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1. 断罪されています
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ここは王立セントリア学院のカフェテリア。
普段は穏やかな空気が流れているこの場所で、とあるお方の声が響き渡った。
「ルシアナ・アストライア! お前が聖女に暴力を振るったことは分かっている!」
その言葉は、アストライア伯爵家の長女の私に向けられている。
声の主はこの国の王太子殿下。
彼の隣には、小柄で愛らしいと評判のリーシャ・ジュエリス伯爵令嬢が寄り添っていた。
右腕を包帯で巻いている彼女の立ち位置は、王太子殿下の婚約者で聖女候補。
家格は私と同じだけれど、天と地がひっくり返っても私の立場が上になることはない。
「わたしの腕を折るなんて……人の心が無いのね……」
痛々しい右腕を見せながら、涙を浮かべるリーシャ。
私の教科書を隠したり、床に油を塗って転ばせてきたり、お花を摘んでいるときに上から水をかけてきたり……。
ナイフで刺されそうになったのは今日が初めてだったけれど、毎日のようにリーシャから嫌がらせを受けているのよね。
原因に心当たりは無いけれど、私に嫉妬しての行動だと耳にしたことがある。
でも、人当たりの良い今のリーシャの評判は良いものになっているから、私はこの状況で動くことはできなかった。
冤罪だと叫べたら良かったけれど、私が彼女の腕をポッキリと折ってしまったのは事実だから……。
「あれは正当防衛で、仕方が無かったのですわ」
……こう主張することしか出来なかった。
あの時、もっと上手く立ち回れていたら……。
私は二時間ほど前の行動を後悔した。
ニ時間ほど前のこと、学院内の廊下を移動している時にその事件は起こった。
セントリア学院では一時間の授業の合間に二十分の休み時間がある。
その時間に次の授業の教室へと移動していた私は、背後から迫る気配に気付いて振り向いた。
「リーシャ様……?」
関わりたくない人の姿を認めた私は、一度無視して足を進めた。
けれども、鏡越しに銀色に煌めくモノが見えたから、私は咄嗟にリーシャの腕を掴んだ。
「痛い! 離して!」
「ナイフを離して!」
このまま抵抗しなかったら刺される。
そう感じた私は、そのまま彼女の腕を捻り上げて、ナイフを振り払った。
バキッという音に続けて、リーシャが悲鳴を上げたのはほぼ同時だった。
けれども、表情を歪めるリーシャがもう一本のナイフを取り出すのを見て、私は全力で逃げ出したのよね。
お父様に言われて護身術を身につけていなかったら、きっと刺されていた。
……だから、これは正当防衛。
彼女の腕が折れてしまったのは、何かの偶然に違いない。
けれども、王太子殿下には私の思いは伝わらなかったらしい。
「リーシャはドレスを切り裂こうとしただけだと言っている。命の危険が無いというのに、腕を折るというのはどういうつもりだ!?」
殿下は、そんな理不尽なことを言ってきた。
あの状況を目にしていたのなら、私の言いたいことも分かるはずなのだけど……。
リーシャにお熱な殿下は、頭の中がお花畑になっているご様子。
ええ、もう何を言っても無駄でしょう。
「学院一の天才魔術師がそんな愚かな真似をするわけが無い。そもそもあの細腕で人の腕が折れるのか?」
「普通は折れないだろう。というか、ドレスを切り裂くって何だよ?」
「わたくし、ルシアナさんが襲われているところを見ましたわ。あの状況では、リーシャさんが反撃されても致し方ないと思いますわ」
こんなふうに私を擁護する声が沢山あるというのに、殿下はリーシャ様を抱きしめて、私を睨みつけているのだから。
一方で……。
「魔術を使えば腕を折ることも容易いだろう」
「嫌がらせの恨みからの凶行と見た」
「あの程度の嫌がらせも我慢できない女が天才とは、笑わせてくれるな」
そんな風に私を蔑むような声も聞こえている。
でも、魔術を使っていなければ、恨みも感じていない。
それに、これらの意見は少数派なのだから、普通なら私が有利になる判断が下されるはず。
けれども、現実は違うみたいだった。
「ルシアナがリーシャの腕を折った。これは事実だ!
このような重罪は決して許せぬ。マドネス・グレールの名の下に命ずる!
ルシアナ・アストライアを国外追放に処す!」
周囲の言葉を聞けないようなお方が将来の国王……。
ここグレール王国の未来は暗雲としているでしょう。
私、決めました。
こんなクソ王子が王になる国なんか捨てて、隣国に逃げます!
理由はこの王子だけでは無いけれど、グレール王国に未来は無いのだから。
「ふふ、国外追放になって悔しいわよね?
そこで地面に頭をつけて謝ってくれたら許してあげるわ」
「結構ですわ。
殿下、国外追放に処してくださって、ありがとうございます」
リーシャの言葉は無視して、私はとびっきりの笑顔で王太子殿下にお礼を言った。
普段は穏やかな空気が流れているこの場所で、とあるお方の声が響き渡った。
「ルシアナ・アストライア! お前が聖女に暴力を振るったことは分かっている!」
その言葉は、アストライア伯爵家の長女の私に向けられている。
声の主はこの国の王太子殿下。
彼の隣には、小柄で愛らしいと評判のリーシャ・ジュエリス伯爵令嬢が寄り添っていた。
右腕を包帯で巻いている彼女の立ち位置は、王太子殿下の婚約者で聖女候補。
家格は私と同じだけれど、天と地がひっくり返っても私の立場が上になることはない。
「わたしの腕を折るなんて……人の心が無いのね……」
痛々しい右腕を見せながら、涙を浮かべるリーシャ。
私の教科書を隠したり、床に油を塗って転ばせてきたり、お花を摘んでいるときに上から水をかけてきたり……。
ナイフで刺されそうになったのは今日が初めてだったけれど、毎日のようにリーシャから嫌がらせを受けているのよね。
原因に心当たりは無いけれど、私に嫉妬しての行動だと耳にしたことがある。
でも、人当たりの良い今のリーシャの評判は良いものになっているから、私はこの状況で動くことはできなかった。
冤罪だと叫べたら良かったけれど、私が彼女の腕をポッキリと折ってしまったのは事実だから……。
「あれは正当防衛で、仕方が無かったのですわ」
……こう主張することしか出来なかった。
あの時、もっと上手く立ち回れていたら……。
私は二時間ほど前の行動を後悔した。
ニ時間ほど前のこと、学院内の廊下を移動している時にその事件は起こった。
セントリア学院では一時間の授業の合間に二十分の休み時間がある。
その時間に次の授業の教室へと移動していた私は、背後から迫る気配に気付いて振り向いた。
「リーシャ様……?」
関わりたくない人の姿を認めた私は、一度無視して足を進めた。
けれども、鏡越しに銀色に煌めくモノが見えたから、私は咄嗟にリーシャの腕を掴んだ。
「痛い! 離して!」
「ナイフを離して!」
このまま抵抗しなかったら刺される。
そう感じた私は、そのまま彼女の腕を捻り上げて、ナイフを振り払った。
バキッという音に続けて、リーシャが悲鳴を上げたのはほぼ同時だった。
けれども、表情を歪めるリーシャがもう一本のナイフを取り出すのを見て、私は全力で逃げ出したのよね。
お父様に言われて護身術を身につけていなかったら、きっと刺されていた。
……だから、これは正当防衛。
彼女の腕が折れてしまったのは、何かの偶然に違いない。
けれども、王太子殿下には私の思いは伝わらなかったらしい。
「リーシャはドレスを切り裂こうとしただけだと言っている。命の危険が無いというのに、腕を折るというのはどういうつもりだ!?」
殿下は、そんな理不尽なことを言ってきた。
あの状況を目にしていたのなら、私の言いたいことも分かるはずなのだけど……。
リーシャにお熱な殿下は、頭の中がお花畑になっているご様子。
ええ、もう何を言っても無駄でしょう。
「学院一の天才魔術師がそんな愚かな真似をするわけが無い。そもそもあの細腕で人の腕が折れるのか?」
「普通は折れないだろう。というか、ドレスを切り裂くって何だよ?」
「わたくし、ルシアナさんが襲われているところを見ましたわ。あの状況では、リーシャさんが反撃されても致し方ないと思いますわ」
こんなふうに私を擁護する声が沢山あるというのに、殿下はリーシャ様を抱きしめて、私を睨みつけているのだから。
一方で……。
「魔術を使えば腕を折ることも容易いだろう」
「嫌がらせの恨みからの凶行と見た」
「あの程度の嫌がらせも我慢できない女が天才とは、笑わせてくれるな」
そんな風に私を蔑むような声も聞こえている。
でも、魔術を使っていなければ、恨みも感じていない。
それに、これらの意見は少数派なのだから、普通なら私が有利になる判断が下されるはず。
けれども、現実は違うみたいだった。
「ルシアナがリーシャの腕を折った。これは事実だ!
このような重罪は決して許せぬ。マドネス・グレールの名の下に命ずる!
ルシアナ・アストライアを国外追放に処す!」
周囲の言葉を聞けないようなお方が将来の国王……。
ここグレール王国の未来は暗雲としているでしょう。
私、決めました。
こんなクソ王子が王になる国なんか捨てて、隣国に逃げます!
理由はこの王子だけでは無いけれど、グレール王国に未来は無いのだから。
「ふふ、国外追放になって悔しいわよね?
そこで地面に頭をつけて謝ってくれたら許してあげるわ」
「結構ですわ。
殿下、国外追放に処してくださって、ありがとうございます」
リーシャの言葉は無視して、私はとびっきりの笑顔で王太子殿下にお礼を言った。
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