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第1章

39. 無駄なもの

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 公爵家は領地が広いから、複数の街にお役所を設けて統治に役立てている。
 私達が今いるこの場所は、そんなお役所の一つだ。

「お前達、何者だ!」
「領主のグレンだ。顔で分かるか?」
「し、失礼しました。どうぞお通り下さい」

 そんな重要な場所だから、怪しい人物は当然のように止められる。
 けれども、グレン様も私は怒ったりせずに、一瞬だけ素顔を見せた。

「ありがとう。今後も人物の確認は徹底するように。
 相手が俺でも、顔が見えなければ止めなさい」
「承知しました!」

 そんな答えを受けながら足を進めて、中に入っていく。

「領主様、何かございましたか?」
「今すぐに他の街との往来を止めるように。来た者は、療養所に入れて一週間は様子を見るように」
「承知しました」

 すぐにこの街の担当の人物と面会することになって、雑談を交えないまま指示を出していくグレン様。
 話が終わると、そのまま建物を出ることになった。

 今回は時間との戦いだから、とにかくスピード重視にするらしい。
 ちなみに、指示を出している間はずっと、グレン様にブランを抱っこしてもらっていた。

 羽毛に触れていたら恐怖心も減ると思ったのだけど……。

「白竜様、次の街までお願いします」
「分かったよ」

 ブランのもふもふな羽毛でも、彼の敬語は変わらなかった。
 こんなに可愛い相手に敬語だなんて、大丈夫なのかしら?

「グレン様、ずっと気になってたのですけど……」
「何かあったか?」

 心配になって声をかけると、私を心配するような視線が送られてきた。
 貴方の頭の方が心配なのだけど……とは口に出来ないから、代わりに質問を口にする。

「どうして、ブランに敬語を使うのですか?」
「こんなにお強いお方を相手に、敬語を使わなかったら機嫌を損ねることになる。
 目上の相手に敬語を使うのは当然だろう」

 返ってきたのはそんな答えだったのだけど、ブランが少し不満そうに口を挟んだ。

「僕だけを特別扱いするのはやめて欲しいかな?」
「そうですか。では、どのように話しかければ良いでしょうか?」
「レイラと話している時と同じでいいよ。僕は尊厳とか気にしないからね。
 そんなくだらない物を気にするのは、人間くらいなものだよ」

 どう見ても貴族に喧嘩を売っているとしか思えない発言に驚いたけれど、ブランに失うものは無いのよね。
 少しだけ羨ましいわ。

 私もその気になれば貴族社会から離れても生きていけると思うけれど、今は公爵邸の侍女達との日々が楽しいから、離れたくない。
 グレン様との契約は三年。今の雰囲気だとあっという間に過ぎてしまう気がするから、もう少し期間を伸ばしたいと心の隅で思っている私もいる。

「確かに、尊厳ほど無駄な物は無いかもしれないな。
 使用人の前でも、尊厳を気にしないで振る舞ってみたら、思いのほか事が上手く進んだ」
「そんなことがありましたのね……」
「ああ。
 舐められるような事になったら領主失格だから、加減が難しいが……」

 そんなことを話している間に次の街に着いたから、さっきと同じように指示を出していくグレン様。
 ブランに出す指示は砕けた口調になっていて、少しだけ指示が早くなった気がした。



 それからは、いくつもの街を回り終えて、お昼過ぎにようやく問題の村に入ることが出来た。
 病が蝕んでいるのか、この前見た時は大勢いたのに、今日は案内をしてくれている人と数人しか姿が見えない。

「領主様、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「病を治しに来た。君も手が熱かったが、体調は大丈夫なのか?」
「少し熱がありますが、他に動ける者が居ませんので……。
 他の者は皆、家に籠って治そうとしています」

 まずは案内してくれる人に治癒魔法をかけてから、一軒一軒まわって治すことに決めた。
 全員に出てきてもらう方が効率が良いのだけど、寝たきりのまま動けないほど重篤な人もいるらしい。

 だから、特に重い症状の人から順番に治癒魔法をかけていく。

「ありがとうございます。
 聖女様のお陰で命拾いしました」

 魔法をかけた後は、深々と頭を下げての感謝の言葉を伝えられた。
 魔物のこともあって、すっかり村の人達からは聖女扱いされてしまっている。

「領主様、聖女様を呼んでくださってありがとうございました。
 もし領主様が聖女様を呼んでくださらなかったら、我々は揃って死に絶えていたでしょう」

 この扱いは全員治し終えてからも変わらなくて、なんだかくすぐったく感じてしまう。
 むしろ悪化している気がするわ。

「まず、彼女は聖女ではなく俺の妻だ。
 そして、ここに来たのは彼女自身の意志だから、お礼を言うなら俺にではなくレイラに言って欲しい」
「レイラ様、この度は本当にありがとうございました。
 貴女のような方が聖女様なら、どんなに良かったことでしょう」

 この村の人達は私を聖女にと望んでくれている。
 王家があんなのじゃなかったら、私も聖女に名乗り出たかもしれないわ。

 でも……。

「よく言われますわ。でも、聖女になると自由が無くなるので、今のままの方が私にとっては幸せなのです」
「そんな事情があったのですか。
 お貴族様は複雑なんですね。我々はレイラ様の幸せを一番に願っていますので、どうかお幸せに!」

 ……今の幸せな日々が無くなるのは嫌だから、王家が良くなっても聖女になるつもりは無いもの。
 グレン様は私の自由を邪魔しないように気遣ってくれているから、離れようとも思えないのよね。

「もう十分に私は幸せだから、みんなにも幸せになってほしいわ」

 だから、こんな言葉を自然と口にすることが出来た。
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