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第1章
28. 証拠集めのために
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翌朝のこと。
私達は昨日受けた依頼のために着替えようとしている。
けれど私の服選びで問題が起きてしまった。
「流石に男装はやめた方が良いと思うのよね……」
「女だからって見下す貴族は多いから、男装していくべきだ」
貴族を騙していることに気付かれてしまえば失礼にあたると考えて、素顔を見せるべきだと考えている私に対して、見下されたり乱暴されるリスクを下げるためにも男装するべきだと主張しているクラウスの意見がぶつかる。
中年の男性貴族に限って含みの視線を向けてくることは経験から分かるけれど、流石に襲うような真似はしないと思うのよね。
帝国でも同じだと思うから、大丈夫だと思う。けれど潜入先によっては言い寄られることもあり得るのが唯一の不安だ。
一方の男装した時は、目敏い人に見抜かれてしまう危険が付いてくるから、常に気を抜けなくなってしまう。
天秤にかけたら……男装の方が安全かもしれないわ。
そう判断したから、クラウスの意見を受け入れることに決めた。
「最初は男装して様子を見ることにするわ。
この依頼をしてくる人なら、気付かれても許してくれると思うの」
「その可能性は高いな。エイブラム侯爵といえば、平民相手でも気遣いが出来るお方だと噂だからね」
「そういうことなら安心して行けるわね」
どうなるかは分からないけれど、今は成り行きに任せた方が良いと思う。
だから、部屋に戻ってすぐ、すっかり慣れてしまった男装を済ませてから玄関に出た。
そうして歩くこと数分。
エイブラム侯爵邸の前に着いた私は、招待状を門番に示した。
この招待状には「いつでも来て欲しい」と書かれているから、追い返されることは無いはずだ。
けれど他国の貴族の元に事前の約束をせずに訪れるのは初めてのことだから、緊張してしまう。
「冒険者様ですね。案内の者が参りますので、少々お待ち頂けますでしょうか?」
「分かりました」
クラウスが返事をしてくれてから待つこと数分。
執事らしい装いをした中年くらいの殿方が姿を見せたから、私達は頭を下げる。
「そこまで畏まらなくても大丈夫ですよ。今の私は執事ですから。
罰ゲームが終わったら当主に戻りますが……」
声は穏やかなのに、目だけは屋敷の方を見据えているのよね……。
きっと使用人達から課せられた罰ゲームだと思うけれど、怒りながらも受け入れてしまう懐の広さが伺える。
所作は高位貴族らしいものでも、心は平民に寄り添っているらしい。
「そうでしたか……。
挨拶がまだでしたので、私の方から。冒険者のクラウスと申します。本日はよろしくお願いします」
「同じく冒険者のシエルと申します。よろしくお願いします」
「これは……失礼。執事のグレン・エイブラムと申します。よろしくお願いします。
今日は敬称不要ですが、明日からは侯爵に戻ります故、ご理解を頂ければと思います」
簡単に自己紹介を済ませると、エイブラム侯爵様に中に入るようにと促された。
どうやら本当に執事の代わりをしているみたいで、少し違和感を覚えてしまう。
所作だけは貴族のままでも、態度は使用人が取るものと全く同じ。
すごく不思議な感覚だわ。
「罰ゲームは何故することになったのですか?」
「書類をサボった結果です。笑っても構いませんよ」
「ああ、それは大変でしたね」
「自業自得ですから、仕方ありません」
雑談しながら立派なお屋敷の中に入ると、そのまま応接室に通される私達。
貴族としては訪れていないから、使用人さん達の代わりに煌びやかな装飾が私達を出迎えてくれる。
「どうぞお掛けください」
「「失礼します」」
私達が腰掛けたのに少し遅れて、侍女さんがお茶を出してくれた。
エイブラム侯爵様には出されていないけれど、喉は大丈夫なのかしら?
「では、早速本題に入ります。お二方はご存じ無いかもしれませんが、先月の末にフィーリアが……ごほん。お嬢様が冤罪を着せられた末に婚約破棄されてしまいました。
しかし私や妻……ごほん、旦那様や奥様はフィーリア……お嬢様の言い分の方が正しいと考えています」
執事設定はここまで貫かないといけないのね……。
あまりの徹底ぶりに、少しばかり引いてしまう。包み隠さずに言うと、エイブラム侯爵様は変だと思う。
「そこで、お二方には冤罪の証拠――フィーリアが男爵令嬢を毒殺しようとしていない証拠を手に入れて頂きたいと思います。
しかし、毒殺未遂事件があった帝国学院には貴族しか入れませんから、お二人には異国からの留学生として試験を受けて頂く必要があります」
「試験、ですか?」
「はい。座学と実技がありますから、一ヶ月みっちりと勉強して頂きます」
クラウスの事情は分からないけれど、王太子妃として帝国でも通用するような教育を受けてきたから、試験自体は問題無いと思う。
間違って覚えていた魔法も正しく勉強し直したから、きっと大丈夫だ。
「家名はどうされるおつもりですか?」
けれど私達の身分はどうにもならないから、対策を尋ねてみる。
「お二方の出身国の貴族から適当な名前を借りようと思っています。どちらの出身ですか?」
「私はアルベール王国です」
私が口にすると、頭を抱えるエイブラム侯爵様。
一体何が不味かったのかしら……?
私達は昨日受けた依頼のために着替えようとしている。
けれど私の服選びで問題が起きてしまった。
「流石に男装はやめた方が良いと思うのよね……」
「女だからって見下す貴族は多いから、男装していくべきだ」
貴族を騙していることに気付かれてしまえば失礼にあたると考えて、素顔を見せるべきだと考えている私に対して、見下されたり乱暴されるリスクを下げるためにも男装するべきだと主張しているクラウスの意見がぶつかる。
中年の男性貴族に限って含みの視線を向けてくることは経験から分かるけれど、流石に襲うような真似はしないと思うのよね。
帝国でも同じだと思うから、大丈夫だと思う。けれど潜入先によっては言い寄られることもあり得るのが唯一の不安だ。
一方の男装した時は、目敏い人に見抜かれてしまう危険が付いてくるから、常に気を抜けなくなってしまう。
天秤にかけたら……男装の方が安全かもしれないわ。
そう判断したから、クラウスの意見を受け入れることに決めた。
「最初は男装して様子を見ることにするわ。
この依頼をしてくる人なら、気付かれても許してくれると思うの」
「その可能性は高いな。エイブラム侯爵といえば、平民相手でも気遣いが出来るお方だと噂だからね」
「そういうことなら安心して行けるわね」
どうなるかは分からないけれど、今は成り行きに任せた方が良いと思う。
だから、部屋に戻ってすぐ、すっかり慣れてしまった男装を済ませてから玄関に出た。
そうして歩くこと数分。
エイブラム侯爵邸の前に着いた私は、招待状を門番に示した。
この招待状には「いつでも来て欲しい」と書かれているから、追い返されることは無いはずだ。
けれど他国の貴族の元に事前の約束をせずに訪れるのは初めてのことだから、緊張してしまう。
「冒険者様ですね。案内の者が参りますので、少々お待ち頂けますでしょうか?」
「分かりました」
クラウスが返事をしてくれてから待つこと数分。
執事らしい装いをした中年くらいの殿方が姿を見せたから、私達は頭を下げる。
「そこまで畏まらなくても大丈夫ですよ。今の私は執事ですから。
罰ゲームが終わったら当主に戻りますが……」
声は穏やかなのに、目だけは屋敷の方を見据えているのよね……。
きっと使用人達から課せられた罰ゲームだと思うけれど、怒りながらも受け入れてしまう懐の広さが伺える。
所作は高位貴族らしいものでも、心は平民に寄り添っているらしい。
「そうでしたか……。
挨拶がまだでしたので、私の方から。冒険者のクラウスと申します。本日はよろしくお願いします」
「同じく冒険者のシエルと申します。よろしくお願いします」
「これは……失礼。執事のグレン・エイブラムと申します。よろしくお願いします。
今日は敬称不要ですが、明日からは侯爵に戻ります故、ご理解を頂ければと思います」
簡単に自己紹介を済ませると、エイブラム侯爵様に中に入るようにと促された。
どうやら本当に執事の代わりをしているみたいで、少し違和感を覚えてしまう。
所作だけは貴族のままでも、態度は使用人が取るものと全く同じ。
すごく不思議な感覚だわ。
「罰ゲームは何故することになったのですか?」
「書類をサボった結果です。笑っても構いませんよ」
「ああ、それは大変でしたね」
「自業自得ですから、仕方ありません」
雑談しながら立派なお屋敷の中に入ると、そのまま応接室に通される私達。
貴族としては訪れていないから、使用人さん達の代わりに煌びやかな装飾が私達を出迎えてくれる。
「どうぞお掛けください」
「「失礼します」」
私達が腰掛けたのに少し遅れて、侍女さんがお茶を出してくれた。
エイブラム侯爵様には出されていないけれど、喉は大丈夫なのかしら?
「では、早速本題に入ります。お二方はご存じ無いかもしれませんが、先月の末にフィーリアが……ごほん。お嬢様が冤罪を着せられた末に婚約破棄されてしまいました。
しかし私や妻……ごほん、旦那様や奥様はフィーリア……お嬢様の言い分の方が正しいと考えています」
執事設定はここまで貫かないといけないのね……。
あまりの徹底ぶりに、少しばかり引いてしまう。包み隠さずに言うと、エイブラム侯爵様は変だと思う。
「そこで、お二方には冤罪の証拠――フィーリアが男爵令嬢を毒殺しようとしていない証拠を手に入れて頂きたいと思います。
しかし、毒殺未遂事件があった帝国学院には貴族しか入れませんから、お二人には異国からの留学生として試験を受けて頂く必要があります」
「試験、ですか?」
「はい。座学と実技がありますから、一ヶ月みっちりと勉強して頂きます」
クラウスの事情は分からないけれど、王太子妃として帝国でも通用するような教育を受けてきたから、試験自体は問題無いと思う。
間違って覚えていた魔法も正しく勉強し直したから、きっと大丈夫だ。
「家名はどうされるおつもりですか?」
けれど私達の身分はどうにもならないから、対策を尋ねてみる。
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