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第1章

29. 魔法使いの生命線

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 少し考えたら、アルベール王国貴族の評価があまり良くない事を思い出す。
 留学しても、嫌われていては情報なんて集まらないもの。

 私の出身国を聞いてすぐ、頭を抱えたくなる気持ちも分かってしまう。

 そんな時、私に続けてクラウスが口を開いた。

「私はサフレア王国の出身です」

「分かりました。クラウスさんは問題ありませんが、アルベールの貴族を名乗るのはまずいですね。
 仕方ありません。隠し子ということにして、潜入して頂いても宜しいですか?」

「ええ、構いません。平民上がりだと悪意を向けてくる人も出てくるでしょうけれど、むしろ好都合ですから」

 これはまだ予想に過ぎないけれど、嫉妬の目を簡単に向ける人ほど、誰かを貶めようとしてくる傾向がある。
 私が聖女にされた時だって、少しでも隙を見せれば毒を盛る人や庭園でのんびりしている時に水魔法でドレスをダメにされたこともある。

 魔力で身体を覆えるようになってからは被害を受けなくなったけれど、あの頃は社交界に出るのが嫌になっていたのよね。
 他の貴族のことを少しずつ信用出来なくなっていったから、他国からの評価も妥当だと思う。

「なるほど。その中から探すということですか? しかし、それでは貴方の身に危険が」

「相手よりも先に証拠を見つければ済むことです。それに暴力を振るわれても、冒険者ですから問題ありません」

「本当にありがとうございます。しかし問題がありまして、学院には十五歳にならないと入れない決まりがあります。
 貴方はその、十二歳くらいにしか見えないので……」

 完全に見落としていたわ。
 今の声と背丈だと、どう頑張っても子供にしか見えない。

 男装していなければ年相応に見えるはずだから、本当の事を明かそうか迷ってしまう。

「そうですね。学力は詰め込めば何とかなりますから、シエルさんには女装してもらいましょう」

「えっと……分かりました」

 女性が女装するのって、どういう扱いなのかしら?
 でも、取り繕う必要が無くなれば動きやすいと思うから、すぐに肯定した。

「それから、依頼が終わるまでは当家で過ごして頂きたいと思います。
 留学生の居場所を提供するのも貴族の責務のうちですから」

 隠し子設定の私には触れられなかったけれど、隠し子を表に出したということは、屋敷に住まわせないと醜聞になってしまう。
 私がエイブラム侯爵邸で暮らすことは決定事項に違いない。

「分かりました」

 それからは作戦を細かく決めて、そのまま礼儀作法や帝国貴族の教養を身に付けることになったのだけど……。

「一旦、今の実力を知りたいので、模擬的に試験をお願い出来ませんか?」

 あの過酷な勉強をやり直したくないから、そんな提案をしてみる。
 すると何かを察したような視線を私達に向けながら、執事なりきり中のエイブラム侯爵様が口を開いた。

「問題を準備するまで一時間ほど頂いても宜しいでしょうか?」

「構いません。お願いします」

「ありがとうございます」

 この後すぐ、待っているだけでは時間がもったいないという事で、本来の執事さんがお屋敷を案内してくれた。
 流石は帝国の侯爵家なだけあって、お屋敷はかなり広くて装飾も十二分に施されている。

 王国の公爵家とは違ってギラギラした悪趣味な煌びやかさは無いから、落ち着いて過ごせそうな雰囲気だ。
 見ている限り、侯爵家一家の雰囲気もとてもよくて居心地も悪くないと思う。

 問題は、私が女だと気付かれた時のことだけれど……。

「お客様がいらっしゃいましたのね」

「奥様、無理をされてはお身体に触ります」

「これくらい大丈夫ですわ。
 初めまして。グレンの妻のセフィリアと申しますわ。お出迎え出来なくて申し訳ありませんわ」

 視線がクラウスと私を行き来して、最後は私の方に留められてしまう。
 まるで何かを探るような感じに、嫌な予感がした。

「いえ、お構いなく。
 冒険者のクラウスと申します。しばらくお世話になります」

「世話になるのはこちらの方ですわ。そちらのお嬢さんは、恋人さんかしら?」

「まさか。旅の途中で出会った、ただの仲間ですよ」

 クラウスは平然と返しているけれど、私の内心は大荒れだ。
 いつか見抜かれるときが来るとは思っていたけれど、この短時間で気付かれるとは思っていなかったから。

「シエルと申します。よろしくお願いします」

「あらあら、声まで男の子みたいに出来るのね」

 感心した様子で、けれど笑いを堪えながら口にするセフィリア様。
 その直後、ゴホゴホと咳が止まらなくなったみたいで、胸を押さえながら壁に手をついてしまった。

 何かの病なのか、それとも風邪なのかは一目見ただけでは分からなかったけれど、目の前の壁に血が散っているから、厄介な病気だと判断した。
 今まで病気の人が身近に居なかったから試せていないけれど、魔法書には病を治せる治癒魔法の記述があった。

 だから、その内容を思い出しながら光の魔石を握る。

「治癒魔法をかけてもいいですか?」

「ええ……お願いするわ……。治らないとは思うけれど……」

 私も治せるとは思っていない。
 それでも、可能性が欠片でもあるなら、諦められないのよね。

「奥様の病は、宮廷魔術師様でも治せなかったのです。恐らく、シエルさんが使い手でも厳しいかと」

「試すだけですから、お気になさらず」

怪しまれないように、詠唱をしながら魔力を手に込めていく私。
魔法というのは手以外からでも扱えるけれど、一番効率が良くて精度も高くなるのが左手なのよね。

だから魔法の使い手にとって左手は生命線とよく言われている。

その左手をかざして、完成した治癒魔法を発動させる。
すると、治癒魔法特有の淡い光がセフィリア様を包み込んだ。
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