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第1章

62. 内通者が居るので

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「内通者が居るというのは本当でしょうから、冒険者ギルドに預けましょう」

「証拠品はこちらに準備してあります。シエル様の準備が出来たら始めて下さい」

 二つの言葉が重なる。
 私達と敵対している騎士は、どうしても証拠品を手放したく無いみたいで、話を遮るつもりらしい。

 けれど、二人同時に話されても聞き取れるから、ギルドに預けることを承諾してくれた騎士に目配せする私。
 今の視線は肯定の意味だったのだけど、これだけで通じたらしい。

 敵対している騎士も意味は分かったみたいで、悔しそうに小さく表情を歪めている。
 一目見ただけでは分かりにくいけれど、容易に分かってしまった。

 辛いことばかりだった妃教育がこんな形できるとは思わなかったわ……。

「では、始めますわ」

 そう宣言してから、粉を振りかける私。
 けれど、この証拠品は騎士達がベタベタと触っていたみたいで、たくさんの指紋が浮かび上がってしまう。

「これは……」

「騎士の皆様方が触ったことが原因だと思いますわ。
 この中からヴィオラ様の指紋が見つかれば証拠になりますわよね?」

「もちろんです」

 そう言われたから、ヴィオラ様の指に触れさせておいた袋と見比べながら、指紋を探していく私。
 重なっていて見分けがつかない場所もあるけれど、運よく角の方に付いていた指紋がヴィオラ様のものと全く同じことに気付いた。

「これとこれ、同じですわよね?」

「はい、全く同じように見えます。確かなことは言えませんが、裁判でも認められるでしょう」

 私が騎士さんに確認を取ると、そんな答えが返ってくる。
 スカーレット公爵家寄りの立場の人は嫌そうな表情を見せているけれど、騎士として嘘を口にすることは出来ない様子だった。

 この後、証拠品は無事に冒険者ギルドに運び込まれて、あとは裁判の時が来るのを待つだけになった。



 それからしばらくして、私達はエイブラム邸の玄関前に無事に戻ることが出来た。
すっかり陽が落ちて、夜空には綺麗な星々が瞬いている。

 この時間に外に出たのは久し振りだったから、つい目が移ってしまう。
 けれども玄関の扉を開ける音が聞こえて、慌てて視線を前に戻した。

「クラウスさん、シエルさん。よく戻って来てくれた。
 結果を聞いても良いだろうか?」

「戻りましたわ。証拠も無事に冒険者ギルドに預けられました。
 あとは裁判の準備を進めるだけですわ」

「そうか、よくやってくれた。感謝する。
 裁判でフィーリアの潔白を証明するまでは油断出来ないが、これで少しは安心して眠れるよ」

 出迎えてくれたグレン様もセフィリア様も柔らかな笑顔を浮かべている。
 フィーリア様の表情も柔らかい物だけれど、まだ潔白を証明出来ていないからか、不安を感じているみたい。

 私も表情を緩めることは出来なかった。
 ヴィオラ様を助けることを考えているけれど、その後のことが恐ろしいのだから。

 エイブラム邸は冒険者によって守りを固めている状態だけれど、スカーレット公爵がどんな手を使ってくるのか予想出来ないから、正直に言うとこれ以上手は出したくないのよね。
 いつ襲われるか分からない状況ほど怖いものは無いのだから。

「二人とも疲れているだろうから、立ち話は終わりにして夕食にしよう」

 明日の行動を考えていると、グレン様がそんなことを口にする。
 けれど外行きの服のままで食事にするわけにはいかないから、私達は断りを入れてから着替えに向かった。



    ◇



 翌朝、私はクラウスとフィーリア様と同じ馬車で学院に向かうことになった。
 フィーリア様は元婚約者様から一緒に学院に向かう誘いを受けていたのだけど、まだ婚約し直せていない状況だから見送ったらしい。

 けれど余計な勘繰りをされるといけないという事で、フィーリア様専属の侍女が同乗している。
 もちろん座る場所も配慮しないといけないから、私の隣はクラウスが、向かい側にはフィーリア様という座り方だ。

 フィーリア様がクラウスと浮気していると疑われるのは私達も望まないことだから、クラウスとフィーリア様は少し距離を置くように心がけているのよね。
 こうすれば私とクラウスの仲が良いというアピールにもなるから、少し前から徹底している。

 けれど、これは殆ど無意識でしていることで、今の私達は別のことを気にかけていた。

「ヴィオラ様に何も無いと良いですわ……」

「ええ。無事に学院に来られていると良いのですけれど……」

 昨日見てしまった、ヴィオラ様が父であるスカーレット公爵様に詰め寄られている光景が脳裏から離れなくて、心配は増すばかり。

「おかしいですわね。いつもならあの辺りに止まっていますのに」

「少し早く来ているのかもしれませんから、教室に行きましょう」

 口では教室に居るかもしれないと言ったけれど、胸の内では最悪の事態を考えてしまった。

「居ましたわ」

 幸いにも私の考えていたことは現実にならなくて、フィーリア様が普段よりも明るい声を出す。
 連れられて、私も笑顔を浮かべそうになったのだけど、私達に気が付いたヴィオラ様が振り向いた時、大慌てで無表情の仮面を貼り付けた。

 ヴィオラ様は目をらしていて、泣いた後なのだと分かったから。
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