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2巻

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 第一章 強大な敵が攻めてきました



 過労死した結果、異世界に転生した僕――ジンは、アンデッドとしてピラミッドの中で目を覚ました。
 魔物を倒してレベルを上げ、なんとかこのダンジョンを脱出した僕は、人目と日差し――アンデッドは日光が苦手なのだ――を避けて、未開の樹海じゅかいを目指す。
 その道中、馬人族ウェアホースの族長デメテルと出会い、なし崩し的に彼女達を庇護ひごすることになったわけだけど……
 樹海ではアンデッドの軍勢が勢力を拡大していて、馬人族ウェアホースの村も襲われてしまう。
 僕らは激闘の末、アルバスという死霊の賢者リッチをなんとか撃退したが、戦闘による被害は決して小さくなかった。


「……まったく、ひどいもんだ」

 馬人族ウェアホースの避難場所から村へと移動した僕は、被害状況の確認のために村の中を見て回っていた。
 昨日アンデッド軍との戦いには勝利し、一旦馬人族ウェアホースの危機は去ったものの、村を構成するさくや家、畑、井戸などがことごとく破壊されている。
 これから村の復旧を進め、ゾンビ化が進む馬人族ウェアホースの戦士を救う方法も見つけなくてはならない。
 また、アンデッド軍の指揮官だったアルバスには、上司がいるらしい。
 たしか、屍術王ネクロマスターとか言っていたな。
 たいそうな二つ名だ。こいつもそのうち攻めてくるんじゃないかと思うと、気が滅入めいる。
 大体、僕はそんなやつらと戦いたくて樹海に来たんじゃない。未開の地だっていうから、なんか面白そうだと思って探検に来ただけだ。
 アンデッドだから、いくら働いても疲れないとはいえ、このままじゃ働いてばかりの社畜だった前世と変わらない。
 ……でも、そんなのは嫌だ。僕はこの樹海を絶対に楽しんでやる!

「ジン様、いきなり両手を突き上げて、どうされたのです?」
「うわっ! い、いたんだ、デメテル!?」

 白い髪の少女が首をかしげて不思議そうにこちらを見ていた。

「気持ちを新たに、これから頑張ろうと思ってね……?」
「なるほど。不安なことばかりですが、一緒に頑張りましょう!」

 デメテルは胸の前で両手のこぶしをぎゅっとにぎる。

「そ、そうだね。ちなみに、村を元に戻すのに、どのくらいかかりそう?」
「完全に……となると、短く見積もっても、半年以上はかかると思いますわ……」

 半年? なんてこった……
 部下の不始末は上司の責任というのが世間の常識だ。アルバスの上司の屍術王ネクロマスターには、そのうち仕返ししてやるとして、僕らは今できることをやっていかなきゃな。

「柵が壊れているから、僕がそれっぽいのを造るよ」
「……と言いますと?」
「まあ、見ていてくれ!」

 僕はそう言ってニヤリと笑い、村の外に出た。
 元々この村は木製の柵で囲まれていたけど、アンデッドには簡単に破壊されてしまった。
 もう少し強度が欲しいから、素材は木より丈夫な岩がいいだろう。
 村全体を覆う感じで、高さは二メートルってところか。
 僕は【身体強化しんたいきょうか】を使って地面を踏み込み、上空に高くジャンプした。
 二十メートルくらいは飛んだだろうか。とりあえず、村全体が俯瞰ふかんで見渡せる高さに達した。
 さて、上手く行くかな?
 僕は指をパチンと鳴らして【大地牙アーススパイク】の魔法を発動し、【魔法制御まほうせいぎょ】でその形状を操作する。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォオオオオオ!
 地鳴りのような音が辺りに響き渡り、地面から先端のとがった岩が次々と迫り上がる。
 この魔法は、文字通り地面からきばの形状をした岩が出現するというものだ。
 今回は上空にまっすぐ伸びるくいの形状をイメージして、それが隙間なく並ぶようにした。
 ほぼイメージ通りになったな。頑丈そうだし、結構いいんじゃないか?
 魔法って自由度が高くて、工夫次第で色んなことができる。そのあたりが便利で楽しいんだよな。
 スタッと地面に降り立つと、村の中が大騒おおさわぎになっていた。
 デメテルと三人の従者達が僕のもとに駆け寄ってくる。

「こ、これはジン様が!?」
「そうだけど、驚かせちゃった?」
「はい、とても……ですが、なんて立派な柵でしょう。以前とは比較になりませんわ。ありがとうございます!」

 デメテルの表情が明るくなる。少しは役に立てたみたいだ。

「そろそろ町に行こうと思うんだけど」

 昨日デメテルと話し、アンデッドに対抗するための装備やアイテムを町で整えることにしていた。こういった準備は早い方が良い。
 それに、異世界で初めての町だから、ちょっと楽しみだ。

「はい、いつでも大丈夫ですわ……ふふっ、なんだか楽しそうですわね、ジン様?」
「そ、そう?」

 バレてる。顔に出ていたか。

「では、参りましょう」

 デメテルの言葉にうなずく。

「ジン様、どうかデメテル様をよろしくお願いします!」

 そう声をかけてきたのはデメテルにつかえる三人の従者のうちの一人、マリナだ。

「あれ、マリナ達は行かないの?」
「村人だけでは守りに不安があります。それに、私達ではデメテル様とジン様の移動速度について行けません。【獣化じゅうか】を使えるのはデメテル様だけですし、ジン様のように【身体強化】を使うこともできませんので……」

 となりにいたソフィアが、申し訳なさそうに答えた。
【獣化】って、獣人なら誰でも使えるのかと思っていたけど、違うのか。デメテルだけが持つ特別な力ってことかな。
 今度はエヴァが何やら神妙しんみょう面持おももちで口を開く。

「ジン様、町の中は危険がいっぱい」
「ま、町なのに?」
「うん。あそこは少しでも気を抜くと……死ぬ」

 そう言って親指で首を切るジェスチャーをする。
 ……どんな町だよそれ。「ヒャッハー!」とかさけびながら暴れ回るギャングでもいるの?

「ジン様は馬人族ウェアホースではないので、心配ご無用ですわ。さあ、参りましょう!」

 ……ん、どういう意味だろう?
 デメテルは【獣化】で馬に変身すると、町に向かって走り出した。
 理由を聞きそびれたけど、心配ないって言うならいいか。
 町への道を知っている彼女に先導してもらい、僕は遅れないようにその後をついていく。
 道中、特に事件は起きなかった。
 強そうな魔物や気色悪い植物は山ほどいたが、【気配察知けはいさっち】で相手の位置を把握はあくすれば、避けることができた。


 しばらく走ると、前方の木々の合間にぼんやりと町らしきものが見えてきた。

「ジン様、もうすぐ到着です」

 走りながらデメテルが話しかけてきた。

「おお、ついに町か!」
「ただ、町に入る前に、一点だけ注意事項があります」
「何?」
「ジン様はアンデッド、つまり魔物ですので、そのまま町に入ることができません。門にいる守衛に止められ、連絡を受けた冒険者がすぐに駆けつけて来ます」
「ええ!? じゃあ、僕は入れないってこと……?」
「いえ、大丈夫ですわ。ジン様は目さえ隠せば肌が青いだけの男性にしか見えません。私が町の道具屋で色付きの眼鏡めがねを買ってきますので、それで変装していただきますわ」

 ほう、変装か。ちょっとわくわくするな。
 ちなみに肌が青い人なんて、アンデッドくらいしか思いつかないんだけど、本当に大丈夫なのか……? まあここはデメテルを信じるしかない。

「それでは、この辺で待っていてください」
「うん、頼んだ!」

 デメテルは頷くと、【獣化】を解いて人型に戻り、町の門へと向かった。
 そういえば、彼女はわざわざフードを被って行ったけど、アンデッドでもないのに、なんでだろう? そんな疑問を抱きつつ、僕は誰にも見られないよう、樹海の木々に身を隠す。
 デメテルは門で守衛に何かを見せて町の中に入り、十分くらいで買い物を済ませて戻ってきた。
 めちゃくちゃ早い。かなり急いでくれたみたいだ。

「こちらが眼鏡ですわ」

 デメテルが渡してくれたのは、緑色の大きなレンズが特徴的な眼鏡だった。
 このレンズ、ガラスとかプラスチックじゃないな。素材はなんだ?

「そちらはサファイアですわ。残念ながら、その色しかありませんでした。お気に召しませんでしたか……?」
「そ、そういうわけじゃないよ! 初めて見るから、何かなと思ってね。サファイアなんだこれ。高くなかった?」
「いえ、ジン様から受けたご恩に比べれば、たいしたことはありませんわ」
「そ、そう? 悪いね……」

 サファイアなんて、絶対高いよな……
 早速つけてみると、視界が緑に色づき、やや曇ったような感じになった。前世の眼鏡みたいに完璧な透明じゃない。
 そして、僕もデメテルのようにフードを深く被る。目的はアンデッドが苦手とする太陽の光を防ぐのと、できるだけ顔を見られないようにするためだ。

「さあ、参りましょう!」

 僕達は町の門へと向かった。
 守衛とのやり取りはデメテルが対応してくれている。
 身分証がない者は通行税がかかるらしく、銅貨を二十枚払わなければならない。
 貨幣かへいの価値を知らないので、それが高いのか安いのか、全然分からない。
 デメテルは身分証を持っているから、僕の分だけ必要とのこと。
 この通行税もデメテルに払ってもらった。
 非常に心苦しいが、僕はこの世界で流通しているお金を持っていないから、仕方がない。
 何から何まで彼女には世話になっている。
 手続きを済ませて門を通ろうとすると、守衛の一人に話しかけられた。

「おい、アンタ!」

 ……ぼ、僕のことか? まさか、アンデッドだとバレた!?

「その格好もしかして、あのA級冒険者『緑眼りょくがん』のファンかい?」

 ……はい? なんだ『緑眼』って。二つ名か?
 どうやら僕の正体がバレたわけではないらしい。あせった。
 この守衛、何か勘違いしていそうだな。しかし、変に否定して疑われるのはよろしくない。ここは話に乗っかっておくか。

「……ほう、分かるか?」
「あん? 分かるも何も、アンタみたいな格好のやつばっかりだしなぁ。流行に乗って目立ちたいんだろうが、今はあんまり意味ねえぞ?」
「へ、へー。それは残念だなー」

 こんなトンボの目みたいな眼鏡が流行はやっているだと?
 意外だな……まあ目立たないのはむしろありがたいか。
 ただ、知りもしない人のファンだと思われるのは、なんか嫌だ……

「突然声かけて悪かったな。さあ、行きな。エデッサにようこそ!」

 守衛は歓迎の言葉で僕達を通してくれる。
 エデッサの町に入ると、すぐに左右に続く大通りに出た。
 通り沿いには露店や商店が所狭しと並んでいて、非常ににぎわっている。
 通りには色々な種族の人が歩いている。
 基本的には普通の人間種――普人ふじんが多いが、獣人の姿もちらほら見える。魔物の姿はやっぱりなさそうだ。
 キター! これぞ異世界の町! できることなら、隅から隅まで回ってみたい!
 そういえば、ちらほら緑の眼鏡をつけた人がいるな。本当に流行っているらしい。
 さて、装備やアイテムを整えるにはお金が必要だ。
 ピラミッドで入手したアイテムや、樹海に来る前に倒した砂漠の魔物なんかを売れば、お金を作れるだろうか。【収納しゅうのう】スキルの異空間には、そんなモノが山ほど入っているのだ。

「デメテル。色々と持ち物を売りたいんだけど、そういう場所ってあるかな?」
「はい。通常のアイテムでしたら商人ギルドが、魔物の素材などでしたら冒険者ギルドがおすすめですわ」
「なるほど。じゃあまずは商人ギルドに案内してもらえる?」
「はい。こちらですわ」

 道すがら、デメテルに通貨について聞いてみた。

「流通しているのは、銅貨や銀貨がメインですわ。金貨も高額な買い物をする時に使われます。銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚と同等の価値になります。モノの値段は昼食が銅貨十枚程度、宿に素泊まりであれば銅貨二十五枚程度といったところですわ」

 日本円で考えた場合、昼食を千円と考えると、銅貨一枚が百円ぐらいの計算だ。ということは、銀貨一枚が一万円で、金貨一枚が百万円の換算だ。金貨を利用することはまずなさそうだな。
 通りをしばらく歩くと、右手に三階建てのレンガ造りの建物が見えてきた。道を挟んで反対側にも似たような建物がある。

「右手が商人ギルドで、左手が冒険者ギルドです。まずはこちらからですわ」

 僕達は商人ギルドの建物に入っていく。
 一階は広いフロアとカウンター、脇にはいくつかテーブルとソファが並んでいる。
 カウンターは奥にあり、スーツを着た少し小太りの中年男性が受付をしている。
 頭の上から十センチくらいの角が二本生え、耳は毛がふさふさだ。
 顔は明らかに人だけど、特徴から見て牛系の獣人と思われる。
 僕達はまっすぐカウンターに向かい、デメテルがその受付の職員に声をかけた。

「アイテムの買取りをお願いしますわ」
「はい。どんな物でも買取りいたしますので、お気軽にご相談ください」

 どんな物でもか。それはありがたい。
【収納】をのぞいてお金になりそうなモノを探していると、デメテルが何かを首から取り外してカウンターに置いた。
 ペガサスのエンブレムがついた美しいデザインのネックレスだ。
 デメテルもお金を作るつもりだったらしい。
 それはいいとして、なんか気になるネックレスだな。

「もしかしてそれ、大切なものなんじゃない?」

 肌身離さず装着していたみたいだし、デザインも馬人族ウェアホースと何か関連がありそうに見える。

「……はい、これは母の形見です。ですが今は資金を作ることが最優先。仲間の命には代えられませんわ」

 形見か……
 彼女の言い分はもっともだけど、売るべきものにも優先順位はある。形見はさすがにまだ売っちゃダメだ。

「実は僕、いらないアイテムを山ほど持っているんだ。それを売って、もしお金が足りなかったら、その時は頼むよ」

 僕はカウンターに置かれたネックレスをそっとつまみ上げ、デメテルの手に握らせた。

「そ、そんな……ジン様にこれ以上助けていただくわけには──」
「大丈夫、大丈夫。僕の庇護下に入ったんでしょ?」

 冗談っぽくそう言うと、デメテルは苦笑してゆっくり頷いた。
 よぉし、思う存分いらない物を処分しよう!
 正直【収納】の中は物であふれている。
 欲しい物を思い浮かべればすぐに取り出せるので、あまり問題はないが、それでもちゃんと整理はしたい。僕は、机の上はできるだけ綺麗きれいにしておきたいタイプなのだ。
 まずはピラミッドで見つけたハルカリナッソス銀貨ってやつを見せてみるか。
 ちなみに銀貨は五十枚あって、金貨は五枚ある。
 記念硬貨らしいし、ゲームで出てくる換金アイテムみたいなものだよな。持っていても全く効果がないやつだろう。

「まずはこれなんだけど」

 銀貨を一枚取り出し、カウンターの上に置く。

「こちらは……古い記念硬貨のようですね。拝見いたします」

 受付職員の男性が銀貨を手に取る。しかし、品定めを始めて十秒くらいで、タラタラと汗を流しはじめた。
 そして足早にカウンター裏の事務所に入ると、別の職員を連れて戻ってきた。
 その職員はスリムな体形の中年男性で、普人らしい。彼は先ほどの職員と同様に、銀貨を手に取って、品定めを始めた。そして、彼もまた十秒ほどでダラダラ汗を流しはじめる。
 彼らは小さい声で二言三言会話すると、普人の職員はこちらに一礼して部屋へ戻っていった。

「すみません、大変お待たせしました。こちら大変珍しいお品物でしたので、少し確認に時間がかかってしまいました」

 受付の職員は謝罪の言葉を口にすると、こう質問してきた。

「念のため確認ですが……こちら、盗品などではございませんでしょうか?」
「いや、盗んだものではないよ? 砂漠にあるピラミッドの宝箱から出たアイテムだし」
「なんと……!? 『緑眼』様のファンの方のようですが、あなたも高名な冒険者なのですか?」
「こちらの方は冒険者ではありません。身分なら私が保証しますわ」

 デメテルが僕の代わりにそう答えると、先ほど守衛に提示した身分証を職員にも見せた。

「なるほど、では問題ございませんな。商人ギルドには盗品が持ち込まれることも少なくないのです。大変お手数をおかけしました」

 職員は小さく頭を下げる。
 次に顔を上げると、彼の目つきが商人らしくするどいものに変わっていた。

「早速ですが……こちらの品、いくらで売ってくださるのでしょう?」

 ……え、そっちが提示してくれるんじゃないの? 相場なんて全く分からん……
 珍しいって言うから、今の銀貨の二、三倍くらいにはなるのかな? あるいはそれ以上?
 よし、ここは吹っかけてみるか。

「ま、まあ銀貨十枚くらいで──」
「金貨十枚ですわ」

 ……えー!? 会話に割り込んできたデメテルが、いきなりとんでもないことを言い出した。
 金貨十枚って日本円だといくらだ? 金貨一枚が百万円相当だから、十枚で一千万円だ。それはありえないでしょ!?
 職員がまたすごい汗をかきはじめちゃったぞ。

「……そ、それはあまりにも高すぎます」

 だよねぇ。デメテル君、それはいくらなんでも吹っかけすぎというものだよ?
 したたる汗をハンカチで拭うと、職員はデメテルの顔色をうかがいながら口を開いた。

「……き、金貨一枚で良ければ、買取りが可能です」

 ……え? それでも十分高くないか?

「金貨五枚なら考えてもいいですわ」
「そ、それでは私どもが赤字になってしまいます! 金貨三枚で、なんとかお願いできないでしょうか……?」
「……いいですわ。では金貨三枚で手を打ちましょう」

 ほ、本当に? 銀貨一枚が金貨三枚に……? 信じられない……

「それでは早速、代金の準備をして参ります」
「……あ! 全部で五十枚あるので、これも換金してもらえるかな?」

 僕は【収納】から銀貨を全て取り出して、カウンターにじゃらじゃら置いた。
 正直、持っていても意味がないから、全部売ってしまいたい。
 しかし、デメテルと受付の男性は銀貨の山を見ながら唖然あぜんとしている。

「も、もしかして、ちょっと多すぎる……?」

 僕の言葉で受付の男性はハッと気を取り直し、商人の顔に戻った。

「ま、全く問題ありません! むしろ、私どもを売り先に選んでくださり、ありがとうございます! しっかり数えて、代金を準備しますね!」

 職員はかなり興奮しながら事務所に入っていった。
 こんな大金で売れるなんて、予想外だ。なぜか感謝までされたな。
 ……なんかアイテムを売るのが楽しくなってきたぞ!

「まだまだいらないものがあるんだ! 次は何を売ろうかなぁ?」
「ジ、ジン様!? もう十分ですわ!」

 デメテルが凄い形相ぎょうそうで止めてくる。でも、お金、足りるかな?
 えーと、ハルカリナッソス銀貨一枚が金貨三枚、つまり三百万円相当だ。
 それが五十枚だから…………い、いちおくごせんまん!?
 とんでもない額じゃないか!

「そ、そうだね! もうやめておこう!」

 まだ金貨も持っているけど、出したら大変なことになりそうだな……
 近くのソファで待っていると、受付の男性が袋を持ってきた。
 これに金貨百五十枚が入っているのか。怖いからすぐに【収納】に入れた。

「お名前は、ジン様でよろしいですかな? どうぞ今後ともご贔屓に!」

 職員に手をつかまれて、ぶんぶん握手される。目がマジだ。社交辞令じゃないぞ、これ。

「こ、こちらこそ、またよろしく!」

 僕とデメテルがギルドを出ようとすると、別の職員も出てきて、わざわざ見送ってくれた。
 あっちも喜んでいたし、僕も満足だし、お互い良い取引ができたな。

「ジン様、先ほどは驚きましたわ! あのような高価なものを何枚もお持ちだったなんて」
「僕も価値を知らなかったから、驚いたよ!」
「なるほど、そうでしたか。どうやらあの銀貨は、かなり希少価値があるようですね」

 デメテルはあごに手を当てて、考えるような仕草をする。

「デメテルも相場を知らなかったの?」
「はい、全く知りませんでしたわ。職員の方の反応を見て、非常に価値のあるものだと推測しました。勝手ながら高めの金額を言ってみたところ、あまり外れていなかったようでしたわ」
「凄いよ、デメテル。本当に助かった!」

 僕がめると、デメテルは恥ずかしそうにフードで顔を隠した。

「いえ、たまたまですわ……そ、それはそうと、せっかくですので冒険者ギルドでジン様の冒険者証をお作りになられてはいかがでしょう? 作成はすぐに終わりますわ」
「おお、そうなんだ。じゃあ行こう」

 デメテルは値段交渉もできるし気が利くしで、賢い子だなぁ。年下ながら尊敬にあたいする。


 その後、僕らは商人ギルドの正面にある冒険者ギルドを訪ねた。
 冒険者には少なからずあこがれを持っていたから、楽しみだ。
 ギルドの中は、入って右手に掲示板があり、依頼書と思われる紙がポツポツと貼ってある。
 奥にはカウンターがあり、冒険者登録や依頼の受付、素材の買取りなんかをやっているらしい。
 左手側はレストラン兼酒場になっているようで、イカつい集団が昼間から酒を飲んでいる。
 ここにも僕と同じ『緑眼』ファッションの人がいた。
 何かニヤッとして目礼されたから、こっちも返したけど、僕はファンじゃない。
 しかし、全体的にいいね! まさに冒険者ギルドって感じで、たまらん!
 冒険者登録のためカウンターに向かうと、そちらから用事を終えたらしい冒険者の集団が近づいてくる。
 狼のような耳と尻尾……狼人族ウェアウルフかな?
 彼らは周りに人がいるのも意に介さず、大声で会話をしている。
「俺達、ついてるぜぇ!」とか、「おいしい依頼だったなぁ!」なんて言って、気分が良さそうだ。みんな足元がふらついており、酔っ払っているらしい。
 あまり近寄らないようにと離れて通り過ぎようとしたが、一人の男の体がぐらつき、デメテルの肩にぶつかった。

「きゃっ!」

 デメテルは体のバランスを崩し、後ろに倒れそうになる。
 僕はなんとか彼女の背中を手で支えて、転倒を防いだ。


 まったく、危ないなぁ。少しは気をつけてほしいものだ。
 結構な勢いだったから、デメテルが被っていたフードが外れてしまっている。
 デメテルはそれに気づくと、ハッとした表情になる。どうしたんだ?

「おおっと、すまん、すまん!」

 酔った男は軽い調子でこちらに向かって謝るが――デメテルを見てその表情が一変する。

「……んん? その耳、もしかしてお前、馬人族ウェアホースかぁ? チッ、謝って損したぜ」

 男はデメテルをさげすんだ目で見る。
 はぁ!? なんだこいつ!? よく分からんが、失礼すぎるだろ!
 文句を言ってやろうと、僕は男の前に立った。しかし、なぜかそれをデメテルが止める。


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