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59. side 民が殺される前に
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アルカンシェル商会の本部の庭にレールが置かれた頃。
グレール王国の王都では戦況に大きな動きがあった。
包囲された王城に騎士団が突入を始めたのだ。
相手はマドネス王子ただ一人。
けれども、件の魔薬の存在を恐れて強気の動きが出来ずにいた。
そんな時、脱出してきた使用人によって、アスクライ公国側に情報がもたらされた。
「マドネス王子は既に寝ています」
「それは本当か?」
「はい。あなた方のことを攻撃の出来ない臆病者と見下しておりました」
この使用人は、本来ならアルカンシェル商会の諜報部に所属している。
ルシアナによってこの使用人の情報がもたらされていなかったら、大公達は信用しなかっただろう。
だから、すんなりと大公が情報を聞き入れた時、騎士団からは困惑している様子が伝わっていた。
「安心して欲しい。彼はアルカンシェル商会の手を借りて送り込んでいた諜報員だ。
彼に危害が加わらないように警護を付ける」
「承知しました」
そんなやり取りの後、不安が払拭された騎士団は包囲している王城の中に入っていった。
先導しているのは、隠し通路の場所さえも把握している元親衛隊所属の者達だ。
サリアス王子の姿もその中に紛れ込んでいて、いつ来るか分からない攻撃に備えていた。
いくらマドネス王子が馬鹿でも、無策で寝ているとは思えなかったから。
けれども、どんなに罠を警戒しても、死角からの攻撃がされないように索敵しても、それらしき物が見つかることは無かった。
「まさか、本当に寝ているだけなのか……?」
「いや、我々の油断を誘っているだけだ。油断したら死ぬぞ」
「分かっている。この静けさ、流石に怖くなるな」
ちらほらと、そんな会話が聞こえてくる。
「ここです。全員、静かに」
そんな時のこと。サリアス王子が前に出て、扉の前で立ち止まった。
「分かりました。では、我々が先に行きます」
「すまない。任せる」
手で合図を出して音も無く部屋に入っていく騎士団。
特に何も攻撃されることなく侵入に成功した彼らの目の前には、無防備に眠るマドネス王子の姿があった。
「兄上、やはり貴方は馬鹿ですね。眠り薬に気付かないなんて」
「サリアス殿。何か仕組まれていましたか?」
「ああ。眠り薬を食材に入れておいたんだ。
父には効かなかったから効果を疑っていたが、父が化け物だっただけのようだ」
王族を支える者達が居なくなった今、サリアス王子の策略に嵌ったマドネス王子が勝つことは最初から出来なかったらしい。
その証拠に、縄でキツく縛られていても目が覚めることは無く、そのまま牢に入れられることとなった。
「サリアス殿、この後はどうされるおつもりですか?」
「計画通り、これから民を集めて演説を行う。悪しき風習を終らせるんだ」
この言葉が交わされてから暫くして、王城前には多くの民が集められた。
演台には久しぶりに騎士団の姿があり、厳重な警備が敷かれている。
そして、その演台の中央。王位の証となる冠を被った新国王の姿があった。
「また税が重くなるのか?」
「これ以上は本当に生きていけなくなる」
新国王の姿があっても、民の不安が拭われることは無くて、そんな声がいくつも上がっている。
けれども、サリアスは真っすぐ前を見たまま、拡声の摩道具に魔力を通した。
「今日をもって、このサリアス・グレールが国王となった。
国王として命ずる。今かけられている税を廃する」
最初に放たれた言葉に、歓喜の声よりも困惑の声が多く上がる。
誰しもが王家を信用していないから、裏があると考えていた。
「そして、今日をもって王制も廃する。これ以上、我が国を王制によって治めることは出来ないと判断した。
皆に満足してもらえるとは思えないが、我が国はアスクライ公国属国とする!」
けれども、そんな予想も大きく外れた。
宣言された王国の解体を告げる言葉に、今度は歓声が上がった。
ある者は永遠を誓った相手と抱きしめ合い、ある者は涙を流して喜んだ。
この日から貴族も平民も生活が豊かになっていくことになるけれど、実感できるようになるのはもう少し先のお話。
グレール王国の王都では戦況に大きな動きがあった。
包囲された王城に騎士団が突入を始めたのだ。
相手はマドネス王子ただ一人。
けれども、件の魔薬の存在を恐れて強気の動きが出来ずにいた。
そんな時、脱出してきた使用人によって、アスクライ公国側に情報がもたらされた。
「マドネス王子は既に寝ています」
「それは本当か?」
「はい。あなた方のことを攻撃の出来ない臆病者と見下しておりました」
この使用人は、本来ならアルカンシェル商会の諜報部に所属している。
ルシアナによってこの使用人の情報がもたらされていなかったら、大公達は信用しなかっただろう。
だから、すんなりと大公が情報を聞き入れた時、騎士団からは困惑している様子が伝わっていた。
「安心して欲しい。彼はアルカンシェル商会の手を借りて送り込んでいた諜報員だ。
彼に危害が加わらないように警護を付ける」
「承知しました」
そんなやり取りの後、不安が払拭された騎士団は包囲している王城の中に入っていった。
先導しているのは、隠し通路の場所さえも把握している元親衛隊所属の者達だ。
サリアス王子の姿もその中に紛れ込んでいて、いつ来るか分からない攻撃に備えていた。
いくらマドネス王子が馬鹿でも、無策で寝ているとは思えなかったから。
けれども、どんなに罠を警戒しても、死角からの攻撃がされないように索敵しても、それらしき物が見つかることは無かった。
「まさか、本当に寝ているだけなのか……?」
「いや、我々の油断を誘っているだけだ。油断したら死ぬぞ」
「分かっている。この静けさ、流石に怖くなるな」
ちらほらと、そんな会話が聞こえてくる。
「ここです。全員、静かに」
そんな時のこと。サリアス王子が前に出て、扉の前で立ち止まった。
「分かりました。では、我々が先に行きます」
「すまない。任せる」
手で合図を出して音も無く部屋に入っていく騎士団。
特に何も攻撃されることなく侵入に成功した彼らの目の前には、無防備に眠るマドネス王子の姿があった。
「兄上、やはり貴方は馬鹿ですね。眠り薬に気付かないなんて」
「サリアス殿。何か仕組まれていましたか?」
「ああ。眠り薬を食材に入れておいたんだ。
父には効かなかったから効果を疑っていたが、父が化け物だっただけのようだ」
王族を支える者達が居なくなった今、サリアス王子の策略に嵌ったマドネス王子が勝つことは最初から出来なかったらしい。
その証拠に、縄でキツく縛られていても目が覚めることは無く、そのまま牢に入れられることとなった。
「サリアス殿、この後はどうされるおつもりですか?」
「計画通り、これから民を集めて演説を行う。悪しき風習を終らせるんだ」
この言葉が交わされてから暫くして、王城前には多くの民が集められた。
演台には久しぶりに騎士団の姿があり、厳重な警備が敷かれている。
そして、その演台の中央。王位の証となる冠を被った新国王の姿があった。
「また税が重くなるのか?」
「これ以上は本当に生きていけなくなる」
新国王の姿があっても、民の不安が拭われることは無くて、そんな声がいくつも上がっている。
けれども、サリアスは真っすぐ前を見たまま、拡声の摩道具に魔力を通した。
「今日をもって、このサリアス・グレールが国王となった。
国王として命ずる。今かけられている税を廃する」
最初に放たれた言葉に、歓喜の声よりも困惑の声が多く上がる。
誰しもが王家を信用していないから、裏があると考えていた。
「そして、今日をもって王制も廃する。これ以上、我が国を王制によって治めることは出来ないと判断した。
皆に満足してもらえるとは思えないが、我が国はアスクライ公国属国とする!」
けれども、そんな予想も大きく外れた。
宣言された王国の解体を告げる言葉に、今度は歓声が上がった。
ある者は永遠を誓った相手と抱きしめ合い、ある者は涙を流して喜んだ。
この日から貴族も平民も生活が豊かになっていくことになるけれど、実感できるようになるのはもう少し先のお話。
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