上 下
7 / 25

7. 砂漠の自殺行為

しおりを挟む
 あの後は僕が薪に火をつけてから、夕飯にすることになった。
 ソフィアが買い込んでいたのは食材だけだったようで、ここで肉や野菜を焼いて食べている。

 帝国では農業が盛んに行われていたお陰で、どれも馴染みのあるものだ。
 男爵家という平民に毛が生えただけの地位の家だったから、高位貴族と違って料理を手伝わされたこともよくあった。

 だから、こういう状況でも困ることは無い。
 水が豊富にある地域の水田でしか作ることが出来ないと言われているコメの炊き方から、オレンジ色や緑色、黄緑色の野菜の切り方も頭に入っている。

「レインは物知りね」

「これくらいなら、帝国の平民は誰でも知っているよ」

「逆に貴族になると知らないのね」

「貴族は基本的に自分で料理なんてしないからな。
 ソフィアの家も、料理は料理人の役目だよね?」

「料理はお母様がしているわ。使用人達の仕事は、オアシスから水を汲んでくることと、家の掃除と洗濯くらいだわ」

 どうやらデザイア王国では、水を得るために人手を入れないと回らないらしい。
 王都というのはオアシス……湧き水が出てくる場所の近くにあるみたいだから、命懸けではないと思う。

 しかし、王国の事情は帝国とはかなり違うらしい。

「そうなんだ。
 帝国とは少し違うみたいだ」

「環境が違うのだから、当然だと思うわ」

 言葉を交わしている間に肉が食べられそうな色に変わり、香ばしい香りを上らせ始める。
 中まで火を通さないとお腹を壊すことになるから、もう少し待ってからお皿に移す。

 味付けは……シンプルに塩だけだ。
 コショウやタレは高級品だから、中々手が出せないからね。

 塩なら帝都の近くにある海から水だけを抜けば、簡単に作れるから困らなかったが、帝国ならどこで買ってもタダ同然の値段で売っている。
ソフィアも塩だけは安く売っている帝都で買うようにしているらしく、荷台に大量に置いてあったから、今回はそれを使っている。

「「いただきます」」

 食前の挨拶はデザイア王国も同じらしく、僕とソフィアの声が重なる。

 早速、ほくほくと湯気を上らせている肉に噛り付くと、丁度良い塩味が口の中に広がる。
 久々だったから自身が無かったけど、上手く出来ているみたいだ。

「塩だけでこんなに美味しくなるのね」

「今回は大成功だったみたいだ。
 普段はここまで美味しく出来ない」

「それでも凄いわ! 作ってくれてありがとう」

 炎を思わせる紅い瞳を輝かせながら、肉に噛り付くソフィアの姿は見ているだけで癒される。
 貴族のお嬢様はマナーマナーと口うるさく教育されているせいで、小さく切り分けてから少しずつ食べるのが当たり前だけど、こうして勢いよく食べてくれた方が作り甲斐もあるというものだ。

 しかし、心配することもある。
 焼きたての肉は、すごく熱い。

「火傷には気を付けて」

「私、火傷はしないから大丈夫よ」

「それは凄いな……」

 水魔法使いは凍傷にならないけど、それと同じようなものらしい。



 肉を食べ終えたら、焚火は消してから馬車の荷台に横になることになった。
 少し硬いが、大きな板に柔らかい布を敷いているから、寝心地が悪い訳ではない。

 覆いもしっかりあるから、砂に埋まる心配が無ければ、乾燥で喉がやられることも無いだろう。

 しかし、問題は別にある。

「どうしたの? 入らないの?」

「いや、女の子と一緒の場所で寝るのは躊躇うというか……」

「凍え死ぬわよ?」

 当然だが、貴族では婚前交渉が禁忌とされている。
 だから同年代の女性と同じ部屋に籠ることすら禁じられてきた。

 馬車に同乗することは冒険者をやっていたから抵抗無かったけど、野宿の時はテントを分けていたから、こんな経験は初めてだ。
 おまけに、ソフィアは控え目に言っても美少女。整った顔で不思議そうに首を傾げている様子は、油断していれば心を奪われかねない。

 冒険者の野郎共が好きそうなボンキュボンな体格ではないが、本来は貴族の僕にとっては……好ましいと思える。
 だからといって何かをするわけではないが、普通に恥ずかしい。

「えっと、過ちが起きないように僕は御者台で寝るよ」

「私、婚約者なんて居ないから、過ちが起きても大丈夫よ?
 ……砂漠の真ん中では自殺行為だけれど」

 過ちというのは言い訳だが、ソフィアは僕に向かって「お前は砂漠の真ん中で死を選ぶ愚か者なのか?」と暗に問いかけているようだ。
 断れば認めることになり、受け入れれば羞恥心で死ねる。

「分かった。一緒に寝るよ」

 ……無言の圧に耐えられなかった僕は、ソフィアの隣に身体を横にした。
 距離は出来るだけ開けるようにして。

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 眠る直前の挨拶を返すと、すぐにスヤスヤと眠るソフィアの寝息が聞こえて来た。
 寝つきは良い方らしい。

 僕も割とすぐに寝れる方なんだけど……眠気は襲ってこなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

レベル9999の転生魔導士~世界最強の俺、辺境でひっそりとスローライフを送る~

未来人A
ファンタジー
主人公ライズ・プライスは転生者だ。 魔王打倒の目標をかかげ、実力を磨いて15年の時をライズは過ごした。 異世界生活にあこがれを持っていたライズに取って、充実した毎日だったが、ある日、神を名乗る存在に転生特典を上げ忘れていたと、言われレベルを9999に上げられてしまう。 チートには興味がなく、努力して実力を掴み取りたかったライズは、元に戻せと憤慨するが、神は無理だと良い去っていく。 レベル9999になったライズの力は凄まじく、全ての敵を一撃で倒していく。 魔王も例外ではなく、瞬殺する。 長年目標としてことがあっさり叶ってしまい、さらにこれ以上強くなりようがないと気づいたライズは、戦う気を失くした。 人がほとんど来ないような辺境の湖の近くに家を建て、のんびり釣りをしながら暮らすと決意をする。

[完結]病弱を言い訳に使う妹

みちこ
恋愛
病弱を言い訳にしてワガママ放題な妹にもう我慢出来ません 今日こそはざまぁしてみせます

側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

捨てられ令嬢の恋

白雪みなと
恋愛
「お前なんかいらない」と言われてしまった子爵令嬢のルーナ。途方に暮れていたところに、大嫌いな男爵家の嫡男であるグラスが声を掛けてきてーー。

【完結】数十分後に婚約破棄&冤罪を食らうっぽいので、野次馬と手を組んでみた

月白ヤトヒコ
ファンタジー
「レシウス伯爵令嬢ディアンヌ! 今ここで、貴様との婚約を破棄するっ!?」  高らかに宣言する声が、辺りに響き渡った。  この婚約破棄は数十分前に知ったこと。  きっと、『衆人環視の前で婚約破棄する俺、かっこいい!』とでも思っているんでしょうね。キモっ! 「婚約破棄、了承致しました。つきましては、理由をお伺いしても?」  だからわたくしは、すぐそこで知り合った野次馬と手を組むことにした。 「ふっ、知れたこと! 貴様は、わたしの愛するこの可憐な」 「よっ、まさかの自分からの不貞の告白!」 「憎いねこの色男!」  ドヤ顔して、なんぞ花畑なことを言い掛けた言葉が、飛んで来た核心的な野次に遮られる。 「婚約者を蔑ろにして育てた不誠実な真実の愛!」 「女泣かせたぁこのことだね!」 「そして、婚約者がいる男に擦り寄るか弱い女!」 「か弱いだぁ? 図太ぇ神経した厚顔女の間違いじゃぁねぇのかい!」  さあ、存分に野次ってもらうから覚悟して頂きますわ。 設定はふわっと。 『腐ったお姉様。伏してお願い奉りやがるから、是非とも助けろくださいっ!?』と、ちょっと繋りあり。『腐ったお姉様~』を読んでなくても大丈夫です。

クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル

諏訪錦
青春
アルファポリスから書籍版が発売中です。皆様よろしくお願いいたします! 6月中旬予定で、『クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル』のタイトルで文庫化いたします。よろしくお願いいたします! 間久辺比佐志(まくべひさし)。自他共に認めるオタク。ひょんなことから不良たちに目をつけられた主人公は、オタクが高じて身に付いた絵のスキルを用いて、グラフィティライターとして不良界に関わりを持つようになる。 グラフィティとは、街中にスプレーインクなどで描かれた落書きのことを指し、不良文化の一つとしての認識が強いグラフィティに最初は戸惑いながらも、主人公はその魅力にとりつかれていく。 グラフィティを通じてアンダーグラウンドな世界に身を投じることになる主人公は、やがて夜の街の代名詞とまで言われる存在になっていく。主人公の身に、果たしてこの先なにが待ち構えているのだろうか。 書籍化に伴い設定をいくつか変更しております。 一例 チーム『スペクター』       ↓    チーム『マサムネ』 ※イラスト頂きました。夕凪様より。 http://15452.mitemin.net/i192768/

〖完結〗二度目は決してあなたとは結婚しません。

藍川みいな
恋愛
15歳の時に結婚を申し込まれ、サミュエルと結婚したロディア。 ある日、サミュエルが見ず知らずの女とキスをしているところを見てしまう。 愛していた夫の口から、妻など愛してはいないと言われ、ロディアは離婚を決意する。 だが、夫はロディアを愛しているから離婚はしないとロディアに泣きつく。 その光景を見ていた愛人は、ロディアを殺してしまう...。 目を覚ましたロディアは、15歳の時に戻っていた。 毎日0時更新 全12話です。

処理中です...