変人の姉と、沼に引きずり込まれそうな僕。

草薙ユイリ

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Season1 探偵・暗狩 四折

燃え尽きて3

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「倉庫のストーブに、タイマー機能ってあるかな?」
 僕は落ち着いた口調で、姉にストーリーを語る。
「えーっと、あ、これだ」
 ストーブの画像が、画面に映し出される。
 僕はそれを見つめ、目当ての物を見つけた。
「このタイマーの部分だけ、『ホコリがない』よね?」
「本当だ」
 僕は息を吸い、言葉を続けた。
「つまり、誰かが『タイマーを仕掛けた』、だから遠隔で燃やせたんだ」
「……なるほど」
 姉は余裕そうな顔で言った。
「だから……ストーブを使って、引火させたとか?」
 僕が見解を言い終わると、姉は深呼吸した。
「テーブルの、あのシミは?」
「……油じゃないのかな?燃えやすくするために」
 次の瞬間、姉はこちらを見つめた。
「翔太の推理は筋がいい。だけど、ある点に根本的なミスがある」
「ある、点?」
「探してみて?」
 僕は頭を捻り、その『根本的なミス』を探した。
 そのミスは……すぐに見つかった。
「ストーブで引火させるには、ハンカチとストーブを接触させなきゃいけない」
「だけど……油のシミはテーブルの中心にだけある。そういうことだよね?姉ちゃん」
 姉は首を縦に振った。
「うーん……いけると思ったんだけどな」
「実際いい線な気はするけど……まぁ、もう少し考えよ、翔太」

◇暗狩 四折

 私はピザを一口かじった。
 ストーブに、テーブルに、油。
 もう少しだ、もう少しなんだ。
「……そういえば、なんでストーブを使う必要があったんだろ」
「確かにねぇ」
 どうやってハンカチを勝手に発火させたんだ?
 この夏の陽気の中、わざわざストーブをつけたことには必ず何かの意図がある。
 そもそも、ハンカチが勝手に発火するなんて……
 物を燃やすには、実際に火で燃やす以外に……発火点?
「ストーブで発火点まで……行けるわけないか」
「発火点?」
 翔太は不思議そうな顔をした。
「ものが勝手に発火する温度のことだけど」
「じゃあ、ストーブでその温度まで部屋を熱したんじゃ」
「ハンカチの発火点は何百度よ?ストーブじゃ」
 「無理」。そう言おうとした瞬間、私の体をぞわぞわした感覚が襲った。
「……姉ちゃん?」
「ねぇ、家庭科室の油ってなんだったっけ?」
「え、ちょっと待ってて」
 翔太はメモをパラパラとめくり始め、目的の情報にたどり着いた。
「……亜麻仁油」
「亜麻仁油……そうか!」
 私の脳裏に、一つの事件が浮かび上がった。
 たった一つの可能性。亜麻仁油と布。
 亜麻仁油の瓶を持った時に感じた、違和感の正体。
「……ねぇ翔太」
「何?姉ちゃん」
 私は深呼吸すると、翔太に頼みをした。
「水とストーブかヒーターを用意して。後、いらないタオルと亜麻仁油」
「……亜麻仁油は買ってこなきゃないよ?」
 それなら買えばいい。私は机の上の財布を持っていた。
「ちょっと!もう9時だよ?」
 私は大急ぎで家から出た。
 家を出る瞬間、翔太のため息が聞こえた気がした。

◇◇◇

 用意したのはヒーター、タオル、そして油にバケツ一杯の水だった。
「えーっと、準備はこれでよし」
 私は、まず亜麻仁油をタオルにかけた。
 それをきれいに畳むと、部屋の中心のプラスチックの机に置いた。
「……何してるの?姉ちゃん」
「トリックの実演。考えてみれば、結構初歩的だったの」
「わかったんだ。トリック」
 翔太はわざとらしく目をそらした。
 まぁ、この状況にワクワクしているのは火を見るよりも明らかだったが。
「じゃあ、実演と行きましょ」
「……うん」
 私はヒーターの電気を入れ、スマホを起動した。
「翔太、スマホ貸して」
「え?うん」
 私は自分のスマホを部屋の中に置いた。
 テレビ通話で翔太と私のスマホを繋いだ後、私はドアを閉めた。
 冷房も入れていない7月の熱帯夜。
 部屋の温度は、急速に上がっていく。
「……まさか、これで発火点まで?」
「もちろん」
 私は弟の液晶を覗いた。
 部屋の温度は急速に上がるが、もちろん布を発火させるほどには上がらない。
 ただし……それは『普通の布』の場合だ。
「さ、それじゃ待ちましょうか」
「……どれくらい?」
「そうだね……まだちょっとわからないかな」
「ふーん」
 私達は下に降りると、テレビを点けた。
 現象を待つ間、私たちはチラチラ画面を見ていた。
 しばらく待ち、その時はやってきた。
「けむ、煙?!」
「おっ、いい感じになってきたみたいね」
 翔太は画面をじっと見つめた。
 私も、その頭の後ろから画面を見る。
「これ、もうすぐ火が出るんじゃ」
「大丈夫。机は燃えないプラスチックだから」
 そのまたしばらく後だった。
 ついに、タオルは激しく燃え始めた。
「……これが、トリック?」
「亜麻仁油は乾燥する時、空気中の酸素と結合して反応熱が発生する」
「それを利用して、タオルの熱を急速に上げたの」
「特に、タオルを丸めて放置しておくと熱が逃げ場を失って発火しやすくなるの」
 翔太は目を見開いたまま、フリーズしていた。
「さ、消火しましょ」
「……あ、うん」
 私達は大急ぎで二階に上がった。
 机に水をぶっかけるその時まで、翔太は困惑しっぱなしだった。

◇暗狩 翔太

「で、姉ちゃんの推理はあってたの?」
 タオルを燃やした翌日、僕は姉に訊いた。
「正解みたいよ。いじめっ子は罪をもう一度認めたらしい」
「本当、面倒なヤツだったね」
 僕は伸びをして、姉に背を向けようとした。
「ねぇ。推理は楽しかった?」
「……さぁ?」
 姉は「いつまで強がれるかな」とでも言いたげな笑みを浮かべた。
 別に、楽しくなかったわけじゃない。
 ただ……なんとなく、このまま姉と同じ沼にはまるのは嫌だった。
「……姉ちゃん」
「何?翔太」
「姉ちゃんはなんで推理ばっかりしてるの?」
 しばらく考えた後、姉は口を開いた。
「私、知りたがりなんで!」
「……ふーん」
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