変人の姉と、沼に引きずり込まれそうな僕。

草薙ユイリ

文字の大きさ
上 下
2 / 21
Season1 探偵・暗狩 四折

燃え尽きて2

しおりを挟む
「亜麻仁油。健康マニアの間では有名なものね」
 私はその瓶を手に取った。
 ごく普通の油で、特に異常な部分はない。
 ただ……何か、私は何かを忘れている気がする。
「翔太、メモ持ってる?」
「え?うん」
「『亜麻仁油』ってメモしといて」
「オッケー」
 その瓶を置き、私は翔太の方を向いた。
「で、どう?まだつまらない?」
「うん」
 翔太は即答した。
「……まぁ、そりゃそうか」
 謎解きが楽しくなってくるのは、まだ少し先だ。
 その時だった。私の頭上から、チャイムが聞こえた。
 窓の外では、運動部たちが各々の家に帰っていた。
「そろそろ学校出ましょ」
「はーい」
 私は家庭科室に背を向けて歩き始めた。
 今のところ、トリックはわかっていない。
 依頼人は「できれば一週間以内に解決してほしい」と言っているからな。
 私はスマートフォンで周辺の飲食店を探し始めた。

◇暗狩 翔太

「オレンジジュース一つ」
「あ、私はミルクティーで」
 僕達は小さなカフェに入り、撮った写真を見始めた。
「ストーブに、机に、ほうきとちりとり」
「特に共通点はなさそうだね、姉ちゃん」
 それらは全てホコリをかぶっていた。
 おそらく、あの倉庫は長らく開けられていなかったのだろう。
「でも、なんで倉庫にしたんだろう?」
「……どういうこと?翔太」
 僕は少し気になっていたことを姉にぶつける。
「燃やしたってことは、依頼人さんに大きなショックを与えたかったってことでしょ?」
「まぁ、確かにね」
「だとしたら、なんで倉庫なんて場所を選んだんだろう」
 姉は「ん?」といった声を上げた。
「なんでそう思うの?翔太」
「だってさ姉ちゃん。燃え尽きたハンカチを見せても、それが自分のハンカチかどうかわからないじゃん」
「うん。確かに」
「だとしたら倉庫じゃなくて、トイレとかよく使う場所で燃やした方がいいじゃん」
 直後、姉は手のひらをたたいた。
「なるほど。使わない倉庫なんて、なかなか探されない」
「だとしたら、依頼人がハンカチを見つけるより先にハンカチが燃え尽きる可能性がある」
 僕は首を縦に振った。
「いいね翔太。段々スイッチ入ってきた?」
「入ってはないよ」
 冷水を口に入れつつ、僕は写真をもう一度見た。
 にしても、なんで倉庫で燃やしたんだろう。
 そこが理解できれば、なにかわかるかもしれないんだが……
「ねぇ翔太。もしかしたら『倉庫で燃やすしかなかった』んじゃないの?」
「……燃やすしかない?」
 姉はにやにやしながら言葉を続ける。
「倉庫にしかない何か、もしくは倉庫の場所を利用したんじゃないのかな」
「あ、そうか!」
 すると、自分達の席に店員が近づいた。
「オレンジジュースと、ミルクティーでございます」
「あ、ありがとうございます」
 姉はミルクティーを、僕はオレンジジュースを受け取る。
 それを机に置くと、姉は怪しげな笑みを浮かべた。
「ねぇねぇ翔太。今度こそ楽しくなってきたんじゃないの?」
「え、いや……」
 正直言って、探偵のように推理を進めている現状は少し面白い。
 まぁ、別に嘘をつく必要もないか。
「少しだけ……ちょっとだけ楽しいかな」
「おぉ、いいじゃん!」
 姉はくすくすと笑い始めた。

◇◇◇

「……まじか」
 帰って来た時には、すでに8時を超えていた。
 帰り際に買ってきたグミを食べながら、僕はゴロゴロしていた。
「しっかし、どうするかなぁ……」
 どう考えても、ここで捜査を続けさせるのが姉の目的だろう。
 ここでやめなきゃ、僕は姉と同じ沼に沈む。
 ただ……実際、この事件の真相はめちゃくちゃ気になる。
 さっきも姉から送られた写真を、もう一度見直してしまった。
「……お腹空いたな」
 僕は階段を下り、リビングについた。
 今日は、というか今日も母さんの帰りは遅い。
 リビングの机には、デリバリーしたピザが並んでいた。
「じゃじゃーん!ピザです」
「見ればわかります」
 姉のハイテンションを避けつつ、僕は机に座った。
「で、翔太。何か発見はあった?」
「いや、何も?」
 すると、姉はスマートフォンを突き出した。
「……何?」
「私はあったよ」
 その液晶には、倉庫にあったテーブルが映っていた。
「よく見て。このテーブル、何か変じゃない?」
「……確かに」
 木製で、橙色のテーブルの中心。
 そこだけが、なぜか焦げ茶色をしていた。
「これ、どういうことなんだろう」
「……さぁ」
 僕は自分の首を横に振る。
 姉は小さく「うーん」と言い、ピザを食べる準備をした。
「……食べ終わったら、もう一回写真を見てみるか」
「はーい」
 そう言うと、僕は一度深く考え込んだ。
 あの場所で『火』が関係してそうなのはストーブだけ。
 ただ、ストーブを使ったことが証明できなきゃダメだ。
 言い逃れできてしまう。
 ストーブを使ったと証明する方法……灯油の量?
 いや、『使う前』の量がわからないといけないからダメだ。
 だとしたら、何だ?
 ストーブを点けるには、スイッチを押すかタイマーを……タイマー?
「姉ちゃ……え?」
 僕の皿には、肉がたっぷり乗ったピザが一切れ置かれていた。
「今事件のこと考えてたでしょ?」
「えっ、あ、いや?」
 目に見えて動揺する僕を、姉はじっくりと見つめた。
「……やっぱり家族だもん。性格は似るよ」
「そう、かな……」
 僕は弱弱しく反論した。
「で、何か気づいた?」
「……うん。気づいた」
「お!言ってみ言ってみ」
 姉は僕を囃し立てた。
 その姉に、僕はこれから自分の考えたストーリーをぶつける。
「あの。僕の推理を、聞いてくれる……?」
 姉は一瞬目を見開いたが、すぐに怪しげな笑いを浮かべた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

もしもし、お母さんだけど

歩芽川ゆい
ミステリー
ある日、蒼鷺隆の職場に母親からの電話が入った。 この電話が、隆の人生を狂わせていく……。 会話しかありません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。

処理中です...