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9. 恨んで当然です

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「何故、エリシア嬢が居なくなって屋敷の仕事が回らなくなるのか理解に苦しむな。
 そもそも、アイシューヴ殿からの縁談を承諾しておいて、居ないと困ると言っている事に疑問が残る。お前は何を目論んでいる?」

 ライアス様が問いかけると、お義母様は少し間を置いてからこんなことを口にした。
 やっぱり視線は泳いでいなくて、けれど間が空いたから言葉を選んでいたのだと思う。

 この状況、会話の主導権はライアス様が握っているみたい。

「お屋敷の仕事を把握しているのはあの子だけなので、引継ぎをさせたいだけですわ」

「そうか。まさかとは思うが、エリシア嬢を酷使していたのではないか?」

「そんなことは……決してございませんわ。
 だって、あの子が進んでしていたことですもの。わたくしを悪く言わないで頂きたいですわ」

「ほう。
 そのうち全て明らかになるだろう。俺は城に戻るので、失礼させてもらう」

 終始呆れ顔のライアス様は、私の手を引いて馬車へと向かう。
 まさか本当にお義母様に気付かれないなんて……驚いてしまった。

 それに、私を探しているということは、私が生きていると確信を持っているから。
 きっと川に落とした後、アイシューヴ公爵様の指示で探していたのだと思うけれど……川から私の遺体が見つからなかったことで生きていると判断したみたい。



 それから馬車に乗り込んで、移動を始めたところで私は気になっていたことをライアス様に問いかけた。

「ライアス様。もしかして、私を助けて下さったのはアイシューヴ公爵様から依頼されていたからですか?」

「いや、詳しい話を聞いたのは一昨日だ。
 直接会ってはいないが、情報のやり取りはしているから、ある程度のことなら分かっている」

 アイシューヴ公爵様が私を助けようとしてくれている理由は分からないけれど、きっと噂は本当のことだと思う。
 だから、ライアス様とイリヤさんの近くから離れたくない。

 けれどお義母様が縁談を承諾したらしいから、私が逃げることは出来なくなるかもしれない。
 縁談のことを最初に聞いた時は助かったと思ったのに、今更嫌になるなんて酷いと思われるかもしれないけれど、今が幸せだからアイシューヴ公爵家に嫁ぎたくないのよね。

「そうだったのですね。
 私のことはどこまでお話ししたのですか?」

「捜索を手伝うとしか話していない。
 特殊な趣味を持っているという噂を耳にしたから、この噂の真実が分かるまで教えたりはしないよ。
 全く好意が無い、変な趣味を持つ男に嫁ぐほど不幸なことは無いだろうからな」

「ありがとうございます。すごく安心しました。
 でも、これから城に行くとなると、アイシューヴ公爵様に会うこともありますよね?」

「今のところはエレシアが見つかるまでは戻らないと言っているから、大丈夫だろう。
 だが、真名を呼ぶのは危険だな……」

「私、お母様からはよくエリーと呼ばれていたのです。
 だから、お城ではそう呼んでいただけると嬉しいです」

 お父様はしっかりと名前で呼ばないと不機嫌になる人だから、お母様が私を愛称で呼んでくれていたのは、お父様が居ない時だけ。
 クビにされた侍女達は知っているけれど、秘密は守ってくれるはずだから、この呼び方で私の正体が明らかになるとは思えない。

「それなら別人に聞こえるから、悪くないな。
 今からエリーと呼んで、慣れてもいいだろうか?」

「大丈夫です!」

「ありがとう。
 エリーはあの義母をどうしたい?」

「しっかり罰せられて欲しいです。人殺しなんて絶対に許されませんから」

 出来れば、ずっと苦しむような極刑以外の罰で裁かれて欲しい。
 その方がきっと私が味わっていたのと同じような苦しみを感じることになるはずだから。

 人を殺めてしまえば極刑は避けられないけれど、私は生きているから未遂になる。
 未遂でも極刑になることが多いけれど、被害者が望めば極刑以外にも出来るはずだから、私もそれを望みたい。

「それだけで良いのか?」

「はい。出来れば極刑以外の方が嬉しいですけれど、無理なら極刑でも大丈夫です。
 極刑だと苦痛は一瞬で終わってしまいますから……」

「分かった。良い笑顔で言われると、何もしていない俺まで背筋が冷えるよ。
当たり前だが、それだけ怒り恨みを感じているのだな」

「あれだけのことをされて恨まない方がおかしいです。
 ライアス様、怖がらせてしまってごめんなさい」

 まさか笑顔で怖がられると思わなかったから、少し目を伏せながら頭を下げる私。
 けれどライアス様は気にしていないのか、それとも冗談だったのか、いつもの優しい笑顔でこう返してくれた。

「いや、気にしていないから大丈夫だ。
 エリシアがそういう表情も出来ると知れて安心したよ」

「ありがとうございます……。
 そう言われると、なんだか恥ずかしいです」

 ちょうどその時、町を囲う城壁をくぐったみたいで、外の景色が一気に変わる。
 それからは外の景色を眺めながら色々なことをお話ししたり、ライアス様が用意していたチェスを遊んでみたり。

 そうしていたら、あっという間に陽が傾いていて、今日泊まる町に無事に着くことが出来た。
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