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Ch1・令嬢たちの初恋と黒の陰謀
1ー31・案内人
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真夜中。
カナメを通してユイトに伝えられた、アイテレーゼからのメッセージ。それを聞き終えてすぐ、彼は麗寧館をひとり出てきた。
「ユイト」
気づいたのか、偶然か、彼を呼び止めたレイ。
「アイテレーゼのとこへ行くのか?」
「なんで、わかるの?」
心底驚かされるユイト。
「消去法だ」とだけレイは言った。
しかし言わなかったが、アイテレーゼから彼にコンタクトがあったのだろう事もレイには予測ついていた。
「ひとりで大丈夫か?」
珍しく真面目な雰囲気で、レイは心配そうに問う。
「ひとりで来てくれって言われてるんだ。あまり大きい動きは今は危険だって」
「夜明けまでには帰ってこいよ。ミユが心配するからさ」
「うん」
そうしてユイトはひとりで向かった。
アイテレーゼが伝えてくれた屋敷に。
ーー
まず、アズエル学園まで来る。
そして、そこからいくつか教えられた目印の建物をたどり、そこに行き着く。
だだっ広い庭の白い屋敷。
その庭に入り、転移具を用意したユイト。
本来なら警報システムが作動するのだが、このような状況も想定していたアイテレーゼは、ユイトに対してはセキュリティが働かないようにしていた。
(一番大きな木の下)
その庭の木の下の土を取り込み、器用に操作して、少しずつ、音を立てないように掘っていく。
そしてすぐに埋められていた箱型のコンピューターを見つけ出す。聞いていた通り、二本の指で掴み持てるくらい小さい。
(いくよ、アイちゃん)
アイテレーゼはただ、そのコンピューターを起動してくれればいい、と伝えてきていた。
そうしたら、新しい通信回路が出来て、アイテレーゼはそこから、屋敷内に仕掛けられたという精霊エネルギーのシステムを乗っ取り、それらを取り除く事ができるのだと聞いている。
ユイトはだから、ただそれを起動する。
それから数十分間、ただじっと待つ。
「アイちゃん」
しかし、何事も起きていないかのような雰囲気に、心配になり、ゆっくり屋敷の玄関へと近づいていく。
「ユイト」
開ける前に、中から扉を開けて、外に出てきたアイテレーゼ。
「助かったわ」
ありがとうとは言わない。
「あのさ、ありがとう」
そう言ったのはユイトの方。
「何の礼?」と、遠慮なくアイテレーゼは呆れた様子を見せる。
「頼ってくれた。もう」
もう友達じゃないかもしれないのに。
だからカナメを通して、アイテレーゼから助けてほしいと伝えられた時、ユイトはとても嬉しかった。
「だから、あの」
「ねえユイト」
何かを頑張って言おうとする彼に、彼女はそれ以上言わせない。
「あなた、ほんと鈍いわ」
その肩に手をかける。
「わたしが、本気であなたを嫌いになるわけないでしょう」
彼女が見せたのは、昔の彼女そのままの笑み。
それはもう、彼女が今は、他の誰にも見せなくなってしまった、ユイト専用の笑顔。
ーー
「おかえり」
麗寧館の前で、ひとり待っていたレイ。
「クロ姫はようこそ」
「サギ王子、あなたもほんとに結構やるわね。どのくらい事情を把握してるの?」
「正直あんまりわかってないかもだけど」
ただレイは推測していた。
ユイトの事がもし知られているなら、まずは邪魔な彼を消した方がいい。もしアークがそう考え、しかもアイテレーゼが言ったように甘くないなら、やり方はむしろある程度見当つく。
「なんだかんだ、さすがね。それじゃ少し手を組みましょうか」
「ああ、いいぜ」
もう誰が悪なのかわからなくなりそうなほどに悪どく、ふたりの貴族は笑い合った。
ーー
次の日の学園。
授業は昼までしかなく、放課後からは、予定通りエミィはリンリーを、ガーディはゲオルグを見張った。
ふたりともしっかり授業に出ているので、放課後からの監視もしやすかった。
エマたちは学園内で食事をとった。
そして他の者たちはもう帰った教室へと戻ってくる。
やはり学園内の方が、セキュリティが働いていて安全なので、なるべく留まろうという判断である。
ミユは、エミィに協力しているのでその場にはいない。
「ねえユイトさん」
もうユイトの事は全て知っているため、学園の偽物レイとふたりだけとなった今、エマは普通にその名を呼ぶ。
「何?」
「他の誰かのふりをするのって、時々つらくなりません?」
「いや、やってみたら結構楽しいよ。それは、苦労する事もあるけどさ」
「そっ、わたしとは違うのね」
「きみとはっ、て」
そこで彼は、言葉を止める。
「わたしの本当の特殊技能は、案内人」
動かなくなった彼の前まで来た、偽者のエマ。
「便利な催眠能力でね。意識だけ、一時的に見失わせる事ができるのよ」
隠し持っていた鋭いナイフを構える。
「ごめんなさいね、偽王子」
しかし腕を掴まれた事で、振り下ろそうとしたナイフは彼へと届かない。
「残念だね。ぼくに夢を見せられるのは、偽りなんてない素敵なレディだけなんだ」
「レイ・ツキシロ?」
そう、彼は本物のレイだった。
そして解析を使える彼に、催眠能力は通用しない。
「茶番は終わりよ」
そこで、教室に入ってきたアイテレーゼ。
後ろにはユイトと、本物のエマもいる。
「くっ」
もう演技などする必要もなくなり、かなりの怒りを表情に浮かべる偽物エマ。
「うっ」
最後の悪あがきか、ポケットに手を入れ何かしようとした彼女を、アイテレーゼはすぐに重力操作で叩きつけ、気絶させる。
気を失った彼女が出そうとしていた小さな丸い装置。それを倒れた彼女のポケットからアイテレーゼは引っ張り出す。
「なあ、それって、何?」
レイがひきつった顔で問う。
「自爆装置ね。セキュリティがあるからどうせわたしたちには危害を及ぼせなかっただろうけど。自害には使える」
「自分で自分を?」
ユイトも背筋を震わせる。
「だと思う。父には」
それはアイテレーゼにとっても、とても恐ろしい事のようだった。
「忠誠心の強い配下が多いから」
彼女はそう言った。
「リンリーやゲオルグは結局囮だったのか?」
「だと思うわ」
レイの問いに、すぐ頷くアイテレーゼ。
つまり偽物エマは、わざと自分の情報を漏らして、誘き寄せたオリヴィアを襲った。
そしてその疑いを、まだ素性が謎な一年のふたりに向けさせる事で、他の者をユイトから遠ざけ、油断する彼に催眠をかけ、始末しようと計画したのである。
「でもあなたたちと違って」
偽物レイを演じる姿でも、ユイトの方が簡単にわかりはするが、それでも、アイテレーゼから見ても彼らはよく似ている。
「いくらなんでもここまで、それこそ身内まで騙されそうなくらいの偽者なんて、すぐには用意出来ないわ。エマを利用する可能性も考えてたのね。あの男らしい」
「リンリーやゲオルグも、アークの配下って可能性はあると思うか?」
レイが問う。
「警戒するにこした事はないけど、可能性は低いわ。わたしはふたりの素性も知ってるけど、あの男が雇うような人たちじゃない」
なんだかんだ、ガーディひとりでは心もとないので、アイテレーゼは、自分でもアズエルにかなり探りを入れている。
「それじゃあ、協力はここまでよ。エマ」
「う、うん」
「行くわよ」
そして自分の用はすんだとばかりに、エマを連れてその場を去ろうとするアイテレーゼ。
「アイちゃん」
「ユイト、わたしたちは友達かもしれないけど、いえ、わたしはあなたのこと友達としか思えないけど、でも敵同士よ」
それがなぜかは、やはり言ってくれない。
「今回は妹を守るために手を貸しただけ」
また、昔と違う暗い顔をする。
「確かに、わたしはきっとあなたを殺せない。でも必要なら、あなた以外の人なら違うから」
アイテレーゼはレイの方を見た。
ユイトの頭には、フィオナが連れ去られた時の事が浮かんでいた。
「理解しておきなさい。結局、あなたがそこにいる限り、わたしたちは戦うしかないの」
そこまで言って、今度こそ妹と共に彼女は去った。
──
"案内人"(コード能力事典・特殊技能255)
暗示により、意識の動きをコントロールする特殊技能。
ある種の催眠能力。
複数人を標的には出来ず、発動に時間もかかるが、催眠自体はかなり強力で、一度この能力の催眠にかかると、自力で解除は不可能とされる。
カナメを通してユイトに伝えられた、アイテレーゼからのメッセージ。それを聞き終えてすぐ、彼は麗寧館をひとり出てきた。
「ユイト」
気づいたのか、偶然か、彼を呼び止めたレイ。
「アイテレーゼのとこへ行くのか?」
「なんで、わかるの?」
心底驚かされるユイト。
「消去法だ」とだけレイは言った。
しかし言わなかったが、アイテレーゼから彼にコンタクトがあったのだろう事もレイには予測ついていた。
「ひとりで大丈夫か?」
珍しく真面目な雰囲気で、レイは心配そうに問う。
「ひとりで来てくれって言われてるんだ。あまり大きい動きは今は危険だって」
「夜明けまでには帰ってこいよ。ミユが心配するからさ」
「うん」
そうしてユイトはひとりで向かった。
アイテレーゼが伝えてくれた屋敷に。
ーー
まず、アズエル学園まで来る。
そして、そこからいくつか教えられた目印の建物をたどり、そこに行き着く。
だだっ広い庭の白い屋敷。
その庭に入り、転移具を用意したユイト。
本来なら警報システムが作動するのだが、このような状況も想定していたアイテレーゼは、ユイトに対してはセキュリティが働かないようにしていた。
(一番大きな木の下)
その庭の木の下の土を取り込み、器用に操作して、少しずつ、音を立てないように掘っていく。
そしてすぐに埋められていた箱型のコンピューターを見つけ出す。聞いていた通り、二本の指で掴み持てるくらい小さい。
(いくよ、アイちゃん)
アイテレーゼはただ、そのコンピューターを起動してくれればいい、と伝えてきていた。
そうしたら、新しい通信回路が出来て、アイテレーゼはそこから、屋敷内に仕掛けられたという精霊エネルギーのシステムを乗っ取り、それらを取り除く事ができるのだと聞いている。
ユイトはだから、ただそれを起動する。
それから数十分間、ただじっと待つ。
「アイちゃん」
しかし、何事も起きていないかのような雰囲気に、心配になり、ゆっくり屋敷の玄関へと近づいていく。
「ユイト」
開ける前に、中から扉を開けて、外に出てきたアイテレーゼ。
「助かったわ」
ありがとうとは言わない。
「あのさ、ありがとう」
そう言ったのはユイトの方。
「何の礼?」と、遠慮なくアイテレーゼは呆れた様子を見せる。
「頼ってくれた。もう」
もう友達じゃないかもしれないのに。
だからカナメを通して、アイテレーゼから助けてほしいと伝えられた時、ユイトはとても嬉しかった。
「だから、あの」
「ねえユイト」
何かを頑張って言おうとする彼に、彼女はそれ以上言わせない。
「あなた、ほんと鈍いわ」
その肩に手をかける。
「わたしが、本気であなたを嫌いになるわけないでしょう」
彼女が見せたのは、昔の彼女そのままの笑み。
それはもう、彼女が今は、他の誰にも見せなくなってしまった、ユイト専用の笑顔。
ーー
「おかえり」
麗寧館の前で、ひとり待っていたレイ。
「クロ姫はようこそ」
「サギ王子、あなたもほんとに結構やるわね。どのくらい事情を把握してるの?」
「正直あんまりわかってないかもだけど」
ただレイは推測していた。
ユイトの事がもし知られているなら、まずは邪魔な彼を消した方がいい。もしアークがそう考え、しかもアイテレーゼが言ったように甘くないなら、やり方はむしろある程度見当つく。
「なんだかんだ、さすがね。それじゃ少し手を組みましょうか」
「ああ、いいぜ」
もう誰が悪なのかわからなくなりそうなほどに悪どく、ふたりの貴族は笑い合った。
ーー
次の日の学園。
授業は昼までしかなく、放課後からは、予定通りエミィはリンリーを、ガーディはゲオルグを見張った。
ふたりともしっかり授業に出ているので、放課後からの監視もしやすかった。
エマたちは学園内で食事をとった。
そして他の者たちはもう帰った教室へと戻ってくる。
やはり学園内の方が、セキュリティが働いていて安全なので、なるべく留まろうという判断である。
ミユは、エミィに協力しているのでその場にはいない。
「ねえユイトさん」
もうユイトの事は全て知っているため、学園の偽物レイとふたりだけとなった今、エマは普通にその名を呼ぶ。
「何?」
「他の誰かのふりをするのって、時々つらくなりません?」
「いや、やってみたら結構楽しいよ。それは、苦労する事もあるけどさ」
「そっ、わたしとは違うのね」
「きみとはっ、て」
そこで彼は、言葉を止める。
「わたしの本当の特殊技能は、案内人」
動かなくなった彼の前まで来た、偽者のエマ。
「便利な催眠能力でね。意識だけ、一時的に見失わせる事ができるのよ」
隠し持っていた鋭いナイフを構える。
「ごめんなさいね、偽王子」
しかし腕を掴まれた事で、振り下ろそうとしたナイフは彼へと届かない。
「残念だね。ぼくに夢を見せられるのは、偽りなんてない素敵なレディだけなんだ」
「レイ・ツキシロ?」
そう、彼は本物のレイだった。
そして解析を使える彼に、催眠能力は通用しない。
「茶番は終わりよ」
そこで、教室に入ってきたアイテレーゼ。
後ろにはユイトと、本物のエマもいる。
「くっ」
もう演技などする必要もなくなり、かなりの怒りを表情に浮かべる偽物エマ。
「うっ」
最後の悪あがきか、ポケットに手を入れ何かしようとした彼女を、アイテレーゼはすぐに重力操作で叩きつけ、気絶させる。
気を失った彼女が出そうとしていた小さな丸い装置。それを倒れた彼女のポケットからアイテレーゼは引っ張り出す。
「なあ、それって、何?」
レイがひきつった顔で問う。
「自爆装置ね。セキュリティがあるからどうせわたしたちには危害を及ぼせなかっただろうけど。自害には使える」
「自分で自分を?」
ユイトも背筋を震わせる。
「だと思う。父には」
それはアイテレーゼにとっても、とても恐ろしい事のようだった。
「忠誠心の強い配下が多いから」
彼女はそう言った。
「リンリーやゲオルグは結局囮だったのか?」
「だと思うわ」
レイの問いに、すぐ頷くアイテレーゼ。
つまり偽物エマは、わざと自分の情報を漏らして、誘き寄せたオリヴィアを襲った。
そしてその疑いを、まだ素性が謎な一年のふたりに向けさせる事で、他の者をユイトから遠ざけ、油断する彼に催眠をかけ、始末しようと計画したのである。
「でもあなたたちと違って」
偽物レイを演じる姿でも、ユイトの方が簡単にわかりはするが、それでも、アイテレーゼから見ても彼らはよく似ている。
「いくらなんでもここまで、それこそ身内まで騙されそうなくらいの偽者なんて、すぐには用意出来ないわ。エマを利用する可能性も考えてたのね。あの男らしい」
「リンリーやゲオルグも、アークの配下って可能性はあると思うか?」
レイが問う。
「警戒するにこした事はないけど、可能性は低いわ。わたしはふたりの素性も知ってるけど、あの男が雇うような人たちじゃない」
なんだかんだ、ガーディひとりでは心もとないので、アイテレーゼは、自分でもアズエルにかなり探りを入れている。
「それじゃあ、協力はここまでよ。エマ」
「う、うん」
「行くわよ」
そして自分の用はすんだとばかりに、エマを連れてその場を去ろうとするアイテレーゼ。
「アイちゃん」
「ユイト、わたしたちは友達かもしれないけど、いえ、わたしはあなたのこと友達としか思えないけど、でも敵同士よ」
それがなぜかは、やはり言ってくれない。
「今回は妹を守るために手を貸しただけ」
また、昔と違う暗い顔をする。
「確かに、わたしはきっとあなたを殺せない。でも必要なら、あなた以外の人なら違うから」
アイテレーゼはレイの方を見た。
ユイトの頭には、フィオナが連れ去られた時の事が浮かんでいた。
「理解しておきなさい。結局、あなたがそこにいる限り、わたしたちは戦うしかないの」
そこまで言って、今度こそ妹と共に彼女は去った。
──
"案内人"(コード能力事典・特殊技能255)
暗示により、意識の動きをコントロールする特殊技能。
ある種の催眠能力。
複数人を標的には出来ず、発動に時間もかかるが、催眠自体はかなり強力で、一度この能力の催眠にかかると、自力で解除は不可能とされる。
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