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第三章 樹海攻略 建国編

11 領主の憂鬱

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「それではアラスター卿、これで失礼する」
「うむ、ご苦労だった」

 他と比べればそれほど大きくもない領主館の執務室から、B級冒険者パーティーの『森影』が退出するのを確認する。

「はぁ……」

 『森影』のリーダーから樹海の調査報告を聞いたエデッサの領主アラスターは、自分以外誰もいなくなった部屋でやっと大きなため息を吐く。そうすることで、シクシクとする胃の痛みが一瞬でも消える気がするのだ。

 そして、革製の椅子の背もたれに体重をかけ、ゆっくりと目をつぶる。

「せっかく見つけたアジトが屍人騎士ゾンビナイトに守られているとは、一体どう言うことだ。リッチはまだ生きているのか……?」

 そのような疑問が一瞬彼の脳裏をよぎるが、すぐにその考えを否定した。なぜなら彼自身がその目でリッチの亡骸を確認したからだ。


 リッチが討伐されたと聞いて最も喜んだ者ランキングがあったならば、間違いなく自分は上位にランクインするだろう。

 それを確信するほど、アラスターは今までリッチの対応に苦慮してきた。

 というのも、彼自身はリッチに対してそれほど関心を持っていなかったが、エデッサが属する国家ネアポレスの王はその逆だったからだ。

 数年前、直々に王からリッチ調査の指示を受け、アラスターは直接冒険者を雇って調査を始めることにした。

 冒険者パーティーの面々は優秀で、有益なリッチの情報を集めて来た。魔物を使って何やら実験を繰り返しているらしいとか、アンデッドの配下を増やしているらしいといった情報だ。彼らはこれまで一人も欠けることなく仕事をこなして来た。Bランクの魔物などがざらにいる樹海において、これは非常に素晴らしい成果と言える。

 ただ一方で、冒険者がもたらした情報はアラスターにとって肝が冷えるものばかりだった。もしリッチの標的がこのエデッサだったらどうなるのか。配下がどんどん増えていっているという情報も、まるでタイムリミットが迫っているように感じた。

 アラスターには一つの疑問があった。王はエデッサにリッチの調査を命じ、調査結果はまだかと催促するほど関心が高い。にもかかわらず、なぜリッチの討伐自体は命じないのか。

 そこでアラスターは、王に比較的近い者に接待と賄賂を使って情報収集を進めた。

 そうして分かったのは、王はアラスターに調査の指示を出す前から自軍の兵を使ってリッチの調査を行っていた、だがその目的はよく分からない、ということだった。散々兵を派遣しても生きて帰ってくるものは皆無だったので、樹海に詳しいこのエデッサに白羽の矢が立ったらしい。

 エデッサから上がってくる情報を参考に、遂に王はリッチ討伐隊を結成して派遣していたようなのだが、むしろリッチの軍を増やすだけの結果しか得られなかったようだ。

 二ヶ月前、遂に王からリッチの討伐指示が来たとき、アラスターはだいぶ胃を痛めた。リッチがAランク以上と評価される以上、こちらもAランク以上の冒険者が数名は必要になるため、子飼いの冒険者では対応できない。

 そこで冒険者ギルドに合同討伐依頼を出したが、実はそれほど期待していなかった。エデッサにA級冒険者は常駐していないし、たまたま訪れたA級冒険者に樹海を調査させたが、命からがら逃げ帰って来たという話も聞いた。


 このような事情もあり、一月前に突然冒険者ギルドからリッチ討伐の報告を受けたときには、歓喜のあまりこの執務室で小躍りしたほどだ。

 ひとしきり喜んだ後、普通なら馬車で出かけるところだが、準備を待つ時間も惜しいと徒歩で冒険者ギルドを訪れた。屋敷からは10分程度で着く距離だし、エデッサの街には領主の彼を襲うような輩などいないし危険もない。

 そして、ギルドで彼はリッチの亡骸と対面したのだった。


 リッチ討伐を国王に報告すると、すぐにリッチの所持品について確認が来た。そのようなものは見つかっていないと答えると、今度はすぐさま樹海を探索せよとのお達しがきた。リッチの研究成果を我が国のために活用することが目的らしい。

 なるほど、国王の目的はこれだったのかと腑に落ちた。国王自身で調査隊を派遣していたのは、リッチの研究成果を秘密裏に得るためだったのだろう。だがそれは困難と判断し、エデッサにそれをさせようとしたわけだ。

 大仕事を成し遂げたばかりだったのに、またしても大仕事が舞い込んできた。一国の王から直々にだ。仕事にかかるコストだってタダじゃない。金も時間もかかるし、冒険者達の命だってかかっている。胃が痛まないはずがない。


 アラスターは頭を抱えつつ、思考を進める。

「ギルドマスターのセルジオスもあの亡骸がリッチであると断言していた。であれば間違いないだろう。じゃあそのアジトを守るアンデッドがいるのはなぜだ? 誰かの指示で動いているとしか思えんのだが」

 一ヶ月もかけ、苦労してアジトを見つけた結果がこれだ。

 通常、自然発生したアンデッドが特定の場所を守るようなことはありえない。魔物は獲物を探して徘徊するものなのだから。

 ダンジョンであればそれもあるかも知れないが、樹海は危険地帯であってもダンジョンではない。ゆえに、誰かがそのアンデッドを支配し、アジトの守護を指示していると考えるのが妥当なのだ。

「であるとすれば、一体何者なのだ? ……もしや、以前噂に聞いた『赤眼の死霊魔術師ネクロマンサー』? リッチの軍と対峙し、アンデッドを使役していた謎の人物。その『赤眼』なら可能かもしれないが、わざわざアジトを守る理由が分からない」

 もう一度大きなため息を吐くと目を開けて、机の上のティーカップを持ち上げ一口啜った。

「一つ分かっているのは、これ以上調査を進めるのが不可能ということだ。屍人騎士ゾンビナイトが1体でも脅威なのに10体はいるという。さらに、それ以外のアンデッドも辺りを徘徊しているらしい。調査をするなら最低でもA級冒険者が一人は欲しいが、エデッサにそのような戦力はいない」


 諦めの境地で少し頭を休ませていると、彼はふとある冒険者を思い出した。

「……いや、戦力といえば、そもそもリッチを討伐したという冒険者がいたな。たしかジン、と言ったか。依頼達成でFランクからBランクに異例の昇格を果たしたとか。仲間と協力して討伐したようだし、実績がないのは明らかだからそれほど気に留めていなかった。だが、彼の仲間達がまた協力してくれるのであれば、調査も可能かも知れん。それに国王から質問されたリッチの所持品を、討伐者の彼が保有している可能性もある。それについても確認してみるか」

 アジトを見つけたにもかかわらず、魔物が多くて調査できませんでしたでは、王から何を言われるか分からない。せめて色々な努力をしたことはアピールしなくてはならない。

「早速明日にでもギルドに行って手配することにしよう」

 この程度の手配であれば執事にまかせることも可能だが、こちらの調査結果をセルジオスに相談したい。

 再び「はぁ……」とため息を吐くと、アラスターは溜まっている仕事を片付けるべく書類の山に取り掛かった。
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