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第2章

109. 慣れていないようです

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「そういえば、貴女はどこかで見たことがありますな。
 一体どこで……いや、これも運命でしょうな」

 相手は帝国の貴族ではないのに、この会場に居る。
 少し考えれば、私と同じようにワイバーンを倒すような事をして招かれていると想像出来てしまった。

 だから、下手なことは出来ないのよね……。
 まだカグレシアン公爵様を断罪するための準備は整っていない。

 証拠は集まっているけれど、帝国貴族ばかりのパーティーで断罪しても意味が無いのよね。
 だから、今は我慢して証拠を引き出した方が良いかもしれないわ。

「そんな運命は感じませんけれど?」

「そんな悲しいことを言わないでくださいな。貴女は全てワシの好み、見放されたら泣きますぞ?
 少し胸が物足りないが……お若い貴女ならきっと成長の余地があるでしょうな。
 初々しい女性は久々だから楽しみですな、グフフ……」

 気持ち悪い笑い声が聞こえたと思ったら、胸の方に手が伸びてくる。

こんな人に触れられるのは絶対に嫌だから、咄嗟に後ろに下がる私。
 知っていたことだから驚きはしないけれど、やっぱりこの人は最低だわ。

 この人、王太子殿下の婚約者だった頃の私にも手を出そうとしていたのよね……。
 あの頃は私の方が強く言える立場だったから一切触れさせなかったけれど、今は逃げるだけで精一杯。

 そんな時、クラウスが私の前に割って入ってきた。

「私の妻に手を出すおつもりで?」

「は? 妻?
 ……せっかくの気分が冷めましたよ。フレイムワイバーンから帝都を守った英雄のワシの気分を覚ましたお前は、どう責任を取るつもりかね?」

 私とクラウスが夫婦と言うのは無理がある気がするけれど、カグレシアン公爵は簡単に信じてくれたみたい。
 幸いにも夫が居る女性に手を出す趣味は無かったみたいで、今度はクラウスに詰め寄っている。

「貴殿が私兵を引き連れて一体のフレイムワイバーンを仕留めたことは知っています。たったそれだけの戦果で堂々と威張れるとは、感心しますよ。
ここに居る私の妻は、一人で百体近く仕留めた上に怪我人の治療もしていますが?」

「偉そうにしているお前は何の戦果も出していないのだろう? それで威張るとは、お前は相当な馬鹿に見えますな」

「勘違いしても構わないが、私は二百体近く仕留めている。
 さて、ここからが本題だ。今回の最大の立役者である私の妻に手を出そうとした責任はどう取るつもりか聞かせてもらおう」

「そ、それは……」

 クラウスの勢いに押されて、ボソボソとしか口に出来ない様子のカグレシアン公爵。
 身体の横幅と態度は大きいのに、頭の中身と覚悟はすごく小さいみたい。

 ちなみに、カグレシアン公爵の背丈は私よりも低いから、遠くから見れば大人に怒られている子供に見えるかもしれないわ。

「これは何の騒ぎだ?」

 ……なんて思っていたら、皇帝陛下が私に小声で問いかけてきた。

「あそこにいるカグレシアン公爵様に迫られてしまいましたの」

「身体に触れられたのだな?」

「逃げたので、それは大丈夫でしたわ」

「分かった。
 辛い思いをさせてしまい申し訳なかった。奴は帰らせるから、安心して欲しい」

「ありがとうございます」

 私がお礼を言うと、皇帝陛下は楽しそうな笑顔を浮かべてから輪の中に割り込んでいく。
 そして、クラウスに問い詰められて逃げ道を塞がれているカグレシアン公爵の前に立つと、こんなことを言い放った。

「我が帝国の宝に手を出したのはお前か?」

「宝? そんなものには一切……」

「そこにいらっしゃる銀髪の女性に覚えは無いか?」

「まさか……っ。
 身に覚えなどありません」

 カグレシアン公爵は今まで問い詰められるという経験をしてこなかったから、こういう時にどう受け答えして良いのか分かっていない様子。
 おかげで、沈黙と言う形で肯定していた。

「その様子では、身に覚えがあるようだな?
 記憶が定かでないのなら、お前に聞く理由は無い。幸いにも、これだけ見ていた者が居るのだからな」

 ここは帝国だから、王国内のように自由奔放に振舞うことはカグレシアン公爵であっても許されない。
 むしろ、今までの証拠集めのお陰で、皇帝陛下に敵対する人物として扱われているから、何か不審な動きをするだけで投獄もあり得るのよね。

「皆、この男が手を出している様子を見ていたか?」

 陛下の問いかけに、一斉に肯定が返される。
 けれど、カグレシアン公爵の諦めの悪さはここでも健在のようで、中々認めようとしなかった。

「ワシが王国の人間だからと、そうやって追い出そうとするとは……やり方が卑怯ですな。
 これでは帝国の権威も地に落ちるでしょう」

「地に落ちたとて、地の底よりも低いところまで落ちている王国よりは上でしょう。この意味が分かりますか?
 そして、彼女はSランクの冒険者。敵に回せば最後、貴殿は地獄を見ることになるでしょう」

「なんですと……。
 あれはどう見ても令嬢ではないか。冒険者と言えば、もっと逞しいはずだ」

 私は魔法中心の戦い方をしているから、筋肉は中々付かないのよね。
 似たような戦い方をしているクラウスの身体が引き締まっている理由は良く分からないけれど、きっと私が見ていないところで努力しているに違いない。

 でも、服を着ていればクラウスだって普通の貴族令息にしか見えないから、カグレシアン公爵の言いたいことも理解は出来る。
 行動は理解したくないけれど……。

「貴殿からの恨みとSランク冒険者二人からの恨みを天秤にかけたら、貴殿からの恨みの方が些細なものです。
 もう言いたいことは分かりますね?」

「ふん、ワシを怒らせたら恐ろしいことになるぞ」

「可愛らしい脅しですね。
 何を言おうと、貴殿には退場して頂きます」

 その言葉と共に皇帝陛下の手が挙げられると、どこからともなく護衛の人達が集まってきて、そのままカグレシアン公爵を縄で縛り始めた。
 公爵本人は抵抗しているけれど、魔法の詠唱は口を塞がれて出来なくなっていて、丸々とした身体を何度もくねらせていた。

「ワシは公爵だぞ! こんなことをしたら国際問題だ!」

「私は皇帝だ。お前の行動が国際問題になると、理解出来ぬか?」

 無事に縛られてからも公爵は叫んだり暴れたりと大忙し。
 そのせいで髪型も崩れていって、後ろにしか髪が生えていない様子が明らかになっていく。

 一見禿げていないように見えるあの髪型は、二時間もかけて後ろの髪を前に持ってきて固めていると噂に聞いていたけれど……本当だったのね。

 周囲は予想外の状況に笑ってしまっているけれど、帝国の親衛隊は一切表情を変えずにカグレシアン公爵を出口へと引き連れていく。
 そうして公爵の姿が見えなくなると、ようやくパーティーは賑わいを取り戻しはじめた。
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