29 / 70
29. side 国王陛下はご乱心
しおりを挟む
アルカンシェル商会本部の庭に数本の鉄の筒が運び込まれた頃のこと。
グレール王国の王城では、集められた貴族達の前で国王が声を荒げていた。
「まだ謀反を鎮められぬのか!?」
王家に忠誠を誓っていたはずの二家が爵位を返上し、あろうことかアスクライ公国の建国を宣言するという出来事があってから三日が過ぎている。
公国に騎士団を派遣して滅ぼそうとしている国王だったが、今も騎士団からの報告は一切入っていない。
この状況に苛立っている国王は、今日だけで十八人の使用人に当たっていた。
中には怪我をした者もいるが、そのことは一切気にかけていない様子。
恐ろしい空気が漂う中、使用人達は怯えを押し殺してこの場に立っている。
けれども、国王の乱暴は止まる気配がない。
「ここは無能の集まりなのか!?」
「っ……」
国王が声を荒げた直後、また一人の侍女が突き飛ばされた。
小柄な彼女が息を呑んだ直後、背中から床に叩きつけられて大きな音が響いた。
執事が守ろうと手を伸ばしていたけれど、僅かに届かずに守り切れていなかった。
「間に合わず申し訳ありません」
「けほっ……。うぅ……ヤーキスさん、ありがとうございます」
咳き込みながらも立ち上がる侍女の元に他の使用人達があつまる。
「頭は打ってない?」
「ヤーキスさんのお陰で……大丈夫よ」
「少し休んできていいわ」
小声でそんな言葉をかけられ、突き飛ばされた侍女はこの場を後にした。
また一人、使用人がこの場を後にしても国王は気にも留めず、ダンダンと何度も足で床を叩いている。
最初はこの部屋に二十人いた使用人は、今はもう侍女長一人だけ。
その侍女長にも国王の魔の手が迫ろうとしていた。
「報告致します! クライアス家とアストライア家の反乱ですが、鎮圧に失敗しました。
騎士団の残り兵力は千名ほど。壊滅状態です」
「そんな馬鹿なことがあるか!? 一万の兵力を投じたのだぞ!」
驚きのあまり、今日一番の声量を出す国王。その一方で、彼の隣に控えている宰相はこの結果を予想できていたのか、落ち着いた様子のままだった。
表向きは王家が従えていることになっている王国騎士団の実情をしっていれば、この事態は容易に想像できること。
長年、兵部興を務めているノーレングス家の命令を第一とし、騎士団長を代々務めている絶対的な実力者、クライアス家の家長に忠誠を誓っている。
それが騎士団の形だが、王家でそのことを知っている者はいない。
だから、最初からアスクライ家に騎士団を向けたことが間違っていたのだ。
「鎮圧のために最善を尽くしましたが、九割の者が命令を拒否してアスクライ公国に寝返ったようです」
「なんだと……」
現実を受け入れられず、茫然とする国王。
そんな様子を気にも留めない連絡役は、言葉を続けた。
「幸いにも死傷者はいませんが、親衛隊は全員寝返ったとのことです。ですので、この王城の防衛戦力は頼りない衛兵だけです」
「嘘を言うな!」
怒鳴りながら、近くにあった椅子を投げつける国王。
狙った先は正面にいる連絡役だったが、腕力と底を知らない贅沢以外の取柄が無い彼の狙いは外れ、左隣にいた侍女長の頭に直撃した。
鈍い音が響き、侍女長の身体が痙攣を起こした。
けれども、それも一瞬だけ。この場に集められた貴族達の視線が集まった時には、椅子が床に落ちていて。
遅れて侍女長が倒れた。
「彼女は大丈夫か?」
「今の音は、不味いだろう……」
「木剣で鎧を破った怪力にやられたんだ。今ので死んでいてもおかしくない」
貴族達からざわめきが起こる。
けれども、国王は不貞腐れたまま玉座に戻っていった。
貴族達が動けずにいる中、一人の女性が侍女長の元に駆け寄る。
絹のような銀髪を腰まで伸ばし、純白のドレスに身を包んでいる彼女のことは、王国の者ならだれもが知っている。
「聖女様……」
王国で一番の癒しの力を持つ聖女であり王妃でもある彼女の姿を見て、貴族達の間には安堵が広がる。
切り落とされたはずの腕さえも元通りに治せるというのは有名なお話で、他にも数々の逸話もある。
生きていればどんな怪我や病を治せる力なら、頭から血を流して今も小さく痙攣している侍女長も元通りに治るはず。
その期待は裏切られず、聖女と侍女長が淡い緑色の光に包まれた直後、侍女長は意識を取り戻していた。
「聖女……様。私は一体……?」
「陛下に椅子で頭を打たれたのです。命を落としていてもおかしくない状態でしたわ」
「そんなことが……。聖女様、本当にありがとうございます」
状況を把握して、聖女に頭を下げる侍女長。
その直後には国王に向き直って、あろうことか睨みつけていた。
「陛下、私は今日をもってお暇を頂きます」
言われたことを国王が理解するよりも早く、侍女長は足早にこの場から去っていった。
そして、続けて聖女が口を開いた。
「今日まで貴方の横暴にも耐えてきましたが、機嫌損ねただけで人を殺そうとするとは思いませんでしたわ」
そう言い残して、この場を去る聖女。
聖女が去った先の扉を睨みつける国王の様子に、貴族達は嫌な気配を感じていた。
その翌日のこと。
聖女が失踪したという噂が王都に広まった。
グレール王国の王城では、集められた貴族達の前で国王が声を荒げていた。
「まだ謀反を鎮められぬのか!?」
王家に忠誠を誓っていたはずの二家が爵位を返上し、あろうことかアスクライ公国の建国を宣言するという出来事があってから三日が過ぎている。
公国に騎士団を派遣して滅ぼそうとしている国王だったが、今も騎士団からの報告は一切入っていない。
この状況に苛立っている国王は、今日だけで十八人の使用人に当たっていた。
中には怪我をした者もいるが、そのことは一切気にかけていない様子。
恐ろしい空気が漂う中、使用人達は怯えを押し殺してこの場に立っている。
けれども、国王の乱暴は止まる気配がない。
「ここは無能の集まりなのか!?」
「っ……」
国王が声を荒げた直後、また一人の侍女が突き飛ばされた。
小柄な彼女が息を呑んだ直後、背中から床に叩きつけられて大きな音が響いた。
執事が守ろうと手を伸ばしていたけれど、僅かに届かずに守り切れていなかった。
「間に合わず申し訳ありません」
「けほっ……。うぅ……ヤーキスさん、ありがとうございます」
咳き込みながらも立ち上がる侍女の元に他の使用人達があつまる。
「頭は打ってない?」
「ヤーキスさんのお陰で……大丈夫よ」
「少し休んできていいわ」
小声でそんな言葉をかけられ、突き飛ばされた侍女はこの場を後にした。
また一人、使用人がこの場を後にしても国王は気にも留めず、ダンダンと何度も足で床を叩いている。
最初はこの部屋に二十人いた使用人は、今はもう侍女長一人だけ。
その侍女長にも国王の魔の手が迫ろうとしていた。
「報告致します! クライアス家とアストライア家の反乱ですが、鎮圧に失敗しました。
騎士団の残り兵力は千名ほど。壊滅状態です」
「そんな馬鹿なことがあるか!? 一万の兵力を投じたのだぞ!」
驚きのあまり、今日一番の声量を出す国王。その一方で、彼の隣に控えている宰相はこの結果を予想できていたのか、落ち着いた様子のままだった。
表向きは王家が従えていることになっている王国騎士団の実情をしっていれば、この事態は容易に想像できること。
長年、兵部興を務めているノーレングス家の命令を第一とし、騎士団長を代々務めている絶対的な実力者、クライアス家の家長に忠誠を誓っている。
それが騎士団の形だが、王家でそのことを知っている者はいない。
だから、最初からアスクライ家に騎士団を向けたことが間違っていたのだ。
「鎮圧のために最善を尽くしましたが、九割の者が命令を拒否してアスクライ公国に寝返ったようです」
「なんだと……」
現実を受け入れられず、茫然とする国王。
そんな様子を気にも留めない連絡役は、言葉を続けた。
「幸いにも死傷者はいませんが、親衛隊は全員寝返ったとのことです。ですので、この王城の防衛戦力は頼りない衛兵だけです」
「嘘を言うな!」
怒鳴りながら、近くにあった椅子を投げつける国王。
狙った先は正面にいる連絡役だったが、腕力と底を知らない贅沢以外の取柄が無い彼の狙いは外れ、左隣にいた侍女長の頭に直撃した。
鈍い音が響き、侍女長の身体が痙攣を起こした。
けれども、それも一瞬だけ。この場に集められた貴族達の視線が集まった時には、椅子が床に落ちていて。
遅れて侍女長が倒れた。
「彼女は大丈夫か?」
「今の音は、不味いだろう……」
「木剣で鎧を破った怪力にやられたんだ。今ので死んでいてもおかしくない」
貴族達からざわめきが起こる。
けれども、国王は不貞腐れたまま玉座に戻っていった。
貴族達が動けずにいる中、一人の女性が侍女長の元に駆け寄る。
絹のような銀髪を腰まで伸ばし、純白のドレスに身を包んでいる彼女のことは、王国の者ならだれもが知っている。
「聖女様……」
王国で一番の癒しの力を持つ聖女であり王妃でもある彼女の姿を見て、貴族達の間には安堵が広がる。
切り落とされたはずの腕さえも元通りに治せるというのは有名なお話で、他にも数々の逸話もある。
生きていればどんな怪我や病を治せる力なら、頭から血を流して今も小さく痙攣している侍女長も元通りに治るはず。
その期待は裏切られず、聖女と侍女長が淡い緑色の光に包まれた直後、侍女長は意識を取り戻していた。
「聖女……様。私は一体……?」
「陛下に椅子で頭を打たれたのです。命を落としていてもおかしくない状態でしたわ」
「そんなことが……。聖女様、本当にありがとうございます」
状況を把握して、聖女に頭を下げる侍女長。
その直後には国王に向き直って、あろうことか睨みつけていた。
「陛下、私は今日をもってお暇を頂きます」
言われたことを国王が理解するよりも早く、侍女長は足早にこの場から去っていった。
そして、続けて聖女が口を開いた。
「今日まで貴方の横暴にも耐えてきましたが、機嫌損ねただけで人を殺そうとするとは思いませんでしたわ」
そう言い残して、この場を去る聖女。
聖女が去った先の扉を睨みつける国王の様子に、貴族達は嫌な気配を感じていた。
その翌日のこと。
聖女が失踪したという噂が王都に広まった。
23
お気に入りに追加
3,315
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す
おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」
鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。
え?悲しくないのかですって?
そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー
◇よくある婚約破棄
◇元サヤはないです
◇タグは増えたりします
◇薬物などの危険物が少し登場します
【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」
婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。
婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2022/02/15 小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位
2022/02/12 完結
2021/11/30 小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位
2021/11/29 アルファポリス HOT2位
2021/12/03 カクヨム 恋愛(週間)6位

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?
ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。
卒業3か月前の事です。
卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。
もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。
カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。
でも大丈夫ですか?
婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。
※ゆるゆる設定です
※軽い感じで読み流して下さい
修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね
星里有乃
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』
悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。
地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……?
* この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。
* 2025年2月1日、本編完結しました。予定より少し文字数多めです。番外編や後日談など、また改めて投稿出来たらと思います。ご覧いただきありがとうございました!

私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。
火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。
しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。
数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる