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第2章

102. 信用してもらえるように

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 あの後、クラウスと色々なことをお話しながら朝食の用意を済ませた私達は、アイリスが目を覚ますのを待ってから出発した。
 今日の朝食は二枚のパンの間に野菜とお肉を挟
んでいるものだから、ワイバーンの背中の上……雲の上で口にしている。

 大きく揺れてしまう馬車の中で食事をしたら口の中を噛んでしまう。
 けれど、ワイバーンの背中は殆ど揺れないから、うっかりしなければ痛い思いをすることは無い。

 だから空からの景色を楽しみながら朝食を進めていたのだけど、ふとアイリスが口にした言葉を聞いて手を止めてしまった。

「シエル様、朝ごはんありがとうございました。
すごくおいしかったです! 
 王宮の食事よりもおいしくて、驚きました!」

 自分で作った食事を褒められたら悪い気分にはならないけれど、これが王宮で出される食事より
も美味しいとは口が裂けても言えない。

 私は王宮で出される食事ほど美味しくは作れないのだから、お世辞かもしれないと勘繰ってしまう。

「気に入ってもらえて良かったわ。
 でも、王宮で出される食事の方が美味しいと思うの……」

「あの食事が美味しいと感じるなら、シエル様の舌がどうかしていると思います!」

「それは有り得ないだろう。シエルの味覚がおかしいと感じたことは今まで無かった」

 アイリスに言われて一瞬だけ自分の味覚を疑ってしまう。
 クラウスが庇ってくれなかったら、もう少し悩んでいたかもしれない。

「……私の舌は普通みたいだから、食事に問題があったとしか思えないわ。
 どんな料理が出ていたのか思い出せるかしら?」

 ここまでのやり取りで考えられるのは、王宮の食事に問題があったという事だけ。
 妃教育の時に頂いた食事はどれも美味しかったから信じ難いけれど……料理人に何かあったのだと考えると筋は通ってしまう。

「えっと……朝食は黒いパンとスープとサラダでした」

 けれど、私の予想は外れていたみたい。
 料理人に何かあっても、代わりの料理人が居る。

 だから、裕福ではない平民と同じ食事が出てくるのは、嫌がらせでも受けていない限りは有り得ないことなのよね。
 まして聖女という地位の人に質素な食事を出すだなんて信じられない。

「……誰かの指示で手を抜かれていたのね。
 元平民だから気付かないと思っていたのかもしれないわ」

「そうだったんですね。わたし、ずっと騙されていただなんて……。
 カグレシアン公爵家の人が、貴族では当たり前の食事だと言っていたから信じてたのに」

「嫌な予感ほど当たるのね……」

「そうみたいですね。
 カグレシアン公爵家の人達が許せません……」

「私も同じ気持ちだから、カグレシアン公爵には痛い目に遭ってもらうつもりなの。
 あのお方が犯した罪は数えきれないのだから」

 このお話しをするまではアイリスに裏切られる可能性も高いと思って行動していたけれど、同じ目的を持っている今なら味方として行動を共にしても良いかもしれない。

 でも、私はクラウスと共に行動しているのだから、私一人で行動を決めることなんて出来ない。

妃教育中にアイリスにされたことの恨みもあるけれど、それくらいはカグレシアン公爵を失脚させる目的のためにも我慢できる。
 ……目的のために感情を抑え込むことは難しくないけれど。これは貴族の令嬢としての教育の結果だから、少し複雑な気持ちになってしまった。



 心を落ち着かせてからクラウスに視線を送ると、私の目的を理解しているみたいで、すぐに頷きが返ってきた。
 言葉にはしていないのに通じているのが不思議だけれど……今の状況ではすごく助かる。

「……だから、あの家を破滅させるためにも、協力すると誓ってもらえるかしら?
 もちろん、貴女の復讐にも協力するわ」

「はい、協力します。
 神に誓って、もう二度と敵対するようなことはしません」

「……その言葉、受け取ったわ」

 魔法の拘束なんて無い、ただの口約束。
 妃教育を受けている頃の嫌がらせのことが脳裏に浮かんで、裏切られないか心配になってしまう。

けれど、お互いを疑っていたら不信感が増すだけになってしまうから、今は信じてみることに決めた。

 

   ◇



 アイリスと共闘することを決めてから二時間ほど。
 無事に帝都に戻ってきた私達は、今も焼けた臭いの漂う道を歩いてエイブラム邸を目指した。

「帝国って栄えていると聞いていたのですけど?」

「ええ。栄えていたわ。
 でも、カグレシアン公爵家に命令された貴女の妹がフレイムワイバーンを操って襲ってきたから、こんなことになってしまったの。実行に移したのが貴女の妹と広まれば、恨みをぶつける人も少なくないはずよ」

「そんな……。
 何とか出来ませんか?」

「うかつに話さないことね。
 今は防音の魔法を使っているから、話は聞かれていないはずよ」

 アイリスの妹――エリスがフレイムワイバーンを操っていた事実は、私達とエイブラム家の人達しか知らない。
 利益ばかりを尊重する王国の貴族ならエリスは広場ではりつけにされて憎悪を向けられるけれど、弱者を守ることを義務にされている帝国の貴族なら、エリスのような境遇の人は守ってくれる。

 もちろん罰は受けさせることになると思うけれど、それは帝国の法で定められた刑罰になるから、理不尽な苦しみは感じなくて済むと思う。

「秘密にしてくれているんですね……」

「ええ。でも、過ちは過ちだから、相応の罰は受けてもらうことになると思うわ」

「それは……仕方ないですよね。生きて会えるだけでも嬉しいです」

 防音魔法はそのままに、読唇術で会話を読まれないようにと口元を手で覆いながら歩く私達。
 そうして一時間ほど足を進めると、ようやくエイブラム邸の門の前に着くことが出来た。
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