万年少女願望聖年

しろい えのぐ

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第22問

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 時間というものは当たり前のように過ぎていくもので。晴也はいつも通り、大学で授業を受けていた。いつもと変わらない日々の中で、少しずつ変わっていく自分の感情と向かいながら過ごすのは高校生以来だ。
 勉強が身に入らない、というわけではない。もう夏休みも近い。大学生として初めてのテストが行われるとなると自然と身は引き締まるし、バイトもあまり入れないようにしている。第一に学生としてしっかりと大学を卒業することを目標にしている分、勉強は疎かにはできなかった。
 晴也はこれと言って勉強がとてもできるタイプではない。兄のようにスポーツも得意ではないし、普通の学生だ。少しでも勉強が得意だったらいいのになあ、とこういう時ばかりは願ってしまうのは人間の欲望なのだろうか。シャーペンを走らせながらノートを見つめていると、鞄に入れていたスマホが揺れた。授業中だからマナーモードにしていたが、バイブ音がしっかり聞こえてきた。教授にばれないように鞄の中でスマホを確認すると、自分のスマホに連絡が入っていた。
 ジュリからだ。そういえば、先週に連絡先を交換してから初めての連絡だ。
 晴也は授業が終わってから見ようとスマホをしまったが、また音が鳴る。しばらく虫をしようと思っていたが、何度も鳴るのでスマホを見ると全てジュリからの連絡だった。
『お前、授業真面目に受けすぎ』
『てか連絡しなくてごめん。今日の夜、暇?』
『はるが予定なかったらでいいけど、家に行ってもいい?』
 一方的な連絡。晴也はため息が出そうになった。自分の授業風景を見ているということは、ジュリは教室の後ろに座っているのだろう。晴也は目立ちたくないので、教室がざわついても振り向かないし、後ろも見ない。ジュリがそこにいると知っていても、絶対に目をあわせる気はなかった。
 それに今日の夜にはバイトが入っている。月に何度か指名してくれる常連客の人だ。予定が無かったら、と言っている分、ここは断っても問題ないだろうと晴也はさっさと返信をした。
『悪い。今日は夜にバイトがあるから』
 それを返すとそこからスマホは一切鳴らなかった。
 丸眼鏡を指で押し上げて晴也は授業に集中した。今日は一限と二限しか授業がない。この後は図書室で自習をしてから一度家に帰ろう。家にいると光熱費がかさむし良いことがない。最近は蒸し暑くなってきて空調の電気代がかかる。大幅に電気代が嵩むのは結構厄介だ。いくらバイトで金が入ると言っても、晴也はいつ何時のために貯金はしていたし、あまりお金を無駄にしないようにと思っていた。
 それに、電気代払うなら可愛い服にお金回したいしな。
 授業が終わるチャイムを聞いて、晴也は教授に挨拶をしてから図書室に向かった。二限終わりなのでほとんどの生徒が昼食をとるために騒いでいる。が、その間を割って晴也はせっせと図書室を目指した。
 人が多いのは別に苦手じゃない。けれど、自分が目立ってしまうのは嫌だ。
 静かな図書室で自習をしていたほうがずっといい。それにバイトは夜だし、今日は確か一緒に食事、という指名が入っていた。最近は少しダイエットしたいと思っていたので、昼食は控えようと晴也は息を吐いた。
 その矢先、教室の角で男女が10名ほど集まって騒いでいるのが目に入った。そこの中心には金髪の頭が一つ。ジュリだ。席に座っているが、両隣には髪色の明るい女子生徒がいた。いや、囲まれていると言ったほうがいいだろうか。大人数で話して、大声で笑って。まさしく最近の大学生というのはこうあるべきだろう。それに、ジュリにはそっちのほうがずっとよく似合う。自分といる時よりも。
 晴也は一瞬で教室を立ち去る。教室から出る生徒に紛れて出てしまえば、ただの一人の生徒に過ぎない。誰も目にとめない。けれど、ちょっとくらいこっちを見てくれても良かったのではないだろうか。なんて、大学生活の中で彼と関わるのは晴也にとって最悪の事態だ。これでいい。ジュリと関わりなんてない。そう思っていたほうがいい。
 ほう、とため息が口から洩れる。今大学にいるジュリと、男の自分と一緒にいてくれるジュリ。一体どちらが本物の神田樹里なのだろうか。ここまで絆されて、好きだと告白されても、晴也の心の奥に引っかかる何かがあった。本当の彼が一体何を考えているのか、自分のもとにやって来たのは冷やかしなのではないだろうか。いまだに彼を完全に信用することが出来ない。だからこそ、ジュリを弄ぶかのようにキスをして身体を触らせた。男の身体など同じ男からすれば微塵も興味がないだろう。
 分からない。やはり、適度な距離をもって接客をしていくべきだろう。ジュリも本当には晴也を好きだなんて考えてもいないのだろうから。
 人間が人間に好意を持つことなんて簡単だ。男と女。今まで人類が栄えてきたように、人間は異性と求めて自分の子孫を残そうとする。それが生存本能というやつで、しょせん動物の一種である人間にもそれは影響されているのだろう。だからこそ、神田樹里という人間世界で優性である男が、自分…ただの芹沢晴也に興味を持ったことが異常だとしか考えられない。彼ならば、神田樹里ならばいわば相手を選び放題だ。生存本能があってもなくても、彼にはその権利がある。
 神田樹里は他の男に比べたら顔つきも男らしく、身体は細身だがしっかりしていて女性から見れば魅力的。背も高く、声色もいい。他の男でさえも羨むくらいだろう。大学でああして頭が悪いふりをしているが、本来は頭も良い。そしてなおかつ、彼には将来約束された金銭がある。ここまで全ての要素が揃っている人間もそうそういないとは思うが、神田樹里はそういう男だ。こんな男が、優秀で美しい女性を選ばない理由は一体何なのだろうか。
 図書室で自習をしていても、晴也の頭の中にはジュリのことばかりだった。いや、彼を思っているというわけではない。寧ろ、彼の行動が謎なのだ。そしてある意味、不気味でもある。まだ彼を完全に信用するに値しないような…。
 けれど、彼の前では自分が自分で居られなくなるような感覚。こんなことは人生で初めてだった。それが恋というのならば、恋を繰り返して恋に破れる女性は強いと、晴也は心の片隅でほくそ笑んだ。
 ちょうど手を止めていたとき、鞄の中でスマホが鳴る。またジュリか、と晴也はため息をついてスマホを探したが、鳴っていたのは仕事用のスマホのほうだった。画面を見ると、笹山からの電話だ。図書室では通話は禁止だ。急いで荷物を纏めて図書室を飛び出ると、笹山に電話を掛けなおした。
「もしもし、笹山さん。すいません、今ちょうど図書室にいて…。何かありましたか?」
『ああ、勉強中だったんだね。忙しいところごめん。でも、急な用事で…。はるくんの今日の担当のお客さんが、急遽時間と内容を変更したいと連絡してきて』
「え、当日の変更は受け付けられないはずでは…」
『うん、こっちもそういう風に伝えたんだけど。常連さんだし、どうしてもって言われてしまって。一応、はるくんに確認を取ってから折り返し連絡、てことで話が止まってるんだけど…』笹山の声は疲れ切っていた。恐らく昨日は一晩仕事をして、そのまま対応になったのだろう。酷く披露しているように聞こえた。
「変更内容は何ですか?」
『えっと…午後3時から夜にかけてのフェリーでのデート、って言ってたよ』
「ああ、あの人お金持ちだから…。この前、俺がフェリーに乗ってみたいって言ったんです。だから多分、予約してくれていたんだと思います…」
『そうなんだね。でも、フェリーの出航時間が午後4時から10時のコースで、船で食事やデートを楽しむっていうプランらしいよ。こっちからは連絡しかできないし、何かあってもすぐにフォローに行けないから、僕としては常連さんでも断っておくべきだと思う』
「でも、あの人には結構親切にしてもらってますし…。やましいことはないと思うので」
『…じゃあ分かった。何かあったらの時のためにフェリーの降り場にうちのスタッフが行くよ。そのままはるくんを家まで送るから』
「ありがとうございます。笹山さんもお疲れなのにすいません」
『いいよ、気にしないで。それよりもはるくんの身に何かあったほうが大変だから』
 じゃあ、と笹山が電話を切る。
 腕時計を見るともう時間は1時を過ぎていた。やばい、このまますぐに家に帰ってシャワーを浴びて着替えて、直接待ち合わせ場所に向かったほうが良さそうだ。このままでは約束の時間に間に合わなくなってしまう。
 晴也は急いで大学を出ると電車に乗って自宅まで急いだ。本当は事務所においてあるワンピースを着ていきたかった。今日のお客さんの趣味に合わせた服は一応用意はしたが、今朝事務所に届けてしまったのである。時間短縮のため、と思ってやった行為が裏目に出てしまった。仕方ない、今日は自宅にある服で何とかしよう。確か、最近ネットで買ったばかりの白いワンピースがあった。あれは少し丈が短くて、あまり好みではなかったが、この際は仕方ないだろう。あの服を着ていこう。
 家に服を玄関に荷物を置いて、さっさとシャワーを浴びる。神も身体もきれいに洗って、しっかりと香りを付いたクリームを身体に塗る。香水もいいが、こういった少し香るようなものも晴也は好きで使っていた。クリームを塗り、神も乾かさないままパンツ一枚で部屋に入る。クローゼットにしまってある女性ものの下着を付けて、適当なTシャツを着る。
 時間はもう2時だ。急いで準備をしなくては。
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