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第1章

38. side 旅の理由

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 シエルとクラウスが出会った時から一年ほど遡った日の事。
 サフレア王国の王城内で、国王が第四王子クラウスにとある言葉を言い放った。

「お前はもう不要だ。すぐに王都から出て行ってくれ」

「はい、兄上」

 たったそれだけのやり取りで、クラウスは踵を返した。



 事のあらましは、国王の崩御前から始まる。
 四人兄弟だったクラウス達は、揃って王位を継ぐための教育を受けていた。

 王位継承権は長男が第一位で、優秀だったクラウスの継承権は第二位だった。
 長男はクラウスに抜かれないように目の敵にしており、一方のクラウスは言い寄ってくる令嬢達から逃れるのに必死で王位に興味など無かった。

 令息達に羨まれる整った顔にスラリとした体躯も、ここまで酷いと不要だと思えるもの。

「はあ、女性はこれだから嫌いなんだ……」

 独り言ちたことも一度や二度ではない。
 特に眠り薬を盛られて襲われかけて以来、クラウスが社交界に出ることが無くなるくらい申告な悩みだった。

 それでも国王になるための勉強は欠かさずこなしていたから、王子としての面目は保たれていた。
 特に令息だけを集めたパーティーの際には兄達を差し置いて人だかりを作るくらいの人気ぶりだった。

 けれど、平和な日々も国王崩御を境に変わってしまう。

 王位を脅かす弟を排除しようとした兄によって、クラウスは王家から追放されてしまった。
 実際には結婚から逃れるために自らの意志で出て行っているのだが、周囲の目では現国王は暴君にしか見えない。

 それからのクラウスは、自由の身になった事を活かして色々な事に手を出した。

 最初の一週間は商売に手を出して、無事に失敗。己の商才の無さを恨んだ。
 次の一週間は宿屋で働こうとして、ボイラーを壊してクビ。
 さらに次の一週間は、冒険者に手を出して、無事に初依頼を達成。

 人に雇われて働く才能が無いことに気付いたクラウスは、そのまま冒険者を続けることになった。
 最初はブルームーン帝国で功績を重ね、Sランクになってからはアルベール王国に活動の拠点を移した。

(そろそろ誰かと旅をしてみたいな)

 一年間ずっと一人での活動をしていたからか、楽しく冒険出来る仲間を探すことに決めたクラウスだったけれど、アルベールの王家からパーティーに招待されていた。
 あまり評判の良くない貴族から仲間を探すつもりなど無かった。

 だからパーティーが終わった後は王都を散策して、仲間探しをしていた。

 そんな時、上質な部屋着に身を包んだ女性が路地裏に入っていくところを目撃する。
 顔を見れば、パーティーで婚約解消を言い渡されていた令嬢だった。

(婚約解消されたことを家長に咎められて追い出されたってとこか。面倒だけど助けるか)

 つい先日のパーティーでも令嬢達に言い寄られていたクラウスは、治りかけていた女性嫌いが再発したばかり。
 だから関わりたくは無かった。

 けれど、一年前の自分とその令嬢の姿が重なって見えたから、居ても立っても居られなくなって、Sランク冒険者にとっては危険でも何でもない路地裏に足を踏み入れた。


 そうして目にしたのは、怒りを露わにした令嬢に殴り飛ばされる巨漢たちの姿。
 直感で、仲間にするなら彼女だと、クラウスは感じていた。

「助けは必要無かったようだな」

 これがクラウスとシエルの出会いだった。



 けれど一緒に冒険者をするとなると、問題は少なくなかった。
 まずシエルの容姿だ。

 整った顔に手入れされている綺麗な髪、そして令嬢にしては肉付きの少ない体格。
 世の男達がこぞって狙うであろう美貌に、クラウスは恐怖した。

 サフレアの令嬢たちは贅沢が極まった結果、控え目に言えばふくよか。悪く言えばオークのようだったから、その点シエルの恐ろしさは和らいでいた。
 けれど和らいでいるだけで、解決にはなっていない。

 そこで考え付いたのが、男装させるということだった。
 結果は大成功。男だと心に言い聞かせれば、欠片も怖くなかった。

 一緒に旅をすることも苦痛ではなかった。
 船の移動中も衝立を出すことで、寝間着姿のシエルを見て恐怖せずに済んでいた。



 そして、一ヶ月後。
 令嬢らしい装いをしたシエルを見ても、恐怖することは無かった。

 むしろ好ましいとすら思える自分に、クラウスは疑問を抱く。

(何故、直視しても背筋が凍らない。
 まさか、シエルに好意を? いや、あり得ない。
恐らく、今まで襲われなかったから大丈夫だと思っているのだな……)

 冷静に分析した後は、すっかり女性嫌いも落ち着いたクラウスは、侯爵家での暮らしも問題無く送れていた。
 学院に初潜入を果たした初日は危うく女性嫌いを再発しそうになったが、令息達が令嬢達を追い払ったことで事無きを得た。

「ところで、シエル様とはどういう関係なんだ?」

「あー、ただの友人だ」

「それにしては随分と気にかけているようだが。気付いてないだけで、心のどこかでは好いているのだと思うが……」

 無事に敬語を省いて話が出来るほど中を深めた令息達との会話は予想外の事ばかりだったが、クラウスは揶揄からかわれているとしか思わなかった。

 しかし、最初授業である模擬戦中のこと。

(容赦無さすぎるだろ!?
 令嬢と言えば男に配慮して手を抜くことも多かったぞ?)

 容赦なく降り注ぐ初級魔法を防ぎながら、そんな感想を抱くクラウス。

(しかし、やっぱりシエルと一緒に居る時間は面白いな。
 媚びを一切売ってこないことも、好ましいと思える。
 正体を明かして態度を変えられたら仲間を辞めようと思うが……)

 けれど魔法の数が倍増してからは、考える余裕も無くなり、無事に頭上が光り輝いた。
 毛根が死滅したわけではなく、魔法による光だ。

 同刻。
 クラウスが仕掛けていた魔法罠を踏み抜いたシエルの頭上も光り輝いた。

 そして同じ頃。
 どこかの王都では、演台に上がる国王の頭が日の光を浴びて輝いていた。
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