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第2章

89. 追われていました

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「旦那様、奥様。大変です!
 玄関だけでなく、外側の至る場所に火が放たれました! おそらく、隠し通路以外の逃げ道はありません」

 見張をしていた密偵さんが駆け込んできて、そんなことを口にする。
 逃げる時は中庭でブランの背中に乗って飛んでいけば良いのだけど、まだお金を入れられていない。

 中に攻め込んでくる様子はなくて、火もまだ小さいから集められそうだ。

「グレン様、先にブランの背中に乗っていてください。
 私はお金を回収してから逃げますわ」
「ここに金は無いから危険なことはするな。すぐに脱出するぞ」

 けれども、グレン様からはそんな言葉が返ってきたから、いつの間にか屋根の辺りまで火の手が上がっているお屋敷に戻るのをやめた。
 装飾品や調度品を持っていこうと一瞬考えたけれど、引き止められている今の状況では戻るのはやめた方が良さそうだもの。

 もう全員ブランの背中の上に乗っているから、私もブランの背中に乗ってから飛ぶようにお願いした。

「ブラン、お願い!」
「うん」

 返事が返ってくると、ふわりと地面から離れる感覚がした。

 それからは襲撃してきた人達に気付かれることはなくて、私達は無事に救出を終えることが出来た。



   ◇



 カストゥラ領に向かって雲の下を飛んでいる最中のこと。
 私達は何度も雷に打たれた。

 打たれたと言っても、ブランの魔法のおかげで何事も無かったのだけど、密偵さんが頭を抱える事態になってしまった。
 雷が苦手だったはずのカチーナは慣れたみたいで音には驚いていても、平然としている。

「また光りましたね……」
「そうね」
「レイラ、さっき人影が見えたのだが、俺の気のせいだろうか?」

 この辺りは背の低い草しか生えていない場所で魔物も多いから、夜の間に立ち入ることは自殺行為と言われている場所だ。
 それなのに、雷が再び光った時、二つの人の集まりが浮かび上がっていた。

「追われているのかしら……?」
「王家の紋章がある馬車同士が追いかけてるということは……まさか王妃殿下か?」

 そう呟きながら目を凝らすグレン様。
 私はブランにお願いして、地面からの高さを縮めてもらった。

 見つかりやすくなるけれど、今はそんなことを言っている場合では無ないのよね。
 お母様の友人で、幼い頃から知っている王妃様を見殺しにするようなことはしたくない。

 まだお互いの距離はあるけれど、少しずつ距離が縮んでいるようにも見える。

「もう領地には入ったな。防衛線はまだだが、ここで不法侵入を突き付けても良いだろう。
 レイラ、協力してもらえるか?」
「ええ、もちろんですわ」

 ……というわけで、私たちは逃げている集団の方に近付いた。
 馬車の中に乗っている人が誰なのかは分からないけれど、その馬車の御者が第二王子殿下だったから、予想は出来る。

 ここでブランの姿を見せても危険なだけだから、まずは私だけで馬車の隣を飛ぶことに決めた。

「ラインハルト殿下、私が見えますか?」
「まずいな、恐怖で幻聴が聞こえるようになった……」

 私が声をかけると、第二王子殿下はポツリと呟いた。
 幻聴ではないのだけど……!

 顔の前で手を振ったら気付いてもらえるかしら?

「見えてますか……?」
「だ、誰だ……!?」
「レイラ・カストゥラと申しますわ。追われているようでしたので、助けに参りましたの」

 殿下とは何度か顔を合わせたことがあったのだけど、私のことは忘れていたらしい。
 それとも、夜の闇で分からなかったのかしら?

「それは助かるが、向こうには宮廷魔導士達も居る。
 いくらアルタイス家の生まれでも、アレを相手にするのは難しい。僕たちのことは放って、君だけでも逃げてくれ」
「お断りしますわ。
 王妃殿下もクリストフ殿下も守って見せます」

 こんなところで逃げ出しても、何も解決しないじゃない。
 だから、今の殿下の言葉は受け入れられないわ。

「困ったな……」
「ラインハルト、レイラさんなら防げるかもしれないわ。
 あれだけの追っ手を向けられても生き延びていた実力は認めるべきよ」

 私がどう説得しようか悩んでいると、御者第と繋がる窓が開けられて王妃様が顔を出してきた。

「レイラさん、助けてくださるかしら?」
「はい、もちろんですわ」

 頷いてから、追ってきている人達に向き直る私。
 距離がよく分からないから光魔法で照らしてみると、王国騎士団の制服に身を包んでいる人たちの姿が見えた。

 王国騎士団は国王陛下が今も掌握しているから、逃げている王妃殿下達が危ない状況だというのは一目で分かる。
 王妃殿下側は私達を入れても二十人に届かないのに、相手は百人は超えていそう。

「ブランの力があれば勝てると思うけれど……」

 騎士団の中には私に親しくしてくれた人もいるから、傷付けたく無いのよね……。
 どうすれば王妃殿下達を守れるのか考えている間にも、騎士団の人達は距離を詰めてきている。

「王妃殿下、我々は殿下の味方をしたいと考えています。受け入れて頂けますか?」

 いつ攻撃されても大丈夫なように防御魔法を使っていたら、騎士団の方からそんな声が聞こえてきた。

「何が起きているの……?」
「騎士団も国王陛下に不満を抱いていたようだ」

 私が呟くと、グレン様の声が聞こえてくる。
 罠の可能性も考えたけれど、全員武器を手放して地面に置いていたから、違うと確信した。
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