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エピローグ
しおりを挟むーーィィン…
撥が琵琶の弦を弾く。
「これにて、おしまい」
琵琶法師は笑って、最後を締める。
琵琶法師の語りをおとなしく聞いていた子供たちが、騒ぎ出す。鳥の話がよかった。いや、白い狼のお話がなど、どのお話が面白かったと、騒ぐ子供たちが微笑ましい。
一人の子供が、琵琶法師の袖を掴んだ。
「ねぇ、法師様。獣たちは幸せになれたの?」
琵琶法師の袖を掴んだ子供が、琵琶法師に尋ねる。
「さぁ?どうだろうね。彼らの幸せは彼らにしかわからないからね」
優しく笑って琵琶法師は袖を掴む子供の頭を撫でた。
そして翌朝。一晩、村にお世話になった琵琶法師は、村を出る。
「また、来てね。法師様。また、お話を聞きたい!」
朝早くから、子供たちは琵琶法師に手を振り、見送った。
次に来た時は、子供たちに何のお話を語ろうかと琵琶法師は考えて、テクテクと道を歩く。お話を聞いてはしゃぐ子供たちの姿を思い浮かべると、つい笑みがこぼれる。
思い出し笑いをしながら琵琶法師が道を歩いていくと、道の端の切り株に年の頃は12歳くらいの一人の少女が腰掛けていた。
幼い少女がこんなところでどうしたのだろうか。心配になった琵琶法師は少女に近づいた。
自分の元に近づく琵琶法師の存在に気がついた少女が、琵琶法師に手を振る。
「あら、久しぶり」
琵琶法師の動きが止まる。
紅と紫の左右の異なる瞳を持つ、畏怖を抱くほどに美しい少女。
「お久しぶりでございます。〈天の姫様〉」
琵琶法師は少女に膝をついた。〈天の姫様〉と呼ばれた少女は相変わらずね、とクスクスと笑う。
(…ああ…)
あの時から変わらない。かつて、琵琶法師は目の前にいる〈天の姫〉に恋をした。
・・・私の全ては私が決めたこと。誰のせいでも、誰のためでもない。後悔も反省も幸せも喜びも、私が選び取った。私だけのもの・・・
血と泥にまみれながらも、艶やかに優美に告げた〈天の姫〉。
さまざまな運命に翻弄されながらも、自分の生き方を自分自身の手で掴みとる〈天の姫〉に憧れた。しなやかに、強く美しく生きる、気高き〈天の姫〉に恋い焦がれた。それは、若き男の初恋。
村の子供たちに語ったお話は、琵琶法師が子供の時に姫から語られたお話でもあった。
それは、もう懐かしい遠い過去。
「私は、あなたのお話が好きですよ」
過去の思い出に触れたせいか、琵琶法師はあの時と同じ言葉を口にしていた。
もう一度、琵琶法師は〈天の姫〉に伝える。
「私は、あなたの語りは好きよ」
〈天の姫〉は笑って、琵琶法師に返事を返す。これが、〈天の姫〉の答え。
〈天の姫〉の答えは、琵琶法師の望むものを返してくれない。琵琶法師の想いに〈天の姫〉は応じない。
互いに向かい合い、様々な言葉を交わしても、得ることはできない。琵琶法師はすでにそれを知っている。
しなやかに、強く美しく生きる、気高き〈天の姫〉を縛ることはできない。琵琶法師は〈天の姫〉に自分と同じ想いを、とは願わない。
それでも、琵琶法師にとって、〈天の姫〉は自分の胸の奥で枯れることなく、永遠に咲き誇る一輪の花。
「それじゃあね」
琵琶法師の来た道に去っていく〈天の姫〉の背を琵琶法師は見送る。
琵琶法師は村の子供たちに語った獣と人の恋を愛しく想い、羨ましいと思った。獣と人は、己の全てで、恋をした。恋のため、何かを失った獣と人もいた。
恋という名の情のために、自分の何かを失うことはある。恋とは、自分の総てを代償にして、貫くものなのか、貫かなければならないものなのか。
時にはそれが怖くなる。時にはそれがわからなくなる。
「それでも」
誰かを恋することをやめることはできない。
それに、恋は失っていくばかりではない。求めて焦がれて得られるものもある。
「だからこそ、愛しいのだ」
切なげに艶やかに、琵琶法師は呟いた。
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