32 / 70
32. side 明かされる内情
しおりを挟む
ルシアナ達が夜遅くの夕食を楽しんでいる頃、アスクライ公国とグレール王国の国境近くに一人の女性の姿があった。
闇の中でも目立つ銀の髪は黒いベールに包まれていて見ることが出来ない。
けれども、護衛の人数を見れば、彼女が並々ならぬ立場の人物だと分かる。
そんな人物が馬車から降りて向かい合っているのは、アスクライ公国を防衛している騎士達だ。
彼らの殆どはグレール王国に仕える騎士だったために、聖女の顔は知っていた。
それだけではない。
聖女が簡単に王城から出れないことも、彼らは知っている。
だから……。
「聖女様、なぜこのような場所にいらっしゃるのですか?」
そんな疑問が出てくるのは、当然のことだった。
「陛下を見限ったので、国を出ることにしたのです」
「左様ですか。ですが、我々はグレール王国に敵対している身。
いつ戦火が放たれてもおかしくない状況の我々の国に、本当に来られるおつもりですか?」
「敵対しているのは私も同じです。共に、戦いませんか?
民を守るために」
暗闇の中、ベールに包まれている顔を見ることは出来ない。
けれども、聖女の声に反対しようとする者はいなかった。
それほどまでに、今の聖女は信用されていた。
「歓迎します、聖女様。ようこそ、アスクライ公国へ」
一歩前に出た男──今のアスクライ公国の君主がそう口にすると、後ろに控えている騎士達も揃って敬礼した。
「この辺りはいつ戦が起きてもおかしくない状況ですから、聖女様は首都の方までお願いします」
そう口にするアスクライ公国の君主、大公はとある馬車を指差しながら口にした。
その馬車で安全な場所まで送り届けるという意味だったが、聖女は首を縦に振らなかった。
「治癒魔法は不要なのですか?」
「不要ではありませんが、怪我人はすぐに首都に戻れるようになっております。聖女様の身に万が一があっても、怪我を治せる者はおりません。
ですから、安全な場所に居て欲しいです」
「分かりました。そういうことでしたら、首都で待つことにしましょう。あの馬車に乗れば良いのですね?」
聖女の問いかけに頷く大公。
彼もまた騎士達から安全な場所への待避を求められているから、聖女が馬車に乗った後に同じ馬車の御者台に乗り込んだ。
「クライアス侯爵──今は大公でしたね。貴方は御者の真似事が出来るのですね」
「騎士団をまとめる立場なら、出来て当然のことです」
それから間も無く馬車が動き出すと、ふわふわとした独特な揺れが起こる。
記憶と違う揺れに、聖女は目を瞬かせていた。
けれども、大公からこんなことを問いかけられて、間抜けな表情を消した。
「聖女様、一つだけ質問しても宜しいですか」
「ええ、構いませんよ」
「何故王家を捨てて、国を出たのですか?」
そんな問いかけに、少しだけ考え込む聖女。
けれども、少し間を置いただけで、こんなことを語り始めた。
「話すと長くなります。それでも聞きますか?」
「はい。お願いします」
「最初に王家を出ようと思ったのは、マドネスが生まれてからすぐのことでした。
陛下は私に……お前は子は育てるだけで教育はするな……とおっしゃったのです。これだけならよくある話です。
ですが、娘が生まれた時、あの人は……女は繋がりを作るための道具だからマナーだけはお前が叩き込め。教育は不要だ。……そうおっしゃられたのです。
女だからって、最初から無能と決めつけられたのです」
目を伏せながら語る聖女の姿は大公には見えていない。
けれども、声色から辛かったことが他にもあったと容易に想像できていた。
「これだけならまだ許せました。でも、陛下は男の子を産めと私に迫ってきました。
公にはなっていませんけれど、グレールの王家は六人家族ではないのです」
グレールの王家は国王夫妻二人と王子二人に王女二人の合計六人。これはグレール国民なら誰もが知っている常識だ。
けれども、国王に次いで王家をよく知っている人物の認識が異なっている。
そんな違和感を感じた太公の表情が少しだけ険しくなった。
「つまり、王家から追い出された子がいると?」
「ええ。サリアスの前にもう二人、女の子を授かりましたわ。
でも……。女子ばかりの王家は恥だからという理由でレイニとレティシアは平民として生きていくことになりました。
私が最後に会ったのは去年のことです。二人とも楽しそうに過ごせていたことが唯一の救いです。
あの子達を助けてくれたルシアナさんには感謝していますわ」
信じ難い王家の内情を聞いて困惑する大公。
それからしばらくの間、車輪が動く音だけが響いていた。
闇の中でも目立つ銀の髪は黒いベールに包まれていて見ることが出来ない。
けれども、護衛の人数を見れば、彼女が並々ならぬ立場の人物だと分かる。
そんな人物が馬車から降りて向かい合っているのは、アスクライ公国を防衛している騎士達だ。
彼らの殆どはグレール王国に仕える騎士だったために、聖女の顔は知っていた。
それだけではない。
聖女が簡単に王城から出れないことも、彼らは知っている。
だから……。
「聖女様、なぜこのような場所にいらっしゃるのですか?」
そんな疑問が出てくるのは、当然のことだった。
「陛下を見限ったので、国を出ることにしたのです」
「左様ですか。ですが、我々はグレール王国に敵対している身。
いつ戦火が放たれてもおかしくない状況の我々の国に、本当に来られるおつもりですか?」
「敵対しているのは私も同じです。共に、戦いませんか?
民を守るために」
暗闇の中、ベールに包まれている顔を見ることは出来ない。
けれども、聖女の声に反対しようとする者はいなかった。
それほどまでに、今の聖女は信用されていた。
「歓迎します、聖女様。ようこそ、アスクライ公国へ」
一歩前に出た男──今のアスクライ公国の君主がそう口にすると、後ろに控えている騎士達も揃って敬礼した。
「この辺りはいつ戦が起きてもおかしくない状況ですから、聖女様は首都の方までお願いします」
そう口にするアスクライ公国の君主、大公はとある馬車を指差しながら口にした。
その馬車で安全な場所まで送り届けるという意味だったが、聖女は首を縦に振らなかった。
「治癒魔法は不要なのですか?」
「不要ではありませんが、怪我人はすぐに首都に戻れるようになっております。聖女様の身に万が一があっても、怪我を治せる者はおりません。
ですから、安全な場所に居て欲しいです」
「分かりました。そういうことでしたら、首都で待つことにしましょう。あの馬車に乗れば良いのですね?」
聖女の問いかけに頷く大公。
彼もまた騎士達から安全な場所への待避を求められているから、聖女が馬車に乗った後に同じ馬車の御者台に乗り込んだ。
「クライアス侯爵──今は大公でしたね。貴方は御者の真似事が出来るのですね」
「騎士団をまとめる立場なら、出来て当然のことです」
それから間も無く馬車が動き出すと、ふわふわとした独特な揺れが起こる。
記憶と違う揺れに、聖女は目を瞬かせていた。
けれども、大公からこんなことを問いかけられて、間抜けな表情を消した。
「聖女様、一つだけ質問しても宜しいですか」
「ええ、構いませんよ」
「何故王家を捨てて、国を出たのですか?」
そんな問いかけに、少しだけ考え込む聖女。
けれども、少し間を置いただけで、こんなことを語り始めた。
「話すと長くなります。それでも聞きますか?」
「はい。お願いします」
「最初に王家を出ようと思ったのは、マドネスが生まれてからすぐのことでした。
陛下は私に……お前は子は育てるだけで教育はするな……とおっしゃったのです。これだけならよくある話です。
ですが、娘が生まれた時、あの人は……女は繋がりを作るための道具だからマナーだけはお前が叩き込め。教育は不要だ。……そうおっしゃられたのです。
女だからって、最初から無能と決めつけられたのです」
目を伏せながら語る聖女の姿は大公には見えていない。
けれども、声色から辛かったことが他にもあったと容易に想像できていた。
「これだけならまだ許せました。でも、陛下は男の子を産めと私に迫ってきました。
公にはなっていませんけれど、グレールの王家は六人家族ではないのです」
グレールの王家は国王夫妻二人と王子二人に王女二人の合計六人。これはグレール国民なら誰もが知っている常識だ。
けれども、国王に次いで王家をよく知っている人物の認識が異なっている。
そんな違和感を感じた太公の表情が少しだけ険しくなった。
「つまり、王家から追い出された子がいると?」
「ええ。サリアスの前にもう二人、女の子を授かりましたわ。
でも……。女子ばかりの王家は恥だからという理由でレイニとレティシアは平民として生きていくことになりました。
私が最後に会ったのは去年のことです。二人とも楽しそうに過ごせていたことが唯一の救いです。
あの子達を助けてくれたルシアナさんには感謝していますわ」
信じ難い王家の内情を聞いて困惑する大公。
それからしばらくの間、車輪が動く音だけが響いていた。
28
お気に入りに追加
3,315
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜
みおな
恋愛
公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。
当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。
どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・
【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします
宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。
しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。
そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。
彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか?
中世ヨーロッパ風のお話です。
HOTにランクインしました。ありがとうございます!
ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです!
ありがとうございます!
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す
おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」
鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。
え?悲しくないのかですって?
そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー
◇よくある婚約破棄
◇元サヤはないです
◇タグは増えたりします
◇薬物などの危険物が少し登場します
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!
【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」
婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。
婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2022/02/15 小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位
2022/02/12 完結
2021/11/30 小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位
2021/11/29 アルファポリス HOT2位
2021/12/03 カクヨム 恋愛(週間)6位

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる