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1巻
1-3
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(屍人って困るな。不便だわ)
《種族進化すれば、声を発することも可能になります》
(ふーん。すぐには無理だろうし、あまり期待せずに待つか。じゃあ、魔法陣を教えてくれる?)
《承りました》
そう言うと、トトは魔法陣の描き方と【火球】の宣言を改めて教えてくれた。
魔法陣は部屋の床に描くことにする。
落ちている小石を拾って、教えてもらった通りに、まずは大きめの円を描き、円の内側に沿って宣言を書いていく。
円も文字も大分歪んでいるが、なんとか完成した。
宣言で使う文字は僕の知らない言語で、魔法言語というものらしい。【言語理解Lv1】のおかげで、不思議と読み書きできる。
《素晴らしいです。それでは、こちらの魔法陣に魔力を流していきましょう。触れるだけで魔法陣に魔力が流れます》
(了解)
僕が魔法陣に手を触れると、体から魔力が抜ける感覚と同時に、描かれた文字や図形が赤く光る。
そして、火の玉が空中に現れ――数秒後に消えた。
〔【魔法Lv1】を習得しました〕
またあの声が聞こえた。どうやらスキルを習得したらしい。
(魔法できた! でも、どこにも飛ばずに消えてしまったな)
《スキル習得、おめでとうございます。魔法は向かうべき相手がいない場合、このようにすぐに消失します》
その後、初級魔法を一通り教えてもらい、魔法陣を描いて発動してみた。全ての魔法が問題なく発動できた。
魔法楽しい。いや、楽しすぎる!!
普通、魔法は一つにつき一、二ヵ月くらいかけて、宣言と発動を繰り返し練習し、その魔法のイメージを覚えてやっと使えるようになるらしい。
しかしなぜ僕がすぐに発動できたかというと、漫画やアニメ、ゲームで日々魔法的なものに親しんできたからだ。
もしも魔法を使えたら……なんて妄想した経験も、一度や二度ではない。
そんなことを十代から始めているから、イメージするだけならキャリア二十年以上のベテランだ。
この日は残りの時間、剣の素振りと魔法の練習をして過ごした。
◆
異世界転生して三日目は、日課の屍人騎士狩りと素振り、魔法陣の練習に丸一日費やした。
そして四日目。この日も屍人騎士狩りを始めると、一体目であの声が聞こえた。
〔【罠検知】【精神耐性】【毒息】【腐息】【痺息】がLv2になりました〕
おっ、上がった上がった。
息がどのぐらい強くなったのか、試してみるか。
二体目を呼ぶ時に、それぞれの息を吐いてみる。
前よりも息の色が濃くなっているし、効果も上がっているらしい。
迫ってくる敵の動きが大分遅く感じる。十分、目で追えるスピードだ。
(んー、便利になったけど、なんか三種類使うのが面倒くさい。一度に吐けないかな?)
《そのようなスキルの情報はありません》
(無理なのか。でも、なんだかいけそうな感じがするんだよね。試しにやってみるか)
二体目を処理し、三体目を呼ぶ時に、別々に吐いていた息を一度に合わせて吐くような感覚で試してみた。
すると、それぞれが混じり合って真っ黒になった息が僕の口から吹き出て、前方へと広がった。
成功したのかな。っていうか、ちょっと普通の息と違うような?
息は単に拡散するだけでなく、一部が敵にまとわりつような動きを見せている。
するとあの声が聞こえてきた。
〔【毒息Lv2】【腐息Lv2】【痺息Lv2】が統合され、稀少スキル【悪息Lv2】を習得しました〕
おっ、稀少スキルになったぞ!
息が敵にまとわりつくから、おそらく効きやすくなったり、効果が長引いたり――といった変化があるのだろう。
大分動きが遅くなった敵を、いつものように罠で処理したところ、またあの声が聞こえた。
〔魔素が種族の限界値に到達しました。種族進化します〕
全身が熱くなり、目に見えるほど濃密な魔素で覆われていく。
(え? 何か突然始まった!?)
《はい。種族進化の一連の過程が始まりました。すぐに終わりますので、このままお待ちください》
トトが安心させてくれた。
その間も、僕の体は濃密な魔素に閉じ込められて、とてつもないスピードで分解され、再構築されていく。
十秒もしないうちにそれは終わり、またあの声が聞こえた。
〔還魂者に進化しました〕
体を包んでいた魔素が体内に消えると同時に、周囲が昼間のように明るくなった。
(あれ? こんなに明るかったっけ?)
《スキル【暗視】が発動しているものと思われます》
(なるほどね、便利だな。あっそういえば、進化して喋れるようになったかな?)
発声してみる。
「あっ、あっ、あー。おっ、話せている? トトさん?」
《はい。マスターの声がはっきりと聞こえています》
「よし! これで詠唱もできるぞ!」
《はい。おめでとうございます》
「ちなみに進化したけど、少しは強くなったのかな?」
《はい。それはもう。還魂者は中位アンデッドですが、高位アンデッドに勝るとも劣らない能力を秘めています。当たりです》
「当たり、ねぇ……」
《はい。当たりです。能力は万能型で、剣も魔法も問題ありません。マスター好みかと思います》
「さすが、分かっていますなぁ、トトさんは。特化型より万能型が好きなんだよね」
《はい。よろしければ、ぜひ進化後のステータスをご覧ください》
「そうだね。ステータスオープン!」
ステータスはこのように変化していた。
名前:なし(転生者) 種族:還魂者 総合評価値:5206
体力:430 魔力:392 筋力:346 知力:351
素早さ:265 器用さ:247 運:360
共通スキル:初期指導(トト)Lv1 言語理解Lv2 鑑定Lv3 収納Lv2 罠検知Lv3 全属性耐性Lv2 痛痒耐性Lv3 精神耐性Lv3 魔法Lv2
種族スキル:不死Lv2 悪食Lv3 悪息Lv3 再生Lv3 状態異常耐性Lv3 暗視Lv2 使役Lv2 生命吸収Lv2 即死Lv2
魔法:火球 水弾 風刃 岩槍 小回復 闇霧
加護:不死の騎士
スキルは元々持っていたもののレベルがほとんど一つ上がっている。
また種族スキルの耐性は【状態異常耐性】に統合された。種族スキルでは他に、【暗視】【使役】【生命吸収】【即死】が増えている。
「ステータスがかなり上がっているね。魔素を吸収するごとに少しずつ上がっていたけど、進化後の増え方は凄いな。トト、【使役】と【生命吸収】【即死】っていうスキルは初めて見たんだけど、どんな効果か分かる?」
《はい。まず【使役】ですが、知能の高い下位レベルの魔物を、少量の魔素を対価に使役するスキルです。魔物の種類に制限はありませんが、コウモリやネズミ系の魔物が比較的【使役】に応じやすいです》
トトは淀みなくスキルの説明を続ける。
《【生命吸収】は、生物に触れるなどすることで生命エネルギーを奪い、魔素に変換して吸収するスキルです。生命エネルギーを奪いすぎると相手は死んでしまいます。なお、アンデッドには生命がないので、【生命吸収】は効果がありません。最後に【即死】ですが、耐性がない相手や下位の存在などの生命を、戦わずして一瞬で刈り取るスキルです。多くの生命は死に抗うため、簡単に成功するものではありません。なお、このスキルは、【生命吸収】と併用することができます》
「【使役】は便利そうだけど【生命吸収】と【即死】はちょっと怖い。封印だな、封印」
人間とは相容れない感じのスキルばかりだ。何か邪悪な存在に進化してしまった気がする。
その後、僕は部屋に戻ると、今日も日課の素振りをしつつ、詠唱の練習もした。
魔法が適切にイメージできているからスムーズに発動できた。
剣も魔法も楽しすぎるよ。
◆
異世界転生五日目を迎えた。
《マスターはピラミッドを攻略するのに十分な力を得ました。本日より、本格的にピラミッド攻略を始めましょう》
待ちに待ったトトの提案を聞き、僕は喜びに打ち震える。
「……ふ、ついにこの時が来たか。今日僕は、このピラミッドを……攻略するっ!」
僕は【収納】から出した剣を高く掲げ、決意に満ちた顔で宣言した。
《お言葉ですが、今日一日で攻略するのは少々難しいかと思います》
「あっ……うん。雰囲気だけだから、気にしないで!」
《はい。下の階に移動する前に、この階で最後の訓練を実施しましょう。屍人騎士と擬態魔を、剣と魔法で倒します》
「ちゃんとした戦闘ってことか。緊張するな」
《ご安心ください。マスターは十分強くなっています》
「そうなの? ……敵を罠に嵌めて倒したことしかないから、ピンとこない」
《では、ものは試しに一体目の屍人騎士を倒しに行きましょう》
「分かった」
通路に出て索敵を始めると、すぐに一体目の屍人騎士を見つけた。
真銀の剣を【収納】から取り出しておき、まずは【悪息】を吐き出した。
息は凄い速さでフロアに充満し、敵にまとわりつく。
敵は僕に気づき、いつものようにこちらに迫ってきた。しかし、そのスピードはかなり遅い。
【悪息】の効果で上手く体が動かないようだ。
それでも、敵は走りながら剣を右腰辺りで両手に握り、切っ先を前方に向けて、突きの構えをとった。
そして間合いに入った瞬間、剣の切っ先が僕の喉元を狙って迫る。
だが、今まで何度も見た攻撃だ。僕は余裕を持って左に跳んでこれを避ける。
敵の攻撃は空を切った。
攻撃が外れたと見るや、敵はすぐに次の攻撃へと移ってくる。腕を引き戻し、さらにこちらに踏み込んで剣を横に薙いだ。
しかし、今の僕にはこの動きも見えていた。
横から襲いかかる刃に対し、こちらも真銀の剣で受ける。「ガギィィン!」という金属音が通路に響いた。
真銀製の剣そのものの強さと、ステータスの高さのおかげもあってか、不格好ながらもなんとか敵の剣を受け止めることができた。
その後も屍人騎士は連撃を繰り出してくるが、僕はそれを見極め、剣で受け続ける。
それにしても、敵ながら非常に美しい剣技だ。鎧を纏っていて体は重いはずだが、剣を振る速度は決して遅くない。
また、鍛錬を積み重ねたであろう太刀筋はブレがなく、まっすぐこちらにのびてくる。
しばらく剣を受け続け、敵の攻撃パターンが理解できたので、僕は攻撃に移る。
詠唱しながら敵の剣を弾き、体勢を崩したところで、敵に手のひらを向けて、魔法を放った。
「【火球】!」
燃え盛る炎の球が宙に生じ、前方へ飛び出した。
避けることができず、もろに魔法を食らった敵は、全身を炎に包まれながら衝撃で後方に吹っ飛んだ。
どうやら敵を倒せたようだ。僕の体に魔素が流れ込んでくる。すると、あの声が聞こえた。
〔【剣術Lv2】を習得しました〕
「キター! しかも、はじめからLv2!」
異世界初めての(剣と魔法を駆使した)戦闘は、僕の勝利で幕を閉じた。
「なんとか罠を使わないで倒せたし、【剣術】も覚えられたな。ちなみに【火球】一発で倒せたのって、【悪息】のおかげだよね?」
《はい。毒による継続的なダメージで、瀕死だったと思われます》
「そっか。せっかく【剣術】も習得したし、次は剣のみで戦おう。訓練、訓練!」
そう言いながら、フロアの索敵を再開し、二体目の屍人騎士を発見した。剣だけで勝てるのか? 少しそんな不安を感じたが、トトからは問題ないとのお言葉。信じよう。
右手に剣を持ち、屍人騎士の突きの構えを真似た。
そのまま腰を落として駆け出し、一気に敵との間合いを詰める。
「ウォォォーー!!」
僕は雄叫びを上げながら、敵の喉元に剣を突き出した。
屍人騎士は即座に反応し、剣で打ち払おうとするが、完全には攻撃を防げなかった。僅かに軌道を逸らされたものの、僕の剣が敵の喉の右半分を貫く。
「ジュッ」と焼ける音がした。
聖属性の攻撃により、肉が焼け焦げたのだろう。
僕は勢いそのままに、今度はさっきの連撃を真似て剣を横に振り抜き、敵の首を刎ね飛ばした。
剣のみでも勝つことができた。
ステータスを見ると、【武技】の欄に【死突】【死舞】という技が追加されている。
どちらも屍人騎士の技で、前者が高速突き、後者が連撃のことらしい。何度も技を受けて、真似したら覚えられたみたいだ。
敵の体を【悪食】で吸収後、三体目を見つけ出し、戦闘を開始する。
今回は魔法のみで倒すことにした。
十分離れたところから詠唱を開始し、魔法を放つ。
「【風刃】!」
大気を圧縮して作られた鋭利な刃が高速で飛び、敵の腕を切り裂く。
しかし、屍人騎士の腐った腕は、地面に落ちるや否や、動き出して元の場所に戻った。
「こいつ、【再生】持ちだったのか」
敵はこちらに気づき、いつものように迫ってきた。
僕もすぐに詠唱を開始し、後退しながら魔法を放って応戦する。
「【岩槍】」
二本の細い短槍が宙に発現し、同時に敵を襲った。
槍は見事、敵の胸部と腹部に突き刺さる。
しかし、数秒動きを止めたものの、敵はその槍を引き抜き投げ捨てて、またこちらに迫ってくる。
胸と腹に空いた穴はもう塞がろうとしている。
全然効いてないじゃん! こいつ、こんなに強いのか!?
それに、詠唱はやっぱり時間がかかりすぎるな。格好いいから好きだけど……
好みではあるが、そうも言ってられない。
以前トトから、魔法の名前だけでも発動できると聞いた。詠唱はイメージを構築しやすくする補助的なものだから、必須というわけではないと。
では魔法名の宣言は必要か? これについては聞いていない。
単純に音であればなんでもよかったりするのか?
つまり「あ」と言うだけでも発動するかもしれない。そう考えた僕は、敵の素早い攻撃を避けながら聞いた。
「トト、ただ音を出すだけでも魔法の媒体にできるの?」
《はい。おっしゃる通りです。理論上はイメージとなんらかの音があれば、魔法の発動機構として機能します》
なるほど、言葉ではなくて音が媒体になるのか。じゃあこれならどうだ?
僕は屍人騎士の横薙ぎを後方に大きく躱し、魔法をイメージしながら、指をパチン、と鳴らした。
次の瞬間、人の頭大の水球が宙に生成され、弾かれたような勢いで敵に突っ込む。
大きな砲弾と化した球は、屍人騎士の膝を撃ち抜いた。
「成功した!」
膝から下を失った敵は大きく体勢を崩したが、すぐに【再生】を始めようとする。
僕はそれを許さず、二回続けて指を鳴らした。
今度は燃え盛る二つの火球が顕現し、敵を襲った。
どちらもモロにくらった敵は、強力な炎に焼かれ、為す術なく灰になっていく。
どうやら消滅したらしい、体に魔素が流れ込んできた。
《おめでとうございます》
「ありがとう! 屍人騎士が強くてビビったけど、新しい魔法の出し方も覚えられたし、収穫あったな!」
《はい。お疲れ様でした。これで屍人騎士は狩り終えましたので、次は擬態魔に挑みましょう》
「テンポ早い! けど、オッケー! そういえば、擬態魔ってどんな敵なんだ?」
《宝箱に擬態した悪魔で、開けようとした者を食い殺そうとします。戦闘になると、隠していた手足を現し、素早く動きます。また、悪魔ということもあり、魔法が得意です》
「手足が出てくるのはちょっと嫌だ……魔法を使う敵って初めてだな。それは少し楽しみか」
三体目の屍人騎士を倒したこの通路の壁際にも、部屋への入り口があった。中を見ると、以前擬態魔がいた部屋と全く同じ造りだった。
室内を【罠検知】で確認すると、中央に据えられた宝箱がやはり赤く光っている。擬態魔だ。
僕はいきなり宝箱に向けて【悪息】を放つ。
息が黒くまとわりつき、箱がガタガタと動き出すが、すかさず指を鳴らして、【岩槍】の魔法を発動した。
槍が突き刺さり、箱が動かなくなった。
倒せたらしい。【悪食】で吸収することができた。
「あれっ? もっと苦戦するかと思ったけど……」
《はい。おそらく、【悪息】の効果が強力なのでしょう》
「うーん、さすが稀少スキルって感じかね」
擬態魔がいた場所には、棒状の何かが落ちていた。
アイテムをドロップしたらしい。
よく見ると、アイテムは杖だった。全体が暗灰色で、先端には髑髏がついている。
年季の入った厳つい杖で、持っているだけで呪われそうだ。こんな禍々しいデザインにした人の顔が見てみたいよ。
そう思いながら、早速【鑑定】してみると、このような結果が出た。
〔不死者の杖。知力+50。アンデッドが使うとその真の力を引き出すことができる〕
「ほうほう……あれ、【鑑定】結果にアイテムの説明文が追加されている?」
《はい。【鑑定】レベルが上がり、さらに情報が読み取れるようになった結果です》
「おお、便利。だいぶあっさりした説明だけど、あるとないとでは大違いだな。杖は使ってみたいけど……基本、剣を使いたいし、今はいいか」
僕はひとまず杖を【収納】にしまった。
用事が済んだので、部屋を出て、今度は反対側の通路にある部屋に向かう。残りの擬態魔と戦うためだ。
部屋に入ると……やはり赤く光る箱がある。
今度は【悪息】を使わないで倒すことにする。
まずは挨拶がわりに、先ほどと同じ【岩槍】を、指を鳴らして撃ち込んだ。
射出された槍が箱に突き刺さったかと思われたが、触れる寸前で弾かれた。
箱の周囲に、薄い光の膜のようなものが見える。
《種族進化すれば、声を発することも可能になります》
(ふーん。すぐには無理だろうし、あまり期待せずに待つか。じゃあ、魔法陣を教えてくれる?)
《承りました》
そう言うと、トトは魔法陣の描き方と【火球】の宣言を改めて教えてくれた。
魔法陣は部屋の床に描くことにする。
落ちている小石を拾って、教えてもらった通りに、まずは大きめの円を描き、円の内側に沿って宣言を書いていく。
円も文字も大分歪んでいるが、なんとか完成した。
宣言で使う文字は僕の知らない言語で、魔法言語というものらしい。【言語理解Lv1】のおかげで、不思議と読み書きできる。
《素晴らしいです。それでは、こちらの魔法陣に魔力を流していきましょう。触れるだけで魔法陣に魔力が流れます》
(了解)
僕が魔法陣に手を触れると、体から魔力が抜ける感覚と同時に、描かれた文字や図形が赤く光る。
そして、火の玉が空中に現れ――数秒後に消えた。
〔【魔法Lv1】を習得しました〕
またあの声が聞こえた。どうやらスキルを習得したらしい。
(魔法できた! でも、どこにも飛ばずに消えてしまったな)
《スキル習得、おめでとうございます。魔法は向かうべき相手がいない場合、このようにすぐに消失します》
その後、初級魔法を一通り教えてもらい、魔法陣を描いて発動してみた。全ての魔法が問題なく発動できた。
魔法楽しい。いや、楽しすぎる!!
普通、魔法は一つにつき一、二ヵ月くらいかけて、宣言と発動を繰り返し練習し、その魔法のイメージを覚えてやっと使えるようになるらしい。
しかしなぜ僕がすぐに発動できたかというと、漫画やアニメ、ゲームで日々魔法的なものに親しんできたからだ。
もしも魔法を使えたら……なんて妄想した経験も、一度や二度ではない。
そんなことを十代から始めているから、イメージするだけならキャリア二十年以上のベテランだ。
この日は残りの時間、剣の素振りと魔法の練習をして過ごした。
◆
異世界転生して三日目は、日課の屍人騎士狩りと素振り、魔法陣の練習に丸一日費やした。
そして四日目。この日も屍人騎士狩りを始めると、一体目であの声が聞こえた。
〔【罠検知】【精神耐性】【毒息】【腐息】【痺息】がLv2になりました〕
おっ、上がった上がった。
息がどのぐらい強くなったのか、試してみるか。
二体目を呼ぶ時に、それぞれの息を吐いてみる。
前よりも息の色が濃くなっているし、効果も上がっているらしい。
迫ってくる敵の動きが大分遅く感じる。十分、目で追えるスピードだ。
(んー、便利になったけど、なんか三種類使うのが面倒くさい。一度に吐けないかな?)
《そのようなスキルの情報はありません》
(無理なのか。でも、なんだかいけそうな感じがするんだよね。試しにやってみるか)
二体目を処理し、三体目を呼ぶ時に、別々に吐いていた息を一度に合わせて吐くような感覚で試してみた。
すると、それぞれが混じり合って真っ黒になった息が僕の口から吹き出て、前方へと広がった。
成功したのかな。っていうか、ちょっと普通の息と違うような?
息は単に拡散するだけでなく、一部が敵にまとわりつような動きを見せている。
するとあの声が聞こえてきた。
〔【毒息Lv2】【腐息Lv2】【痺息Lv2】が統合され、稀少スキル【悪息Lv2】を習得しました〕
おっ、稀少スキルになったぞ!
息が敵にまとわりつくから、おそらく効きやすくなったり、効果が長引いたり――といった変化があるのだろう。
大分動きが遅くなった敵を、いつものように罠で処理したところ、またあの声が聞こえた。
〔魔素が種族の限界値に到達しました。種族進化します〕
全身が熱くなり、目に見えるほど濃密な魔素で覆われていく。
(え? 何か突然始まった!?)
《はい。種族進化の一連の過程が始まりました。すぐに終わりますので、このままお待ちください》
トトが安心させてくれた。
その間も、僕の体は濃密な魔素に閉じ込められて、とてつもないスピードで分解され、再構築されていく。
十秒もしないうちにそれは終わり、またあの声が聞こえた。
〔還魂者に進化しました〕
体を包んでいた魔素が体内に消えると同時に、周囲が昼間のように明るくなった。
(あれ? こんなに明るかったっけ?)
《スキル【暗視】が発動しているものと思われます》
(なるほどね、便利だな。あっそういえば、進化して喋れるようになったかな?)
発声してみる。
「あっ、あっ、あー。おっ、話せている? トトさん?」
《はい。マスターの声がはっきりと聞こえています》
「よし! これで詠唱もできるぞ!」
《はい。おめでとうございます》
「ちなみに進化したけど、少しは強くなったのかな?」
《はい。それはもう。還魂者は中位アンデッドですが、高位アンデッドに勝るとも劣らない能力を秘めています。当たりです》
「当たり、ねぇ……」
《はい。当たりです。能力は万能型で、剣も魔法も問題ありません。マスター好みかと思います》
「さすが、分かっていますなぁ、トトさんは。特化型より万能型が好きなんだよね」
《はい。よろしければ、ぜひ進化後のステータスをご覧ください》
「そうだね。ステータスオープン!」
ステータスはこのように変化していた。
名前:なし(転生者) 種族:還魂者 総合評価値:5206
体力:430 魔力:392 筋力:346 知力:351
素早さ:265 器用さ:247 運:360
共通スキル:初期指導(トト)Lv1 言語理解Lv2 鑑定Lv3 収納Lv2 罠検知Lv3 全属性耐性Lv2 痛痒耐性Lv3 精神耐性Lv3 魔法Lv2
種族スキル:不死Lv2 悪食Lv3 悪息Lv3 再生Lv3 状態異常耐性Lv3 暗視Lv2 使役Lv2 生命吸収Lv2 即死Lv2
魔法:火球 水弾 風刃 岩槍 小回復 闇霧
加護:不死の騎士
スキルは元々持っていたもののレベルがほとんど一つ上がっている。
また種族スキルの耐性は【状態異常耐性】に統合された。種族スキルでは他に、【暗視】【使役】【生命吸収】【即死】が増えている。
「ステータスがかなり上がっているね。魔素を吸収するごとに少しずつ上がっていたけど、進化後の増え方は凄いな。トト、【使役】と【生命吸収】【即死】っていうスキルは初めて見たんだけど、どんな効果か分かる?」
《はい。まず【使役】ですが、知能の高い下位レベルの魔物を、少量の魔素を対価に使役するスキルです。魔物の種類に制限はありませんが、コウモリやネズミ系の魔物が比較的【使役】に応じやすいです》
トトは淀みなくスキルの説明を続ける。
《【生命吸収】は、生物に触れるなどすることで生命エネルギーを奪い、魔素に変換して吸収するスキルです。生命エネルギーを奪いすぎると相手は死んでしまいます。なお、アンデッドには生命がないので、【生命吸収】は効果がありません。最後に【即死】ですが、耐性がない相手や下位の存在などの生命を、戦わずして一瞬で刈り取るスキルです。多くの生命は死に抗うため、簡単に成功するものではありません。なお、このスキルは、【生命吸収】と併用することができます》
「【使役】は便利そうだけど【生命吸収】と【即死】はちょっと怖い。封印だな、封印」
人間とは相容れない感じのスキルばかりだ。何か邪悪な存在に進化してしまった気がする。
その後、僕は部屋に戻ると、今日も日課の素振りをしつつ、詠唱の練習もした。
魔法が適切にイメージできているからスムーズに発動できた。
剣も魔法も楽しすぎるよ。
◆
異世界転生五日目を迎えた。
《マスターはピラミッドを攻略するのに十分な力を得ました。本日より、本格的にピラミッド攻略を始めましょう》
待ちに待ったトトの提案を聞き、僕は喜びに打ち震える。
「……ふ、ついにこの時が来たか。今日僕は、このピラミッドを……攻略するっ!」
僕は【収納】から出した剣を高く掲げ、決意に満ちた顔で宣言した。
《お言葉ですが、今日一日で攻略するのは少々難しいかと思います》
「あっ……うん。雰囲気だけだから、気にしないで!」
《はい。下の階に移動する前に、この階で最後の訓練を実施しましょう。屍人騎士と擬態魔を、剣と魔法で倒します》
「ちゃんとした戦闘ってことか。緊張するな」
《ご安心ください。マスターは十分強くなっています》
「そうなの? ……敵を罠に嵌めて倒したことしかないから、ピンとこない」
《では、ものは試しに一体目の屍人騎士を倒しに行きましょう》
「分かった」
通路に出て索敵を始めると、すぐに一体目の屍人騎士を見つけた。
真銀の剣を【収納】から取り出しておき、まずは【悪息】を吐き出した。
息は凄い速さでフロアに充満し、敵にまとわりつく。
敵は僕に気づき、いつものようにこちらに迫ってきた。しかし、そのスピードはかなり遅い。
【悪息】の効果で上手く体が動かないようだ。
それでも、敵は走りながら剣を右腰辺りで両手に握り、切っ先を前方に向けて、突きの構えをとった。
そして間合いに入った瞬間、剣の切っ先が僕の喉元を狙って迫る。
だが、今まで何度も見た攻撃だ。僕は余裕を持って左に跳んでこれを避ける。
敵の攻撃は空を切った。
攻撃が外れたと見るや、敵はすぐに次の攻撃へと移ってくる。腕を引き戻し、さらにこちらに踏み込んで剣を横に薙いだ。
しかし、今の僕にはこの動きも見えていた。
横から襲いかかる刃に対し、こちらも真銀の剣で受ける。「ガギィィン!」という金属音が通路に響いた。
真銀製の剣そのものの強さと、ステータスの高さのおかげもあってか、不格好ながらもなんとか敵の剣を受け止めることができた。
その後も屍人騎士は連撃を繰り出してくるが、僕はそれを見極め、剣で受け続ける。
それにしても、敵ながら非常に美しい剣技だ。鎧を纏っていて体は重いはずだが、剣を振る速度は決して遅くない。
また、鍛錬を積み重ねたであろう太刀筋はブレがなく、まっすぐこちらにのびてくる。
しばらく剣を受け続け、敵の攻撃パターンが理解できたので、僕は攻撃に移る。
詠唱しながら敵の剣を弾き、体勢を崩したところで、敵に手のひらを向けて、魔法を放った。
「【火球】!」
燃え盛る炎の球が宙に生じ、前方へ飛び出した。
避けることができず、もろに魔法を食らった敵は、全身を炎に包まれながら衝撃で後方に吹っ飛んだ。
どうやら敵を倒せたようだ。僕の体に魔素が流れ込んでくる。すると、あの声が聞こえた。
〔【剣術Lv2】を習得しました〕
「キター! しかも、はじめからLv2!」
異世界初めての(剣と魔法を駆使した)戦闘は、僕の勝利で幕を閉じた。
「なんとか罠を使わないで倒せたし、【剣術】も覚えられたな。ちなみに【火球】一発で倒せたのって、【悪息】のおかげだよね?」
《はい。毒による継続的なダメージで、瀕死だったと思われます》
「そっか。せっかく【剣術】も習得したし、次は剣のみで戦おう。訓練、訓練!」
そう言いながら、フロアの索敵を再開し、二体目の屍人騎士を発見した。剣だけで勝てるのか? 少しそんな不安を感じたが、トトからは問題ないとのお言葉。信じよう。
右手に剣を持ち、屍人騎士の突きの構えを真似た。
そのまま腰を落として駆け出し、一気に敵との間合いを詰める。
「ウォォォーー!!」
僕は雄叫びを上げながら、敵の喉元に剣を突き出した。
屍人騎士は即座に反応し、剣で打ち払おうとするが、完全には攻撃を防げなかった。僅かに軌道を逸らされたものの、僕の剣が敵の喉の右半分を貫く。
「ジュッ」と焼ける音がした。
聖属性の攻撃により、肉が焼け焦げたのだろう。
僕は勢いそのままに、今度はさっきの連撃を真似て剣を横に振り抜き、敵の首を刎ね飛ばした。
剣のみでも勝つことができた。
ステータスを見ると、【武技】の欄に【死突】【死舞】という技が追加されている。
どちらも屍人騎士の技で、前者が高速突き、後者が連撃のことらしい。何度も技を受けて、真似したら覚えられたみたいだ。
敵の体を【悪食】で吸収後、三体目を見つけ出し、戦闘を開始する。
今回は魔法のみで倒すことにした。
十分離れたところから詠唱を開始し、魔法を放つ。
「【風刃】!」
大気を圧縮して作られた鋭利な刃が高速で飛び、敵の腕を切り裂く。
しかし、屍人騎士の腐った腕は、地面に落ちるや否や、動き出して元の場所に戻った。
「こいつ、【再生】持ちだったのか」
敵はこちらに気づき、いつものように迫ってきた。
僕もすぐに詠唱を開始し、後退しながら魔法を放って応戦する。
「【岩槍】」
二本の細い短槍が宙に発現し、同時に敵を襲った。
槍は見事、敵の胸部と腹部に突き刺さる。
しかし、数秒動きを止めたものの、敵はその槍を引き抜き投げ捨てて、またこちらに迫ってくる。
胸と腹に空いた穴はもう塞がろうとしている。
全然効いてないじゃん! こいつ、こんなに強いのか!?
それに、詠唱はやっぱり時間がかかりすぎるな。格好いいから好きだけど……
好みではあるが、そうも言ってられない。
以前トトから、魔法の名前だけでも発動できると聞いた。詠唱はイメージを構築しやすくする補助的なものだから、必須というわけではないと。
では魔法名の宣言は必要か? これについては聞いていない。
単純に音であればなんでもよかったりするのか?
つまり「あ」と言うだけでも発動するかもしれない。そう考えた僕は、敵の素早い攻撃を避けながら聞いた。
「トト、ただ音を出すだけでも魔法の媒体にできるの?」
《はい。おっしゃる通りです。理論上はイメージとなんらかの音があれば、魔法の発動機構として機能します》
なるほど、言葉ではなくて音が媒体になるのか。じゃあこれならどうだ?
僕は屍人騎士の横薙ぎを後方に大きく躱し、魔法をイメージしながら、指をパチン、と鳴らした。
次の瞬間、人の頭大の水球が宙に生成され、弾かれたような勢いで敵に突っ込む。
大きな砲弾と化した球は、屍人騎士の膝を撃ち抜いた。
「成功した!」
膝から下を失った敵は大きく体勢を崩したが、すぐに【再生】を始めようとする。
僕はそれを許さず、二回続けて指を鳴らした。
今度は燃え盛る二つの火球が顕現し、敵を襲った。
どちらもモロにくらった敵は、強力な炎に焼かれ、為す術なく灰になっていく。
どうやら消滅したらしい、体に魔素が流れ込んできた。
《おめでとうございます》
「ありがとう! 屍人騎士が強くてビビったけど、新しい魔法の出し方も覚えられたし、収穫あったな!」
《はい。お疲れ様でした。これで屍人騎士は狩り終えましたので、次は擬態魔に挑みましょう》
「テンポ早い! けど、オッケー! そういえば、擬態魔ってどんな敵なんだ?」
《宝箱に擬態した悪魔で、開けようとした者を食い殺そうとします。戦闘になると、隠していた手足を現し、素早く動きます。また、悪魔ということもあり、魔法が得意です》
「手足が出てくるのはちょっと嫌だ……魔法を使う敵って初めてだな。それは少し楽しみか」
三体目の屍人騎士を倒したこの通路の壁際にも、部屋への入り口があった。中を見ると、以前擬態魔がいた部屋と全く同じ造りだった。
室内を【罠検知】で確認すると、中央に据えられた宝箱がやはり赤く光っている。擬態魔だ。
僕はいきなり宝箱に向けて【悪息】を放つ。
息が黒くまとわりつき、箱がガタガタと動き出すが、すかさず指を鳴らして、【岩槍】の魔法を発動した。
槍が突き刺さり、箱が動かなくなった。
倒せたらしい。【悪食】で吸収することができた。
「あれっ? もっと苦戦するかと思ったけど……」
《はい。おそらく、【悪息】の効果が強力なのでしょう》
「うーん、さすが稀少スキルって感じかね」
擬態魔がいた場所には、棒状の何かが落ちていた。
アイテムをドロップしたらしい。
よく見ると、アイテムは杖だった。全体が暗灰色で、先端には髑髏がついている。
年季の入った厳つい杖で、持っているだけで呪われそうだ。こんな禍々しいデザインにした人の顔が見てみたいよ。
そう思いながら、早速【鑑定】してみると、このような結果が出た。
〔不死者の杖。知力+50。アンデッドが使うとその真の力を引き出すことができる〕
「ほうほう……あれ、【鑑定】結果にアイテムの説明文が追加されている?」
《はい。【鑑定】レベルが上がり、さらに情報が読み取れるようになった結果です》
「おお、便利。だいぶあっさりした説明だけど、あるとないとでは大違いだな。杖は使ってみたいけど……基本、剣を使いたいし、今はいいか」
僕はひとまず杖を【収納】にしまった。
用事が済んだので、部屋を出て、今度は反対側の通路にある部屋に向かう。残りの擬態魔と戦うためだ。
部屋に入ると……やはり赤く光る箱がある。
今度は【悪息】を使わないで倒すことにする。
まずは挨拶がわりに、先ほどと同じ【岩槍】を、指を鳴らして撃ち込んだ。
射出された槍が箱に突き刺さったかと思われたが、触れる寸前で弾かれた。
箱の周囲に、薄い光の膜のようなものが見える。
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