断罪された商才令嬢は隣国を満喫中

水空 葵

文字の大きさ
上 下
59 / 70

59. side 民が殺される前に

しおりを挟む
 アルカンシェル商会の本部の庭にレールが置かれた頃。
 グレール王国の王都では戦況に大きな動きがあった。

 包囲された王城に騎士団が突入を始めたのだ。
 相手はマドネス王子ただ一人。

 けれども、くだんの魔薬の存在を恐れて強気の動きが出来ずにいた。

 そんな時、脱出してきた使用人によって、アスクライ公国側に情報がもたらされた。

「マドネス王子は既に寝ています」
「それは本当か?」
「はい。あなた方のことを攻撃の出来ない臆病者と見下しておりました」

 この使用人は、本来ならアルカンシェル商会の諜報部に所属している。
 ルシアナによってこの使用人の情報がもたらされていなかったら、大公達は信用しなかっただろう。

 だから、すんなりと大公が情報を聞き入れた時、騎士団からは困惑している様子が伝わっていた。

「安心して欲しい。彼はアルカンシェル商会の手を借りて送り込んでいた諜報員だ。
 彼に危害が加わらないように警護を付ける」
「承知しました」

 そんなやり取りの後、不安が払拭された騎士団は包囲している王城の中に入っていった。
 先導しているのは、隠し通路の場所さえも把握している元親衛隊所属の者達だ。

 サリアス王子の姿もその中に紛れ込んでいて、いつ来るか分からない攻撃に備えていた。
 いくらマドネス王子が馬鹿でも、無策で寝ているとは思えなかったから。


 けれども、どんなに罠を警戒しても、死角からの攻撃がされないように索敵しても、それらしき物が見つかることは無かった。
 
「まさか、本当に寝ているだけなのか……?」
「いや、我々の油断を誘っているだけだ。油断したら死ぬぞ」
「分かっている。この静けさ、流石に怖くなるな」

 ちらほらと、そんな会話が聞こえてくる。

「ここです。全員、静かに」

 そんな時のこと。サリアス王子が前に出て、扉の前で立ち止まった。

「分かりました。では、我々が先に行きます」
「すまない。任せる」

 手で合図を出して音も無く部屋に入っていく騎士団。
 特に何も攻撃されることなく侵入に成功した彼らの目の前には、無防備に眠るマドネス王子の姿があった。

「兄上、やはり貴方は馬鹿ですね。眠り薬に気付かないなんて」
「サリアス殿。何か仕組まれていましたか?」
「ああ。眠り薬を食材に入れておいたんだ。
 父には効かなかったから効果を疑っていたが、父が化け物だっただけのようだ」

 王族を支える者達が居なくなった今、サリアス王子の策略にはまったマドネス王子が勝つことは最初から出来なかったらしい。
 その証拠に、縄でキツく縛られていても目が覚めることは無く、そのまま牢に入れられることとなった。

「サリアス殿、この後はどうされるおつもりですか?」
「計画通り、これから民を集めて演説を行う。悪しき風習を終らせるんだ」

 この言葉が交わされてから暫くして、王城前には多くの民が集められた。
 演台には久しぶりに騎士団の姿があり、厳重な警備が敷かれている。

 そして、その演台の中央。王位の証となる冠を被った新国王の姿があった。

「また税が重くなるのか?」
「これ以上は本当に生きていけなくなる」

 新国王の姿があっても、民の不安が拭われることは無くて、そんな声がいくつも上がっている。

 けれども、サリアスは真っすぐ前を見たまま、拡声の摩道具に魔力を通した。

「今日をもって、このサリアス・グレールが国王となった。
 国王として命ずる。今かけられている税を廃する」

 最初に放たれた言葉に、歓喜の声よりも困惑の声が多く上がる。
 誰しもが王家を信用していないから、裏があると考えていた。

「そして、今日をもって王制も廃する。これ以上、我が国を王制によって治めることは出来ないと判断した。
 皆に満足してもらえるとは思えないが、我が国はアスクライ公国属国とする!」

 けれども、そんな予想も大きく外れた。

 宣言された王国の解体を告げる言葉に、今度は歓声が上がった。
 ある者は永遠を誓った相手と抱きしめ合い、ある者は涙を流して喜んだ。

 この日から貴族も平民も生活が豊かになっていくことになるけれど、実感できるようになるのはもう少し先のお話。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星里有乃
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年2月1日、本編完結しました。予定より少し文字数多めです。番外編や後日談など、また改めて投稿出来たらと思います。ご覧いただきありがとうございました!

私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。 しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。 数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

処理中です...