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第2章

94. 備えていました

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 ブランの背中に乗って王都の道を移動すること数分。
 アリオト侯爵様が執事と話している声が聞こえてきた。

「そろそろ限界だ……。
 すまないが、他の人のところに回るように案内してくれないか?」
「承知しました。では、次からここに来た人にはそのように案内致します」
「助かる」

 この水を配る活動は夕方の六時まで行う予定なのだけど、アリオト侯爵様は今の三時過ぎで魔力切れを起こしてしまったらしい。
 アリオト侯爵家は財政に精通していて、その手腕のお陰で王国は借金を抱えずに済んでいると言われているほどだ。

 魔力のお陰でなんとか伯爵位を保っている借金まみれだったどこかの家とは真逆の実力派。
 けれども領民からの評価は上々とは言い難いと本人から聞いている。

 だからお父様がやり方を説明したそうなのだけど、アルタイス家のお財布事情にも納得されたらしい。
 尊敬と嘲笑が混ざったような視線を向けられたというのは、少し前にお父様から聞いたお話だ。

「交代が来るまで、私が代わりましょうか?」
「レイラ様、私は大丈夫ですので、他の方々を……」

 プライドが許さないのか、強がろうとするアリオト侯爵様。
 唇まで青くなるほど血の気が引いているというのに……。

 目の下のクマだって、遠目でもはっきり分かる。

「その顔色では説得力がありませんわ。早く休んでください。」
「聖女様にはお見通しですか……。少しだけお願いします」

 深々と頭を下げられた時、アリオト侯爵様の頭が陽の光を反射して輝いた気がした。
 もしかしたら、贅沢をする国王陛下や王家で養うことになっていたパメラ様の贅沢のせいでストレスを抱えていたのかもしれない。

 止めるように言っても、パメラ様のような人が贅沢を止める姿は想像出来ないから、それまでもストレスが多かったのかもしれないわ。
 そのせいで、つむじの辺りの毛根が死滅してしまったのね……。

「これだけ青いと誰でも気付きますわ。それと、聖女ではありません」
「お心遣いは聖女様のようです。本当にありがとうございます」

 キラキラと輝く頭頂部を見ているといたたまれない気持ちになったから、毛根が復活するように頭に治癒魔法をかけてみた。
 効果があるのかは分からないけれど、物は試しよ。



 それから、私は二時間近く水を配り続けた。
 どうやら料理の時間が近くなると水を求める人が多いみたいで、ずっと人の流れが止まることは無かった。

 そんな時。

「レイラ様、先ほどは治癒魔法をありがとうございました。
 おかげさまで一時間眠っただけで元気になりました!」

 毛根以外にも色々と回復した様子のアリオト侯爵様が姿を見せた。
 顔色も良くなっていて、ツルツルだった頭頂部には髪が少しだけ顔を見せている。

 治癒魔法、こんなところにも効果があったのね……。

「無事に回復されて良かったですわ。残りはお任せしても?」
「もちろんでございます」

 アリオト侯爵様は回復力に長けているみたいで、この短時間しか寝ていないのに魔力は全快した様子。
 だから、私はこの場を離れて他に困っている人が居ないか様子を見ることにした。

「ブラン、お願い!」
「うん!」

 私一人だけが乗れる大きさになったブランの背中から声をかけると、いつも通りの力強い羽ばたきと共に身体がふわりと宙に浮かぶ。
 下に広がる王都は以前のような賑わいは消えているけれど、これでも王妃派で水を配る前よりも活気が戻っている。

 けれども、毎日お水を配ることなんて出来ないから、国王になったラインハルト陛下主導で水道整備の計画が進められている。
 カストゥラ領で作っている水道をそのままの形で再現することに決まっているのだけど、王都は平坦な土地に広がっているから水をどのようにして送るか議論されているらしい。

「他は大丈夫そうね。みんなが心配するから、屋敷に行きましょう」
「屋敷?」
「あの赤い屋根のお屋敷に向かって」
「分かったよ」

 そんな言葉を交わして、一直線に王都に構えているカストゥラ邸に向かう私達。
 玄関をくぐると、私達についてきてくれた使用人さん達が出迎えてくれた。

「「お帰りなさいませ、奥様!」」
「ただいま。グレン様はもう戻っているかしら?」
「はい、先ほどお戻りになられました」

 手短に情報の共有を済ませると、カチーナがさり気ない仕草で鞄を持ってくれていた。

「奥様、私室の方に案内しますね」
「ありがとう」

 それからカチーナが鞄を持ってくれて、まだ入ったことが無い私室に案内してくれることになった。
 一応、王都の屋敷でも私の私室は用意されていたのね……。

 今日になって急いで準備したのかもしれないけれど、それでも嬉しいことに変わりは無い。

「こちらになります」
「造りは領地と同じなのかしら?」
「基本は同じだと伺っています。ただ、土地が狭い分部屋がやや狭いそうです」
「そうなのね。それでも十分すぎるくらい広いから大丈夫よ。お掃除ありがとう」

 どんな手を使って綺麗に保っていたのかは分からないけれど、この部屋は廊下にある埃っぽさが全くないから、きっと使用人さん達が居ない時も密偵達の手で綺麗に保たれていたに違いない。
 誰の指示か、それとも密偵さんの判断なのかは分からないけれど、私の部屋はずっと前から決められていて、綺麗に保たれていたみたい。

 あんな状況だったのに、将来に備えてくれていただなんて……嬉しさで目頭が熱くなってしまいそうだわ。
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