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第2章
100. いつまでも続きますように
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国王が代わってから半年ほどが過ぎた日の朝。
いつもの時間に目を覚ましたはずなのに、窓から降り注ぐ陽の光が見えなかった。
代わりに見えたのはグレン様の後ろ姿。
「グレン様、おはようございます」
「おはよう。よく眠れたかな?」
「ええ、とっても。グレン様も眠れましたか?」
「おかげさまで、いつもスッキリしているよ」
どうやら今日はグレン様の方が早く起きたらしい。
二か月前から、私達は夫婦らしく見えるようにと同じ部屋で眠っているから、こういう事も何度かあった。
視線を下ろせば、グレン様が「理性を保つために必要だ」と言って置いているパーティションが見えるのだけど、これは気にしないことにする。
先週、あのパーティションが倒れてきてグレン様のお顔に直撃。
夜中に血祭りになる騒ぎがあったから仕舞おうとしたのだけど、グレン様は受け入れてくれなかった。
代わりに眠っている時に守ってくれる魔道具をグレン様が作って解決して、使用人さん達が揃って驚いていたわ。
魔石に私の魔力を入れておけば、私が居なくても魔力を作れることが分かってから、グレン様が自分で魔道具を作ることも増えたのよね。
けれども回復魔法に関わる魔道具は私が居ないと作れないから、このベッド……疲労回復の魔道具は私が作った。
「良かったですわ。では、着替えてきますわ」
そう口にして、夫婦の寝室から奥様の私室に繋がる扉を抜ける私。
この寝室は私の私室とグレン様の私室から直接入れるようになっているから、行き来はすぐだ。
私室に入ると、私よりも先に起きているカチーナが着替えを用意して待っていてくれた。
「おはよう」
「おはようございます、奥様」
いつもの挨拶を交わしてから、侍女の制服に着替える私。
何度か公爵家の奥様らしくドレスで過ごしたこともあったけれど、不便だったのよね……。
無駄に重たくて肩が疲れる、ポケットが無いから道具を持ち歩けない、気軽に汚せなくて行動が制限される。このことをひしひしと実感することになったから、今も侍女の制服を着て過ごしている。
半年間から貴族のお客様が訪れることが増えたおかげで何度か私の侍女姿を目撃されているのだけど、不思議なことに普通の侍女と変わらない接し方をされた。
私の正体に気付いていたら敬うような接し方をされるはずだから、きっと気付かれていないのよね。
そのお陰で、お客様が来ると分かってていても自由に行動できるようになったから、このまま気付かれないようにとお祈りしている。
「今日は三十通ほどお手紙が届いております。こちらはアルタイス家からなので、分けておきました」
「ありがとう」
王家の命令でパメラ様が魔物を呼び寄せているから地下牢は毎日が魔物との戦いになっていても、その外で暮らしている私達の周りは平和そのもの。
魔石目当てで積極的に魔物を狩る人たちも出てきたお陰で交易も活発になって、カストゥラ領は私が来た時よりも賑わいを見せている。
アルタイス家のお財布事情も改善して、領民を幸せに出来るとお父様が喜んでいたわ。
「ちょっと待って、その紋章は……?」
「王家からですね」
「それも優先して見るから、纏めないようにお願い」
「畏まりました」
お母様からの手紙は……孫の顔が見たいという内容だった。私、まだ十七なのに……気が早すぎないかしら?
王家の紋章が描かれている封筒の中身は……王宮パーティーの招待状。即位半年記念を祝う会だから、参加しなくちゃいけないわね。
髪を整えてもらっている間に返事を認める。
それから三十通近く届いたパーティーの招待状を確認していく私。
「相変わらずの人気ですね」
「手紙の束を見ると公爵夫人の地位を返上したくなるのよね……」
「公爵夫人の肩書だけではこんなに来ません。社交界の華とも呼ばれていた大奥様でも、日に二十通ほどしか届いていなかったのですよ?」
治癒魔法を扱えることを今まで隠していた人達がラインハルト陛下の政策のお陰で名乗り出ているから、私の治癒魔法の価値は下がっているはず。
それなのに、この数の招待状が送られてきているのは何かの間違いだと思う。
今までよりも親交が増えて私の味方をしてくれる人が多くなったのは嬉しいことだけれど、地位や私の魔法目当ての人を見抜くのが大変なのよね。
「そうだったのね。これ、間違いで送られてきているのかしら?」
「奥様に魅せられてしまった方が大半かと」
「こんな私のどこが良いのかしら?」
「その気になれば政治も一声に動かせるお力を持っているのに驕らずに謙虚に生きられていて困っている時はすぐに助けて下さって何よりも私達使用人のことも気遣って下さる性格に惹かれない方がおかしいと思います」
「そ、そう……」
カチーナの私情が混じっている気がしたけれど、気にしないことにする。
嫌われるよりも好かれる方が良いのだけど、これだけ人気を集めると少し怖いのよね。
くすぐったい気持ちになっていると、カチーナが後ろに鏡を構える。
どうやら髪を整え終えたらしい。
「こんな感じにしてみました。どうでしょうか?」
「うん、大丈夫よ。ありがとう」
今日はゆるく纏めたハーフアップ。シンプルだけれど、これが過ごし易くて良いのよね。
カチーナが遊び心で細めの三つ編みを隠したりしているから、似たような髪型でも雰囲気は違って飽きない。
髪型を楽しみにしている人は私以外にもたくさんいて、朝食の席で顔を合わせると髪にも視線が集まる。
今日も同じで、目が合って挨拶を交わすと、流れるように視線が移動していった。
「おお、今日はふわふわだな。触っても良いか?」
「崩れるのでダメです」
「奥様はクッションじゃないのですよ!」
「残念……。仕方ない、夜まで白竜様で我慢しよう」
そう言ってふわふわと浮かんでいたブランを抱き寄せるグレン様。
けれども、すぐに激しい羽ばたきの音が響いた。
「離せ! 僕はレイラ以外に抱かれたくない!」
「ああ、モフモフが……」
「触るだけなら良いよ?」
がっくりと肩を落とすグレン様を慰めるブラン。
そんな様子がなんだか可笑しくて、くすりと笑ってしまった。
「今日も平和ね」
「ええ、そうですね」
ふと呟くと、目が合ったカチーナから笑顔が返ってくる。
やっぱり、笑顔が一番だわ。
そう思ったから、この心地良さを逃さないようにと空に向かって祈りを送る私。
――いつまでも、この穏やかな日々が続きますように。
──────
──────
今回で本編完結です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
いつもの時間に目を覚ましたはずなのに、窓から降り注ぐ陽の光が見えなかった。
代わりに見えたのはグレン様の後ろ姿。
「グレン様、おはようございます」
「おはよう。よく眠れたかな?」
「ええ、とっても。グレン様も眠れましたか?」
「おかげさまで、いつもスッキリしているよ」
どうやら今日はグレン様の方が早く起きたらしい。
二か月前から、私達は夫婦らしく見えるようにと同じ部屋で眠っているから、こういう事も何度かあった。
視線を下ろせば、グレン様が「理性を保つために必要だ」と言って置いているパーティションが見えるのだけど、これは気にしないことにする。
先週、あのパーティションが倒れてきてグレン様のお顔に直撃。
夜中に血祭りになる騒ぎがあったから仕舞おうとしたのだけど、グレン様は受け入れてくれなかった。
代わりに眠っている時に守ってくれる魔道具をグレン様が作って解決して、使用人さん達が揃って驚いていたわ。
魔石に私の魔力を入れておけば、私が居なくても魔力を作れることが分かってから、グレン様が自分で魔道具を作ることも増えたのよね。
けれども回復魔法に関わる魔道具は私が居ないと作れないから、このベッド……疲労回復の魔道具は私が作った。
「良かったですわ。では、着替えてきますわ」
そう口にして、夫婦の寝室から奥様の私室に繋がる扉を抜ける私。
この寝室は私の私室とグレン様の私室から直接入れるようになっているから、行き来はすぐだ。
私室に入ると、私よりも先に起きているカチーナが着替えを用意して待っていてくれた。
「おはよう」
「おはようございます、奥様」
いつもの挨拶を交わしてから、侍女の制服に着替える私。
何度か公爵家の奥様らしくドレスで過ごしたこともあったけれど、不便だったのよね……。
無駄に重たくて肩が疲れる、ポケットが無いから道具を持ち歩けない、気軽に汚せなくて行動が制限される。このことをひしひしと実感することになったから、今も侍女の制服を着て過ごしている。
半年間から貴族のお客様が訪れることが増えたおかげで何度か私の侍女姿を目撃されているのだけど、不思議なことに普通の侍女と変わらない接し方をされた。
私の正体に気付いていたら敬うような接し方をされるはずだから、きっと気付かれていないのよね。
そのお陰で、お客様が来ると分かってていても自由に行動できるようになったから、このまま気付かれないようにとお祈りしている。
「今日は三十通ほどお手紙が届いております。こちらはアルタイス家からなので、分けておきました」
「ありがとう」
王家の命令でパメラ様が魔物を呼び寄せているから地下牢は毎日が魔物との戦いになっていても、その外で暮らしている私達の周りは平和そのもの。
魔石目当てで積極的に魔物を狩る人たちも出てきたお陰で交易も活発になって、カストゥラ領は私が来た時よりも賑わいを見せている。
アルタイス家のお財布事情も改善して、領民を幸せに出来るとお父様が喜んでいたわ。
「ちょっと待って、その紋章は……?」
「王家からですね」
「それも優先して見るから、纏めないようにお願い」
「畏まりました」
お母様からの手紙は……孫の顔が見たいという内容だった。私、まだ十七なのに……気が早すぎないかしら?
王家の紋章が描かれている封筒の中身は……王宮パーティーの招待状。即位半年記念を祝う会だから、参加しなくちゃいけないわね。
髪を整えてもらっている間に返事を認める。
それから三十通近く届いたパーティーの招待状を確認していく私。
「相変わらずの人気ですね」
「手紙の束を見ると公爵夫人の地位を返上したくなるのよね……」
「公爵夫人の肩書だけではこんなに来ません。社交界の華とも呼ばれていた大奥様でも、日に二十通ほどしか届いていなかったのですよ?」
治癒魔法を扱えることを今まで隠していた人達がラインハルト陛下の政策のお陰で名乗り出ているから、私の治癒魔法の価値は下がっているはず。
それなのに、この数の招待状が送られてきているのは何かの間違いだと思う。
今までよりも親交が増えて私の味方をしてくれる人が多くなったのは嬉しいことだけれど、地位や私の魔法目当ての人を見抜くのが大変なのよね。
「そうだったのね。これ、間違いで送られてきているのかしら?」
「奥様に魅せられてしまった方が大半かと」
「こんな私のどこが良いのかしら?」
「その気になれば政治も一声に動かせるお力を持っているのに驕らずに謙虚に生きられていて困っている時はすぐに助けて下さって何よりも私達使用人のことも気遣って下さる性格に惹かれない方がおかしいと思います」
「そ、そう……」
カチーナの私情が混じっている気がしたけれど、気にしないことにする。
嫌われるよりも好かれる方が良いのだけど、これだけ人気を集めると少し怖いのよね。
くすぐったい気持ちになっていると、カチーナが後ろに鏡を構える。
どうやら髪を整え終えたらしい。
「こんな感じにしてみました。どうでしょうか?」
「うん、大丈夫よ。ありがとう」
今日はゆるく纏めたハーフアップ。シンプルだけれど、これが過ごし易くて良いのよね。
カチーナが遊び心で細めの三つ編みを隠したりしているから、似たような髪型でも雰囲気は違って飽きない。
髪型を楽しみにしている人は私以外にもたくさんいて、朝食の席で顔を合わせると髪にも視線が集まる。
今日も同じで、目が合って挨拶を交わすと、流れるように視線が移動していった。
「おお、今日はふわふわだな。触っても良いか?」
「崩れるのでダメです」
「奥様はクッションじゃないのですよ!」
「残念……。仕方ない、夜まで白竜様で我慢しよう」
そう言ってふわふわと浮かんでいたブランを抱き寄せるグレン様。
けれども、すぐに激しい羽ばたきの音が響いた。
「離せ! 僕はレイラ以外に抱かれたくない!」
「ああ、モフモフが……」
「触るだけなら良いよ?」
がっくりと肩を落とすグレン様を慰めるブラン。
そんな様子がなんだか可笑しくて、くすりと笑ってしまった。
「今日も平和ね」
「ええ、そうですね」
ふと呟くと、目が合ったカチーナから笑顔が返ってくる。
やっぱり、笑顔が一番だわ。
そう思ったから、この心地良さを逃さないようにと空に向かって祈りを送る私。
――いつまでも、この穏やかな日々が続きますように。
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今回で本編完結です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
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