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1巻
1-2
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(さあ、行きますか)
支配者の墓室を出ると、正面は壁になっており、左右に通路が続いている。
壁には松明がついていて、明かりには困らない。
僕はまず、左から進んでみる。
赤く光る場所を避けて道なりに進む。
しばらく行くと壁に突き当たったが、今度は右に道が続いていた。
さらに少し進むと、遠くの方からゆっくりと、何かを引きずるような音が聞こえてくる。
同時に、トトが警告を発した。
《敵が近づいています。【鑑定】を使ってみてください》
(了解。初めての魔物だ。まだ見えていないけど、近づいてくる敵を【鑑定】!)
結果はすぐに出た。
ふむふむ。種族は屍人騎士。全身鎧を纏った屍人で、僕よりもステータスが圧倒的に上だな。筋力値は……300!? 剣の技も凄そうなのばっかりだぞ!? いや、勝てないよ、これ。
(トト、こいつに勝てる気がしないんだけど……?)
《屍人騎士は、ピラミッド内で上位に君臨する魔物です。今はまだ、戦闘で勝つのは難しいでしょう。ですが、知能はとても低いので、罠を利用して倒すことができます》
(え……罠?)
《はい。むしろ、罠以外で倒すのは熟練の戦士でも困難です》
(あ、そう……そもそも初めて遭遇する敵にしては強すぎるよ……ゲームだったら序盤は弱い魔物をコツコツ倒してレベルを上げて行くものだよな。本物のファンタジー世界はそんなに甘くないってことか。それにしても、罠ねぇ……)
《罠を利用して敵を倒すのも、一つの戦術とご理解ください。では早速、敵を罠に嵌めましょう》
(……はい。じゃあ、僕は何をすればいい?)
《聖魔法の魔法陣が設置された罠があります。通常、先にそれを探す必要があります。今回は、私がその場所をお伝えしますので、マスターが敵にその罠を踏ませることができれば、成功です》
さすがトト様。罠の中身まで分かるって、有能すぎる。
《前方に見える、あの赤く光っている床が、聖魔法の罠です。聖魔法はアンデッドの弱点なので、屍人騎士は一撃で消滅するでしょう》
(ってことは、自分も魔法に当たったら消滅するな。まあ、もちろん当たるつもりはないが)
罠のギリギリ近くまで寄って、あとは敵を呼ぶだけというところで、トトが僕に呼びかける。
《マスター、そちらから一歩分下がることをおすすめします》
(あっ、そう? 一歩って、こんなものかな? じゃあ、やつを呼ぶか)
まだ距離が十メートル以上はあるし、練習も兼ねて【毒息】を使ってみよう。
相手も屍人だ。耐性があるから毒は効かないと思うが、こっちに気づいてはくれるだろう。
僕は敵に向けて【毒息】を吐いた。
緑色の濃い霧が前方のフロアに広がっていく。
息が届くと同時に、敵が小さくよろめいた。毒が効いたのだろうか。そしてうめき声を漏らしてこちらを見た。
次の瞬間、やつの目が妖しく光り、屍人とは到底思えない速度でこちらに迫ってくる。
「グゴァァアアアアア!!」
敵は一気に間合いを詰め、持っていた剣を僕の喉に突き立てようとする。
気づいたら喉の近くに切っ先が来ていた。
しかしその直後、獲物を待っていたかの如く、床から金色の光が放射される。
敵は為す術もなく、その光に包まれて消滅した。
残ったのは、僕の喉に僅か一センチ届かなかった剣と、それを握り締めたままの腕の一部だけだ。
死ぬかと思った!
一歩分下がっていなければ、僕の首が飛んでいたな……
【精神耐性】で、ある程度は恐怖に耐えられるようにはなっていると思うけど、背筋が寒くなったぞ……
屍人騎士が消滅すると同時に、魔素が僕の中に入り込んできた。
《お疲れ様でした。お見事です。なお、落ちている腕を【悪食】で食らうと、微量ですが、さらに魔素を取り込むことができます》
(……トトは平常運転だな。でもさぁ、トトさん。屍人の腕はさすがに食えないよ。だって腐っているし、人っぽいし……)
《ご安心ください。腕に触れて【悪食】を発動すると、スキルが自動で処理します》
(自動で……って、そういうことじゃないんだよなぁ。でも……正直、使ってみないとどんな感じか分からないと思う。あぁ、初めての【悪食】は屍人以外がよかったなぁ……じゃあ、思い切って、【悪食】!)
屍人の腕に手を触れた状態でそう念じると、一瞬で腕が消え、魔素が体に吸収された。
本当に食べるのかと思っていたけど、吸収する感じで良かった……
《また、敵が落とした剣は戦闘で利用できますので、【収納】に入れておくことをおすすめします》
(そういえば【収納】のスキルもあったな……【収納】!)
剣を拾い上げて念じると、手の中にあったそれが、一瞬で姿を消した。
スキルを通して、特殊な収納空間の内部に剣が置かれているのが分かる。容量は、六畳の部屋くらいありそうだ。
凄く便利だ。ついでに【鑑定】スキルも使ってみる。
〔鋼鉄製のロングソード。攻撃力+120〕とのこと。
なんとなく、大量生産されていそうな武器だが、ありがたくいただいておく。
《マスター。次は宝箱の探索を行いましょう。ダンジョンでは稀に宝箱を発見することができます》
(分かった)
宝箱と聞いて、僕はワクワクしながら、先ほど敵がいた方向に進む。
すると、前方左手に支配者の墓室と同じアーチ型の入り口が見えてきた。
中を覗き込むと、部屋の中央に宝箱らしきものが一つ置かれていて、奥には『支配者の墓室』にあったものと同じ像が立っていた。
僕は罠に注意しながら、中に入る。
早速宝箱を見つけたが……赤く光っている。
(これは、罠ありってことか)
《はい。なお、あれは擬態魔です。彼らはこのピラミッドで最上位の魔物なので、今は勝てません。罠で倒すことも困難なため、近づくのはやめた方がいいでしょう》
(うわぁ、そうなんだ……最上位ってことは、屍人騎士よりも強いのか)
僕はそっと部屋を出て、元の道に戻った。
しばらく歩くと壁にぶつかるが、直角に右方向に通路が続いている。
また道なりにまっすぐ進んで行く。
どうやらこの階層の通路は、大きな正方形を成しているらしく、今僕は支配者の墓室があった通路のちょうど反対側を歩いているようだ。
やがて、前方で何か動く音が聞こえてきた。
僕はすぐに【鑑定】を発動する。屍人騎士だ。
(トト、この道にも聖魔法の罠ってある?)
《はい。左手の壁際にある、あの罠です》
(ありがとう)
そう応えた僕は、先ほどと同じように罠に近づくと、敵に【毒息】を浴びせておびき寄せる。
先ほどと同様に、屍人騎士が尋常ではないスピードで僕に迫り、ロングソードを喉に突き立てようとしてきた。攻撃パターンが決まっているのだろうか。
相変わらず敵の動きは捉えられないが、罠を利用して無事に消滅させた。
一体目と同じように魔素を吸収し、残った腕を【悪食】で喰らい、剣を【収納】する。
戦闘を終えて移動を再開すると、左手の壁に入り口が見えてきた。
中を覗くと、先ほど入った部屋と同じ構造であることが分かる。もちろん部屋の中央には宝箱が据えられている。
ちなみに、今度の宝箱は赤く光っていない。つまり、罠はないということだ。
よし、開けてみよう。
宝箱の中に収められていたのは、一振りのロングソード。
鞘から引き抜くと、丁寧に磨かれた白銀の剣身が光を反射して輝く。
【鑑定】によると、〔真銀製のロングソード。攻撃力+250。属性付与:聖属性。追加効果:知力+10〕とのことだ。
(うおぉ!? ミッ、真銀!?)
ファンタジーにおいてド定番の稀少な金属、真銀だ。それを実際に目にした僕は、純粋に驚き、感動した。
本物は想像以上に美しく、これを武器として使うなんて、信じられないほどだ。
《おめでとうございます。そちらの武器は、本ダンジョンで手に入る中で最高の武器です》
(え、もしかして凄い武器!? これさえあれば、屍人騎士ぐらい倒せちゃうんじゃない!?)
《聖属性が付与されており、アンデッドには大変効果的です。ですが、今のマスターのステータスでは多少ダメージが入る程度であり、そもそも攻撃を当てること自体が困難です。十分強くなってから戦うことをおすすめします》
トトに窘められてしまった。テンションが上がって調子に乗りすぎたようだ。
(分かった。じゃあ武器も手に入れたし、次は下の階を目指せばいいかな?)
《いえ、下の階には聖魔法の罠がなく、今はまだ敵に勝つのが困難です。本階層で敵を倒して魔素を吸収し、強くなる必要があります》
(なるほど。確かに正攻法だと勝てる気がしないな。魔素を吸収すると強くなるのか)
《はい。魔素が増えることでステータスが上昇します。また、その種族が保有できる限界の魔素量に到達すると、進化が発生します》
そういう仕組みなんだ。進化か……楽しみだ。
(じゃあ、さっきと同じ要領で敵を倒していけばいいよね?)
《基本的にはそうなります。ただ、敵は一日一度、日が変わるタイミングでしか生成されません。このフロアには、屍人騎士が三体いるので、一日に三度しか魔素を得る機会が得られないことになります》
(なるほど、それだとなかなか強くなれない気がする)
《はい。ただ、魔素を得る機会を増やすことはできませんが、空いた時間にスキルの習得を行えます》
(そんなことができるのか)
《はい。こちらは初級者支援機能の一つ【スキル訓練】になります。種族に応じて様々なスキルの習得に利用できます。なお習得できるスキルの階級は通常までです。またスキルレベルを上げるためのヒントも得ることができます》
(【スキル訓練】、やります。ちなみに、スキルの中には通常より強いものがあるんだよね?)
《はい。稀少スキルと呼ばれるものがあり、通常と比べて性能が格段に違います》
(そっか。いずれ習得できるといいなぁ)
《マスターはすでに【不死】という稀少スキルをお持ちですよ》
(そうだったんだ。確かに死なないスキルが簡単に取れたらヤバいよな。もしかして僕、凄いの?)
《凄さで言うと、普通です。稀少スキルの所持者は決して多くはないものの、全くいないというほどでもない、といった現状です》
(……ま、そうだよね)
僕はこの世界ではケツの青い新人だし。傷ついてなんかいないぞ。
《マスターはこれからどんどん成長し、次々と強力なスキルを習得します。なにとぞご安心ください》
(それは楽しみだ。頑張るよ)
《はい。では、このフロアにいるもう一体の屍人騎士を倒したら、一度支配者の墓室に戻り、今後の訓練について相談しましょう》
(了解。じゃあサクサク罠に嵌めよう)
僕はお宝を手に入れた部屋を出て通路を左に進む。
予想通り壁に突き当たり、右に曲がる。
トトに罠の場所を聞き、さっきと同じ要領で敵を倒す。今回は腕も一緒に消滅してしまったので、戦利品はなかった。
そして、最初の部屋に戻ってきた。
(トト、じゃあ訓練について教えてくれる?)
《承りました。それではご説明します》
トトが説明してくれた訓練の方針はこうだった。
〔スキル習得の方法〕
・剣術Lv1 → 剣の素振りを繰り返す。剣を使って敵を倒す。
・魔法Lv1 → 魔法陣や詠唱などで魔法を発動する。
〔スキル成長のヒント〕
・罠検知 → 罠の仕組みを知ろう。
・痛痒耐性 → 毒息、腐息、痺息などを自分にかけてみよう。
・精神耐性 → 強そうな敵と戦ってみよう。
・毒息 → たくさん使ってみよう。
・腐息 → たくさん使ってみよう。
・痺息 → たくさん使ってみよう。
・再生 → たくさんダメージを受けてみよう。
・毒耐性 → 毒息を自分にかけてみよう。
・腐耐性 → 腐息を自分にかけてみよう。
・痺耐性 → 痺息を自分にかけてみよう。
スキル習得の方法は具体的で分かり易い。スキル成長のヒントの方はなんというか……小学校の理科の実験みたいだな……
まずはスキルの成長の訓練から始めていく。
僕は部屋の中で、【毒息】【腐息】【痺息】をそれぞれ吐き出した。
耐性は持っているが、充満した息によって、しっかりそれぞれのステータス異常にかかった。
【毒息Lv1】と【毒耐性Lv1】がぶつかると、毒が軽減されるものの、完全に無効化されるわけではないらしい。また、他のステータス異常も同様のようだ。
毒で体力が減り、腐敗で感覚が鈍り、麻痺で動きが取りにくくなる。
ダメージを受けるとすぐに【再生】が始まって、体力が回復するものの、あまりの苦痛に、僕はその場に倒れ込んだ。
全身が痛いしだるいしで動けない。
地獄だ……これでステータス異常が軽減されているなんて、信じられない。
耐性が上がり、苦しみから抜け出せるように、ただ祈るしかない。
五分程度で体から痛みが消えて楽になり、動けるようになった。
僕は立ち上がって耐性を確認する。
(耐性は上がっていないか……さすがに一回じゃ無理だよな)
《はい。一般的に、耐性は十回以上なんらかの刺激を受けることで、発現する場合が多いです》
(了解。こちとら十五連勤、三徹をくぐり抜けてきた猛者。これくらい屁でもないわ!)
先ほどと同じように、ステータス異常を発生させる息を吐いては受け、吐いては受けの流れを何度か繰り返す。
すると、七回目が終わった時点で、あの声が聞こえてきた。転生前にスキルを取得した時に聞いた声だ。
〔【痛痒耐性】【再生】【毒耐性】【腐耐性】【痺耐性】がLv2になりました〕
(思ったよりも早く耐性上がったかな)
《はい。私の想定に誤りがありました。申し訳ありません》
(いやいや、全然大丈夫だから謝らないで。ただ、なんで想定と違っていたんだろうな)
《マスターの能力で不確定な要素は【不死の兵卒】だけです。この加護の効果で、スキルのレベルアップ条件が下がっている可能性があります》
(謎が多いけど、もしそうならありがたいな)
スキルのレベルアップが楽しい。明日までまだまだ時間があるし、このまま訓練を続けるか。
前世では働きすぎて過労死したっていうのに……懲りないな、僕も。
でもアンデッドだからか、疲れるという感覚がない。アンデッドと社畜って相性良すぎないか……?
◆
翌日も、僕は屍人騎士狩りに出かけた。
これまでと違うのは、敵を呼ぶ際に【毒息】と【腐息】、【痺息】を全て使うようにしたことだ。
もちろん、スキルレベルを上げるのが目的だ。
また、【罠検知】で検知した罠の種類をトトに聞き、安全に罠を発動させて、仕組みを理解していった。
なお、昨日真銀の剣を発見した宝箱も見に行ったが、残念ながら空っぽだった。一度取ったら中身は復活しないのだろう。
狩りと【罠検知】の訓練を終えた僕は、部屋に戻った。時計がないから正確には分からないが、もう半日は過ぎていると思う。
(そういえば、こっちの世界に来てから腹が全然減らない気がするけど、屍人だからかな?)
そんな疑問をぶつけると、トトが答えてくれた。
《いえ、ゾンビも魔素を吸収したいという本能的な欲求から、お腹が空きます。マスターはすでに、一日に必要な魔素を十分吸収しているため、お腹が空かないのです》
(なるほど、敵を倒したり【悪食】で喰らったりして魔素を吸収することが食事になっているわけか。よし、まだまだ動けるし、早速【剣術】からやっていこう)
《はい。【剣術】の習得には、まず素振りによる訓練が必要です》
(分かった)
僕は訓練のために、あえて真銀よりも重い鋼鉄製の剣を【収納】から出した。
剣を両手で持ち、上段から全力で振り下ろす。完全に我流なので、おそらくフォームはめちゃくちゃだ。
以前の自分なら多分、十回も素振りする前に腕が上がらなくなっていただろう。しかし今の僕は、力も体力も増えているらしく、五十回は難なくこなせたし、息を切らしながらも百回できた。少し感動した。
《お疲れ様でした。次に【魔法】の習得に進みますか?》
(うん、どんどんいこう!)
《承りました。まず初めに、魔法の発動に必要な要素として、魔力、宣言、媒体の三つが挙げられます。基本的に、これらが欠けると魔法を発動することができません》
(ほうほう)
《魔力はお分かりかと思います。次に宣言ですが、なんの魔法を誰にどのように発動したいかを宣言することになります。たとえば、【火球】という魔法であれば、〈火の玉が敵を焼き尽くす。【火球】〉といった具合です》
(うーん、なるほど。ちなみに魔法の名前を唱えるだけでも魔法って出せるの? ちょっと宣言が長すぎて、使おうとしている間にやられそうな気がする)
《はい。魔法のイメージさえしっかりしていれば、宣言を省略して発動することができます。しかし魔法は種類が豊富なため、複数のイメージを正確に覚えて運用するのは簡単ではありません。そこで、明確に定義された宣言を使うことで、それを頭にイメージしやすくするわけです》
(なるほど。じゃあ、媒体ってやつは?)
《具体的には声や文字などが媒体として利用されます。そして、宣言と媒体を組み合わせることで、魔法の発動機構になります。声で代表的なものには詠唱が、文字で代表的なものには魔法陣が挙げられます》
(詠唱とか魔法陣とか、凄くやってみたい)
《承りました。詠唱は宣言を声に出してそれに魔力を乗せる形で、魔法陣は文字で宣言を書き、それに魔力を流す形になります。マスターは現在声を発することができませんので、魔法陣で練習していきましょう》
トトの言う通り、今の僕は、喋ろうとしても「グアァァ」とかしか声が出ない。
支配者の墓室を出ると、正面は壁になっており、左右に通路が続いている。
壁には松明がついていて、明かりには困らない。
僕はまず、左から進んでみる。
赤く光る場所を避けて道なりに進む。
しばらく行くと壁に突き当たったが、今度は右に道が続いていた。
さらに少し進むと、遠くの方からゆっくりと、何かを引きずるような音が聞こえてくる。
同時に、トトが警告を発した。
《敵が近づいています。【鑑定】を使ってみてください》
(了解。初めての魔物だ。まだ見えていないけど、近づいてくる敵を【鑑定】!)
結果はすぐに出た。
ふむふむ。種族は屍人騎士。全身鎧を纏った屍人で、僕よりもステータスが圧倒的に上だな。筋力値は……300!? 剣の技も凄そうなのばっかりだぞ!? いや、勝てないよ、これ。
(トト、こいつに勝てる気がしないんだけど……?)
《屍人騎士は、ピラミッド内で上位に君臨する魔物です。今はまだ、戦闘で勝つのは難しいでしょう。ですが、知能はとても低いので、罠を利用して倒すことができます》
(え……罠?)
《はい。むしろ、罠以外で倒すのは熟練の戦士でも困難です》
(あ、そう……そもそも初めて遭遇する敵にしては強すぎるよ……ゲームだったら序盤は弱い魔物をコツコツ倒してレベルを上げて行くものだよな。本物のファンタジー世界はそんなに甘くないってことか。それにしても、罠ねぇ……)
《罠を利用して敵を倒すのも、一つの戦術とご理解ください。では早速、敵を罠に嵌めましょう》
(……はい。じゃあ、僕は何をすればいい?)
《聖魔法の魔法陣が設置された罠があります。通常、先にそれを探す必要があります。今回は、私がその場所をお伝えしますので、マスターが敵にその罠を踏ませることができれば、成功です》
さすがトト様。罠の中身まで分かるって、有能すぎる。
《前方に見える、あの赤く光っている床が、聖魔法の罠です。聖魔法はアンデッドの弱点なので、屍人騎士は一撃で消滅するでしょう》
(ってことは、自分も魔法に当たったら消滅するな。まあ、もちろん当たるつもりはないが)
罠のギリギリ近くまで寄って、あとは敵を呼ぶだけというところで、トトが僕に呼びかける。
《マスター、そちらから一歩分下がることをおすすめします》
(あっ、そう? 一歩って、こんなものかな? じゃあ、やつを呼ぶか)
まだ距離が十メートル以上はあるし、練習も兼ねて【毒息】を使ってみよう。
相手も屍人だ。耐性があるから毒は効かないと思うが、こっちに気づいてはくれるだろう。
僕は敵に向けて【毒息】を吐いた。
緑色の濃い霧が前方のフロアに広がっていく。
息が届くと同時に、敵が小さくよろめいた。毒が効いたのだろうか。そしてうめき声を漏らしてこちらを見た。
次の瞬間、やつの目が妖しく光り、屍人とは到底思えない速度でこちらに迫ってくる。
「グゴァァアアアアア!!」
敵は一気に間合いを詰め、持っていた剣を僕の喉に突き立てようとする。
気づいたら喉の近くに切っ先が来ていた。
しかしその直後、獲物を待っていたかの如く、床から金色の光が放射される。
敵は為す術もなく、その光に包まれて消滅した。
残ったのは、僕の喉に僅か一センチ届かなかった剣と、それを握り締めたままの腕の一部だけだ。
死ぬかと思った!
一歩分下がっていなければ、僕の首が飛んでいたな……
【精神耐性】で、ある程度は恐怖に耐えられるようにはなっていると思うけど、背筋が寒くなったぞ……
屍人騎士が消滅すると同時に、魔素が僕の中に入り込んできた。
《お疲れ様でした。お見事です。なお、落ちている腕を【悪食】で食らうと、微量ですが、さらに魔素を取り込むことができます》
(……トトは平常運転だな。でもさぁ、トトさん。屍人の腕はさすがに食えないよ。だって腐っているし、人っぽいし……)
《ご安心ください。腕に触れて【悪食】を発動すると、スキルが自動で処理します》
(自動で……って、そういうことじゃないんだよなぁ。でも……正直、使ってみないとどんな感じか分からないと思う。あぁ、初めての【悪食】は屍人以外がよかったなぁ……じゃあ、思い切って、【悪食】!)
屍人の腕に手を触れた状態でそう念じると、一瞬で腕が消え、魔素が体に吸収された。
本当に食べるのかと思っていたけど、吸収する感じで良かった……
《また、敵が落とした剣は戦闘で利用できますので、【収納】に入れておくことをおすすめします》
(そういえば【収納】のスキルもあったな……【収納】!)
剣を拾い上げて念じると、手の中にあったそれが、一瞬で姿を消した。
スキルを通して、特殊な収納空間の内部に剣が置かれているのが分かる。容量は、六畳の部屋くらいありそうだ。
凄く便利だ。ついでに【鑑定】スキルも使ってみる。
〔鋼鉄製のロングソード。攻撃力+120〕とのこと。
なんとなく、大量生産されていそうな武器だが、ありがたくいただいておく。
《マスター。次は宝箱の探索を行いましょう。ダンジョンでは稀に宝箱を発見することができます》
(分かった)
宝箱と聞いて、僕はワクワクしながら、先ほど敵がいた方向に進む。
すると、前方左手に支配者の墓室と同じアーチ型の入り口が見えてきた。
中を覗き込むと、部屋の中央に宝箱らしきものが一つ置かれていて、奥には『支配者の墓室』にあったものと同じ像が立っていた。
僕は罠に注意しながら、中に入る。
早速宝箱を見つけたが……赤く光っている。
(これは、罠ありってことか)
《はい。なお、あれは擬態魔です。彼らはこのピラミッドで最上位の魔物なので、今は勝てません。罠で倒すことも困難なため、近づくのはやめた方がいいでしょう》
(うわぁ、そうなんだ……最上位ってことは、屍人騎士よりも強いのか)
僕はそっと部屋を出て、元の道に戻った。
しばらく歩くと壁にぶつかるが、直角に右方向に通路が続いている。
また道なりにまっすぐ進んで行く。
どうやらこの階層の通路は、大きな正方形を成しているらしく、今僕は支配者の墓室があった通路のちょうど反対側を歩いているようだ。
やがて、前方で何か動く音が聞こえてきた。
僕はすぐに【鑑定】を発動する。屍人騎士だ。
(トト、この道にも聖魔法の罠ってある?)
《はい。左手の壁際にある、あの罠です》
(ありがとう)
そう応えた僕は、先ほどと同じように罠に近づくと、敵に【毒息】を浴びせておびき寄せる。
先ほどと同様に、屍人騎士が尋常ではないスピードで僕に迫り、ロングソードを喉に突き立てようとしてきた。攻撃パターンが決まっているのだろうか。
相変わらず敵の動きは捉えられないが、罠を利用して無事に消滅させた。
一体目と同じように魔素を吸収し、残った腕を【悪食】で喰らい、剣を【収納】する。
戦闘を終えて移動を再開すると、左手の壁に入り口が見えてきた。
中を覗くと、先ほど入った部屋と同じ構造であることが分かる。もちろん部屋の中央には宝箱が据えられている。
ちなみに、今度の宝箱は赤く光っていない。つまり、罠はないということだ。
よし、開けてみよう。
宝箱の中に収められていたのは、一振りのロングソード。
鞘から引き抜くと、丁寧に磨かれた白銀の剣身が光を反射して輝く。
【鑑定】によると、〔真銀製のロングソード。攻撃力+250。属性付与:聖属性。追加効果:知力+10〕とのことだ。
(うおぉ!? ミッ、真銀!?)
ファンタジーにおいてド定番の稀少な金属、真銀だ。それを実際に目にした僕は、純粋に驚き、感動した。
本物は想像以上に美しく、これを武器として使うなんて、信じられないほどだ。
《おめでとうございます。そちらの武器は、本ダンジョンで手に入る中で最高の武器です》
(え、もしかして凄い武器!? これさえあれば、屍人騎士ぐらい倒せちゃうんじゃない!?)
《聖属性が付与されており、アンデッドには大変効果的です。ですが、今のマスターのステータスでは多少ダメージが入る程度であり、そもそも攻撃を当てること自体が困難です。十分強くなってから戦うことをおすすめします》
トトに窘められてしまった。テンションが上がって調子に乗りすぎたようだ。
(分かった。じゃあ武器も手に入れたし、次は下の階を目指せばいいかな?)
《いえ、下の階には聖魔法の罠がなく、今はまだ敵に勝つのが困難です。本階層で敵を倒して魔素を吸収し、強くなる必要があります》
(なるほど。確かに正攻法だと勝てる気がしないな。魔素を吸収すると強くなるのか)
《はい。魔素が増えることでステータスが上昇します。また、その種族が保有できる限界の魔素量に到達すると、進化が発生します》
そういう仕組みなんだ。進化か……楽しみだ。
(じゃあ、さっきと同じ要領で敵を倒していけばいいよね?)
《基本的にはそうなります。ただ、敵は一日一度、日が変わるタイミングでしか生成されません。このフロアには、屍人騎士が三体いるので、一日に三度しか魔素を得る機会が得られないことになります》
(なるほど、それだとなかなか強くなれない気がする)
《はい。ただ、魔素を得る機会を増やすことはできませんが、空いた時間にスキルの習得を行えます》
(そんなことができるのか)
《はい。こちらは初級者支援機能の一つ【スキル訓練】になります。種族に応じて様々なスキルの習得に利用できます。なお習得できるスキルの階級は通常までです。またスキルレベルを上げるためのヒントも得ることができます》
(【スキル訓練】、やります。ちなみに、スキルの中には通常より強いものがあるんだよね?)
《はい。稀少スキルと呼ばれるものがあり、通常と比べて性能が格段に違います》
(そっか。いずれ習得できるといいなぁ)
《マスターはすでに【不死】という稀少スキルをお持ちですよ》
(そうだったんだ。確かに死なないスキルが簡単に取れたらヤバいよな。もしかして僕、凄いの?)
《凄さで言うと、普通です。稀少スキルの所持者は決して多くはないものの、全くいないというほどでもない、といった現状です》
(……ま、そうだよね)
僕はこの世界ではケツの青い新人だし。傷ついてなんかいないぞ。
《マスターはこれからどんどん成長し、次々と強力なスキルを習得します。なにとぞご安心ください》
(それは楽しみだ。頑張るよ)
《はい。では、このフロアにいるもう一体の屍人騎士を倒したら、一度支配者の墓室に戻り、今後の訓練について相談しましょう》
(了解。じゃあサクサク罠に嵌めよう)
僕はお宝を手に入れた部屋を出て通路を左に進む。
予想通り壁に突き当たり、右に曲がる。
トトに罠の場所を聞き、さっきと同じ要領で敵を倒す。今回は腕も一緒に消滅してしまったので、戦利品はなかった。
そして、最初の部屋に戻ってきた。
(トト、じゃあ訓練について教えてくれる?)
《承りました。それではご説明します》
トトが説明してくれた訓練の方針はこうだった。
〔スキル習得の方法〕
・剣術Lv1 → 剣の素振りを繰り返す。剣を使って敵を倒す。
・魔法Lv1 → 魔法陣や詠唱などで魔法を発動する。
〔スキル成長のヒント〕
・罠検知 → 罠の仕組みを知ろう。
・痛痒耐性 → 毒息、腐息、痺息などを自分にかけてみよう。
・精神耐性 → 強そうな敵と戦ってみよう。
・毒息 → たくさん使ってみよう。
・腐息 → たくさん使ってみよう。
・痺息 → たくさん使ってみよう。
・再生 → たくさんダメージを受けてみよう。
・毒耐性 → 毒息を自分にかけてみよう。
・腐耐性 → 腐息を自分にかけてみよう。
・痺耐性 → 痺息を自分にかけてみよう。
スキル習得の方法は具体的で分かり易い。スキル成長のヒントの方はなんというか……小学校の理科の実験みたいだな……
まずはスキルの成長の訓練から始めていく。
僕は部屋の中で、【毒息】【腐息】【痺息】をそれぞれ吐き出した。
耐性は持っているが、充満した息によって、しっかりそれぞれのステータス異常にかかった。
【毒息Lv1】と【毒耐性Lv1】がぶつかると、毒が軽減されるものの、完全に無効化されるわけではないらしい。また、他のステータス異常も同様のようだ。
毒で体力が減り、腐敗で感覚が鈍り、麻痺で動きが取りにくくなる。
ダメージを受けるとすぐに【再生】が始まって、体力が回復するものの、あまりの苦痛に、僕はその場に倒れ込んだ。
全身が痛いしだるいしで動けない。
地獄だ……これでステータス異常が軽減されているなんて、信じられない。
耐性が上がり、苦しみから抜け出せるように、ただ祈るしかない。
五分程度で体から痛みが消えて楽になり、動けるようになった。
僕は立ち上がって耐性を確認する。
(耐性は上がっていないか……さすがに一回じゃ無理だよな)
《はい。一般的に、耐性は十回以上なんらかの刺激を受けることで、発現する場合が多いです》
(了解。こちとら十五連勤、三徹をくぐり抜けてきた猛者。これくらい屁でもないわ!)
先ほどと同じように、ステータス異常を発生させる息を吐いては受け、吐いては受けの流れを何度か繰り返す。
すると、七回目が終わった時点で、あの声が聞こえてきた。転生前にスキルを取得した時に聞いた声だ。
〔【痛痒耐性】【再生】【毒耐性】【腐耐性】【痺耐性】がLv2になりました〕
(思ったよりも早く耐性上がったかな)
《はい。私の想定に誤りがありました。申し訳ありません》
(いやいや、全然大丈夫だから謝らないで。ただ、なんで想定と違っていたんだろうな)
《マスターの能力で不確定な要素は【不死の兵卒】だけです。この加護の効果で、スキルのレベルアップ条件が下がっている可能性があります》
(謎が多いけど、もしそうならありがたいな)
スキルのレベルアップが楽しい。明日までまだまだ時間があるし、このまま訓練を続けるか。
前世では働きすぎて過労死したっていうのに……懲りないな、僕も。
でもアンデッドだからか、疲れるという感覚がない。アンデッドと社畜って相性良すぎないか……?
◆
翌日も、僕は屍人騎士狩りに出かけた。
これまでと違うのは、敵を呼ぶ際に【毒息】と【腐息】、【痺息】を全て使うようにしたことだ。
もちろん、スキルレベルを上げるのが目的だ。
また、【罠検知】で検知した罠の種類をトトに聞き、安全に罠を発動させて、仕組みを理解していった。
なお、昨日真銀の剣を発見した宝箱も見に行ったが、残念ながら空っぽだった。一度取ったら中身は復活しないのだろう。
狩りと【罠検知】の訓練を終えた僕は、部屋に戻った。時計がないから正確には分からないが、もう半日は過ぎていると思う。
(そういえば、こっちの世界に来てから腹が全然減らない気がするけど、屍人だからかな?)
そんな疑問をぶつけると、トトが答えてくれた。
《いえ、ゾンビも魔素を吸収したいという本能的な欲求から、お腹が空きます。マスターはすでに、一日に必要な魔素を十分吸収しているため、お腹が空かないのです》
(なるほど、敵を倒したり【悪食】で喰らったりして魔素を吸収することが食事になっているわけか。よし、まだまだ動けるし、早速【剣術】からやっていこう)
《はい。【剣術】の習得には、まず素振りによる訓練が必要です》
(分かった)
僕は訓練のために、あえて真銀よりも重い鋼鉄製の剣を【収納】から出した。
剣を両手で持ち、上段から全力で振り下ろす。完全に我流なので、おそらくフォームはめちゃくちゃだ。
以前の自分なら多分、十回も素振りする前に腕が上がらなくなっていただろう。しかし今の僕は、力も体力も増えているらしく、五十回は難なくこなせたし、息を切らしながらも百回できた。少し感動した。
《お疲れ様でした。次に【魔法】の習得に進みますか?》
(うん、どんどんいこう!)
《承りました。まず初めに、魔法の発動に必要な要素として、魔力、宣言、媒体の三つが挙げられます。基本的に、これらが欠けると魔法を発動することができません》
(ほうほう)
《魔力はお分かりかと思います。次に宣言ですが、なんの魔法を誰にどのように発動したいかを宣言することになります。たとえば、【火球】という魔法であれば、〈火の玉が敵を焼き尽くす。【火球】〉といった具合です》
(うーん、なるほど。ちなみに魔法の名前を唱えるだけでも魔法って出せるの? ちょっと宣言が長すぎて、使おうとしている間にやられそうな気がする)
《はい。魔法のイメージさえしっかりしていれば、宣言を省略して発動することができます。しかし魔法は種類が豊富なため、複数のイメージを正確に覚えて運用するのは簡単ではありません。そこで、明確に定義された宣言を使うことで、それを頭にイメージしやすくするわけです》
(なるほど。じゃあ、媒体ってやつは?)
《具体的には声や文字などが媒体として利用されます。そして、宣言と媒体を組み合わせることで、魔法の発動機構になります。声で代表的なものには詠唱が、文字で代表的なものには魔法陣が挙げられます》
(詠唱とか魔法陣とか、凄くやってみたい)
《承りました。詠唱は宣言を声に出してそれに魔力を乗せる形で、魔法陣は文字で宣言を書き、それに魔力を流す形になります。マスターは現在声を発することができませんので、魔法陣で練習していきましょう》
トトの言う通り、今の僕は、喋ろうとしても「グアァァ」とかしか声が出ない。
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