、意外と言うねぇ、デメテル。嫌いじゃないよ、そういうの。
「お、俺は犬じゃねぇ! 狼だ! 貴様は絶対に許さんぞぉ!」
狼人族の男は顔を真っ赤にして激昂する。今にもこめかみの血管が切れそうだ。そして彼は怒りの矛先を僕にも向けてきた。
「俺は隣の『緑眼』かぶれにも用がある。お前、新人のくせに随分金を持っているようだなぁ。どうやって稼いだか知らないが、まともなやり方じゃないんだろ? 先輩達にも少し恵んでくれや!」
男がそう言うと、僕達の背後からさらに四人の狼人族が姿を現した。
まぁ、冒険者ギルドからこいつらの動きは【気配察知】で把握していたから、なんとなく気づいていたけど。やっぱりローザの言う通り、僕も狙われていたらしい。
デメテルを見習って、僕も少し煽ってみる。
「おい、犬ども。今なら特別に見逃してやろう。痛い目に遭いたくなければ、さっさと尻尾を巻いて逃げるんだな!」
「な、なんだとぉ!? Fランクのくせに舐めやがってぇ……! 俺たちはCランク、お前らは終わりだぁ!」
ほう、Cランクか。どのくらい強いのか楽しみだな。
「こいつらに手加減はいらん! 殺っちまえ!」
周囲に耳目があるというのに、狼人族が襲いかかってきた。
デメテルが前方にいるリーダー格の男を相手にするようなので、僕は後方の四人を相手にする。
狼人族は各々が武器を取り出して突っ込んできた……しかし、思ったよりも動きが遅い。
僕は【収納】から出した鉄の剣を振り下ろし、一人目のナイフを叩き落とした。
「へ?」
男は何が起こったのか理解できないらしく、地面に落ちたナイフを見て呆然としている。
他のやつらも似たような攻撃をしてくるので、僕は同様に彼らの武器を叩き落とした。
「……な、なんなんだよ、お前!? 本当にFランクか!?」
「僕の方こそ、お前ら本当にCランクかと問いたい。ちょっと弱すぎないか?」
「こ、この野郎ぉ……!」
狼人族達は顔を真っ赤にして怒っている。ちょっと煽りすぎたかな……?
とはいえ、こういう輩にはもう少しお仕置きが必要だ。
僕は【身体強化】で彼らの背後に回り込むと、剣の柄でそれぞれの後頭部を殴った。
狼人族はいとも簡単に気絶していく。
デメテルの方を見ると、すでに狼人族をのしていた。男は前のめりで地面に倒れてピクピクしている。あれは金的だな、痛そう……
「ジン様、私のせいで面倒事に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした……」
「いやいや、全然そんなことないよ。僕も狙われていたわけだし。それに冒険者の強さも分かって、ある意味有意義だったよ。さあ、行こう」
僕達は倒れている狼人族をそのまま放置して、武器屋に向かうことにした。
しばらく歩いたところで、デメテルが少し緊張した面持ちで僕に話しかける。
「ジン様。先ほど狼人族の一人が、私のことを『獣人の国を追放された罪人』と言っていましたが、あれは事実ですわ。私達馬人族は昔、様々な獣人が住む国で平和に暮らしていました。ですがある時、国家に対する反逆罪に問われて国を追われたのです」
「……そうだったんだ」
「その後は別の国に住もうとしても、先ほどのように他の獣人に蔑まれ、平穏な生活を送ることができませんでした。そのため、住む場所を転々として、現在は人目につかない樹海で、慎ましく暮らしているのです」
「それは苦労したなぁ……これからは幸せに暮らしていけるといいね」
「はい…………え? そ、それだけですか? 馬人族がどんな大罪を犯して国を追われたのか、聞かないのですか……?」
なんかデメテルが目を丸くしている。
「うーん、正直言って、あんまり興味ないかな。それを聞いたところで、僕達の関係が変わるわけじゃないし。ただ、聞いて欲しい時は言ってよ。それくらいなら僕にもできるから」
短い付き合いではあるけど、馬人族はみんな、どう見ても悪人ではない。
きっと罪を擦り付けられたとか、そんなところだろう。
「ジン様に見放されることも覚悟しておりましたが、まさか興味もないとは……」
「そ、そういう意味じゃなくて──」
「分かっておりますわ。ありがとうございます、ジン様!」
不安げだったデメテルの顔が、笑みでパアッと明るくなる。
良かった。この子にはこういう表情がよく似合う。
そんな話をしていたら、いつの間にか目的の武器屋に到着した。
店は確かに広くて、普通のコンビニの倍くらいの面積がありそうだ。
しかも、置いてあるものは全部武器か防具。こりゃ凄い!
初めてだし、一つ一つ見ていきたいけど、そんな時間はないか。
僕はカウンターにいる恰幅のいい普人の男性店員に話しかける。
「聖属性の武器を探しているんだけど、この店に置いているかな?」
「いいえ、大変申し訳ないのですが、取り扱っておりません……」
マジか……もしかして結構レアなのかな。
「ですが、他の属性付与された武器ならございますよ? 店頭には出していない希少品で値が張りますが……ご覧になりますか?」
「へえ、ぜひ見せてくれ」
「おお! 少々お待ちください!」
店員は嬉しそうに返事をすると、物凄い速さで店の裏に入っていった。
めちゃくちゃ売りたそうだな。さっきの狼人族の二倍は動きが速い。
「お待たせしました。こちらです!」
店員は美しく光り輝く剣を一振り持ってきた。ちょっと【鑑定】してみるか。
〔真銀製の細剣。攻撃力+220。属性付与:火属性。追加効果:運+20。ドワーフの鍛冶師が鍛えた逸品。非常に軽いが、切れ味は抜群〕
おお、真銀だ! でも、火属性か。対アンデッド用と考えると聖属性が一番なんだけどなぁ。
「これっていくら?」
「金貨十枚でございます」
一振り約一千万円……真銀高けぇ。まあ、買うけど。
「ください」
僕が即答すると、デメテルが素っ頓狂な声を出す。
「ジ、ジン様!?」
「まぁまぁ、お金はあるから大丈夫だよ」
先ほどの小袋を取り出し、金貨十枚を支払った。
「毎度あり!」
店員は満面の笑みだ。売れたのが相当嬉しいらしい。
購入した商品を受け取ると、頭の中であの声が聞こえた。
〔【鑑定】がLv4になりました〕
お、ラッキー。ちょこちょこ使ってきたもんな。
レベルが上がって鑑定結果の説明が増えているかもしれない。確認してみるか。
〔真銀製の細剣。攻撃力+220。属性付与:火属性。追加効果:運+20。等級:希少。エデッサに住むドワーフの名工ギッスルが鍛えた逸品。非常に軽いが、切れ味は抜群。素材の原産地は樹海中央部〕
やっぱりちょっと増えている。
この町に住んでいるドワーフの名工が製作した武器で、真銀は樹海産らしい。
等級っていうのは、武器のランクみたいなものか。
……鍛冶師がいるってことは、もしかして武器の注文ができるんじゃないか?
全然武器が手に入らなかったから、作れるなら作りたい。
これから樹海に来る鼠人族のサスケ達の分を用意してあげたいんだよなぁ。
僕の【収納】に入っているやつは、あんまり強くないし。
あれこれ考えている僕を見て、店員が首を捻る。
「……お客様、どうされましたか?」
「この店で武器の注文はできるかな? できれば、ドワーフの鍛冶師さんに頼みたいんだけど」
「よ、喜んで! どんな武器にいたしましょう!?」
店員がカウンターから身を乗り出してくる。圧がすげえ……
さて、どんな武器を作ってもらおうかなぁ。
サスケ達って、忍者感があるし、やっぱりそっち系の武器がいいよな。メインは忍者刀で、クナイや手裏剣、撒菱なんかもあると、より忍者の雰囲気が出る。
僕がそういった武器のイメージを説明していくと、店員は「ほう!」「それは面白い!」なんて言いながら、何度も頷いてメモを取る。
「あと、素材は真銀で、聖属性の属性付与もつけてもらいたいんだが」
ギルド職員のローザは、手持ちの武器に属性付与できる人はいないと言っていた。
でも、さっき購入したドワーフ作の細剣にはついている。
つまりそのドワーフは、武器製作時であれば、なんらかの方法で属性をつけられるのではないだろうか、と考えたのだが……
「大変申し訳ありません。実は現在、真銀も属性付与用の魔石も不足しており、残念ながら、そういった武器の製作は難しいのです……」
そうなんだ。とはいえ、魔石とやらがあれば属性付与できるらしい。
でも、素材が不足しているって、なんでだろう?
理由を聞いてみると、樹海には真銀と魔石の鉱床があるが、採掘に行ける冒険者がいないらしい。そもそも樹海に行く冒険者自体が減っており、武器や防具の売れ行きも悪くなっているんだとか。
だから売りたい圧が凄いんだな、このお店。
なら仕方ないか……今ある一番良い素材は鋼らしいので、それでお願いすることにした。
サスケとネズミ達の分で、二十一セット。費用は金貨十枚だそうだ。
三日後には出来上がるから、取りに来てほしいとのこと。
一ヵ月以上かかると思っていたけど、めちゃくちゃ早い。
「本日はたくさんの商品をご購入いただき、ありがとうございました。私、この店の店主をしているエウゲンと申します。またのお越しをお待ちしております、ジン様」
この人、店主だったのか。いつの間にか名前を覚えられている。
「ああ、また来るよ」
店主のエウゲンに挨拶して店を出た。
少し歩いたところで、先ほど買ったばかりの細剣を【収納】から取り出した。
「はい。これはデメテルのために買ったんだ。きっとこれからの戦いで役に立つと思う。世話になったお礼も兼ねて、貰ってくれるかな?」
「え? お、お世話になっているのはこちらの方です! にもかかわらず、このような貴重な武器、受け取れませんわ!」
そう言って、デメテルは細剣を僕に突き返そうとする。
「いやいや、町に来てから何度も助けてくれたでしょ?」
「で、ですが──」
「いいから、気にせず使ってほしい。貴重だって言うけど、僕はそのうちもっと貴重な武器を手に入れるつもりだしね。だから、今後も色々と協力を頼むよ!」
「……分かりました。ではこちらの剣、謹んで頂戴いたしますわ」
「うん、そうしてくれ!」
この後、僕らは目についた店に寄って、食料や回復薬を大量に調達した。
一通り買い物を終えて町を出ると、再び守衛に声をかけられた。
「なぁ、あんた達、さっきは樹海の方から来たみたいだが、まさか入ったりしてないよな?」
え、ダメなの? そういえば武器屋店主のエウゲンも、樹海に行く冒険者が減っているとか言っていたな。ここは入っていないことにしておくか。
「も、もちろんそんな真似はしないさ」
「だよな。入っていたとしたら、もう生きちゃいねぇだろう。そもそも、あそこは強力な魔物の巣窟だ。しかも、今は死霊の賢者とか、それを超える化け物、死霊を統べる大賢者が幅を利かせているって噂だからな」
……それって、もしかして屍術王のことか?
どうにも最近棲みついたかのような言い方だ。たしかやつは五十年前に来たはずだが……
「……その死霊を統べる大賢者とやらが棲みついたのは、最近のことなのか?」
知らないふりをして聞いてみる。
「いや、正確には分からんらしい。樹海を調査できるやつなんて限られているだろ? 最近になってA級冒険者がエデッサに来たんで、調査を依頼したら、とんでもないアンデッドの大群を見たらしい。そこに死霊の賢者と死霊を統べる大賢者がいたんだと」
ふーん、そういうことか。にしても、とんでもない大群って、マジかよ……
「おいおい、顔が真っ青だぞ? そんなに心配しなくても大丈夫さ。何せギルドからアンデッドどもの合同討伐依頼が出ている。もしかしたらお前さんの好きな『緑眼』も参加するかもしれねぇぞ? だから安心しなっ! わははははっ!」
怯えているとでも思ったらしい。守衛はそう言うと、僕の背中をバンバン叩く。
ゲホッ! ゲホッ! なんつー力だ、このおっさん!
っていうか、僕はアンデッドだから顔が青いだけで、別にビビってるわけじゃないんだからねっ!
……おっさんには今度、情報のお礼に差し入れでも持ってくるか。
そんなことを考えながら、僕達は町を出て村へ戻った。
◆
樹海北部と中央部の間を横断する地溝帯。
その中で最も深く巨大な地溝……通称竜のゆりかごの麓に、一つの洞窟があった。
入り口には鋼鉄の門がはめられ、漆黒の重鎧を身につけた、体長二メートルを優に超える巨大な骸骨が、侵入者を寄せ付けまいと目を光らせている。
洞窟の中は岩壁をくり抜いて造られた複数の部屋からなっており、外から見る以上に広い。
その部屋の一つに、天井や壁が美しく磨かれ、床には真っ赤な絨毯が敷かれた、まるでどこかの王城の広間のような場所があった。
部屋の奥には白い大理石製の玉座が据え付けられている。
玉座からは、周りの景色が歪むほど濃度の高い魔素が立ち上っており、そこだけが異空間に存在するかのように見える。
だが、魔素の出所は玉座そのものではない。そこに座る一体のアンデッドから流れ出たものだ。
黒を基調とした生地に金の刺繍があしらわれた豪奢なローブを身に纏い、金色のサークレットを頭に被った骸骨。
骨の一本一本が強力な魔素により色も材質も変容しており、眼窩には血よりも赤い光が宿っている。
その魔物こそアンデッド最上級種族の一角、死霊を統べる大賢者であり、強力な術を操る姿から、畏怖を込めて屍術王と呼ばれる存在であった。
何かを感じ取ったのだろうか。眼窩の光が小さく揺らぐと、彼はおもむろに口を開いた。
「アルバスが死んだ。どうやら馬人族に敗北したようだ」
重低音のような声が部屋に響く。
すると、配下の一人が驚愕して彼の顔を見た。
「ま、まさか!? それは本当ですか、ラザロス様!?」
「うむ。余も驚いたぞ、デスピナよ。やつは避難場所に籠城している馬人族を攻めている最中だったはずだ。だが、今際の言葉を最後に、やつからの連絡が途絶えたのだ」
「な、なんと、信じられません……」
突如飛び込んできた訃報に、デスピナは絶句する。
彼女と同じ死霊の賢者であるアルバスが、弱小種族である馬人族に返り討ちに遭うなどと、誰が予想できようか。
馬人族にそれほど強力な存在がいたというのか。それとも別の存在の仕業なのか……
デスピナにとってアルバスは、扱いに困る同僚だった。
研究熱心な面は認めざるを得ないが、趣味や性格は受け入れ難い。
そのため、たまに会ってもほぼ会話がなく、決して仲が良いとは言えなかった。
とはいえ、ラザロスに数十年もの間共に仕えてきた仲間の一人だ。衝撃を受けないはずがない。
「ア、アルバスの今際の言葉とは、いったいどういうものだったのですか?」
「助けを求めていたよ。だがその直後、相手にとどめを刺されたらしい。残念だ」
ラザロスはそう言うと、小さく首を振った。
…………数十年仕えてきた部下が殺されたというのに、それだけ?
もっと感じるものはないのだろうか。もっと、怒り、悲しみ、嘆き、苦しまないのか。
デスピナの頭にそんな疑問が浮かんでくる。
だが、彼女は決してそれを悟られないように注意を払いつつ、別の質問をぶつけた。
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