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失踪

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 久野は翌日、電話の音で起こされた。携帯の時計を見ると、まだ5時過ぎたばかりだった。誰だこんな時間にと思いながら「はい、もしもし……」と目をつぶったままで電話にでる。

 「もしもし光智ですが、昨日父から何か聞いてませんか?」と電話の向こうで取り乱した晴夏が言った。久野は寝起きなこともあり、何のことだか検討もつかず「は? 何の話しですか?」と言うと、晴夏は「すみません、父が病院からいなくなって……」電話越しでも、かなりテンパっているのが解る。

 久野は「とりあえず落ち着いて、順を追って話してください」と言った。晴夏は頭の中で整理しながら「病院からの連絡だと、看護婦が夜の回診で父が居なくなっていることに気付いたらしく、院内の何処を探しても見つからないと連絡が来て…… とりあえず行きそうな場所をと思い、近所の呑み屋とか、色々探したけど見つからなくて……昨日私が席外した時、久野さんが何か聞いてないかと思って……」としどろもどろになりながらも早口で言った。

 久野が「昨日お父さんに何か変わった様子は無かったんですか?」と聞くと、晴夏は「何時もと変わらなかったかと…… 久野さんも知らないなら、も~ 誰に聞いたら良いか……」と言って泣きだしてしまった。

 久野が「いま何処に居るんですか?」と聞くと、晴夏が「病院の近くです」と答えた。久野は「じゃ~ 今から行くんで、病院近くのコンビニのローサンわかりますか?」と言うと、晴夏は「はい…… でもご迷惑じゃ……」と言った。久野は『いやいや、朝早くに電話で起こされた時点で、既にじゅうぶんご迷惑なんで今更……』と言いたいのを我慢して「とにかくローソンの前で待っててください」と言った。

 着替えをして車でローサンの前まで行くと、晴夏は膝を抱えしゃがみ込んでいた。久野がクラクションをプッと鳴らすが、晴夏はこちらに気付かない。

 久野は仕方なく車から降りて、晴夏の前に立ち「光智さん!」と声をかける。晴夏は、やっと気付いてくれて、こちらを見上げた顔は、目が腫れ涙と鼻水でぐちょぐちょだった。

 久野は「中で待ってれば良かったのに……」と声を掛けると晴夏は緊張の糸が切れたのか、親を見付けた迷子が安心した時のように更に激しく泣き始めた。

 まだ人通りは少なかったが、久野は自分が晴夏を泣かせているように見えると嫌なので「とりあえず車乗ってください」と言って、晴夏を車に乗せ、ティッシュを渡す。晴夏は「ずびばぜん……」と言ってティッシュを受け取りると、音をたてて鼻をかんだ。

 久野が母親も探し回っているのではと思い「お母さんは?」と聞くと、晴夏は「父が居なくなったと聞いて倒れてしまって…… でも大丈夫です、家で寝かせてきたんで」と答えた。

 久野が「警察に捜索願いの届けは出したんですか?」と聞くと、晴夏は「まだ警察には行ってません……」と言った。久野は「じゃ~ とりあえず警察行きますよ!」と車を出した。

 戸塚坂上警察に着くと、自動ドアの前に警官が1人立っていた。その横を通り抜け自動ドアを入ると、右手にカウンターがあった。カウンター越しに久野が「すみません、失踪届けとか捜索願いといった場合、どちらで手続きすれば良いですか?」と聞いた。

 カウンターの中にいた男性が「居なくなったのは何時からですか?とりあえずこちらで受け付けます」と言った。晴夏が「昨夜から病院中をいくら探しても父の姿が見当たらなくて……」と言うと、受け付けてくれた男性は、書類を差し出しながら「お父さんは痴呆症ですか? 身分を証明する物や連絡先など身につけてますか?」と言った。

 晴夏は書類を受け取りながら「病院から姿を消したと言っても徘徊とかでは無くて……」と言うと、警察の男性は「それは失礼しました、最近そういった捜索願いが増えているもので…… とりあえずその書類に記入してください」と言った。

 晴夏がカウンターで書類を記入しているとカウンターの中にいた別の男性に「もしかしてガス漏れ事故の時の方?」と聞かれた。光智が意識不明になる原因となったガス漏れの際、警察が事故で処理した時に、ちゃんと捜査して欲しいと晴夏が騒いだのを覚えていたらしい。 「そうですが……」と晴夏が答えると怪訝(けげん)そうな顔をした。

 晴夏が書類を書き終え「探してください」と言うと、事情を聴いていた時とは明らかに違う態度で「はい、じゃ~ 処理して置きますんで、何かありましたらご連絡ください」と言った。

 その態度に苛立ちを覚えたのか、晴夏が「直ぐ探してくれないんですか?」と食ってかかる。「手順を踏んで手配しますから、見付かり次第ご連絡しますんで、も~ 帰って頂いて結構ですよ」と言われた。

 久野は、顔を赤くし今にも頭から湯気の出そうな晴夏の手を掴むと「とりあえず引き上げましょう」と半ば強引に引きずるようにして警察署をでた。

 晴夏を車に押し込んで「ありゃぁ~ 本当に探すか当てになりませんね、お父さんが失踪した事で、事故で処理した件が自殺の線も出てきたとなると警察としては問題ですからね」と久野は言った。

 それから久野は車を出し「とりあえず病院戻りますよ、病院の方で見付けてくれたかもしれないし、見つかってなければ、まずは同じ病室の人に気付いた事がないか聞いてみないと」と言った。

 晴夏が「凄いですね、私なんて全然気が回らなくて……」と言うと、久野は「私も自分の事だったら多分同じだと思いますよ」と言った。晴夏は「助かります……」さっきまでの勢いは見る影もなく、しょんぼりしていた。

 病院に着き、ナースステーションで「父は見付かりましたか?」と晴夏が聞くと、対応してくれた看護婦が「まだ見つからないのよ、まだ1人でそんな遠くまで行けるはずないのに……」と答えた。

 晴夏が「そうですか……」と言うと、看護婦は「も~ 病院も始まってるから、捜索に人数さけなくて」と言った。晴夏は「とりあえず警察に届けは出したので、もし見つかったら連絡ください」と言った。

 久野は「とりあえず病室見てみましょう、もしかしたら書き置きとかあるかもしれないし」と言うと2人は病室へ向かった。

 病室に入ると、右手前のベッドに座っていた男性が「光智さん居なくなったんだって?」と話しかけてきた。晴夏が「そうなんです…… 昨日何か変わった様子とか、深夜出て行くのを見かけたりしませんでしたか?」と聞いた。

 男性は「う~ ん、特に変わった様子は…… 熟睡してたから気が付かなかったなぁ~ 山田さんは何か気付いた?」と左手前のベッドの男性に声を掛けた。

 山田も「いやぁ~ 俺も気付かなかったなぁ~ 何時もイヤフォンして音楽聴きながら寝ちゃうし…… 加藤さんは?」と言った。

 すると左奥のベッドの加藤が「そ~言えば夜中話し声がした気がするけど、その時は看護婦さん呼んでトイレでも行ったのかなぁ~ くらいにしか思わなかったけど…… 夜は皆んなカーテン閉めてるから……」と言った。

 晴夏は「そうですか…… ありがとうございます」とお辞儀をして、右奥にある光智のベッドへ向かった。

 ベッドを見ると布団は乱れた状態で、脇には松葉杖が揃えて立て掛けたままの状態だった。晴夏は備え付けの床頭台(しょうとうだい)の引出しを開けたり、テレビの下の扉を開けて何か無いか探した。

 久野が「何かありました?」と聞くと、晴夏は首を横に振った。久野がふと疑問を投げかける「お父さん点滴してましたよね? 点滴引きずって、しかも松葉杖置いたまま1人で遠くまでは行けないよなぁ~」と言うと、晴夏が「確かに点滴が無いですね……」と答えた。

 久野が「加藤さんが聞いた話し声って、誰かお父さんを手伝った人がいるのかも……?」と言うと、晴夏は「でも誰がそんなこと……?」と言った。

 久野は「まずは、昨日の夜、お父さんがナースコールしてないか看護婦さんに確認しましょう、その後のことは、とりあえず飯でも食いながら考えませんか?」と言った。

 晴夏は「そういえば朝から何も食べてませんね……」そこでハッとした顔をして「朝早くに電話してすみません、こんな時間まで付き合わせてしまって……」と深々と頭を下げた。

 久野は『今ですか!?』と一瞬固まって、まさかこのタイミングでと思ったら笑いが込み上げてきた。久野は思わず「プッ」と笑ってしまい、晴夏は上目遣いで久野を見ると、顔を赤くしてうつむいたまま病室のドアへと歩き出した。

 晴夏は、ドアの前まで来ると振り返り「失礼しました」と言って病室を出た。晴夏はナースステーションの前を通り過ぎ、エレベーターの方へ行こうとする。

 久野が「光智さん、光智さん」と呼び止め振り返った晴夏にナースステーションを指差した。晴夏は、「あっ!」と言ってナースステーションまで引き返し看護婦に声を掛けた。

 晴夏は「すみません、深夜父からナースコールとかありましたか?」と聞いた。看護婦はノートを調べ「引き継ぎだと光智さんから呼び出しは記録されて無いですよ」と言った。

 晴夏は「そうですか…… ありがとうございました」と言ってエレベーターへ向かう。久野も看護婦に軽く会釈して晴夏の後に付いて行った。

 エレベーターに乗ると晴夏が「今日は本当に済みませんでした、お詫びに何かご馳走します」と言った。久野が「そんな…… お気遣いなく」と言うと、晴夏は「でも…… 何から何までお世話になって」と言った。

 「いや本当に……」と久野が言いかけると「そうだ、母の事も気になるし家で食べて行ってください、何か作ります」と晴夏は久野を食事に誘った。

 久野はリビングで眠さと格闘しながらテレビを見ていた。キッチンでは、何やら作る音が聞こえる。「出来るまでちょっと待っててくださいね」と晴夏がコーヒーを出してくれた。

 暫くすると「出来たのでこっちへどうぞ」と晴夏に呼ばれて行くと、炒飯とワカメスープと餃子が食卓に並んでいた。

 晴夏が「どうぞ、食べてください」と言うと「いただきます」と言って久野は炒飯を1口食べ「うん、美味い!」と言った。晴夏は「良かった、それじゃ~ 母の様子見てきますね」と雑炊を御盆に乗せキッチンを出て行った。

 久野は食べ終わったが、晴夏は戻ってくる様子もなく、食べ終わった皿を流しへ片付けるとリビングにあるソファーに座りテレビをつけた。テレビでは【昨夜、アメリカ国防総省に何者かが侵入し……】と物騒なニュースが流れていた。

 なにやら遠くでガチャガチャという音と水が流れる音がする。その音が段々近づいてきて、久野は目が覚めた。何時の間にか寝てしまったらしい。キッチンで晴夏が洗い物をしていた。

 久野は「すいません、寝てしまって」と言うと、晴夏が「起こさなくて大丈夫でした? 気持ち良さそうに寝てたんで……」と言った。

 時計を見ると16時を過ぎている「久野は、まぁ~ 帰っても特にやる事ないんで……」と言うと、晴夏は「とりあえず何か飲みます?」と聞いた。久野は「じゃコーヒー頂けますか?」と言って食卓に移動した。

 食卓の椅子に腰掛けると「インスタントですが、お砂糖とミルクは?」と晴夏に聞かれ、久野は「ブラックで」と答えた。

 晴夏は「どうぞ」と言ってコーヒーカップを2つ食卓に置き、向かいの椅子に腰掛けると「カフェオリジナルでキャラメルマキアート飲んでたんで、てっきり甘い方が好きなのかと」と言った。久野は「甘い物は好きだけど、普段はアイスコーヒーもブラックですよ」と言った。 

 それから「ところでお母さんは大丈夫ですか?」と久野が聞くと、晴夏は「あぁ、とりあえず落ち着いたみたいです、スッピンでパじゃマのままだから恥ずかしいので久野さんに宜しくとの事です」と言った。そして「本当、挨拶もしないですいません」と晴夏が頭をさげると、久野は「別に挨拶なんて……」と言った。

 久野が「それでお父さんの事なんですが、警察から連絡とかありましたか?」と聞くと、晴夏は「警察からも病院からも何も連絡が無くて……」と答えた。

 久野は「そうですか…… 警察が当てに出来ないとなると……」と言って少し考えると「実は、お父さんには口止めされてたんですが、失踪となると話しておいた方が良いかもしれませんね……」と言った。

 晴夏が「何をですか? 電話では何も…… やはり昨日父から何か聞いていたのですか?」と言うと、久野は「信じられないかもしれませんが、とりあえず落ち着いて聞いてください」と話し始めた。

 久野は「先日カフェオリジナルでお会いした時、何分か気を失いましたよね? 実はその時、お父さんと夢の中で会っていたんです」と真面目な顔をして言った。晴夏は、何をこんな時にと思ったが、久野の真剣な表情ををみて「こんな時に冗談じゃないですよね? 冗談だったら怒りますよ!」と冗談じゃないことを確認した。

 久野は「とりあえず最後まで聞いてください」と夢の中で即身仏として土の中に埋まっていた人がいたこと、土を掘り起こしその人を助け出したこと、その助けだした人が晴夏に見せてもらった写真の光智だったこと、そして光智の口から、あのガス漏れは事故ではなく自殺だったと聞かされたこと、家族に心配かけて悔やんでいたこと、家族にこれ以上心配を掛けたくないので、夢での出来事を口止めされたことを順を追って話して聞かせた。

 晴夏はガス漏れの原因が事故ではないと考えてたこともあり、何より久野の話す真剣な表情を見て信じる気になり「やっぱり父は自殺だったんですね……」と言って目を潤ませた。久野は「普通に考えたら、こんなこと貴女に話したところで信じて貰えるかも解らないのに…… それを口止めされたって事は、余程家族に心配掛けたことを悔やんでたんだと思って……」と言った。

 晴夏が「でも何で自殺なんて……」と言うと、久野は「そこなんです、でもその理由が夢でも病院でも聞けなくて…… 失踪と自殺の原因に何か関係があるんじゃないかと……だから話してみようと思ったんです」と言った。

 晴夏は「話してくれてありがとうございます、も~ 何処から当たれば良いかも解らなくなってたので……とりあえず自殺の原因から探ってみます」と言った。

 久野が「そういえば事件の前日、お父さんの様子がおかしかったんですよね? その日何をしてたか、何処かで誰かと会っていたとか解れば……」と言った。晴夏は「その日父は仕事で、仕事のあと知人と会うって母が…… ちょっと待ってください、父の手帳が確か……」と立ち上がり晴夏はキッチンを出て行った。

 暫くすると、ドタバタと階段を降りる音がして、晴夏が手帳と携帯を握りしめ戻ってきた。

 晴夏はキッチンに入るなり「前日鈴木さんて方と会ってたみたいです」と言った。久野は「とにかく電話してみましょう」と光智の携帯電話のアドレス帳から鈴木を探すと「有った!」と言った。

 晴夏は自分の携帯を取りだし番号を打ち出した。『ん? お父さんの携帯から掛ければ良いのに……』と久野が思ったのを察したのか、久野の表情を見て晴夏は「あぁ、この携帯大分前に解約してて……」と言った。

 久野は「なるほど」と#相槌_あいづち_#をうち『自分の携帯も止められて退院してから何ヶ月分か払いに行ったっけ』などと考えていると鈴木に電話が繋がった。

 晴夏は「もしもし、夜分にすみません光智の娘ですが、鈴木さんの携帯でしょうか?」と言った。久野は『俺の時と違ってちゃんとしてる』と思い顔がにやけそうになるのを我慢して、表情を読まれないよう視線を横へ向けた。

 鈴木はかしこまった声で「あぁ、娘さんですか、もしかして光智が亡くなったという連絡ですか?」かなり大きい声の持ち主らしい、スピーカーにでもしたようにはっきり声が聞き取れる。

 晴夏は「いえ、そういった話しでは無いのですが……」意識が戻った事は知らないらしい、とりあえず説明するのも面倒なので「事故の前日に帰宅した父の様子が変だったので、何かご存知なら1度会ってお話しを聞かせて頂けないかと思いまして……」と言った。

 鈴木は「そう言えば会った次の日に事故だって聞いたから驚いたよ、とりあえず仕事の後でも良いなら明日でも構わないけど……」と答えた。

 晴夏は「ありがとうございます、明日ですと何時ごろ何処に伺えば宜しいでしょうか?」と聞くと、鈴木は「ん~ 横浜駅でも良いかな? 横浜なら順調に行けば18時ごろには着けると思うけど……」と言った。

 晴夏は「はい、18時ですね! 横浜駅は西口と東口のどちらが都合が良いですか?」と聞くと、鈴木は「あぁ、だったら西口の高島屋の前で」と言った。晴夏は「承知しました、では明日18時に横浜駅西口の高島屋の前で、宜しくお願いします」と言って電話を切る。

 久野が目の前で親指を立て「やりましたね! それじゃ~ 明日、5時半に戸塚駅の下の改札で」と言った。晴夏は目を輝かせ「一緒に来てくれるんですか?」と言って直ぐに「でも明日はお仕事じゃ……?」と表情を曇らせた。

 久野が「仕事は体調が万全になるまで休んで構わないと言われてるんで」と言うと晴夏の表情が急に華やいだ。
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