上 下
15 / 45

15. 正気ですか?

しおりを挟む
 あの手紙が届いてから数時間。
 すっかり落ち着きを取り戻した私達の元に、侍女さんが慌てた様子で駆け寄ってきた。

「シルフィーナ様。ガークレオン・クリムソン様が面会を求めて王宮の前に来ていますが、如何なさいますか?」
「王城の方に通してもらえるかしら?」

 すぐにそんな言葉を返す私。
 手紙に書かれていたから、ガークレオン様がこの時間に来ることは分かっていた。

 だから対策も考えてあって、あとはそれを実行に移すだけ。
 婚約破棄された時は手助けしてくれる味方はいなかったけれど、今はすごく頼りになる人が居る。会いたくない相手でも、今回は負ける気がしなかった。

「行こう」
「はい」

 頷き合って、王城の方へと向かう私達。

 それから、事前に決めていた部屋の前に着いた私は、覚悟を改めてから扉を開いた。

「お待たせしました」

 ソファーに深く腰掛けている人に向けて声をかける私。
 すると、その人――ガークレオン様は慌てた様子で浅く座り直していた。

「シルフィーナ、あの時は婚約破棄をして申し訳なかった。
 でも、気付いたんだ。俺にはシルフィーナしか愛し合える人が居ないことに。だから婚約破棄を無かったことにしたい」

 どうして薄笑いを浮かべられるのかしら?
 申し訳なさの欠片も見られない様子に怒りを感じてしまう。

 でも、その怒りは無表情の仮面の下に隠して、質問を返すことにした。

「レベッカを愛していたではありませんか。だから多くの方が見ている場所で、二度と後戻り出来ない形で婚約破棄されたのですよね?
 冤罪をかけたこと、もう忘れてしまったのですか?」
「あの冤罪は全て間違いだったと広める。だから許してほしい」
「今ここで、あの時の参加者全員に手紙を書いてください。そうすれば、冤罪のことは許しますわ。
 封筒と便箋はここに用意してあります」

 簡単に冤罪だったと認めてもらえるとは思っていなかったから、少し驚いてしまった。
 でも、思惑通りに事が進みそうだったから、内心で笑顔を浮かべる。

 このまま手紙を書いてもらうことが出来たら、私の悪評が少しだけ減ることになるのだから。

「本文はここにある複写機を使うと良い」
「分かりました。お心遣い、ありがとうございます」

 紙に書いた内容をそのまま別の紙に写す魔法具を指し示すアルバート様。
 この魔法具は本を作る時によく使われているもので、今のように多くの方に手紙を送る時にも使われる。

 複写機は黒色のものだけしか写せないから、赤色のインクを付けたペンでサインをして本人だと証明することは誰もが知っている常識になっている。
 だから赤色のインクとペンを用意していても、そのことは説明していない。


 しばらくして、本文と封筒の宛名、それにサインを書き終えたガークレオン様が顔を上げた。

「これで良いだろうか?」
「ありがとうございます。では、こちらは私の方で預からせていただきますね」

 受け取った手紙はすぐに侍女に渡して、送る手配をしてもらう。
 これで、ガークレオン様は後戻り出来なくなったはず。

 いえ、最初から後戻り出来なかったわ……。

「ということは、復縁してくれるのか?」
「私、復縁するだなんて一言も言っていませんわよ?」
「……は?」

 私は冤罪のことを許すと言っただけで、復縁するだなんて一言も言っていない。
 それなのに、どうしてガークレオン様は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているのかしら?

「そもそもの話、レベッカを抱いた―ー既成事実を作ったと言った方が良いでしょうか? そんな方と復縁することなんてあり得ませんわ。
 いつから、男性なら婚前に過ちを犯しても許されると思っていたのですか?」

 そんなことを口にする私。
 この計画は性格が悪いと言われてしまうかもしれないけれど、相手はどうしようもない人なのだから手段は選んでいられなかったのよね……。

 それに、やっぱり浮気されたことは心の底では許せていない。

 だから問い詰める役は私がすることにしたのよね。アルバート様がいつでも私を守るための行動が出来るようにする意味もあるけれど……。

「待ってくれ、レベッカを抱いてはいないぞ?」
「レベッカは抱かれたと言っていましたわ。嘘をついているのはどちらですか?」

 レベッカは嘘を隠すのが上手くないから、嘘を言っていればすぐに分かる。
 でも、相談に乗っているときは嘘をついている気配は全くなかった。

 そのことを考えると、必然的にガークレオン様が嘘を言っていることになるのだけれど……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

【完結】虐げられてきた侯爵令嬢は、聖女になったら神様にだけは愛されています〜神は気まぐれとご存知ない?それは残念でした〜

葉桜鹿乃
恋愛
アナスタシアは18歳の若さで聖女として顕現した。 聖女・アナスタシアとなる前はアナスタシア・リュークス侯爵令嬢。婚約者は第三王子のヴィル・ド・ノルネイア。 王子と結婚するのだからと厳しい教育と度を超えた躾の中で育ってきた。 アナスタシアはヴィルとの婚約を「聖女になったのだから」という理由で破棄されるが、元々ヴィルはアナスタシアの妹であるヴェロニカと浮気しており、両親もそれを歓迎していた事を知る。 聖女となっても、静謐なはずの神殿で嫌がらせを受ける日々。 どこにいても嫌われる、と思いながら、聖女の責務は重い。逃げ出そうとしても王侯貴族にほとんど監禁される形で、祈りの塔に閉じ込められて神に祈りを捧げ続け……そしたら神が顕現してきた?! 虐げられた聖女の、神様の溺愛とえこひいきによる、国をも傾かせるざまぁからの溺愛物語。 ※HOT1位ありがとうございます!(12/4) ※恋愛1位ありがとうございます!(12/5) ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも別名義にて連載開始しました。改稿版として内容に加筆修正しています。

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

婚約者に見殺しにされた愚かな傀儡令嬢、時を逆行する

蓮恭
恋愛
 父親が自分を呼ぶ声が聞こえたその刹那、熱いものが全身を巡ったような、そんな感覚に陥った令嬢レティシアは、短く唸って冷たい石造りの床へと平伏した。  視界は徐々に赤く染まり、せっかく身を挺して庇った侯爵も、次の瞬間にはリュシアンによって屠られるのを見た。 「リュシ……アン……さ、ま」  せめて愛するリュシアンへと手を伸ばそうとするが、無情にも嘲笑を浮かべた女騎士イリナによって叩き落とされる。 「安心して死になさい。愚かな傀儡令嬢レティシア。これから殿下の事は私がお支えするから心配いらなくてよ」  お願い、最後に一目だけ、リュシアンの表情が見たいとレティシアは願った。  けれどそれは自分を見下ろすイリナによって阻まれる。しかし自分がこうなってもリュシアンが駆け寄ってくる気配すらない事から、本当に嫌われていたのだと実感し、痛みと悲しみで次々に涙を零した。    両親から「愚かであれ、傀儡として役立て」と育てられた侯爵令嬢レティシアは、徐々に最愛の婚約者、皇太子リュシアンの愛を失っていく。  民の信頼を失いつつある帝国の改革のため立ち上がった皇太子は、女騎士イリナと共に謀反を起こした。  その時レティシアはイリナによって刺殺される。  悲しみに包まれたレティシアは何らかの力によって時を越え、まだリュシアンと仲が良かった幼い頃に逆行し、やり直しの機会を与えられる。  二度目の人生では傀儡令嬢であったレティシアがどのように生きていくのか?  婚約者リュシアンとの仲は?  二度目の人生で出会う人物達との交流でレティシアが得たものとは……? ※逆行、回帰、婚約破棄、悪役令嬢、やり直し、愛人、暴力的な描写、死産、シリアス、の要素があります。  ヒーローについて……読者様からの感想を見ていただくと分かる通り、完璧なヒーローをお求めの方にはかなりヤキモキさせてしまうと思います。  どこか人間味があって、空回りしたり、過ちも犯す、そんなヒーローを支えていく不憫で健気なヒロインを応援していただければ、作者としては嬉しい限りです。  必ずヒロインにとってハッピーエンドになるよう書き切る予定ですので、宜しければどうか最後までお付き合いくださいませ。      

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

半月後に死ぬと告げられたので、今まで苦しんだ分残りの人生は幸せになります!

八代奏多
恋愛
 侯爵令嬢のレティシアは恵まれていなかった。  両親には忌み子と言われ冷遇され、婚約者は浮気相手に夢中。  そしてトドメに、夢の中で「半月後に死ぬ」と余命宣告に等しい天啓を受けてしまう。  そんな状況でも、せめて最後くらいは幸せでいようと、レティシアは努力を辞めなかった。  すると不思議なことに、状況も運命も変わっていく。  そしてある時、冷徹と有名だけど優しい王子様に甘い言葉を囁かれるようになっていた。  それを知った両親が慌てて今までの扱いを謝るも、レティシアは許す気がなくて……。  恵まれない令嬢が運命を変え、幸せになるお話。 ※「小説家になろう」「カクヨム」でも公開しております。

婚約破棄ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私ローゼリア・シャーロックは伯爵家令嬢です。幼少の頃に母を亡くし、後妻の連れ子、義理の妹に婚約者を寝取られました。婚約者破棄ですか?畏まりました。それならば、婚約時の条件は破棄させて頂きますね?え?義理の妹と結婚するから条件は続行ですか?バカですか?お花畑ですか?まあ、色々落ち着いたら領地で特産品を売り出しましょう! ローゼリアは婚約破棄からの大逆転を狙います。

好きにしろ、とおっしゃられたので好きにしました。

豆狸
恋愛
「この恥晒しめ! 俺はお前との婚約を破棄する! 理由はわかるな?」 「第一王子殿下、私と殿下の婚約は破棄出来ませんわ」 「確かに俺達の婚約は政略的なものだ。しかし俺は国王になる男だ。ほかの男と睦み合っているような女を妃には出来ぬ! そちらの有責なのだから侯爵家にも責任を取ってもらうぞ!」

処理中です...