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第1章
18. 厄介な人達
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夕食後、すっかり魔力が回復して元気になった私は、デザートが来るのを楽しみにしている。
船内での食事は、部屋の等級に応じたコース料理になっている。
今日のメインディッシュは高級食材のチキンを柔らかく煮込んだもので、頬が落ちそうなくらい美味しかった。
一晩中煮込まないとここまで柔らかくならないと、少し前に家の料理長さんが話していたのよね。
文句なしの高級料理だから、一体いくらかかっているのか想像したくない。
それに、色とりどりの野菜がバランスよく盛られていて、見栄えもすごく良かった。
船での食事は美味しくないと評判だから、拍子抜けしてしまう。
「美味しかったわ」
「ああ、もう一回来ても食べられそうだ」
「クラウスは胃袋が大きいだけよね?」
彼は平気な顔をして三人分の食事を食べてしまう人だから、冗談には思えないのよね。
今日も私の倍は食べていたけれど、まだ物足りなさそうな顔をしている。
「そうとも言うな」
「否定はしないのね」
少し呆れながら言葉を返すと、クラウスは仕方ないだろうと言いたげに苦笑を浮かべる。
これが社交界なら腹の読み合い、意表の突き合い。まったく落ち着いて楽しめないけれど、お互いに素を出している今は楽しい時間だと胸を張って言える。
男装中だから胸を張るのは危険ね……。
ふと、そんなこと思い返した時だった。
何かが割れる音がして、直後に殿方の怒鳴る声が聞こえて来た。
「申し訳ありませんでした。
すぐに新しいものをお持ちします」
「これと同じなど許さんぞ!
不味すぎると言っているんだ!」
見ればウェイトレスさんが食べかけのチキンを投げつけられた後の様子。
投げつけたのは……アルバトス子爵ね。
よく私を見下しては悪口を言ってきた人だから、見間違えたりはしない。
女性の権威は無いに等しい社交界だけれど、立場が上のお方の婚約者への侮辱は不敬で処されてもおかしくない。
お情けで罰さないでおいたけれど、こんな事なら手を下しておくべきだったわ……。
よく見たら、私達に運ばれてくるはずだった一つ床に落ちてしまっている。
もう片方は無事だけれど、この様子ではいつまで無事かは分からない。
それに、何も悪くないウェイトレスさんへの暴力は許せないわ。
「少し行ってくるわ」
「待て待て。男装中なんだから無理だろ。子供だと舐められて終わりだ」
相手は夫婦で乗船しているから、私達も二人で声をかけた方が良いと思う。
「それなら二人で行きましょう?」
思い付いたことを提案してみると、クラウスは首を縦に振ってくれた。
気配を出さずにアルバトス子爵夫妻に近付くと、言葉の刃が私達にも降りかかってくる。
「大体、なんでこんな平民共と同じ場所で食べないといけないんだ!
不敬だとは思わないのか?」
「全く思わないな」
ピシりと指を差されても、クラウスは飄々とした様子で否定の言葉を口にする。
それが気に入らなかったのか、アルバトス子爵は怒りを強くしてしまった。
「平民と同じ船に乗ろうとしたのは貴方達ですよね?
文句を言える立場には無いではありませんか」
「子供のくせに生意気な……」
どうやら子爵は私の正体に気付いていない様子。
ここは少し圧をかけてみようかしら?
そう思ったのだけど、先にクラウスが威圧していた。
「子供に正論を言われて反論できないとは、みっともないな」
「アルバトス子爵。家格が上の子息に働いたことについて、弁明はありますか?」
「な、なんのことだか……」
子爵夫妻が戸惑っている隙に、ウェイトレスさんに下がるように合図を送る。
守るべき人がいると動きにくいから。
「どうして名前を知っていますの……!?」
「貴族なら、他家の方々の顔と名前が一致していて当たり前ですからね。それとも、貴方達は教養が無いと?」
歩き方も記憶にある人物と同じだから、本物なのは間違いないけれど、ここでどう出るかで対応が変わってしまう。
それに、アルベールの貴族というのは殆どの人が過ちを認めることが出来ない性格をしている。
一度頭を下げれば全責任を負わされるような社会だから仕方ないけれど、それは国を出れば通用しないこと。
問題に発展するから、船から引きずり降ろされることはなくても、牢に入れられることはあり得る。
「し、失礼しました。この責は必ず償います……!」
「本当に償えるのですか? 今までの楽しい時間は返ってこないですよ?」
「ほ、本当に申し訳ありませんでした!」
そう言って勢いよく頭を下げたアルバトス子爵は、たくさんの蔑む視線から逃れるように背中を向けて、食堂を飛び出していった。
一応、これで解決かしら……?
「パフェも戻らないんだよね……」
ウェイトレスさんが戻ってきたから、男の子の声で呟いてみる。
「流石に床に落ちたものは食べられないからな。俺が我慢するから、食べて良いぞ」
「ここに座ってた二人の分が余っていますので、そちらをお召し上がりください。
それから、助けて下さって本当にありがとうございました」
どこかに逃げた子爵とは違って、しっかり頭を下げながらのお礼をするウェイトレスさん。
傍から見たら、どちらが貴族なのか分からなくなってしまいそうだわ……。
「すぐにお持ちしますので、席にお戻り頂けると助かります」
「分かった」
そうしてテーブルに並べられたパフェは、高級品の象徴のフルーツをふんだんに使っていて、独特の良い香りが漂ってくる。
一番上にあるクリームを口に含むと、一気に程よい甘みが広がって、ついつい頬が緩んでしまう。
「本当に美味しそうに食べるな。見ていて楽しいよ」
「あまり見られると恥ずかしいのだけど……」
けれどクラウスに指摘されてしまったから、慌てて表情を取り繕う私だった。
船内での食事は、部屋の等級に応じたコース料理になっている。
今日のメインディッシュは高級食材のチキンを柔らかく煮込んだもので、頬が落ちそうなくらい美味しかった。
一晩中煮込まないとここまで柔らかくならないと、少し前に家の料理長さんが話していたのよね。
文句なしの高級料理だから、一体いくらかかっているのか想像したくない。
それに、色とりどりの野菜がバランスよく盛られていて、見栄えもすごく良かった。
船での食事は美味しくないと評判だから、拍子抜けしてしまう。
「美味しかったわ」
「ああ、もう一回来ても食べられそうだ」
「クラウスは胃袋が大きいだけよね?」
彼は平気な顔をして三人分の食事を食べてしまう人だから、冗談には思えないのよね。
今日も私の倍は食べていたけれど、まだ物足りなさそうな顔をしている。
「そうとも言うな」
「否定はしないのね」
少し呆れながら言葉を返すと、クラウスは仕方ないだろうと言いたげに苦笑を浮かべる。
これが社交界なら腹の読み合い、意表の突き合い。まったく落ち着いて楽しめないけれど、お互いに素を出している今は楽しい時間だと胸を張って言える。
男装中だから胸を張るのは危険ね……。
ふと、そんなこと思い返した時だった。
何かが割れる音がして、直後に殿方の怒鳴る声が聞こえて来た。
「申し訳ありませんでした。
すぐに新しいものをお持ちします」
「これと同じなど許さんぞ!
不味すぎると言っているんだ!」
見ればウェイトレスさんが食べかけのチキンを投げつけられた後の様子。
投げつけたのは……アルバトス子爵ね。
よく私を見下しては悪口を言ってきた人だから、見間違えたりはしない。
女性の権威は無いに等しい社交界だけれど、立場が上のお方の婚約者への侮辱は不敬で処されてもおかしくない。
お情けで罰さないでおいたけれど、こんな事なら手を下しておくべきだったわ……。
よく見たら、私達に運ばれてくるはずだった一つ床に落ちてしまっている。
もう片方は無事だけれど、この様子ではいつまで無事かは分からない。
それに、何も悪くないウェイトレスさんへの暴力は許せないわ。
「少し行ってくるわ」
「待て待て。男装中なんだから無理だろ。子供だと舐められて終わりだ」
相手は夫婦で乗船しているから、私達も二人で声をかけた方が良いと思う。
「それなら二人で行きましょう?」
思い付いたことを提案してみると、クラウスは首を縦に振ってくれた。
気配を出さずにアルバトス子爵夫妻に近付くと、言葉の刃が私達にも降りかかってくる。
「大体、なんでこんな平民共と同じ場所で食べないといけないんだ!
不敬だとは思わないのか?」
「全く思わないな」
ピシりと指を差されても、クラウスは飄々とした様子で否定の言葉を口にする。
それが気に入らなかったのか、アルバトス子爵は怒りを強くしてしまった。
「平民と同じ船に乗ろうとしたのは貴方達ですよね?
文句を言える立場には無いではありませんか」
「子供のくせに生意気な……」
どうやら子爵は私の正体に気付いていない様子。
ここは少し圧をかけてみようかしら?
そう思ったのだけど、先にクラウスが威圧していた。
「子供に正論を言われて反論できないとは、みっともないな」
「アルバトス子爵。家格が上の子息に働いたことについて、弁明はありますか?」
「な、なんのことだか……」
子爵夫妻が戸惑っている隙に、ウェイトレスさんに下がるように合図を送る。
守るべき人がいると動きにくいから。
「どうして名前を知っていますの……!?」
「貴族なら、他家の方々の顔と名前が一致していて当たり前ですからね。それとも、貴方達は教養が無いと?」
歩き方も記憶にある人物と同じだから、本物なのは間違いないけれど、ここでどう出るかで対応が変わってしまう。
それに、アルベールの貴族というのは殆どの人が過ちを認めることが出来ない性格をしている。
一度頭を下げれば全責任を負わされるような社会だから仕方ないけれど、それは国を出れば通用しないこと。
問題に発展するから、船から引きずり降ろされることはなくても、牢に入れられることはあり得る。
「し、失礼しました。この責は必ず償います……!」
「本当に償えるのですか? 今までの楽しい時間は返ってこないですよ?」
「ほ、本当に申し訳ありませんでした!」
そう言って勢いよく頭を下げたアルバトス子爵は、たくさんの蔑む視線から逃れるように背中を向けて、食堂を飛び出していった。
一応、これで解決かしら……?
「パフェも戻らないんだよね……」
ウェイトレスさんが戻ってきたから、男の子の声で呟いてみる。
「流石に床に落ちたものは食べられないからな。俺が我慢するから、食べて良いぞ」
「ここに座ってた二人の分が余っていますので、そちらをお召し上がりください。
それから、助けて下さって本当にありがとうございました」
どこかに逃げた子爵とは違って、しっかり頭を下げながらのお礼をするウェイトレスさん。
傍から見たら、どちらが貴族なのか分からなくなってしまいそうだわ……。
「すぐにお持ちしますので、席にお戻り頂けると助かります」
「分かった」
そうしてテーブルに並べられたパフェは、高級品の象徴のフルーツをふんだんに使っていて、独特の良い香りが漂ってくる。
一番上にあるクリームを口に含むと、一気に程よい甘みが広がって、ついつい頬が緩んでしまう。
「本当に美味しそうに食べるな。見ていて楽しいよ」
「あまり見られると恥ずかしいのだけど……」
けれどクラウスに指摘されてしまったから、慌てて表情を取り繕う私だった。
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