断罪された商才令嬢は隣国を満喫中

水空 葵

文字の大きさ
上 下
51 / 70

51. side 愚かな王の息子も愚か者

しおりを挟む
 マドネスが即位を宣言した翌日のこと。
 アスクライ公国では戦後処理のための話し合いが行われていた。

 グレール王国の代表者サリアス第二王子、対するアスクライ公国の代表は大公だ。
 現状の公国の領土は建国時から大きく広がっていて、グレール王国の北半分を持っている。

 今は王国の南西に領地を持つ貴族達から編入の申し入れがあり、副大公が話を進めているところ。このまま纏まれば、王国の領土は王都と南東部だけになってしまう。

 ちなみに、王国で爵位を持っていた貴族達は、公国では一律で子爵位を授かっている。そこから功績や民達からの評判次第で、爵位が上がったり下がったりする仕組みだ。
 もちろん公国入りをする時に説明のあったことだから、全員が納得している。

「では、王都の統治権もそちらにお渡しする形で宜しいですか?」
「我々としてはどちらでも構いませんが、南東部に領地を持つ王家派の貴族達からは大きな反発が出るでしょう。その地域だけは、グレール王国として存続させたいと思っています」

 意見の異なる地域を無理に一つに纏めると、内乱が起こりかねない。
 そんな理由から、大公は南東部を切り捨てようとしていた。

 しかし、サリアス王子もまた、南東部の統治はしたくないと思っていた。

「では、かの地の者から爵位を取り上げ、王家に不満が向くようにしましょう。それなら解決しますか?」
「解決はします。しかし、何故恨まれるようなことをされるのですか?」
「民の幸せを願っているからです。あの辺りの貴族達は不正に汚職を重ね、民達から搾り取った税で贅沢をしています。
 王家が先立って税を軽くしたとしても、民の生活は苦しいままになってしまいます」

 お互いに国の中枢にいたから、そのあたりの情勢も詳しく把握している。
 けれども、厄介ごとをこれ以上増やしたくない公国側と、厄介ごとを根本から絶やしたい王国側とで意見が割れていた。

 けれども、直後に届いた知らせによって、この話し合いは方向性を変えることになった。

「密偵から報告が入りました。グレールの王都でマドネス国王即位の宣言がされたようです。
 同時に税がより重くなっており、王都からも餓死者が出る可能性があります」

 この声が聞こえた直後、数秒の静寂が訪れた。

 サリアス王子も大公も、民の支えが無くては生きていけないことを理解している。
 そして、権力を持つ代わりに、民達を守る義務があると考えていた。

「悠長に南東の領有を話し合っている場合では無いようです。申し訳ありませんが、兄を捕らえてからここに来ます」

 だから、サリアス王子はそんなことを口にしていた。
 このままでは餓死者が多く出てしまうことを理解していたから。

「お一人で行かれるおつもりですか?」
「ええ、援軍が居た方が良いことは分かっていますが、私は敗戦国の人間です。貴公にお願い事を出来る立場ではありません」
「では、こうしよう。
 我々は民を守るために王都を占領する。貴殿には我々の進軍に同行してもらいたい」

 大公もまた、王国の民を守りたいという想いがあった。
 だから、サリアス王子の意図を汲んで、そんな提案をしていた。

「分かりました。その提案、謹んでお受けします」
「感謝する。講和についてだが、王都と南東部の扱いについては保留とする。
 他の領土については、貴族達が我々の国への編入を望んでいるので、アスクライ公国のものとさせてもらう」
「問題ありません。では、全力で協力させていただきます」
「感謝する」

 そんな言葉に続けて、握手が交わされる。
 こうしてマドネスに敵対する形の協力体制が敷かれることになった。

 一方のマドネスはというと……。

「まだどの商会からも返事が無いのか!?」
「おそらく、条件が悪く無視されているのかと……。一体、何をしたら王家が無視されるようになるんですか?」
「知らん!」

 突っぱねられ、部屋から追い出される使用人。
 それから使用人の詰め所に戻った彼は、感心したような表情で手紙の束に目を落としていた。
 その手紙は、商人達からの返事が連ねられているもの。

(本当に面白いことになっていますね。一応、私が帰った後に王子が見つけるようにしましょう。
 ルシアナ様が書かれた返事も紛れさせて、と)

 アルカンシェル商会から内偵として紛れ込んでいるこの使用人は、そんなことを考えながら手紙に目を通していく。

『重税で苦しめておいて都合が悪くなったら優遇するんですか。馬鹿ですか?』
『その取引にも税がかかるんですから、お断りします。商人を舐めないで頂きたい』
『お断りします』

 上から順番に読んでいくと、最後は簡潔な内容のものが入っていた。

「おっと、これでは目立ってしまいます。真ん中に入れ替えましょう」

 誰にも聞こえない声で呟いてから、ルシアナが書いた手紙の位置を最後から真ん中に移動する使用人。
 それから『返事が届きましたのでご確認ください』という置き書きを残して王宮を後にした。



 その日の夜。
 使用人の予想通り、マドネスは大暴れすることになったけれど、これはまた別のお話。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜

みおな
恋愛
 公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。  当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。  どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします

宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。 しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。 そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。 彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか? 中世ヨーロッパ風のお話です。 HOTにランクインしました。ありがとうございます! ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです! ありがとうございます!

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

処理中です...