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第三章 樹海攻略 建国編

16 領主の受難

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「『野盗団バンディッツ』の名に偽りは無いようだな」
「はい。酷いものです」

 アラスターの皮肉混じりの言葉に執事のテリスが頷く。

 彼らは今、執務室の窓からガラの悪い兵士が道行く女性にしつこく絡んでいる様子を苦々しく眺めていた。

 アラスターがネアポレス国王に手紙を送ってから約一週間後、王から返事の手紙が来た。そこには王国軍で最も悪名高い『野盗団バンディッツ』こと第4部隊を樹海の調査に派遣すると書かれていた。

 アラスターはその手紙に驚愕しつつ、半信半疑な部分もあった。扱いに困るとは言え、主力中の主力である第4部隊をこんな辺境に派遣するなど信じられなかったのだ。

 しかしその一週間後、本当に第4部隊はこの街に現れた。

「まさか本当に主力部隊を派遣するとはな。どうやら王は本気らしい」
「ええ。ネアポレス各地で長く続いていた反乱は鎮圧された模様です。遂に樹海の調査へ本腰を入れられるということでしょう」
「ああ、そうだな。同胞が死んでいくのは辛いものだ」
「アラスター様……」

 アラスターは革製の椅子に座り、ふぅと大きく息を吐いた。

「ネアポレスが他国の支配を受けてから随分経つが、反乱軍もそれなりの成果を出して来た。支配から解放された地域もあったのだからな。なのにブリダイン王国からあの『猛将』ヴィクターが派遣されてからというもの、ほんの一年程度で反乱軍は虫の息というわけか」
「なんとも恐ろしい男でございますな……。それに『猛将』がブリダイン王国から連れてきた者達も相当の手練れ揃いのようです」
「『野盗団バンディッツ』の隊長ジャックもその一人か。奴はまあなんというか……隊長というよりは賊の首領に近いな」
「言い得て妙ですな。態度と風貌は正にその通りでございました」

 アラスターは第4部隊隊長ジャックと初めて会った数日前の出来事を思い出す。

 彼は執事テリスや街の警備兵と共に、出迎えの為エデッサの正門前で部隊の到着を待っていた。

 すると前方から、見るからにガラの悪い100名程度の集団が馬に乗って現れた。その先頭を進む男こそジャックだった。


 アラスターは挨拶しようと前へ出る。

「わざわざエデッサまでご苦労。領主の──」
「お前が領主のアラスターだなぁ? つまらん挨拶はいい。俺様の為にこの街で一番良い宿を用意しろぉ! それに酒と女もだ!」

 茶色でウェーブのかかった長髪、顔には無数の切り傷、人を見下すような細く鋭い目、一般の兵士に比べると一際豪華な鎧。そんな風体の男が馬上からアラスターへ発した最初の言葉がそれだった。


「あの無礼者の態度には、はらわたが煮えくり返る思いでございました」
「おいおいテリス、気持ちはありがたいが手は出すなよ?」
「もちろんでございます。アラスター様が堪えているのに、執事の私がそのような失態を演じるわけには参りません」
「ああ、助かるよ。だが街に入れたのは失敗だったかもな。街がかなり荒らされているんだろう?」
「これまでの被害として、酒場では酔った兵士が大暴れし、壁やテーブルなどを破壊しています。街中では女に絡み、それを止めようとした者に暴力を振るったそうです。幸い殺されることはありませんでしたが、酷い重傷を負っております。店では商品を盗むことは無かったものの、暴力をちらつかせてタダ同然で買い叩いているようです」
「なんということだ……」
「ですが、街に入れないという選択肢は無かったと思います。あそこで拒否しては、アラスター様は元より街にどれほどの被害が出たか分かりません。最悪滅ぼされていた可能性もありますので……」
「そうだな。奴らにとってエデッサなど、抵抗もしない弱くて下等な人種が住む街。特別に生かしてやっているとでも思っているんだろう」

 そう言うとアラスターは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「今は雌伏の時だ。俺達が力をつけるまで、しばらくは奴らの支配に甘んじるほかない。それよりも今は──」

 バンッ! バンッ!

 突然、一階からドアノッカーを乱暴に叩く音が聞こえる。

「確認して参ります」

 テリスはその一言を主人に告げて一階に向かう。そしてすぐに、訪問者を連れて二階の執務室に上がってきた。


「アラスター様。『野盗団バンディッツ』の副隊長ロブ様がいらっしゃっております」
「うむ。お通ししてくれ」

 執務室が開くと、あからさまに不機嫌そうな顔の男が現れた。茶色の短髪で、顔には複数の傷跡、小柄だが鋭い目つき。王国兵士の鎧を身につけている。

「おいおい、領主さん。このロブ様に対して出迎えが遅せぇんだよ、それに俺達のことを『野盗団バンディッツ』なんて呼ぶとは良い度胸をしてやがるなぁ。あんまり舐めてると、誰かが手を滑らせて殺しちまうかも知れねぇぞ?」

 そう言って、ロブはテリスを睨みつけ剣の柄に手をかける。

「おっと、これは大変失礼をした。執事には十分に注意しておくから、どうか怒りを抑えてくれたまえ。して用件はなにかな?」

 アラスターがそう言うとロブは手を元の位置に戻し、

「……チッ、まあ良いだろう。じゃあアンタにジャック隊長のありがたいお言葉を伝えてやる。『早速明日、樹海の調査に向かう。お前にはその案内を任せたい。道中の食事や野営の準備もだ。お前の尻拭いの為にわざわざこんな田舎まで出向いてやったんだ。それぐらい当然だろう?』 以上だ」

 そこまで言うと、ロブは笑いを堪えきれずに「ぷふっ!」と吹き出した。

(ふむ。これは嫌がらせか。案内は必要だろうが、領主の俺が付いて行っても樹海で役に立つわけがない。それにいきなり明日とはな)

「分かった。ではこちらも準備を進めるとしよう。わざわざ連絡をありがとう、ロブ殿」

 薄ら笑いを浮かべるロブを丁重に送り返すと、アラスターはすぐに『森影』を呼び出して協力を依頼しておいた。


「これで良しと。『森影』がいれば何も問題ないが、『野盗団バンディッツ』の付き添いなんて苦行以外の何者でもないぞ」
「おっしゃる通りですな。どうも彼らは樹海を侮っている様子。痛い目を見てくれれば良いのですが」
「そうだな。だがそれはいずれ、俺達の手で直々にやりたいものだ」
「そうですね。……そういえば、先程ロブ殿の前で誤って彼らを蔑称で呼んだ件、謝罪いたします」
「くくっ、わざとだったのは分かっているぞ。面白い反応が見れたよ。まあ煽るのはこのぐらいにして、まずは明日を乗り切らないとな」
「ええ。お供させていただけないのが残念です……。どうか、お気をつけ下さい」
「すまんが、俺が不在の間この街を頼むぞ」
「承知しました」


 翌日、アラスターは第4部隊と共に樹海へと向かった。
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