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29. side 国王陛下はご乱心
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アルカンシェル商会本部の庭に数本の鉄の筒が運び込まれた頃のこと。
グレール王国の王城では、集められた貴族達の前で国王が声を荒げていた。
「まだ謀反を鎮められぬのか!?」
王家に忠誠を誓っていたはずの二家が爵位を返上し、あろうことかアスクライ公国の建国を宣言するという出来事があってから三日が過ぎている。
公国に騎士団を派遣して滅ぼそうとしている国王だったが、今も騎士団からの報告は一切入っていない。
この状況に苛立っている国王は、今日だけで十八人の使用人に当たっていた。
中には怪我をした者もいるが、そのことは一切気にかけていない様子。
恐ろしい空気が漂う中、使用人達は怯えを押し殺してこの場に立っている。
けれども、国王の乱暴は止まる気配がない。
「ここは無能の集まりなのか!?」
「っ……」
国王が声を荒げた直後、また一人の侍女が突き飛ばされた。
小柄な彼女が息を呑んだ直後、背中から床に叩きつけられて大きな音が響いた。
執事が守ろうと手を伸ばしていたけれど、僅かに届かずに守り切れていなかった。
「間に合わず申し訳ありません」
「けほっ……。うぅ……ヤーキスさん、ありがとうございます」
咳き込みながらも立ち上がる侍女の元に他の使用人達があつまる。
「頭は打ってない?」
「ヤーキスさんのお陰で……大丈夫よ」
「少し休んできていいわ」
小声でそんな言葉をかけられ、突き飛ばされた侍女はこの場を後にした。
また一人、使用人がこの場を後にしても国王は気にも留めず、ダンダンと何度も足で床を叩いている。
最初はこの部屋に二十人いた使用人は、今はもう侍女長一人だけ。
その侍女長にも国王の魔の手が迫ろうとしていた。
「報告致します! クライアス家とアストライア家の反乱ですが、鎮圧に失敗しました。
騎士団の残り兵力は千名ほど。壊滅状態です」
「そんな馬鹿なことがあるか!? 一万の兵力を投じたのだぞ!」
驚きのあまり、今日一番の声量を出す国王。その一方で、彼の隣に控えている宰相はこの結果を予想できていたのか、落ち着いた様子のままだった。
表向きは王家が従えていることになっている王国騎士団の実情をしっていれば、この事態は容易に想像できること。
長年、兵部興を務めているノーレングス家の命令を第一とし、騎士団長を代々務めている絶対的な実力者、クライアス家の家長に忠誠を誓っている。
それが騎士団の形だが、王家でそのことを知っている者はいない。
だから、最初からアスクライ家に騎士団を向けたことが間違っていたのだ。
「鎮圧のために最善を尽くしましたが、九割の者が命令を拒否してアスクライ公国に寝返ったようです」
「なんだと……」
現実を受け入れられず、茫然とする国王。
そんな様子を気にも留めない連絡役は、言葉を続けた。
「幸いにも死傷者はいませんが、親衛隊は全員寝返ったとのことです。ですので、この王城の防衛戦力は頼りない衛兵だけです」
「嘘を言うな!」
怒鳴りながら、近くにあった椅子を投げつける国王。
狙った先は正面にいる連絡役だったが、腕力と底を知らない贅沢以外の取柄が無い彼の狙いは外れ、左隣にいた侍女長の頭に直撃した。
鈍い音が響き、侍女長の身体が痙攣を起こした。
けれども、それも一瞬だけ。この場に集められた貴族達の視線が集まった時には、椅子が床に落ちていて。
遅れて侍女長が倒れた。
「彼女は大丈夫か?」
「今の音は、不味いだろう……」
「木剣で鎧を破った怪力にやられたんだ。今ので死んでいてもおかしくない」
貴族達からざわめきが起こる。
けれども、国王は不貞腐れたまま玉座に戻っていった。
貴族達が動けずにいる中、一人の女性が侍女長の元に駆け寄る。
絹のような銀髪を腰まで伸ばし、純白のドレスに身を包んでいる彼女のことは、王国の者ならだれもが知っている。
「聖女様……」
王国で一番の癒しの力を持つ聖女であり王妃でもある彼女の姿を見て、貴族達の間には安堵が広がる。
切り落とされたはずの腕さえも元通りに治せるというのは有名なお話で、他にも数々の逸話もある。
生きていればどんな怪我や病を治せる力なら、頭から血を流して今も小さく痙攣している侍女長も元通りに治るはず。
その期待は裏切られず、聖女と侍女長が淡い緑色の光に包まれた直後、侍女長は意識を取り戻していた。
「聖女……様。私は一体……?」
「陛下に椅子で頭を打たれたのです。命を落としていてもおかしくない状態でしたわ」
「そんなことが……。聖女様、本当にありがとうございます」
状況を把握して、聖女に頭を下げる侍女長。
その直後には国王に向き直って、あろうことか睨みつけていた。
「陛下、私は今日をもってお暇を頂きます」
言われたことを国王が理解するよりも早く、侍女長は足早にこの場から去っていった。
そして、続けて聖女が口を開いた。
「今日まで貴方の横暴にも耐えてきましたが、機嫌損ねただけで人を殺そうとするとは思いませんでしたわ」
そう言い残して、この場を去る聖女。
聖女が去った先の扉を睨みつける国王の様子に、貴族達は嫌な気配を感じていた。
その翌日のこと。
聖女が失踪したという噂が王都に広まった。
グレール王国の王城では、集められた貴族達の前で国王が声を荒げていた。
「まだ謀反を鎮められぬのか!?」
王家に忠誠を誓っていたはずの二家が爵位を返上し、あろうことかアスクライ公国の建国を宣言するという出来事があってから三日が過ぎている。
公国に騎士団を派遣して滅ぼそうとしている国王だったが、今も騎士団からの報告は一切入っていない。
この状況に苛立っている国王は、今日だけで十八人の使用人に当たっていた。
中には怪我をした者もいるが、そのことは一切気にかけていない様子。
恐ろしい空気が漂う中、使用人達は怯えを押し殺してこの場に立っている。
けれども、国王の乱暴は止まる気配がない。
「ここは無能の集まりなのか!?」
「っ……」
国王が声を荒げた直後、また一人の侍女が突き飛ばされた。
小柄な彼女が息を呑んだ直後、背中から床に叩きつけられて大きな音が響いた。
執事が守ろうと手を伸ばしていたけれど、僅かに届かずに守り切れていなかった。
「間に合わず申し訳ありません」
「けほっ……。うぅ……ヤーキスさん、ありがとうございます」
咳き込みながらも立ち上がる侍女の元に他の使用人達があつまる。
「頭は打ってない?」
「ヤーキスさんのお陰で……大丈夫よ」
「少し休んできていいわ」
小声でそんな言葉をかけられ、突き飛ばされた侍女はこの場を後にした。
また一人、使用人がこの場を後にしても国王は気にも留めず、ダンダンと何度も足で床を叩いている。
最初はこの部屋に二十人いた使用人は、今はもう侍女長一人だけ。
その侍女長にも国王の魔の手が迫ろうとしていた。
「報告致します! クライアス家とアストライア家の反乱ですが、鎮圧に失敗しました。
騎士団の残り兵力は千名ほど。壊滅状態です」
「そんな馬鹿なことがあるか!? 一万の兵力を投じたのだぞ!」
驚きのあまり、今日一番の声量を出す国王。その一方で、彼の隣に控えている宰相はこの結果を予想できていたのか、落ち着いた様子のままだった。
表向きは王家が従えていることになっている王国騎士団の実情をしっていれば、この事態は容易に想像できること。
長年、兵部興を務めているノーレングス家の命令を第一とし、騎士団長を代々務めている絶対的な実力者、クライアス家の家長に忠誠を誓っている。
それが騎士団の形だが、王家でそのことを知っている者はいない。
だから、最初からアスクライ家に騎士団を向けたことが間違っていたのだ。
「鎮圧のために最善を尽くしましたが、九割の者が命令を拒否してアスクライ公国に寝返ったようです」
「なんだと……」
現実を受け入れられず、茫然とする国王。
そんな様子を気にも留めない連絡役は、言葉を続けた。
「幸いにも死傷者はいませんが、親衛隊は全員寝返ったとのことです。ですので、この王城の防衛戦力は頼りない衛兵だけです」
「嘘を言うな!」
怒鳴りながら、近くにあった椅子を投げつける国王。
狙った先は正面にいる連絡役だったが、腕力と底を知らない贅沢以外の取柄が無い彼の狙いは外れ、左隣にいた侍女長の頭に直撃した。
鈍い音が響き、侍女長の身体が痙攣を起こした。
けれども、それも一瞬だけ。この場に集められた貴族達の視線が集まった時には、椅子が床に落ちていて。
遅れて侍女長が倒れた。
「彼女は大丈夫か?」
「今の音は、不味いだろう……」
「木剣で鎧を破った怪力にやられたんだ。今ので死んでいてもおかしくない」
貴族達からざわめきが起こる。
けれども、国王は不貞腐れたまま玉座に戻っていった。
貴族達が動けずにいる中、一人の女性が侍女長の元に駆け寄る。
絹のような銀髪を腰まで伸ばし、純白のドレスに身を包んでいる彼女のことは、王国の者ならだれもが知っている。
「聖女様……」
王国で一番の癒しの力を持つ聖女であり王妃でもある彼女の姿を見て、貴族達の間には安堵が広がる。
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生きていればどんな怪我や病を治せる力なら、頭から血を流して今も小さく痙攣している侍女長も元通りに治るはず。
その期待は裏切られず、聖女と侍女長が淡い緑色の光に包まれた直後、侍女長は意識を取り戻していた。
「聖女……様。私は一体……?」
「陛下に椅子で頭を打たれたのです。命を落としていてもおかしくない状態でしたわ」
「そんなことが……。聖女様、本当にありがとうございます」
状況を把握して、聖女に頭を下げる侍女長。
その直後には国王に向き直って、あろうことか睨みつけていた。
「陛下、私は今日をもってお暇を頂きます」
言われたことを国王が理解するよりも早く、侍女長は足早にこの場から去っていった。
そして、続けて聖女が口を開いた。
「今日まで貴方の横暴にも耐えてきましたが、機嫌損ねただけで人を殺そうとするとは思いませんでしたわ」
そう言い残して、この場を去る聖女。
聖女が去った先の扉を睨みつける国王の様子に、貴族達は嫌な気配を感じていた。
その翌日のこと。
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