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恋愛初心者のためのお付き合い講座4
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「あれ、西村さん、残業珍しいですね。」
後輩の佐々木さんが帰り支度を終えて通りすがりに声をかけてきた。
「あ、うん。ちょっとね…」
「じゃあすみませんが、鍵閉めお願いしていいですか?」
「はい。お疲れ様。」
「お疲れ様です~」
パタンと扉が閉まったことを確認して、たまらず机に突っ伏した。
僕が所属する部署は、基本的に全員が定時で退席する。
稀に残業しなければならない時期もあるが、研究職と違って泊まり込みなどはしていない。
一人取り残されたフロアで先日の出来事の恥ずかしさに悶絶していた。
いきなり付き合いませんかなんて…
なんで咄嗟にあんなこと言ってしまったんだろう?
仕事を介さないと会話するのも難しい相手なのに。
先日の一件で、佐竹さんの勘違いさせやすい性質を知って、とにかく心配になった。
ネガティブな僕の頭には、どうしてもニュースで報道されるような痛ましい事件の映像が浮かんでしまう。
そう考えてしまった以上、放っては置けない。
頭に浮かんだ言葉が理性を通さずに口から出てしまったのだ。
言ってしまったことは、もう仕方ない。
付き合うというのは体裁の話で、周囲に彼氏彼女なのだと認知されればいいだけだ。
本当にそうなるわけではない。
佐竹さんも理解した上で、必要だと感じているから今日の泊まり込みに誘われたのだ。
僕が勘違いしてしまっては本末転倒だ。
ふーっと長く息を吐いて、気持ちを切り替える。
少し大げさに頷きながら「よし」と呟いた後、席を立った。
ーーー
デスクの時計のアラームが鳴る。
私は集中の糸を切るようにふーっと深呼吸をした。
アラームをセットしておかないと食事を忘れて仕事をしてしまう。
今まで何度も空腹で倒れた経験から「アラームが鳴ったら集中を切る」というルールを作り、やっと癖付いてきた。
顔をあげ辺りを見回すと、施設はとっくに消灯し、私のデスク周りのライトと所々の常夜灯が光っているだけだった。
首に疲れを感じたので、椅子の背もたれに寄り掛かって反らし、天井を見上げる。
『僕と付き合いませんか』
先日の西村くんの言葉がフラッシュバックする。
急な告白に驚いたが、断る理由が無いので、そもそもOKの返事をするつもりだった。
しかし、間髪入れずに、本当に付き合うわけではなくて!と。
周囲にはそういう体裁にしておいて、ボディガードと考えてくれれば、と、まさかの提案に、思わず笑ってしまったことを覚えている。
こういったトラブルが起きた時、幸いにも周囲の人達はいつも助けてくれたが、そんな風に関わってくる人は初めてだった。
考えに耽っていると、ガチャっとドアが開いた。
「お疲れ様です」
西村くんが顔を覗かせる。
外から戻ったのだろうか、風で前髪がふわりと分かれ、普段は隠れている額がのぞいていてすこし幼く見えた。
薄く外気を纏いながら入ってくる西村くんの両手に手提げを携えていた。
「お腹空きませんか?お弁当買って来ました。」
「ありがとう、ちょうど食べようと思っていたところだよ。」
休憩スペースのソファに、テーブルを挟んで向かい合って座る。
西村くんが持っていた手提げから、買って来たものを次々出すと、あっという間にテーブルがいっぱいになってしまった。
「すごい量だね」
「あ、多すぎましたかね…?」
どうやら近くのコンビニではなく、すこし距離の遠いお弁当屋さんに行ってきたようで、できたてなのかほかほかと湯気が立っていた。
普段おにぎりなどで済ませている自分は見向きもしなかった、温野菜のサラダやスープなども並んでいた。
口の中でじゅわっと唾液が分泌されるのが分かった。
お腹が空いている。
「お好きなの選んでくださいね、ここのお弁当ほんとに美味しいんですよ。」
にこにこと微笑みながらパッケージを空けて簡単に内容を説明してくれる。
「美味しそう。」
そう口にして、ハッと気づいた。
美味しそう、なんて言ったのはいつぶりだろうか。
後輩の佐々木さんが帰り支度を終えて通りすがりに声をかけてきた。
「あ、うん。ちょっとね…」
「じゃあすみませんが、鍵閉めお願いしていいですか?」
「はい。お疲れ様。」
「お疲れ様です~」
パタンと扉が閉まったことを確認して、たまらず机に突っ伏した。
僕が所属する部署は、基本的に全員が定時で退席する。
稀に残業しなければならない時期もあるが、研究職と違って泊まり込みなどはしていない。
一人取り残されたフロアで先日の出来事の恥ずかしさに悶絶していた。
いきなり付き合いませんかなんて…
なんで咄嗟にあんなこと言ってしまったんだろう?
仕事を介さないと会話するのも難しい相手なのに。
先日の一件で、佐竹さんの勘違いさせやすい性質を知って、とにかく心配になった。
ネガティブな僕の頭には、どうしてもニュースで報道されるような痛ましい事件の映像が浮かんでしまう。
そう考えてしまった以上、放っては置けない。
頭に浮かんだ言葉が理性を通さずに口から出てしまったのだ。
言ってしまったことは、もう仕方ない。
付き合うというのは体裁の話で、周囲に彼氏彼女なのだと認知されればいいだけだ。
本当にそうなるわけではない。
佐竹さんも理解した上で、必要だと感じているから今日の泊まり込みに誘われたのだ。
僕が勘違いしてしまっては本末転倒だ。
ふーっと長く息を吐いて、気持ちを切り替える。
少し大げさに頷きながら「よし」と呟いた後、席を立った。
ーーー
デスクの時計のアラームが鳴る。
私は集中の糸を切るようにふーっと深呼吸をした。
アラームをセットしておかないと食事を忘れて仕事をしてしまう。
今まで何度も空腹で倒れた経験から「アラームが鳴ったら集中を切る」というルールを作り、やっと癖付いてきた。
顔をあげ辺りを見回すと、施設はとっくに消灯し、私のデスク周りのライトと所々の常夜灯が光っているだけだった。
首に疲れを感じたので、椅子の背もたれに寄り掛かって反らし、天井を見上げる。
『僕と付き合いませんか』
先日の西村くんの言葉がフラッシュバックする。
急な告白に驚いたが、断る理由が無いので、そもそもOKの返事をするつもりだった。
しかし、間髪入れずに、本当に付き合うわけではなくて!と。
周囲にはそういう体裁にしておいて、ボディガードと考えてくれれば、と、まさかの提案に、思わず笑ってしまったことを覚えている。
こういったトラブルが起きた時、幸いにも周囲の人達はいつも助けてくれたが、そんな風に関わってくる人は初めてだった。
考えに耽っていると、ガチャっとドアが開いた。
「お疲れ様です」
西村くんが顔を覗かせる。
外から戻ったのだろうか、風で前髪がふわりと分かれ、普段は隠れている額がのぞいていてすこし幼く見えた。
薄く外気を纏いながら入ってくる西村くんの両手に手提げを携えていた。
「お腹空きませんか?お弁当買って来ました。」
「ありがとう、ちょうど食べようと思っていたところだよ。」
休憩スペースのソファに、テーブルを挟んで向かい合って座る。
西村くんが持っていた手提げから、買って来たものを次々出すと、あっという間にテーブルがいっぱいになってしまった。
「すごい量だね」
「あ、多すぎましたかね…?」
どうやら近くのコンビニではなく、すこし距離の遠いお弁当屋さんに行ってきたようで、できたてなのかほかほかと湯気が立っていた。
普段おにぎりなどで済ませている自分は見向きもしなかった、温野菜のサラダやスープなども並んでいた。
口の中でじゅわっと唾液が分泌されるのが分かった。
お腹が空いている。
「お好きなの選んでくださいね、ここのお弁当ほんとに美味しいんですよ。」
にこにこと微笑みながらパッケージを空けて簡単に内容を説明してくれる。
「美味しそう。」
そう口にして、ハッと気づいた。
美味しそう、なんて言ったのはいつぶりだろうか。
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