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第三章 樹海攻略 建国編

15 王の野望

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 ネアポレス王国の重臣およびその国教であるファンタズム教の司教は、ネアポレス城のある会議室へ呼び出されていた。会議室の中央には赤い布がかけられた円卓があり、それを囲むようにして彼らは席についている。

 席の中には一際目立つ豪華な椅子があった。その主こそ彼らを呼び出した張本人、ネアポレス国王カール・グスタフであった。

 金髪のオールバックに立派な口髭を蓄え、赤い豪奢なマントを羽織っている。

 カールは席に座らず、会議出席者の後ろをゆっくりと歩きながら、エデッサ領の領主より送られてきた手紙を読み上げていた。

 手紙の一文を読み上げる度に出席者から不満の声が漏れる。手紙の要旨は以下のようなものだった。


《リッチの所持品を調べたが特別なアイテムの類は見つからなかった》

《リッチを討伐した冒険者の調査もしたが特に何も出てこなかった》

《樹海を探索しリッチのアジトらしきものを見つけたが、屍人騎士ゾンビナイトを初めとする強力な魔物がそれを守っており、エデッサの戦力ではこれ以上調査不可能である》


「皆の者、落ち着くが良い。皆が領主の報告に不満を持つ気持ちはよく分かる。なぜなら我もまた同じだからだ。どうやらエデッサの領主はかなりの無能らしい」

 カールの言葉に出席者からどっと笑い声が起こる。

「領主アラスターは、昔この地を不当に占拠していたグレグ人の血を引く下級貴族の出身だ。無能なりにも努力したのだろうが、下賎な血は時が経っても変わらないのであろう」
「王よ。おっしゃる通りではありますが、我らファンタズム教の導きの結果、アラスター卿も神の存在を認め改宗した信徒なのです。あまり下賎などという言葉はお使いにならぬよう、お願いしたいものですな」

 王の言葉に、ファンタズム教の司教サイモンが抗議する。通常王にそのような抗議は許されないが、司教は王の配下ではない為、臣下達も黙ってその成り行きを見守っている。

「……ふむ、確かにそうだな。以後気をつけよう」

 悪びれもせずにそう言うと、カールは続けて出席者の一人に問う。

「ではヴィクター将軍。アラスターの手紙にあった屍人騎士ゾンビナイトとかいう魔物だが、本当に強いのか?」
「はっ! 確かに強い魔物ですが、我らネアポレス国軍の敵ではありません! 各地で長く続いていたグレグ人の反乱は全て鎮圧、首謀者どもの処刑も完了しています! やっと手が空きましたのでこのヴィクターが直々に樹海へ向かいましょう!」

 筋肉で盛り上がった強靭な肉体を騎士鎧で包み、小さく丸い目をギラリと光らせながら、会議室中に響き渡るほどの声でヴィクターが答える。

「いや待て。将軍にはこの城を守る責務がある。我らが祖国ブリダインの偉大な文明を伝えてやったにもかかわらず、恩知らずなグレグ人どもがいつ攻めてくるか分からん。将軍にここを離れられるのは困るゆえ、部下を派遣することはできないか?」
「分かりました! では我が軍の第4部隊を派遣しましょう!」
「むう、あの『野盗団バンディッツ』か」
「はっ! 殺し過ぎるのと奪い過ぎるのは困りものですが、隊長のジャックはA級冒険者と同等の強さです! それに、第4部隊は守りよりも攻めが得意! ここに置いても腐らせるだけなので、彼らを派遣するのが最適です!」
「ふむ、分かった。ではリッチのアジトの物には絶対に手を出すなと厳命しておいてくれ。それにエデッサもだ。あの地は昔から我らに反乱を起こしておらん。まるで飼い慣らされた羊のようなやつらよ。エデッサは、反乱さえしなければ滅ぼされることはないとネアポレス全土に学ばせるためのモデルケースなのだ。それ以外は何をしても許そう。分かったな?」
「分かりました! では、早速伝えて参ります!」

 ヴィクターはそう言って立ち上がると、ズンッ、ズンッと大きな足音を立てて会議室を後にした。


「会議の最中なのに勝手に出ていってしまうとは、なんとも品のない男ですなぁ」
「ククッ、本当ですねぇ」

 ヴィクターの行動に臣下達が嘲笑する。

「ふむ、だがああ見えて祖国でも有数の実力者。それに世界中でも数少ないユニークスキルの持ち主なのだ」
「なんと?! ユニークスキルですと?!」
「うむ。ユニークスキルがどれほど価値のあるものかお前達も知っていよう。レアスキルがいくら束になろうとユニークスキルには敵わんのだ。もちろんスキルの相性はあるがな」
「な、なんと凄まじい……」
「一騎当千の『猛将』ヴィクターの活躍があるからこそネアポレスの支配も盤石。あの程度、大目に見ようではないか?」

 王の言葉に臣下達は驚愕すると、頭を下げて賛同の意を示す。


「では次だ。王国研究所所長エルトンよ。リッチの所持品は何も見つからなかったが、研究室は見つけられるかも知れん。長年お前が欲しがっていたリッチの研究結果が手に入れば、我が国もあの不死の軍勢イモータルズを作り上げることができるのであろうな?」
「は、はい。過去のアリスター卿の話によれば、リッチがアンデッドの配下を増やしていたと聞きます。つまり、不死の兵を作ることに成功したのでしょう。その研究結果さえあれば、我々にも可能ではないかと……」
「お前達には必ず成功してもらわねば困る。そもそも初代所長を追放し、不死の軍勢イモータルズの研究を停滞させた責任はお前達にある。その所長がいつの間にやら樹海でリッチという化け物になり、研究を進めていたのはある意味で朗報だった。そして今お前達がその研究に救われることになるとは皮肉なものだな」
「くっ……、分かっております! 当時と違い今の研究員はみな本国人、優秀さでは昔を上回っているのです。その研究成果さえあれば、必ず成功させて見せます!」
「ああ頼むぞ。この研究に失敗するようなことがあれば、お前達はこの国に不要となる。次に樹海へ捨てられるのは誰か、よくよく考えておくことだ」

 カールの言葉にエルトンはガタガタと体を震わせる。

「今日の会議の議題は以上である。では解散としよう」

 カールがそう言うと、一人を残して出席者が退出していった。


 その一人はひどく膨れた腹を持ち上げるように立つと、カールに話しかける。

「王よ。長年続けてきた研究がついに報われそうですなぁ」
「おお、サイモン司教か。そうだな、そうでなければ困るというものだ」
「ネアポレス王国の共同統治者として、我がファンタズム教国もできる限りの協力はしますぞ」
「うむ。貴国には聖魔法に長けた神官の派遣感謝している。ブリダイン王国の者として心から礼を言うぞ。是非今後ともよろしく頼む」
「もちろんですとも。それで、研究が成功した暁には──」
「ああ、そこから生まれる利益は我らで分け合うことを約束しよう」
「おおっ! いやはや、これからが楽しみですなぁ!」

 額から吹き出る汗を拭いながら、サイモンは興奮して話す。

 カールはサイモンの言葉に頷く。


(不死の兵を量産できるとなれば、そこから生まれる利益はいかほどだろうか? そして、その利益さえあれば、属国の王に甘んじている現状を打破できるやも知れん)


 そんな未来を想像するとカールの顔が熱を帯びていく。その熱を冷ますべく、カールは会議室を後にした。
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