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第1章

2. 追いかけてきた人

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 会場を出て、馬車が待っている場所に向かって足を進める私。

 婚約破棄は悔しいし辛いけれど、これは好きなことをして生きていく良い機会でもあるのよね。
 ジャスパー様から「令嬢らしくない」という理由で禁止されていた魔道具作りを再開できるもの……!

 家を出るつもりだから、私の作った魔道具で喜んでくれる使用人さん達や家族の笑顔は見れなくなってしまうけれど、離れていても手紙でやり取りできるから問題にはならないわ。

 ちなみに、魔道具というのは魔法が使えない人でも魔法を使えるようにできるもの。
 全ての魔法の属性に適性がある人しか作れないのだけど、存在自体は私の家族しか知らない。

 ジャスパー様は「そんな物有り得ない!」と言って信じていなかったから、知らないようなものよね。


 元々は何百年も昔に生み出された技術みたいだけれど、作れる人が魔法を重んじる貴族達に迫害されて以来、失われてしまったらしい。
 そのせいで、それまで充実していた民達の暮らしは一気に悪くなって、暴動も起きたらしい。

 けれども、王家は私の味方に近い立場を取っている。
 魔法を貴族だけの特権にしないで、一般市民たちにも魔法を広めようとしているらしい。

 そうすれば国が豊かになって、幸せな人が増えるから。
 快く思わない貴族も多いけれど、税収を期待して賛同している貴族の方が今は多い。

 もちろん、民の暮らしを思って賛同している貴族だっている。

 だから、王家の方針が変わらない限り、私が迫害されるようなことにもならないと思う。
 もし迫害されたら、その時は隣国に逃げればいいのだから、それほど心配もしていない。



 ちなみに、私の家は民の暮らしを考えて、民にも魔法をもたらそうとしているから、勘当してもらった後は領地で過ごすように言われるかもしれないわ。
 優しい人と出会えたら良いのだけど……。

 そんなことを考えながら足を進めていると、後ろから私を呼ぶ声が聞こえてきた。

「レイラ嬢、待ってくれ!」

 必死そうな声色だったから、思わず足を止めて振り返ってしまう。
 声もよく知っている人物のものだから、無視なんて出来ないのよね。

「グレン様……。どうかされましたか?」

 声の主はグレン・カストゥラ公爵令息様。私の家の隣の地に領地を構えていて、幼いころから親交もあるお方。
 けれども、地位を考えたら私のような貧乏弱小伯爵家の令嬢がおいそれと話しかけて良い相手ではなくて、こうして問い返すだけでも緊張してしまう。

 明るい赤みがかったブロンドの髪に海を彷彿とさせる青い瞳の彼は、火魔法を始めに多くの魔法属性を扱える。
 おまけに他の令嬢達から何度も好意を向けられるほど整った顔をしている。

 私は幼いころに見慣れてしまったから、容姿だけで好意を感じたりはしないけれど。

 ちなみに、私とグレン様の仲は悪くはない。
 幼馴染だもの。お互いに性格も分かっているから、嘘をついてもすぐに分かるし、そもそも冗談以外の嘘は言わない。

 彼は家族以外で私が一番信用している貴族だけれど、今も婚約者は決められていないらしい。
 だから何って話なのだけど。

「心配になって追いかけてきたんだ。あんな冤罪をかけられたら、正気ではいられなくなると思った。
 その、失礼だと思うが、自ら命を絶たないか心配なんだ」
「私、婚約破棄を喜んでいるので、自ら命を絶つなんて有り得ませんわ」
「婚約破棄を喜んでいる……? それなら大丈夫か。
 しかし、何故喜べる?」

 不思議そうに問いかけてくるグレン様。
 彼の疑問も当然だと思ったから、私は理由を説明することにした。

「ジャスパー様の束縛から逃げられたからですわ。
 彼、私の行動にいつも文句を言ってきましたの」
「なるほど。とりあえず、心配する必要は無さそうだな。
 馬車まで送るよ」
「ありがとうございます」

 お互いの領地の情報を交換したりしながら馬車のところまで歩いていく。
 そして、気付いてしまった。

「……帰るための馬車がありませんわ」
「ジャスパー殿の馬車で来たからか?」
「ええ。婚約破棄されてしまったので、もう送って頂くことは出来ませんもの」

 婚約破棄されてしまった今は、無関係の他人。
 だから馬車に乗せてもらうことなんて出来ないのよね。

 友人の誘いなら別だけれど。

「それなら、俺が送ろう」
「悪女だなんて噂が立っている私を乗せたら、グレン様まで悪評が立ってしまいますわ」
「むしろ好都合だ。あんな分かりやすい嘘を信じる馬鹿達が自ら離れていってくれるからな」
「ポジティブに考えられてますのね……」
「貴女の方がポジティブだ。話を戻すが、乗るか?
 このまま放っておいたら、歩いて帰るつもりなのだろう?」

 グレン様の眩しい笑顔。ここがパーティー会場の中だったら、きっと黄色い悲鳴があちこちから上がっていたと思う。
 けれども、笑顔の向こうに圧を感じてしまったから、ただ圧に負けて頷くことしか出来なかった。
 
「……お願いしますわ」

 どうして私が歩いて帰ろうとしているって分かったのかしら?
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