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第2章

95. side 希望の後は

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「姉を殺されたくなければ、命令を聞け」

「どうしてお姉ちゃんを殺すの……」

 ある日突然、姉のアイリスが攫われ一人寂しく小さな小屋のような家で暮らしていたエリスは、強面の来訪者を前に困惑していた。
 両親が数年前に他界し、周囲の助けのお陰で生きている彼女にとって、この唯一の家族が生きているかもしれないという知らせは、希望の糸が見えたのと同じことだ。

 ずっと手掛かりがつかめなくて絶望していたところ、生きているのだと分かったのだから、油断すれば笑みがこぼれてしまいそうだった。
 けれども、そんな表情を浮かべれば最悪の状況になることは容易に想像出来てしまったから、エリスはただ表情を強張らせることしか出来ない。

「殺しはしない。お前が俺達の命令に従っていればな」

「早速だが、付いてきてもらおうか」

「どこに連れて行くの? 離して!」

「なら、姉は殺そう。」

 そんな言葉に遅れて、手枷と足枷を嵌められた状態で寝息を立てているアイリスが乱雑に放り出される。
 そして、もう一人の男によって、エリスは一歩下がったところで捕まえられてしまった。

「止めて!」

「なら言う事を聞くか?」

 少しずつアイリスの首に向けて下ろされていく剣を前に、声を上げるエリス。
 その様子を見た二人の男は、嫌な笑みを浮かべながら問い返していた。

「聞くからお姉ちゃんを殺さないで!」

「そう言って裏切る女なら何人も見てきた。
 それが人にお願いする態度なのか?」

 涙をボロボロと零しているエリスに向けられたのは、身体の芯まで凍てつくような冷たい言葉。
 この村の大人が揃っていれば、この男達はボコボコに殴られ摘まみだされていただろう。
 けれど今は昼間で、大人は揃って狩りや作物の世話に出てしまっている。

 助けが来ない事は、エリスもよく分かっている。
 だから、貴族が訪れていた時に村の大人たちがしていた姿勢を真似ようと、膝を折って頭を土が剥き出しの床に擦り付けた。

「言う事を聞きますから、お姉ちゃんを殺さないで……」

「神に誓えるか?」

「誓うから、お願い……」

「よし良いだろう。お前が逆らわない限り安全を保障しよう。
 こっちに来い」

 そんな言葉に続けて腕を引かれ、小屋の外に出るとある物が目に入る。

「乗れ」

「届かないよ……」

「ああ、そうだったな。失敬」

 豪奢な馬車が二台。整然と止まっていた。

「痛かったら言えよ」

 扱いは乱雑でも、扱いは格段に良くなっていることに、エリスはすぐに気付いた。
 だから、アイリスとは違う馬車に乗せられても、文句を言う事は無かった。

(一緒に居たいけど、我慢しなくちゃ……)

 気持ちを押し殺して、大人しく椅子に座るエリスの様子に、男たちは満足そうな様子だ。
 それから程なくして馬車が動き出し、陽が傾くころになると、景色は一気に変わっていった。

「ここって……」

 絨毯のように辺りを埋め尽くす鮮やかな花々に、豪奢な飾りのついている大きな噴水。
 そしてひときわ目立つ黄金色の巨大なお屋敷。

 おとぎ話だと思っていた領主の館がそこにあった。

「よし、着いたぞ。ここは領主様の屋敷だから、無礼なことはするなよ。
金ピカの服を着ている人を見かけたら、こんな風に頭を下げろ。そうしないと文字通り首が飛ぶぞ」

「うん……」

 この巨漢すらも怯えた表情を浮かべているから、その人物が本当に恐ろしいのだとエリスも理解した。
 だからいつ来るのか分からない恐怖によって、この屋敷に居る間はしばらくの間小さく震えながら過ごすことになってしまった。

「言葉遣いも教える。こっちだ」

 けれど、この男は待つという事を知らないらしく、休む間もなく黄金の廊下を進み、階段を上っていく。
 そうして三階に辿り着くと、今までの黄金の気配はすっかり無くなり、木目が目立つ落ち着いた雰囲気に変わっていた。

「ここは使用人しか居ない場所だから、もう安心して良い」

「そうなの……?」

「ああ、そうだ。お前の言葉遣いでは、出せないからな」

 やや遅れて、二人の女性が姿を見せると、エリスに向かって小さく頭を下げた。

「これからエリス様の教育係を務めさせて頂きます。よろしくお願いします」

 どうして頭を下げられたのか理解出来ないエリスだったけれど、本当に恐ろしいのはここからだった。
 みっちりと、丸一週間。朝から晩までマナーや言葉遣いから魔法の扱いまで、食事と睡眠の時間以外は勉強させられることになるのだから。

 そして……アイリスに再会することは、叶わなかった。
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