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別視点
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目の前ではゴリラと子ゴリラのハグのような光景が繰り広げられているけれど、多分……この2人は幸せになりそうね。
そんな感想を抱いたら、今度はメリッサさんがトーマス様の方を向いて、手を差し出していた。
これは敵対しないと示す時や、お礼の意思を伝える時の握手の誘いね。
「帰還者トーマス様。ジェイクからクラリス様を奪ってくださってありがとうございます」
「喜んでいただけたなら何よりです。ですが、僕はクラリス殿下と結婚したいとは思っておりません」
トーマス様の言葉に、周囲の方々が驚いたような表情を浮かべた。
同時に、トーマスの手がバキバキと折られる音が響いた。
「あっ……申し訳ないですわ。今治します!」
「あ、いえ、お気になさらず。これくらいの怪我、十分もすれば治りますから」
ちょっと待って?
トーマス様の手を砕くって、メリッサさんの手はどうなっているの!?
今の私は、かなり間抜けな顔をしていると思う。
それでも、イケメンなトーマス様と結婚出来ると信じていたらしい王女殿下の鳩が豆鉄砲を食ったような顔には敵わないけれど。
「どうして!? 私と結婚するためにダンジョンを攻略したんじゃなかったの!?」
「いえ、僕はアイリスだけを愛していますから、貴女と結婚するなどあり得ません。
ダンジョンを攻略したのも、全ては国民の安全のためです」
治癒魔法によって手が元に戻ったトーマスがそう口にすると、周囲からは「流石はトーマス様」「国民のためとは、尊敬出来る」などといった声が上がった。
同じくらい、王女殿下を馬鹿にする声も聞こえるわ。
落ち着いて周囲の様子を窺っていると、トーマス様が私の方に歩いてきた。
「心配させてしまって申し訳ない。みんなに見える場所でしっかりと言っておきたかったんだ」
「心配なんてしていませんわ。トーマス様のこと、信じていましたから」
「そうか、それなら良かった。騒ぎも収まったことだし、一曲どうかな?」
「はい、喜んで!」
ダンスのための音楽が再開されたから、騒ぎがあった場所から少し離れたところでステップを踏む私達。
そんな時、邪魔をする人が現れてしまった。
「アイリス、トーマス様を私に寄越しなさい! 彼は私と結婚する運命なの!」
「トーマス様は私の婚約者です。貴女にも、他の誰であっても絶対に渡しませんわ」
「邪魔が入ってしまったから、場所を変えよう」
トーマス様は王女殿下のことを目に入れないで、そう口にした。
ダンスは中断してしまったけれど、トーマス様が「王女殿下を何とかして欲しい」と国王陛下にお願いしたら、会場から摘み出されていたわ。
そのお陰かしら?
二回目は最後までダンスを楽しむことが出来た。
◇
あの騒動から2年。私はトーマス様と結婚した。
トーマス様は領主になるための勉強中で忙しくしているけれど、食事の時間は必ず私に合わせてくれる。
「元気に育ってね」
「もうちょっと上の方よ」
「この辺りかな?」
「はい」
すっかり日課になってしまった私のお腹の中にいる赤ちゃんに声をかけることも毎食してくれていて、私に愛を囁くことも変わっていない。
そんなトーマス様の役に立とうと思って、私も領主の仕事の勉強をしているのだけど、これがすっごく難しかった。
でも、諦めないで勉強しているから、少しずつ出来ることも増えていった。
トーマス様はというと、かなり余裕があるみたいで、蒸気の力で動く動力――蒸気機関を発明している。
その蒸気機関を動力にした馬車――蒸気機関車まで発明したのよね。たったの一ヶ月で。
お陰で移動の時間が縮んで、貴族も平民も生活が今までよりも便利になった。
そんな世界を変える発明をしたトーマス様は、社交界に出ると「機関車のトーマス様」や「帰還者のトーマス様」と呼ばれている。
すっかりトーマス様は王国の英雄だけれど、どんなに持て囃されても一番に私のことを考えてくれる。
こんなに素敵な人と結婚出来て、私は本当に幸せ者ね。
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