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第2章

93. 分かりやすい嘘

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「ご冗談はお止めください。
 見ての通り、後も残っていませんよ?」

 エリスの護衛がそう口にしてから、真っ赤なままの私の腕を撫でる。
 幻惑の魔法が効いていると思い込んでいるみたいだけど、今もヒリヒリと痛むところを触れられてしまったから、激痛が走った。

「っ……」

「シエル、大丈夫か?」

「皮が剥けてしまったわ……」

 痛みのあまり傷口を押さえたくなってしまう。
 でも、触れたら余計に酷くなってしまうから我慢する私。

「これで治ったように見えるなら、お前達護衛の頭を調べる必要がありそうだ。
 幻惑が見えているようでは、護衛も務まらないだろう」

「幻惑だと? 彼女の味方をするのもいい加減にしろ」

 クラウスが私の前に立って庇ってくれているけれど、護衛達は気に入らなかったようで逆ギレしてくる始末。
 元々カグレシアン公爵家に仕えている人の印象は良くなかったけれど、ここまで酷いとは思わなかったわ。

「仲間の味方をするのは当然だ」

「仲間なら、過ちを咎めることも大切だとは思わぬか?」

 言い合いでクラウスが時間を稼いでいる間に、グレン様に使える衛兵達がエリス達を取り囲み終える。
 その様子を見てから、私は腕を前に出して口を開いた。 

「もういいですわ。自分で治した方が確実だと、よく分かりました」

「ついに気でも狂ったのか?」

「私は正気ですわ。人に頼むよりも自分で治した方が早いのは、事実ですもの」

 人を殺めるような事している人達に正気を疑われるのは屈辱だけれど、彼らは捕らえられたようなものだから、怒りを抑えるのは簡単なこと。
 落ち着いて言葉を選ぼうとしていると、もう一人の護衛がこんな呟きを漏らした。

「治癒魔法の使い手なんて、アルベールにはシエル・グレーティアしか居なかった。
 なぜ、こんなところに使い手が居るのだ……」

 誰にも聞こえていないつもりなのかもしれないけれど、タイミングよく辺りが静かになったから、この言葉ははっきりと聞こえた。
 貴族の護衛なら、秘密を洩らさないように口は滅多に開かないのだけど……。

「私、お二人のお顔を見たことがあるのですけれど、貴方達は覚えていませんでしたのね。
 シエル・グレーティアは私ですわ」

「なっ……」

「本物……なのか?」

 護衛達は私の言葉に戸惑っている様子。

 エリスは何も知らないみたいで、このやり取りが始まってから戸惑っている様子だけれど、幻惑の魔法で人を死地に追い込もうとしたことに変わりはない。
 だから、この隙に一人一人に縄がかけられた。

「続きは牢に入れてからゆっくり聞こう。
 あまりにも嘘が多ければ、この剣が汚れることなど気にしないだろう」

 氷点下の視線を向けるグレン様の言葉は、後ろに居るだけの私の背筋すらも凍るほど恐ろしかった。



    ◇



「火傷、大丈夫だった? 痛かっただろう」

「触られた時は痛かったけれど、すぐに治せたから大丈夫よ」

 エリス達が地下牢に入れられてから少しして、私はエイブラム邸のテラスに出てクラウスとお話をしている。
 本題はエリス達のことでも、私の火傷のことでもないけれど、クラウスにとっては私の怪我が一番気になることらしい。

 治癒魔法で治しているから、もう大丈夫なのだけど……。

「それなら良かった。
 ……だが、あまり身体を張るような真似はしないで欲しい。心臓がいくつあっても、心臓に毛が生えていても生きた心地がしないんだ」

「心臓に毛って生えるのかしら?」

「毛生え薬があれば、生やせるかもしれないな。
 ……いや、そうじゃない。とにかく無理はしないで欲しいってことだ」

「ええ、分かっているわ。
 今回も無理はしていないもの」

「あんなに痛そうにしていたのに、か?」

「あれは事故だから、気にしないで!」

 テラスから見える夜空は、いつもと違って真っ赤に染まっている。
 ワイバーンが帝都をくまなく燃やしていったせいで、どんなに頑張っても火を全て消すことは出来なかったのよね……。

 悔いは残っているけれど、今は命があることに感謝しなくちゃ。


「事故も予想できるようになったら、気にしないようにしよう」

「何年先になるかしら……」

「あと半年も要らないと思うよ」

「そんなに早かったら奇跡だと思うわ」

 家を失ってしまったけれど、本当に大切なものは失っていないから、お互いに笑顔を浮かべられている。
 でも、ずっとエイブラム邸に居候いそうろうする訳にはいかないから、これから住む場所のことも考えないといけない。

 だから、私から本題に入ることに決めた。

「本題になるけれど、クラウスは次の家どうしたい?」

「将来のことも考えて、もっと広い場所を買おうと思っているよ。
 場所はシエルに任せたい」

「本当に私が決めて良いの?」

「ああ。帝都の一等地でも良いよ」

「それなら、冒険者ギルドの近くだと便利だと思うわ。移動時間を少なく出来るもの」

 今いるエイブラム邸の位置は冒険者をしていると便利だから、似たような距離の場所が理想なのよね。
 でも、ここは小さい土地でも平民には手が出せないほど価値が高いから、手が出せないのよね……。

 ちなみに、崩れてしまった家の場所はエイブラム邸よりも冒険者ギルドから離れていて、商店街からも離れているから、少し不便だった。
 だから、少し近くなるだけでも嬉しいのだけど、お金がかかることだから冗談半分で言うことしか出来なかった。
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