断罪された商才令嬢は隣国を満喫中

水空 葵

文字の大きさ
上 下
50 / 70

50. side 人手不足を極める王宮

しおりを挟む
「マドネス王子、大変です! 陛下が死にました!」

 どんよりとした厚い雲の下。王宮の厨房で必死になって食材を探していたマドネス王子の元に、そんな知らせが届いた。

「嘘を言うな! あんなに強い父上が死ぬなんてあり得ない!」
「嘘ではありません! サリアス殿下に殺されたんです」
「サリアスは病弱だったんだ! 新入りのお前には分からないかもしれないが、あいつにそんな真似は出来るはずが無い!
 今も部屋で寝込んでいるはずだ!」

 最近ここで働き始めた使用人の言葉を信じられないのか、そう口にしたマドネス王子はと弟サリアス王子の私室へと向かっていく。
 第二王子は病弱。これだけなら王国内に知れ渡っていることだが、普段から部屋に籠っていないと体調を崩すほど病弱だという話は王宮内でしか知られていない。

 けれども、マドネス王子がサリアス王子の私室を訪れた時、そこに人の気配は無かった。
 天蓋付きのベッドを覗いてみても、盛り上がっていた掛布団をめくってみても、目的の人物は居なかった。

「……本当にサリアスがやったのか?」
「先程からそう申しております」
「そうか。ということは、これからは僕が国王ということか。
 もう父上の命令よりも僕の命令が優先されるはずだ。食材を調達してくれ」
「畏まりました。今は高級な食材が手に入らないので、庶民向けの食材でも宜しいですか?」
「構わない。腹を下さないものを頼む」

 普段のマドネスなら駄々をこねたところだが、幸か不幸か今は味にこだわる余裕なんて無かった。
 それほどお腹を空かせてしまっていた。

「畏まりました。では、調達して参ります」
「お前が行くのか?」
「ええ。外出できるのは私だけですから」

 王宮には他の使用人もいるものの、王族付きの使用人はたった一人になってしまっている。
 他の使用人達は、聖女候補や来客の対応で手一杯。本来なら入っているはずの出入りの業者も、近頃の重税に耐えかねて隣国アスクライ公国に事業を移しているから、王宮に食材が納品されることは無い。

「聖女候補達はどうしている?」
「食事の時は各々の家に戻っているので、今は不在だと思います」
「そうか。とりあえず、僕は即位の宣言を出す」

 そう口にし、私室に戻ったマドネスは即位宣言の内容を考え始めた。
 しかし……。

(……即位宣言って何をすればいいんだ?)

 父から国王になるための段取りを教えられていないから、その内容は全く浮かばなかった。
 だから。

「おい、今までの即位宣言を調べてくれ!」

 使用人に過去の宣言の中身を調べるようにお願いした。
 普段なら常に侍女か執事が控えている。

 今日も控えているものと思っていたから、全く反応が無かった時、マドネスはこう声を上げていた。

「俺は国王になるんだぞ! 無視が許されると思うな!」

 それなのに、使用人達が息を呑む気配すら伝わって来ない。
 疑問に思って振り返ると、そこには誰もいなかった。

 マドネスにとっては不思議なことだった。

 けれども、他人の目からすれば当然のこと。
 どこかの王族二人が傍若無人な振る舞いをしていたせいで、王族担当の使用人達は皆辞めていってしまったのだから。

「…‥誰もいないのか。そんなに忙しいなら、侍女長に言って人を増やさせよう」

 そう独り言ちたマドネスは、普段から使用人達が集まっている部屋に向かった。
 けれども、そこにも人影は無かった。

 聖女候補がいる宮殿に行って、ようやく一人だけ侍女を見つけることが出来たものの、「聖女候補様が優先です」と言われ相手にされなかった。



 そういうことがあったから、私室に戻ったマドネスは困り果てていた。

「どうしてこうなった!? 使用人が居なかったら僕は生きていけない……」

 そんな呟きが漏れた時、部屋の扉がノックされた。
 
「誰だ……?」
「殿下、食材を調達して来ました。これから調理するので、もう少しお待ちください」
「出来るだけ早くしてくれ」
「承知しました」

 そんなやり取りから待つこと十数分。
 王家専用の食堂には王族が食べるとは思えない簡素な食事が並べられていた。

 これを作ったのは、料理人ではなく食材を調達してきた使用人。
 毒を見抜く魔道具があるから、毒の心配は無いけれど、舌が肥えているマドネス王子には合わないもの。

 けれども……。

「美味しい……。こんなものでも美味しくなるのか」

 空腹が効いて、多少の不味さも美味しく感じるようになっていた彼は、そんな反応を示した。


 それからは、戦場で王位継承を宣言した弟に遅れる形で国王即位の宣言を出したり、今までに無いほどの好待遇の条件で使用人を募ったりした。
 そして、その使用人たちの給金を支払うためにと、税金をさらに重くした。

「あとは、商人を呼び戻せば完璧だ」

 そう呟いて、今度は規模の大きい商会に宛てて手紙を書いていくマドネス。
 辛うじて判別できるほど汚い文字が詰まった手紙は、すっかり規模の小さくなった騎士団の手によって届けられることになった。



 そうして半日があっという間に過ぎていき、夕食の時間。

「なんだこれは! 不味すぎる!」
「昼食と同じものですが、ご不満でしたか?」
「作り直してこい!

 空腹というスパイスを失ったマドネスは、苛立ちながらカトラリーを使用人に投げつけていた。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星里有乃
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年2月1日、本編完結しました。予定より少し文字数多めです。番外編や後日談など、また改めて投稿出来たらと思います。ご覧いただきありがとうございました!

私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。 しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。 数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

処理中です...