見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい

水空 葵

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1. 私が死んだ理由①

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「……そう。今日もオズワルド様はリリア様を連れて別棟に行かれましたのね」

 結婚してから1年経つというのに、懐妊が発覚してから8ヶ月が経つというのに、もう半月も夫のオズワルド様とお話出来ていない。
 そんな現実に、私はため息混じりに呟いた。

 次期ブラフレア伯爵様と私サーシャ・オーフィリア子爵令嬢の結婚は政略的なものだったから、こうなることを予想していなかったと言えば嘘になる。
 貴族では、確実に子孫を残すために愛人や側妻を置くことがよくある。

 だから覚悟はしていたし、愛人を作ること自体に反対はしていないのだけど……。
 実際に見捨てられると不安になってしまうのよね。


 お腹の子がいつ産まれてもおかしくない状況なのに、ここ一年で財政が傾いてしまったブラフレア家にはお医者様を雇う余裕も無かった。
 最初は10人居た侍女も、今は3人しかいない。

 リリア様に高価な宝石をプレゼントする余裕はあるみたいだから、おかしな話です。

 疑問に思っても、それを問いかけると機嫌を悪くされて、ただでさえ少ない食事がゼロになってしまうから私には何も出来ない。
 この屋敷でたった一人の味方、実家から連れてきた侍女のダリアもオズワルド様には逆らえない。

 それでも危険を顧みないで、彼女の食事を私に分けてくれているのだから、頭が上がらないわ。
 侍女の食事も減らされているから、二人で分けるとなるとお腹を満たすことなんて出来ないのだけど。

「私に力が無いばかりに……。申し訳ありません」
「全部私が悪いのだから、気にしないで」

 実家に帰ることはもちろん考えた。
 けれども、助けを求める手紙が家に届いた気配は無い。

 私のことを大切にしてくれているお父様とお母様が様子を見に来た時もあったそうだけど、私が姿を見せるより早くオズワルド様に追い返されたらしい。
 子爵家では伯爵家に逆らうことが出来ないから、お母様達は帰ることしかできなかったのよね……。


 そんな訳で、私が頼れる人はダリアしかいないのだけど、私より2つ歳上で18歳の彼女もお産の経験なんて無いから、申し訳ないけれど頼りない。
 お医者様が居れば安心できるのに、今のオズワルド様は私を顧みないから、いくらお願いしても無駄だった。

 今はもう、隣に建っている別棟に行く元気もないから、自分でなんとかしなくちゃ……。
 そう思っていたら、突然ズキっという痛みがお腹に走った。

「サーシャ様、どうかされましたか?」

 少し表情を歪めただけで異変に気付いたダリアが声をかけてくれた。

「少しお腹が痛んだだけよ。大したことは無いわ」
「もしかしたら、産気付いたのかもしれません。とりあえず、横になってください。
 タオルとお水を持ってきますね」
「ありがとう……」

 お礼を言いながら、昨日から硬いものに変わってしまったベッドに向かう。
 ちなみに、それよりも前に使っていたふかふかのベッドは、リリア様が寝泊まりする時のためにと持っていかれてしまったのよね。

「痛っい……」
「サーシャ様、お支えしますね」
「ありがとう……」

 さっきよりも強くなった痛みに耐えられなくて倒れそうになったところを、ダリアは支えてくれた。
 ……のだけど。

「収まったわ」
「それは良かったです。念のために用意だけしてきますね」

 さっきの痛みが嘘だったかのように、綺麗になくなっていた。
 そんな時、オズワルド様の声が聞こえてきた。

「サーシャ、話があるから着いてこい」
「はい……」

 彼の命令は絶対だから、転ばないように気をつけながら部屋を出る私。
 それから少し歩くと、再び痛みが襲ってきた。

「うぅ……」
「サーシャ、何をしている? 早くしろ」
「申し訳ありません」

 けれど、このまま足を止めていたら暴力を振るわれるから、必死に耐えて足を進める。

「リリア、待たせて済まない」
「全然待っていないから大丈夫よ」
「そうか。では、紹介しよう。
 まず、彼女は今度側妻として迎えるリリアだ。子爵家の出だが、馬鹿にしたりしないように。
 こちらは妻のサーシャだ」

 当たり障りないように、笑顔を浮かべて軽く頭を下げる私。
 リリアさんはもう少し高位の生まれだと思っていたのだけど、子爵令嬢だったのね……。

 初めて知ることに驚いてしまう。

「サーシャ様のお腹には赤ちゃんがいるのね」
「そうだよ。触ってみるかい?」
「うん」
「サーシャ、リリアに触らせてあげなさい」
「はい」

 今はお腹が痛んだりしているから触らせたくないけれど、私に頷く以外の選択肢は無い。

「ふーん、こんな感じなんだ」

 優しく触りながら、そんなことを口にするリリアさん。
 けれども次の瞬間、彼女が不気味な笑みを浮かべていた。

 身構えたけれど意味がなくて、お腹を強く押された私は、背中から床に倒されてしまった。
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