断罪された商才令嬢は隣国を満喫中

水空 葵

文字の大きさ
上 下
1 / 70

1. 断罪されています

しおりを挟む
 ここは王立セントリア学院のカフェテリア。
 普段は穏やかな空気が流れているこの場所で、とあるお方の声が響き渡った。

「ルシアナ・アストライア! お前が聖女に暴力を振るったことは分かっている!」

 その言葉は、アストライア伯爵家の長女の私に向けられている。
 声の主はこの国の王太子殿下。

 彼の隣には、小柄で愛らしいと評判のリーシャ・ジュエリス伯爵令嬢が寄り添っていた。
 右腕を包帯で巻いている彼女の立ち位置は、王太子殿下の婚約者で聖女候補。

 家格は私と同じだけれど、天と地がひっくり返っても私の立場が上になることはない。

「わたしの腕を折るなんて……人の心が無いのね……」

 痛々しい右腕を見せながら、涙を浮かべるリーシャ。

 私の教科書を隠したり、床に油を塗って転ばせてきたり、お花を摘んでいるときに上から水をかけてきたり……。
 ナイフで刺されそうになったのは今日が初めてだったけれど、毎日のようにリーシャから嫌がらせを受けているのよね。

 原因に心当たりは無いけれど、私に嫉妬しての行動だと耳にしたことがある。

 でも、人当たりの良い今のリーシャの評判は良いものになっているから、私はこの状況で動くことはできなかった。

 冤罪だと叫べたら良かったけれど、私が彼女の腕をポッキリと折ってしまったのは事実だから……。

「あれは正当防衛で、仕方が無かったのですわ」

 ……こう主張することしか出来なかった。

 あの時、もっと上手く立ち回れていたら……。
 私は二時間ほど前の行動を後悔した。


 
 ニ時間ほど前のこと、学院内の廊下を移動している時にその事件は起こった。

 セントリア学院では一時間の授業の合間に二十分の休み時間がある。
 その時間に次の授業の教室へと移動していた私は、背後から迫る気配に気付いて振り向いた。

「リーシャ様……?」 

 関わりたくない人の姿を認めた私は、一度無視して足を進めた。
 けれども、鏡越しに銀色に煌めくモノが見えたから、私は咄嗟にリーシャの腕を掴んだ。

「痛い! 離して!」
「ナイフを離して!」

 このまま抵抗しなかったら刺される。
 そう感じた私は、そのまま彼女の腕を捻り上げて、ナイフを振り払った。

 バキッという音に続けて、リーシャが悲鳴を上げたのはほぼ同時だった。
 けれども、表情を歪めるリーシャがもう一本のナイフを取り出すのを見て、私は全力で逃げ出したのよね。

 お父様に言われて護身術を身につけていなかったら、きっと刺されていた。



 ……だから、これは正当防衛。

 彼女の腕が折れてしまったのは、何かの偶然に違いない。
 けれども、王太子殿下には私の思いは伝わらなかったらしい。

「リーシャはドレスを切り裂こうとしただけだと言っている。命の危険が無いというのに、腕を折るというのはどういうつもりだ!?」

 殿下は、そんな理不尽なことを言ってきた。
 あの状況を目にしていたのなら、私の言いたいことも分かるはずなのだけど……。

 リーシャにお熱な殿下は、頭の中がお花畑になっているご様子。
 ええ、もう何を言っても無駄でしょう。

「学院一の天才魔術師がそんな愚かな真似をするわけが無い。そもそもあの細腕で人の腕が折れるのか?」
「普通は折れないだろう。というか、ドレスを切り裂くって何だよ?」
「わたくし、ルシアナさんが襲われているところを見ましたわ。あの状況では、リーシャさんが反撃されても致し方ないと思いますわ」

 こんなふうに私を擁護する声が沢山あるというのに、殿下はリーシャ様を抱きしめて、私を睨みつけているのだから。

 一方で……。

「魔術を使えば腕を折ることも容易いだろう」
「嫌がらせの恨みからの凶行と見た」
「あの程度の嫌がらせも我慢できない女が天才とは、笑わせてくれるな」

 そんな風に私を蔑むような声も聞こえている。
 でも、魔術を使っていなければ、恨みも感じていない。

 それに、これらの意見は少数派なのだから、普通なら私が有利になる判断が下されるはず。
 けれども、現実は違うみたいだった。


「ルシアナがリーシャの腕を折った。これは事実だ!
 このような重罪は決して許せぬ。マドネス・グレールの名の下に命ずる! 
 ルシアナ・アストライアを国外追放に処す!」

 周囲の言葉を聞けないようなお方が将来の国王……。
 ここグレール王国の未来は暗雲としているでしょう。

 私、決めました。
 こんなクソ王子が王になる国なんか捨てて、隣国に逃げます!

 理由はこの王子だけでは無いけれど、グレール王国に未来は無いのだから。

「ふふ、国外追放になって悔しいわよね? 
 そこで地面に頭をつけて謝ってくれたら許してあげるわ」
「結構ですわ。
 殿下、国外追放に処してくださって、ありがとうございます」

 リーシャの言葉は無視して、私はとびっきりの笑顔で王太子殿下にお礼を言った。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜

みおな
恋愛
 公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。  当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。  どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします

宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。 しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。 そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。 彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか? 中世ヨーロッパ風のお話です。 HOTにランクインしました。ありがとうございます! ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです! ありがとうございます!

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

処理中です...