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手紙

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 久野と光智はすぐさま救急車に乗せられると病院へと搬送されて行った。救急車の中で久野の心臓は脈を打つ事を止め心肺停止の状態になった。救急隊員の必死な対応で、何とか息を吹き返したが、久野は極めて危険な状態だった。

 病院へ着くと病院の通路を久野を乗せたストレッチャーが手術室へと運ばれて行く。晴夏は久野が乗せられたストレッチャーの横にぴったりと寄り添い「久野さん、死なないで!」と声をかけた。手術室の手前で看護婦に「ここから先は関係者以外入れませんので!」と言われ、晴夏はその場で崩れるように座り込んだ。晴夏は手術室の前で泣きながら手術が終わるのを待つしかなかった。晴夏は『神様お願いです、久野さんを助けてください』と祈った。

 どれだけ待っただろうか…… いくら待っても手術中のランプが消えることは無い。晴夏が手術中のランプを見つめながら、久野の無事を祈っていると、手術室の扉が勢いよく開き中から看護婦が飛び出して来た。晴夏が看護婦に「久野さんは……」と声をかけるが、看護婦はそれどころでは無いといった様子で、晴夏を無視して何処かへ走り去って行った。

 しばらくすると先ほどの看護婦が慌てた様子で戻って来た。晴夏がそれを見かけ、声をかけようと立ち上がるが、とても声をかけられる雰囲気では無かった。看護婦が駆け込んだ後の手術室の扉を、晴夏はただ見つめることしか出来なかった。

 それから晴夏は椅子に座ると、久野が撃たれた時の状況を思い返した『なんで久野さんが……? そもそも銃口は久野さんに向けられていたはず、それなのに久野さんの背中が見えたと思った途端…… 久野さんは、私が撃たれる事が解っていたの? そういえば……』晴夏は、久野が渡した紙の事を思い出した。

 4つ折りにされた紙を開く……
 【晴夏様、貴女がこの手紙を読んでいるのであれば、とりあえず僕は勇気を出せたって事かな。

 ジェファソニアンで貴女が「父に合わせて」と言った時、倉庫のような場所から光智さんと晴夏さんが救急車で搬送される映像が頭に浮かびました。その時僕は、とりあえず光智さんの居る場所にさえ行けば、助けが来ると考えました。

 晴夏さんが救急車で搬送されている事が気がかりでしたが、とりあえず長田さんに光智さんの居る場所へ連れて行くように仕向けました。思惑通り、長田さんは光智さんの居る場所へ私達を連れて行く事を承諾しました。そこで何が起こるかは分かりませんでしたが、あとは晴夏さんを助ける事さえ出来れば…… 僕は掛けに出ることにしました。

 しかし、光智さんに駆け寄る晴夏さんを見た瞬間、僕の頭の中に飛び込んで来た映像では、晴夏さんが目の前で拳銃で撃たれ胸から血を流がしている姿が映し出され、崩れ落ちる晴夏さんを抱きかかえ泣き叫ぶことしか出来ない自分の姿が浮かんで来ました。

 そして、倉庫の様な所から武装した集団に助け出された光智さんが、救急車で運ばれる光景が浮かびました。

 ここへ来ることには成功したので、あとは時をみて、僕が晴夏さんの前に立つ勇気を出すだけです。そのとき僕は死ぬかもしれません。出来れば致命傷にならなきゃ良いけど。

 運良く助かったらデートしてくださいね。もし、死んだとしても悲しまないでください。責任を感じる必要もありません。貴女が生きる事で、上手く行けば人類が救えるのですから。

 トリニティはパンドラの箱です。決して開けてはならない。その為にも、僕は勇気を出す事に決めました。それでも啓明結社は計画を実行するでしょう。

 ここから書く事は、必ず光智さんに伝えてください。光智さんが誘導催眠を受けていたなら、前世でこの地球にたどり着いた時の宇宙船が有る場所を知っているはずです。それを見つけ出し、可能であれば宇宙船を出来るだけ早く、少しでも多く作る手配をしてください。

 啓明結社が計画を実行する前に宇宙船で地球を脱出してください。間に合う事を祈ってます。

 僕がもし運悪く死んだ場合は、来世で必ず晴夏さんを見つけてみせます。その時は、デートしてください。

 トイレから愛を込めて。久野 千里】

 手紙を読んでいる間中、晴夏は涙が止まらなかった。晴夏の目は腫れあがり、涙と鼻水でぐちょぐちょだった。

 手術中のランプが消え、手術室から酷く疲れた様子でうつむき加減のドクターが出てきた。晴夏は「先生!」とドクターに駆け寄った。

 ドクターは静かに首を横に振って「手は尽くしたのですが…… 残念です……」と言った。それを聞いて晴夏はその場に崩れ落ちた。しばらくは呆然と座り込む晴夏だったが、久野の最後の手紙を思い起こし「私も来世で必ず久野さんを見つけ出してみせます!」と固く心に誓った。

 晴夏が手紙を読んでいるころ手術室では久野が息を引き取ろうとしていた。消えゆく意識の中で久野は夢の中の『思い出せ!』と言う声を思い出していた。久野は思った『あの声は、こうなる事を指してたのか……?』

 そして宇宙船へと人々を誘導する晴夏の姿を見た。『良かった、間に合ったんだ……』久野の目から1雫の涙が流れ落ちた。

 『きっと、こうなる事が運命だったんだ……』と思いながら、久野の意識は暗い闇へと引き込まれていった。

 やがて久野に繋がれた心電図モニターに映し出された線は、波を打つことを辞め「プー」という音だけが手術室に鳴り響いた。
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